【習作】IS/C~Ichika the Strange Carnival   作:狸原 小吉

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屋上での箒さん&一夏さん邂逅シーン。箒さんの過去話ねつ造。まじめ。


一夏『久しぶり。2年ぶりの投稿だけど、すぐに「誰だテメーは!」と思ったよ』



第2話 「間合い:遠間」

「……ちょっといいか?」

「んあ?」

 

 それだけだった。

 

 ただそれだけのやり取りで、IS学園1年1組の教室から音が消えた。代わりに、それまで好き勝手な話題に花を咲かせていた生徒(しょうじょ)たちの目は一点へと集中した。

 

 彼女たちは舞台の上で今まさに始まらんとしている劇の幕開けを見逃すまいとするかのように、教室の誰もが身じろぎすることも忘れて静止している。

 

 そんな観客の目をくぎ付けにするこの舞台。始まるのは手に汗握る大立ち回りか、はたまた喜悲の入り混じったラブストーリーか。

 

 それを知るのは客の視線のその先の、男女二人の役者(キャスト)のみである。

 

 さて、その片割れたる我らが女優(ヒロイン)――――篠ノ之箒の内心はといえば、

 

 

 

――――言ってしまった。いきなり声をかけてしまった……!

 

 

 

 あまり穏やかではなかった。

 

 

 

 

 

 

 第2話 「間合い:遠間」

 

 

 

 

 

 

 微かに潮の香りがするのは、学園の屋上から一望できる風景の四方に海が広がっているからだろう。時折吹く風が前髪を揺らすたびに、鼻先に海のにおいが運ばれてくる。

 

 今日はIS学園の入学式であったが、天候は幸いなことに晴れ。

 

 その陽光が降り注ぐ学園の屋上には本物と見紛うような瑞々しい緑の人工芝が隙間無く床に敷き詰められており、今日のように天候に恵まれた日に寝転がるには最適の場所となっていた。 

 

 恐らく昼休みには昼食をとる生徒で賑わっているであろうこの場ではあるが、授業の合間にある短い時間に足を運ぶ者はおらず、現在は二人の生徒が立つだけだ。

 

 二人のうちの一人、授業を終えてすぐに理由も解らないまま屋上へと連れられてきた少年――――織斑一夏は、今は何をするわけでもなく落下防止用の手摺に手をついて海からの潮風に心地良さそうに目を細めている。

 

 そしてもう一人、気難しい表情のまま一夏の腕を取りここまで引っ張ってきた箒はといえば、一夏から五歩ほどの距離を空けた位置に立ち、睨みつけるようにその背を見つめていた。

 

(……どうしよう)

 

 率直に言うと箒は焦っていた。声をかけて屋上まで彼を連れ出したは良いが、その先のプランが真っ白だった。ここからどう話を切り出すのか、何を話せば良いのかが今の箒にはまったくわからなかった。

 

 自分の顔が緊張で強張っていることは、鏡を見るまでもなく自覚できた。そしてその緊張の原因は明白だ。

 

(――――いちか)

 

 かつて幼少時代を共に過ごし、そして周囲の人間によって引き離された少年。この六年もの間一度たりとも顔を合わせることが無かった幼馴染。箒はその顔を唐突に見ることになった。

 

 二ヶ月と少し前、彼は何の前ふりもなくテレビ画面に姿を現した。それも女装である。

 それが一夏であると気付くまでに僅かな時間がかかってしまったが、それも仕方のないことであった。だって女装である。

 

 今この屋上で潮風を受けて揺れるその髪は、長く美しい黒髪のウィッグの下に隠れ、こちらからは見えないその瞳もウィッグの前髪部分で隠れていた。さらに記憶を辿ってみると、テレビ越しのその顔には(今こうしている顔と比べて気づいたのだが)薄く化粧をしていた。服装は地元の中学の女子制服だったし、群がる警備の男共をいなしたり投げ飛ばしたりする際のかけ声が女のように高かった。

 

 これでよく気付いたものだ、と箒は今さらながらに思った。

 

(開いた口が塞がらないというのはああいうことを言うのだろうな……)

 

 『謎の少女』が彼(いちか)であると気付いた当時の箒の思考はしばらく混乱していた。何故にいきなりテレビ画面上に現れたのか? 何故にそんな場所にいるのか? 何故に女装しているのか? 何故に彼の実姉である織斑千冬が厳ついヘリの中から飛び降りてきたのか? 何故、なぜ、ナゼ――――

 

 

――――六年前(あのころ)と変わらないその表情で、わたしの前に姿を現したのか?  

 

 

 箒にとってこの六年間の生活は決して幸福とは言えなかった。安全が十分に配慮された豪勢な部屋を用意され、生活費も十全に手渡されており物質的には非常に豊かであった。だがそれでも彼女の目に映る世界の何もかもが精彩を欠いて見えた。

 

 家族や友人、近所の人間や父の道場の門下生まで、近しい人間関係を一度に失うということがどれほど目に入る光景を色褪せさせるのかを箒は嫌と言うほど知った。

 それからの生活では箒は以前のように学校の同級生達と親密な友人関係を築くことも許されなかった。元々生真面目で人付き合いが得意とは言えない彼女であったが、それでも何とかその場所に馴染んできたという辺りで『身辺の安全上の問題』で転校する――――そんなことがしばらく続いた。

 六年前の箒の心は厳しい父への憧れ、優しい母への憧れ、疑い揺れることの無い真直ぐな正義感、友達と駆け回り共に笑う楽しさ、そして淡い恋心、そういったものを(幼さゆえにどれも無自覚ではあったが)焚き木として鮮やかに燃えていた。

 だが、そうしたものを与えてくれていた人々は皆いなくなり、彼女の心は冷え、やがて平坦になっていった。

 そうしてその内面は物事を新しく積み重ね昇華していくことへの諦め、心の寄る辺の無い不安、そしてぶつける場所の無い漠然とした不満がその表情を『不機嫌』の色に染め上げ固めてしまった。

 

 一時期はそのことを振り払うようにひたすらに剣道に打ち込んでいた。たとえ人がいなくても、居場所がなくても、それでも、あの輝かしい時間の中で鍛え上げた『剣』だけは、まだ彼女の手にあったのだ。

 

 だから彼女はそれにすがった。すぐにリセットされる人間関係の構築にリソースを割くようなことはせず、ただ一心に、不乱に、寡黙に、苛烈に剣を振るった。

 

 そんな箒の姿は、見る者が見れば痛々しいと感じさせるものであったが、心の幼い者が見ればストイックに剣の道に邁進する立派な人間にも見えた。

 

 箒が中学3年生の時間を過ごした学校は夏休みに入る前に部活の現役を引退する生徒が少なくなかった。きたる受験勉強に備えるためだ。

 

 多く言葉を交わす仲ではなかったが、同学年の生徒たちが少しずつ引退していくのを横目にしながらも箒はその特殊な事情から他の3年生のように受験勉強に煩わされることはなかった。それゆえ彼女は夏休み中もずっと剣道場を使用していた。

 

 学業面における箒の成績は悪くなかった。性分なのか、はたまた余分な人間関係が殆ど無くなったために他にすることが無かったためか、部活以外の時間のほとんどを学生の本分たる勉学に割いていた彼女は学年でも10位以内に入る成績を維持していた。

 

 文武両道、才色兼備、そして憂いを帯びたその立ち姿。これらの要素は箒本人も自覚しないうちに、彼女にある種の歪んだ神秘性を纏わせていた。

 

 そんな彼女に憧れる人間も少なからず周囲にいた。

 

 その中の一人に1年生の少女がいた。同じ女子である箒から見ても小さい、と思えるほど小柄な体躯の持ち主で、竹刀を握るよりは泡だて器でケーキやクッキーを作るほうが似合いそうな少女だ。

 

 少女は夏休みの初めは遠くから、一週間が経つとすぐ横で箒が竹刀を振るう様を目を輝かせて見学していた。そうして次の週に入る頃には箒のことを『篠ノ之先輩』と呼び慕い、指導を願ってきた。

 

 箒も最初はそんな彼女を煩わしく思い『先生か2年に聞け』とあしらっていた。それでも諦めない少女にやがて箒も根負けし、いつしか二人並んで竹刀を振るうようになっていた。

 

 どちらも物事に対して真面目で一途であったためか、二人は気が合った。もっとも少女は箒とは異なり少しお調子者でもあったのだが、箒にはそれも昔の楽しかった時間を思い出すようで好ましく思うようになっていた。そうして箒にとって放課後の部活の時間は静かながらも心地よいものとなった。

 

 世界は僅かではあったが色を取り戻しつつあった。  

 

 

 そして、

 

 呆気なく破局を迎えた。

 

 切っ掛けはほんの些細なこと。どこでも見られるような学生同士の会話。

 

 

『お母さんが勉強しろって煩いんです』

 

 

 誰でも言うような親に対する愚痴だ。守られるだけの子供から少しだけ成長し、拙いながらも『自分』というものが立ち上がりだす年頃である少女は、他の例にもれず親との考えの違いを無意識ながらも感じ取っていた。

 

 そうして気軽に、本当に軽い気持ちで愚痴をこぼしたのだ。少女にしてみれば尊敬する先輩に同意してもらってもいいし、ほんの少し笑みを浮かべながらもたしなめてもらってもよかった。ただただ、目の前の憧れの人とちょっとしたおしゃべりを楽しみたかっただけなのだ。

 

 箒も微かに困った顔をしながらも、笑って可愛い後輩をたしなめた。その胸の痛みに気付くことなく。

 

 

 そんなやり取りが何度か続き、ある日それは起こった。

 

 

『ほんの少し力加減を間違えた、僅かに踏み込みを鋭くしすぎた、微かに威をのせすぎた』

 

 

 目の前で足首を抑えて横たわる後輩に言い訳するかのように、箒の心中はそんな言葉で満ちていた。

 

 後輩の愚痴は箒の気付かないうちにその胸の内に根を張って、大きく育っていたのだ。

 

 保健室に運ばれていく後輩の目には、痛みによる涙のほかに、恐怖の感情が見て取れた。

 

 結局、夏休みが終わる前に箒は逃げるように部活を退部し、学校で竹刀を握ることはなくなった。中学最後の大会に出ることもなく箒の細やかな幸せも消え去った。

 

 やがて箒の学生生活は、部屋と教室を行き来するだけの空虚なものに戻った。

 

 否、むしろ世界に色が戻りつつあった箒には、その僅かな色の欠乏にさえ一層強い飢えを感じるようになっていた。

 

 だからより強く、感じる心を止めたのだ。

 

――――もう、何も変わることはない。

 

 変化の無い繰り返すだけの毎日をただ耐え、感情の起伏が全く起こらない薄っぺらな時間を消化していくだけの日々を箒は受け入れつつあった。抗い反発して心を揺らすことさえ、もはや彼女には億劫であった。灰色の世界の中にあり、顔も名前も記憶に残ることなく通り過ぎていくだけの白くのっぺりとした人々の隙間で漂う年月は『篠ノ之箒』という個性を緩やかに、しかし確実に磨耗させていった。

 

 

――――何も変わらないのだから、心を動かす必要もない。

 

 もはや彼女を支える最後の糸は『実姉である篠ノ之束の考えていたことを知る』ことだけだった。それさえも希望の感情からくるものではなく『何故わたしが?』という負の感情によるものであったが。

 

 それでもその感情は箒の最後の支えとなった。

 

 自分がこんな思いをしなければならないほどISは重要なものなのか。夜の空に輝く星を、月を、そしてその先に広がる宇宙のことをあんなにも楽しそうに話してくれた実姉が、メディアの前で薄っぺらい笑みを顔に貼り付けて酷くつまらなそうに発表する必要が本当にISにはあるのか。

 

――――わたしの生活は変わらない。それは仕方の無いことかもしれない……でも、この生活にどんな意味があるのだろう? わたしがこんな思いをするに足るだけの価値がISにあるのだろうか?

 

 最初、箒はその問いの答えを得ようとすることに躊躇った。

 答えによっては今の箒の生活は本当に何の意味も持たなくなる。『意味があるかもしれない』という希望と可能性までも無くなれば、箒は完全に寄る辺を失ってしまうと思った。過ぎていくだけの日々に一片の価値も無かったのだと思い知らされてしまう。

 

――――怖い。

 

 そして、大好きだった実姉が、あの日一緒に星空を見上げた篠ノ之束が、今度こそ完全に失われてしまう気がした。

 

――――だけど、

 

 それでも箒は選んだ。IS(たばね)を知ることを。

 それは今にも切れそうな細い糸だった。辛い日々を耐えるべく必死に『意味』を見出しそれに縋る。

 先に行くためでなく、停滞の日々に身を置き磨り減っていく己を誤魔化すために『意味』を探すということの空虚さは、箒自身もどこかで感じていた。

 

 だがもはや日常に意味を求めずにいられるほど箒は強くあることができなかった。そんなことを考えずに済むように彼女を満たしてくれるものは既に無い。あるのは空っぽの心と、その空虚な闇の中へ答えの無い問いを投げ続けてさらに闇を成長させる時間だけだった。

 

 

 そんな時だったのだ。テレビ画面に彼の姿が映ったのは。

 

 

 

「なあ」

「え」

 

 

 目の前の背中が動き、一夏と顔を向き合わせる形になると、自分の顔が一気に熱くなっていくのを箒は感じていた。

 

――――ああ。

 

 長らく静止していた心が、感じていなかった熱が、顔を合わせただけで蘇る。その圧倒的な変化に、箒はただ茫然としていた。

 

 そんな箒に気付いた様子もなく一夏は次の言葉を続けた。

 

「久しぶり」

 

――――そうだっけ。

 

 その一言で、箒の胸の鼓動は驚くほど跳ね上がった。

 

 

 

 そうして、

 

 

 

「六年ぶりだけど、箒ってすぐわかったぞ」

 

 

 

 ほほ笑みとともに言われたその一言が、灰色の世界を一瞬にして崩壊させた。

 

 空白にがちり、と何かがはまり、急速に働き出した五感が世界をとらえた。

 

 海を駆ける風が肌を触れた。胸を打つ鼓動が聴こえた。心まで融かすような熱を感じた。止まっていた時間が動き出す音がした。

 

 

 

 そして見開かれた瞳に映るのは成長した少年と、

 

 

――――こんなにも、世界はきれいだったんだ。

 

 

 その背後に見える|どこまでも広がる空(インフィニットストラトス)の青。

 

 箒は一度息をはきだした。言うべきことを言うために。

 

 今度は大きく吸う。空気が舌の上を滑っていくのが、僅かに熱が下がったことで感じられる。

 

 色々な感情が渦巻きすぎて何を言うのが正解なのかはわからない。

 

 ただ、

 

 この時だけは『感じる心』に従おうと箒は思った。

 

 

 

 

 

 




箒さんはIS学園入学前の剣道の大会に出ておらず、しばらく竹刀も握っていない感じのねつ造です。

小さい頃にそれまでの人間関係全部真っ白になったのに原作であんな感じに振る舞ってるけど、本当に箒さんはそんなにタフなんだろうかというところから膨らんだ妄想。

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