幻想郷に中途半端に転生したんだが   作:3流ヒーロー

46 / 48

今更ですが東方キャラの能力などオリジナル設定と独自解釈があります。いやほんと今更ですいません。

ちなみにひしがきの呪いを纏った姿ですがNARUTOの人柱力のビーが言っていたバージョン2みたいな感じです。



ゆかりん大誤算

ルーミア以外、その場の全員が言葉を失う。闇に貫かれている先代巫女ですらも、今は目の前の衝撃に痛みさえ忘れ目を見開いていた。

 

「……ご、ふっ!」

 

しかし、貫かれた先代巫女が咳き込むとともにその口から血を吐く。

 

「っ!!藍!」

 

「……!」

 

その時、いち早く我に返った紫が先代を助けようとスキマを開く。それを援護するべく藍が爪を伸ばし瞬時にルーミアとの間合いを詰める。

 

「あら?」

 

ルーミアはあっさりと先代を離すと先代は紫のスキマによって何処かへと消える。その間に藍がルーミアを引き裂かんと爪を振り下ろそうとする。霊夢の時とは違う、正真正銘の殺意がこもった一撃。

 

「っ!?」

 

だが突然藍は攻撃の手を止めるとその場から身を引こうとする。ルーミアの背後、蠢く闇に藍の本能が最大級の警報を鳴らしていた。するとルーミアの背後の闇から剣山のごとく鋭く尖った闇が伸びる。藍は寸でのところでそれから逃れる。あと僅かでも引くのが遅かったら藍はそれに串刺しにされていただろう。

 

藍はルーミアから大きく距離を取ると瞬時にルーミアの周辺に陣を無数に描く。その中心に居るルーミアは、それに対し何の動きも見せない。ただその場に立って嘗ての三日月のような笑みを浮かべている。そして藍の周囲の陣が先程と同じく相手を圧殺せんと弾幕が放たれようとした。

 

「クスッ」

 

その戦いの中で、ルーミアの小さな笑い声が不気味なほどはっきりと聞こえた。刹那、闇が奔る。

 

「……な、に………!?」

 

信じられないという顔で、藍が呆然と呟く。

 

それを例えるなら、光。黒い光が瞬いた。そうとしか他に言いようがなかった。ルーミアを囲む無数の陣。その全てが光の如き速さの闇によって跡形もなく消し飛ばされていた。

 

「脆いわね」

 

変わらず笑みを浮かべるルーミアは、それを嘲笑うかのように言った。

 

(まずい……!)

 

予想以上のルーミアの異常な強さに藍はルーミアから更に距離を取ろうと下がる。あの一瞬、ルーミアは苦も無く全ての陣を破壊しつくした。恐らく、やろうと思えば藍もろともやられていただろう。既に霊夢もスキマで回収し下がっていた紫。藍はその前に紫を庇うような形で立つ。

 

宵闇の大妖怪ルーミア。確かに彼女はこの幻想郷において上位に位置する実力者だ。だがそれでも、これほどまでに圧倒的な実力を持ってはいなかった。ならば、その力の理由はただ一つ。

 

「……なぜあなたがその力を持っているの?」

 

紫が問う。その声は平静にしようとしつつも、確かに動揺が混じっている。

 

そう、今のルーミアは、かつてのルーミアとは明らかに違った。さらに先の陣を破ったことで、紫と藍はルーミアの力が恐ろしいほどに大きくなっている事を察した。そして何よりルーミアの操る闇。その闇が今有している力。……ひしがきと同じ命を侵す呪いの力。

 

「ふふっ、そんなにコレを持っている事が不思議かしら?」

 

「ええ、それは……この幻想郷ではもうひしがきしか持っていないはずのもの。なのに、あなたがそれを持っている。………いえ、言い方を変えましょう。どうやって私達から逃れたの(・・・・)?」

 

「……クスクス、そうね教えてあげるわ。それに関しては、忌々しい事に博麗の巫女に感謝しなきゃいけないわね」

 

ルーミアはそう言って足元に落ちていたリボンの切れ端、本来のルーミアを封印していた術符を踏みにじった。

 

「!…………そういう事、迂闊だったわ。あの時(・・・)、気付くべきだったわね」

 

紫は瞬時に何かを察すると悔しげに拳を握る。それをルーミアは楽しそうに見て笑う。

 

(本当に、なんてザマ……ひしがきならともかくよりによって彼女に憑く(・・)なんて………!)

 

今のルーミアの力は明らかに異常だった。紫や藍をもってしてもその力は隔絶していると言っていい。そして、先の一撃を見るにその力を十全に使いこなしているとみるべきだ。

 

(いえ、待って……十全に使いこなしているですって?)

 

紫がその事実に行きついた時、彼女は今度こそ凍りついた。

 

「…ま、まさかっ……!!!」

 

「紫様?」

 

己の主が放つ声に藍は思わず敵を前にして振り向いた。そして、驚愕する。あの八雲紫が、妖怪の賢者八雲紫が……青褪めていた。そんな紫を前に、ルーミアが増々楽しげに口を歪める。

 

「今頃気付いたのかしら、八雲紫?あなたたちが他に気を取られている間、たっぷり時間があったから………オカゲで、コウシテまた出テ来れたワヨ」

 

ルーミアの声に、何かが混ざる。それを聞いて藍もまた凍りつく。

 

「そんなっ……ありえないっ…!例えあなたの中にもソレがあったとしても、ひしがきがいる以上完全にはならないはず!」

 

紫が、叫んだ。

 

常に余裕を持ち妖怪の賢者としての風格を持っていた彼女が、ありえない事実を必死に否定していた。だが、彼女の頭脳は辿り着く。いや、辿り着いてしまった。

 

「まさかっ…………!!!!」

 

それは、ありえない事実。だが目の前にいるルーミアとその力から、紫の頭脳は嘗て先代巫女と共に戦った異変から今までの過去を一瞬にして遡り検証し、その答えを導き出す。

 

「――――ッッ!!!!」

 

万全を、期したはずだった。あらゆる可能性を視野に入れたはずだった。ひしがきの力はありえないモノだった。故に間違いないはずだった。そこから更に念を入れて手を広げて調査をした。そして芽を摘み取ってきた。だが、それも…………

 

「全テ無駄ダったト言うコトよ、愚カナ賢者!」

 

今度はルーミアが叫ぶ。その声はルーミアだけのものではない。それはまるで数えきれない程の怨嗟の声が重なり合い、ノイズの様にルーミアの口から発せられた。ルーミアの闇が、ルーミアを覆っていく。ルーミアの闇が、膨れ上がる。ひしがきの時とは違い、それはルーミアを覆うに留まらず巨大化していく。

 

「~~~っ!!させないわっ!!!」

 

紫は最悪の結末を回避するべく自身の全霊を振るう。今のルーミアは紫と藍だけでは対処できない。そう判断した紫は形振り構わず全力でもって時間を稼ごうとする。

 

だがそう易々とルーミアも待ってくれない。巨大な呪いの闇の塊となったルーミア。そこから紫目掛けて無数の闇が伸びていく。但し先程と違いその速さは光と呼べるほどのものではない。

 

巨大化するルーミアの闇。だが大きくなり過ぎた力は膨張しそのコントロールを圧迫していた。だが、それは紫も同じ。自身の全身全霊をもって極限まで集中している紫は遅くなったとはいえ無数の闇から逃れる暇がない。

 

「させんっ!!!」

 

紫を庇うように、藍が伸びる闇の前に立ちはだかる。だが先の戦闘で分かった様に、藍の力では今のルーミアの闇の前ではその障害となる事が出来ない。故に、藍もまた死力を尽くす覚悟を決めた。

 

八雲藍は九尾の狐。正確には九尾の狐と言う妖怪を触媒に、八雲藍と言う式神を憑けた存在である。藍はあまりに強い九尾の狐の力を制御するために紫によって生み出された存在だ。つまり強大過ぎる力の一部を封じる事で藍は理性と知恵を与えられ八雲紫の式として従っているのだ。

 

そして、藍は『八雲藍』と言う自らの存在を、外した。

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッッ!!!!!」

 

咆哮と共に藍の姿が人型から本来の姿へと変化していく。全身を稲穂のような黄金の毛並みが覆い、口からは鋭い牙がのぞく。日本のみならずインド、古代中国にもその名を残す最強の妖獣。白面金毛九尾の狐が、その姿を現した。

 

「アアアアアアアアアアアアァァァッ!!!!!」

 

迫る呪いの闇を、九尾の狐が蹂躙する。脚で踏みつぶし、牙で食い千切る。その象徴とも言える九本の尾で闇を薙ぎ払う。神々しくも禍々しい、まさしく神話に語られる妖獣。その力はまさしく天災の如くと言える。

 

だがそれでも闇は、留まることを知らない。九尾の狐が天災とするなら対するソレもまた天災。潰され様が千切られようが闇は九尾を呪い殺さんと迫る。

 

その中で藍は本能に飲まれそうになる理性を必死になって繋ぎとめていた。ルーミアの闇に対抗するために完全に近い形で自分と言う枷を外した藍であった。そうしなければあのルーミアには対抗できない。だが完全に意識を失っては今自分の後ろにいる主である紫にも危害が及ぶ可能性があった。荒ぶる自分の本能。九尾の狐であるその本能はまさしく暴虐の化身。その枷を外し且つある程度の手綱を持つという行為はまさしく天災を抑え込むという行為に等しい。

 

それができているのは、ある意味でルーミアの力のおかげであった。ルーミアの闇は徐々に九尾の狐の黄金を黒く侵していく。たいしてルーミアの闇はどれだけ迎撃しようとも勢いが止まらない。それどころかルーミアを覆う闇は更に膨張していく。それに比例してそこから伸びる闇は次第に大きく、また多くなってきている。九尾の狐を持ってしてもいずれは耐えきれなくなる。九尾の狐の本能も目の前の闇に対して危機を感じていた。それ故に、藍は紫を闇から庇いつつ戦う事が出来た。

 

それも、時間の問題だった。だが、それでいい。その時間さえ稼ぐことが出来ればいい。後は………

 

「――――――ッッ!!!」

 

主である紫が手を打つと確信していた。

 

紫がしようとしている事は簡単に言えばルーミアを結界で閉じ込めることだった。と言ってもただの結界では今のルーミア相手では簡単に破られてしまう。封印する方法も考えたが、どれだけ強力な封印を施そうとも今のルーミアにどれだけ効果があるか分からなかった。故に紫が取ろうとしているのは自分にとって最も得意とする分野で最大の効力を発揮する方法でもってルーミアを隔離するというものだった。

 

その方法とは単純に彼女が張れる最も強力な結界でルーミアを閉じ込めるという事。それも幻想郷を覆う博霊大結界並みの結界でもってである。紫はこの幻想郷を創った賢者の一人。まして境界を操る彼女にとって結界はその実力を最大限に発揮できる方法だ。

 

とは言えいくら八雲紫であろうとも、博霊大結界並みの結界を何の前準備もなく即座に用意する事は無謀と言える。それでも、彼女はその無謀とも言える行為を無理矢理押し通そうとしていた。その眼は血走り鼻から血が出ている。強く噛み締めすぎた事で奥歯は砕けていた。体中に激痛が走り体の内側が壊れ始めているのが分かった。

 

「――――――――――ッッ!!!」

 

 

紫が歯を食いしばる。その必死の形相は普段の余裕など一片も残ってはいない。紫の視界に火花が散った。如何に強力な能力を持っていたとしても彼女は全能ではない。自分の限界以上の力を行使したことによって、その体のいたるところに多大な負荷が掛かっていた。それでも彼女は止まるわけにはいかない。

 

今、自分の従者が命懸けで闘っているのだ。その主である自分がここで止まる訳にはいかない。何より、自分が最も愛するこの地の危機に、自分が命を張らずしてどうするのか。

 

『フフフッ、らシクナイわね八雲紫。随分余裕ノない顔をシテいルワヨ?』

 

ルーミアの楽しげな声が辺りに響く。しかし、藍の捨て身の奮闘に攻めきれずにいる状況に、僅かに苛立っていた。このままいけば藍を倒すことが出来るだろう。だがその前に紫が結界を完成させてしまう可能性もある。長い封印からようやく自由になったルーミアにとってこれ以上の余計な不自由は御免だった。

 

『残念ダケド、私はコレ以上我慢スルつもりハナイわよ』

 

膨張したルーミアの闇。そこから一条の闇が伸びる。藍に伸ばされた闇と比べれば、弱く細いその闇。だが、それで十分。

 

そう、戦場の傍らに倒れている意識のないひしがきには十分すぎる脅威となる。

 

(っ!!まずい!!!)

 

視界の端にそれを見た紫は焦った。ひしがきの力それが何なのか、今となっては紫にも分からない。ただ一つ言える事は、その力がルーミアと同類のものであるという事だ。輝針城の異変。その前にひしがきの元を訪れた鬼人正邪はこう言った。『我らの手に、力がある限り…いくらでもお前も強くなれる』と。

 

同類の力であれば、親和性が高いのは当然のこと。その力を得るためにルーミアは、ひしがきを喰らおうとしていた。ただでさえ紫と藍の二人掛かりで手を焼いたひしがきの力。それをルーミアが取り込んだとあればこの均衡は一気にルーミアへと傾く。

 

紫は能力を余分に裂く余裕など微塵もない。藍も同じく目の前の闇に対処するだけで精一杯だ。つまり、もう手の打ちようがなかった。

 

 

 

 

 

 

「…………………………………………ぁ」

 

その時、一人の少女が覚醒した。

 

この場に戦っている者、その全員がその存在など意識の隅にさえ置いていないであろう少女。わかさぎ姫が再び目を開いた。

 

「ここは……」

 

彼女は混濁する意識の中で自分の置かれた状況を徐々に思い出していく。ひしがきと別れた後、先代巫女に襲われ意識を失った。その後目を覚ますと、すぐ側で赤蛮奇と先代巫女が戦っていた。痛む体にムチ打って援護するもすぐに力尽きてしまった。

 

(そうだ……蛮奇ちゃんは…?)

 

わかさぎ姫が顔を上げる。そこに広がったのは2つの災厄だった。

 

「グルゥアアアアアアアアアァァァッ!!!!!」

 

吼えるのは体の所々を黒く侵されつつも黄金に輝く巨大な妖狐。そして、その妖狐に黒いナニかを伸ばす更に巨大な黒い塊。その二つが激突していた。

 

「ひっ……!!」

 

体の痛みを忘れる程の恐怖がわかさぎ姫を襲った。それもそのはず。片方だけでも強大過ぎる金と黒がぶつかり合っているのだ。わかさぎ姫は一瞬にして恐怖に支配された。全身を震わせガチガチと歯の音が鳴る。あまりの恐怖に逃げる事すら考える事も出来ずにただ身を震わせる事しかできなかった。それは、嘗て先代巫女とルーミアの戦いを目の当たりにしたひしがきの姿に似ていた。しかし、気弱なわかさぎ姫は昔のひしがき以上に恐怖に支配されていた。

 

黒い塊から何かが聞こえてくる。しかし、わかさぎ姫の耳にはその声は届かない。今彼女はその全てを目の前の災厄による恐怖に向けていた。それ以外の事は何も受け付けなかった。

 

黒い塊から何かが伸びる。わかさぎ姫が自分の近くに伸びるそれに対して視線だけを向けた。自分に近づく黒い塊の一部、それを凝視する。幸いそれの向かう先は自分ではないようだ。だがそれでも動く事の出来ない彼女はそれから目を離さずに見続け………その視界の先に見知った姿を捉えた。

 

「――――――ぇ?」

 

それは彼女にとって大切な友達だった。

 

「ぁ」

 

それは彼女にとってかけがえのない存在だった。

 

「―――――――!!!!」

 

恐怖とはすべての生物を縛るものだ。人間にとっても妖怪にとっても、それは同じだ。だが、たとえそれがどんな抗い様のない存在だったとしても、無意識の内に行動してしまう事がある。

 

「――――ひしがきさんっ」

 

それは、彼女にとっても同じことだった。

 

 

 

 

 

 

『………?』

 

自分が伸ばした闇の先。ひしがきを貫き喰らおうとした闇が別の何かを貫いた。わかさぎ姫はパクパクと口を動かして闇に貫かれていた。何を言おうとしているのか、その口からは言葉ではなく血が流れている。

 

『……チッ、雑魚妖怪が』

 

闇がわかさぎ姫を払い落とすようにして投げ捨てる。わかさぎ姫はひしがきに重なる様に地面へと落ちた。

 

「…………」

 

闇に貫かれたわかさぎ姫の傷から呪いが浸蝕して黒く広がっていく。だがそんなことを気にもせずに、わかさぎ姫は瀕死の身体でひしがきに覆いかぶさるように抱きしめた。まるで、何かから守る様に。

 

『……ソンナニそいツが大事ナラ一緒に死二なサイ』

 

ルーミアが再び闇を伸ばすが、ルーミアはひしがきに目をやると思い出したように

闇を止める。

 

『ソウいエば……そコノ人間にモ借りがアッタわネ』

 

先代巫女に力の大半を封印された時の忌々しい記憶、あの場所にひしがきもいた事を思い出す。

 

(なら博麗の巫女と同じ目に合わせてやろうかしら……)

 

ルーミアは先代巫女をあっさりと見逃したように見える。自分を封印した憎い相手であるにもかかわらずだ。しかし、実際はそうではない。ルーミアは先代を簡単に殺すつもりなどなかったのだ。

 

今の自分にとってあの巫女を殺すことなど容易い。ルーミアの持つ呪いの力はあらゆるものを侵し命を貪る。あまりにも強力でただの人間ならあっさりと呪い殺され塵と化すだろう。しかし、あっさりと殺してしまうのはつまらない。だからルーミアは、先代巫女がジワジワと苦しむように呪った。今頃内側から徐々に命が削られる苦しみに苦悶の表情を浮かべているだろう。それを思うだけでルーミアは恍惚とした顔を浮かべる。

 

ルーミアは闇で九尾を襲う事を続けながら思案する。力ごとひしがきを喰らい、八雲の主従を屠り去るつもりだったが、この人間を気絶させたまま殺すのはルーミアの気が済まない。かといってこのままでは紫によって多少なりとも動きを封じられる恐れがある。

 

(これ以上、待ってやるつもりなんてないけど……)

 

………だが自分は圧倒的な力を手に入れた。もはや幻想郷において自分を止める事の出来る相手などいない。八雲紫が何をしようとしているかは知らないが、所詮はただの時間稼ぎに過ぎない。今のルーミアにはそう言えるだけの確信があった。ならば、あっさりとすべてを殺しつくすのはもったいない。そうだ、多少時間をかけた方がいい。その方がこいつらはそれだけ苦しむだろう。

 

ふと、ルーミアが視界の端にあるものを捉えた。それを見たルーミアが、残虐な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

ひしがきの意識は今、真っ黒に塗り潰されていた。

 

それはひしがきの奥深い、深淵。ひしがきが瞑想した時、これ以上行けないと思った場所の先。それが今、ひしがきのいる場所だった。

 

限界を超え進んだ先で無理やり引き出した力は、自分のキャパシティをあっさりと超え意識を塗り潰した。あのまま闘っていたとしたら、今度はひしがき自身の器が壊れていただろう。幸か不幸か、先代巫女の夢想封印がそれを防ぐことになった。けれど、意識はこの場所に留まったままだった。

 

「    」

 

暗い。何も見えず何も聞こえず何も感じない。身体を動かすことも声を出すこともできない。それどころかひしがきが長い戦いの中で培ってきた感覚さえもこの場所では何も感じる事はなかった。

 

もはや生きているのか死んでいるのかさえも分からない。……いや、もう自分は死んでいるのかもしれない。完全なる無。あるいは、この場所こそが死後の世界なのかもしれない。この場所に漂うこの意識さえも、いずれは消えていくのかもしれない。

 

(……どこにいる)

 

だがそれでも、ひしがきの意識は薄れることなくこの暗い世界を漂い続けている。時間の感覚さえないこの世界でひしがきは意識を保ち続けている。何故なら、たとえどれだけ塗り潰されようとも消える事のない感情がひしがきの意識を繋いでいたからだ。

 

(奴らは……)

 

それは、憤怒。

 

躊躇なくひしがきをこの世界へ飛び込ませたひしがき自身の怒りが、この世界でも消えることなくひしがきを留めさせていた。

 

(何処にいやがる!!)

 

そして、何も感じないまま、ひしがきは探していた。見えずとも聞こえずとも感じずとも、憎き相手をこの手で殺すために。動けずとも叫べずとも、奴らの命を刈る取るために。暗い世界を、意識だけでひしがきは踠いていく。

 

『    』

 

その時、何も感じなかったひしがきが、何かを感じた。それまで感覚のなかったひしがきの意識は、その感じた何かに向かって行く。

 

(そこに、いるのかっ!!)

 

怒りのまま、向かって行くひしがき。そこに向かって行くにつれ、徐々にひしがきに感覚が戻っていく。それと同時に、怒り以外の感情もまた蘇ってくきた。

 

 

此処は何処だ?自分の中。―――今まで踏み込まなかった暗い深淵の先。

 

 

影狼は?―――八雲藍に貫かれた。

 

 

それからどうなった?―――覚えていない。ただ怒りに飲まれた。

 

 

霊夢は?―――分からない。何度か彼女に呼ばれた気がする。

 

 

蛮奇は?姫はどうなった?

 

 

『     ん』

 

再びひしがきはそれを感じる。ああ、これは声だ。間違えるはずがない彼女の声だ。よかった。彼女は無事なのか。

 

『 し   ん』

 

声のする方へと更に進んでいく。どうやら自分は少しずつこの世界から抜けて行っているらしい。彼女の声が自分を呼んでいる。ああ、自分はまた彼女に救われたのか。早く戻らないと。早く彼女たちを守らないと。

 

『 しが  ん』

 

だんだんはっきり彼女の声が聞こえてくる。何だ?彼女は何を言っている?

 

『    』

 

 

 

 

 

わかさぎ姫は、闇に貫かれ呪いに蝕まれながらも、意識のないひしがきを抱きしめる。自分など盾にもならないかもしれない。それでも彼女はひしがきを抱きしめる。傷つかぬようにと、苦しまないようにと。

 

彼女にとって影狼、赤蛮奇、ひしがきはかけがえのない存在だ。あれがなんなのか分からない。だがそれでも彼らの為ならば、たとえ其れなんであろうとわかさぎ姫は身を挺して庇うだろう。

 

『ふフっ、そウネ。コッチも呪ウ方が面白ソウね』

 

ルーミアの声にわかさぎ姫が顔を上げる。そしてその闇が向く先に、彼女は眼を見開く。その先に、彼女の友が、赤蛮奇が倒れていた。

 

わかさぎ姫が再び動こうとする。だが、彼女を蝕む呪いはすでに彼女の体の大部分を侵していた。わかさぎ姫は蛮奇のもとに行こうとするが、その場ですぐに倒れる。

 

『……そうネ、オ前も塵にスルノはやめマショウか』

 

ルーミアがひしがきの傍で足掻くわかさぎ姫の呪いを変える。そして、再び蛮奇に向かって闇を伸ばした。

 

「ああっ……!」

 

わかさぎ姫が悲痛な声を上げる。思わず彼女は蛮奇に手を伸ばすが、それは無情にも届かない。そして、その闇が蛮奇に届いた。

 

『クハはっ!』

 

楽しくて仕方ないとばかりにルーミアの口から声が漏れる。

 

『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!』

 

耐え切れずその口から哄笑が上がった。

 

その時、彼女の周囲が蜃気楼のように揺らめいていく。どうやら八雲紫の小細工がここにきてようやく発動するようだ。だがそんな物何の意味もない。仕込みは済んだ。後は憎らしい奴らがより苦しむようにするだけだ。その為に少しだけ猶予をやろう。ああ、でも待ちきれないかもしれない。博麗の巫女が、あの人間が、妖怪の賢者が、……そしてこの幻想郷が、苦しむのを早く見たい。

 

闇が蛮奇から離れる。その姿に目立った変化はない。だが、わかさぎ姫は分かった。あの悍ましい黒い塊に触れて、蛮奇が無事で済むはずがないと。

 

わかさぎ姫が苦しげに手を握りしめる。

 

「ひしがきさん……」

 

その言葉は半ば無意識に彼女の口から出た言葉だった。そう言えば、いつも助けてくれたのだ。いつも傍にいてくれたのだ。

 

「たすけて……」

 

追い詰められた彼女が思わず倒れているひしがきに、彼女は助けを求める。

 

 

「――――――――――――――ッッッ!!!」

 

 

その声に、倒れていたはずのひしがきが応えた。

 

ひしがきが、腕を伸ばす。その腕から呪いが伸びた。だがその腕は、ルーミアを覆う闇に比べ、あまりにもか細い。

 

そんなもの、眼中にないと言わんばかりにルーミアは笑い続ける。

 

 

 

『…………?』

 

だが、ルーミアは唐突に何か違和感を感じた。闇に覆われた自分の体。それに何か振動が響いた。

 

ルーミアが視線を下げる。

 

そこにあるのは、自分の闇。それしかない。ではさっきの違和感は何だったのか?首をかしげるルーミアは、更に違和感を感じる。

 

自分の腹部の一部が、熱い。この熱さは何なのか。ルーミアは熱さを感じる部分に目を凝らす。

 

そこは、朱かった。

 

朱い?何故?

 

よく見ると、その赤い部分だけ。自分の闇と何かが違う。そう、濃いのだ。一直線にその濃い黒が伸びていく方に目をやる。そこにいたのは、人間。嘗て自分が追い詰めた人間がいた。

 

『な……』

 

ルーミアは理解した。自分は貫かれたのだ。目の前の人間に。

 

『ナニイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッッッッ!!!??』

 

先ほどとは真逆、ルーミアの驚愕の叫びが上がった。

 

その絶叫が辺りに響く。それほどまでに彼女にとってはありえない出来事だった。だが突如その叫びと共に彼女の姿が、周囲に揺らめいていた蜃気楼に包まれるようにして消えていく。八雲紫。その渾身の結界術。それは世界を隔てる最大級の結界と呼べる。

 

『キサマ、ヒシガキイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィ……………―――――――』

 

怨嗟の声を発しながら、ルーミアはその中に消えていった。

 

 

 

 

ルーミアが消えると、その場を静寂が流れる。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

ルーミアを閉じ込めるために限界を超えた紫は、力尽き座り込んだ。横に倒れそうになる体を手で支えるが、結局支えきれずにその場に横たわる。

 

視線を周りに向けると此処に立っている者は誰一人としていなかった。藍は何とか妖獣の姿から戻ったようだが戦いで負った怪我と九尾の本能を抑え込んでいたことで心身ともに力を使い果たしたのかその場に倒れている。

 

わかさぎ姫は呪いが体を侵食している影響か力尽きている。赤蛮奇も先ほどから目覚める気配がない。そして、ひしがきもルーミアを貫いた後に再び気を失っていた。

 

「……………」

 

この場において意識があるのは自分しかいないらしい。だが紫はしばらくそのまま動くこともできずに倒れたままだった。

 

「お~~~~い!!」

 

突然空から凄惨な戦いの後とは思えない間延びした声が聞こえた。

 

「おいおいおいおい、一体こりゃどうなってるんだ!?」

 

魔理沙はまるで戦争でもあったかのようなその場の惨状に驚いた。だが、何より驚いたのはそこに予想もしない相手が倒れていたからだ。

 

「紫!?それに藍も!一体何があったんだ!」

 

「魔理沙……」

 

魔理沙が紫を抱き起す。こんな弱弱しい紫など魔理沙は見たことがなかった。そんな姿とは一番縁のない相手だからだ。

 

「紫、何があったんだ。霊夢は?いろはは?みんなはどうしたんだ!?」

 

「……霊夢は安全な場所に送ったわ。いろははもそう遠くない場所にいるはずよ。それより、頼みがあるの」

 

「頼み?」

 

「…ええ、できるだけ急いで私たちを…ここにいる全員を博麗神社まで連れて行って頂戴。」

 

「はぁ?そんなのお前のスキマで行けばすぐに……」

 

「……もう、そんな余裕もないのよ」

 

力なく言う紫に魔理沙は何か言いそうになるのをグッと堪える。

 

「分かった。けど後で何があったか全部教えろよな!!」

 

そう言って魔理沙は紫に肩を貸し立ち上がる。

 

 

「………ええ、何もかも、全部話すわ」

 

 

 

 

 

 

 






とりあえずここまで。次回、多くの方が知りたがっていた事のほとんどが明らかになります。

なのですが、その前に番外編を投稿する予定です。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。