ここから物語が大きく動いていきます。自分としては来年の3月までに完結できたらいいなって思ってます。
……しかし番外編を投稿した後の疑心暗鬼な感想が多かった。どうしてこうなった…あ、俺のせいか。
「………うん、いい感じだな」
自分が耕した土地。その土地で育み実を結んだ作物を見て満足そうにひしがきは頷く。神様なんて信仰しないひしがきではあるが、農民(本人はそう思っている)である身としては豊穣の神には感謝してもいいとも思う。
ひしがきは育てている作物の手入れをしながら、収穫の時期を楽しみに待つ。今年は例年よりもいい物が出来そうだ。心の中でひしがきは秋の姉妹神に小さく感謝した。ちなみにひしがきは彼女たちとは全く面識はないのだが。
「………」
ひしがきは手入れをする畑の土をつまむ。以前までは細々としか収穫できなかった畑が、今年は随分と元気に育ってくれている。或いは、育てた主の環境が変わった影響が、育てている物にまで影響を及ぼしているかのように活き活きとしている。
「……本当は、こうやって育てていくものなのかもな」
動物にしろ植物にしろ、何かを育てていくのに暗く沈んだ気持では上手く行く事はないのかもしれない。育てる側が活力に満ちていなくては、良いものは育たないのかもしれない。
そんなことを思いながら、ひしがきはおかしそうに小さく笑った。自分の今の現状があまりに前とは違い過ぎて。それがどうしようもなくむず痒く、心地よすぎて。顔を上げて汗を拭く。こうやって流す汗さえも、今は心地よかった。
「…ん?」
ちょうど顔を上げたところで、見知った顔が飛んで来るのが目に入った。
(…そういえば、鬼人正邪の事聞くのを忘れてたな)
自分の能力について何か知る手掛かりにならないかと考えていたが、異変以降彼女と…霊夢と会う機会がなかったためすっかり忘れていた。けれど今は、
(霊夢にも、話しておこう)
今の自分の生活を。きっと彼女なら、無愛想ながらに喜んでくれるだろう。ひしがきは手を止めて、霊夢を迎えるための準備を始めた。
「………」
いろはは刀を持ち、無言で構えたままの姿勢で立つ。凛としたその姿は、それだけで絵になるほどだった。いろはは意識を手の持つ刀に集中させる。柄から切先に到るまで、まるで神経が通っているかのようにいろはは感じる。それほどまでに、手に馴染む。
―――サァ
風がなびくと、それと共に木の葉が舞う。
「…シッ」
それに合わせ小さな息と共にいろはがその刀を振るった。
―――――………
そこに、風と共に舞っていたはずの数枚の木の葉が、一瞬で粉々に切り裂かれ地面に落ちる。一呼吸のうちに一体刀はどれだけ軌跡を描いたのだろうか。いつの間にか木の葉を舞わせていた風さえも、切り裂かれ止んでいた。
ふと、一枚の羽根がいろはの前に落ちてきた。
「………」
再び、いろはが刀を振るった。振るうのではない。気が付けば、刀が振るわれるという過程は終了している。過去形でしかそれを表すことが出来なかった。そう表現してしまうほどに、それは瞬きの如き一閃だった。
そして、宙を舞って落ちてきた一枚の羽は、綺麗に縦に切り裂かれていた。
「………」
いろはは切り裂いた木の葉や羽には目もくれず、刀だけを見つめる。そして、ゆっくりと鞘に納める。今彼女の脳裏にあるのは紫から教えられた3匹の妖怪。今のいろはには、それを切り裂く様が容易くイメージできた。
―――もしもの事はないようにお願いしますわ
紫の言葉が思い出される。
勿論、失敗などしない。この刀があれば斬れないものなどない。
何より、自分は
強い覚悟と共に、いろはは歩き出した。
「……ふ~ん、そんなことがあったの」
「ああ」
霊夢は久しぶりに会って話をするひしがきに驚いた。これまでの生きる事に苦痛しかないような悲痛な姿ではない。そこにはまるで別人のような姿があった。そして霊夢は静かにひしがきの話を聞き終えた。
―――ああ、そうか。やっと、救われたのか。
博麗の巫女として、決してひしがきに肩入れできない立場である事を、霊夢も心で痛んでいた。それがひしがきのその姿に、霊夢は安堵と共に、心にあった影が無くなっていくのを感じた。
「よかったわね」
霊夢は、万感の思いを乗せてひしがきにそう伝えた。
「――ああ」
ひしがきもまた、霊夢の言の葉に乗った思いを感じつつ受け取る。
話を終えると、ひしがきはいつも彼女が来た時にするように水筒と湯呑を取り出すと、お茶を入れて霊夢に差し出した。
「ほら」
「ん、ありがと」
ひしがきもまた、自分の湯呑を出してお茶を入れる。と、霊夢が持っていた包から小さな箱を取出し二人の間に置く。
「はい」
「?なんだ、これ?」
「お茶請けよ」
箱を開けると、中には和菓子のようなお菓子が入っていた。
「里で何か良い物が無いか魔理沙に聞いたらこれがいいて聞いてね、持ってきたわ」
「………」
「…ま、いつもお茶出してもらってばかりじゃ悪いから、たまにはね」
照れくさそうに霊夢は顔を背けてお茶をすする。その横顔を見て、ひしがきは穏やかに笑った。
「ありがとう」
その顔を見て霊夢は思った。ああ、こんな顔をしてこの人は笑うんだな、と。
穏やかな時間が、二人の間を流れていく。しばらく間そんな時間が過ぎていった。
「…そろそろ行くわね」
霊夢は立ち上がると軽く手で服を払う。
「そうか。今はまだ収穫の時期じゃないが、収穫出来たらまた持ってくといい」
「あら、いいの?」
「ああ、今年は豊作になりそうだからな。持って行っても十分の足りるさ」
「けど、今は一人じゃないんでしょ」
笑いながらそう言う霊夢にひしがきは苦笑する。
「そうだな。けど多少なら大丈夫だよ」
「そ、ならその時は遠慮なく貰うわね」
そういって霊夢は宙に浮かぶ。そしてひしがきに向き直る。
「それじゃあ、またね」
「ああ、またな」
またなと言うひしがきに霊夢も自然な笑顔を見せた。背を向け去っていく霊夢を、ひしがきはしばらく見送った。今度は彼女たちも交えて話がしたいと、そう思った。
「ん~~♪」
機嫌よく口ずさみながら影狼はいつもの様に皆で集まる霧の湖へと向かう。その足取りは軽く、尻尾は元気に左右に揺れていた。
「さってと、今日は何を話そうかな~」
彼女たちとひしがきとの間に話は尽かなかった。彼女たちは妖怪でひしがきよりも長い時を生きている。話せることはまだまだ多くあった。ひしがきにも本来は知りえるはずのない外界の知識もありその中で彼女たちの好きそうな話は多かった。
そうでなくても、4人で過ごす時間は楽しい。それはひしがきも影狼もわかさぎ姫も蛮奇も、共通して思っている事だった。
(ん~、今日はどうしよっかな…)
今影狼が考えているのは竹林にある住処に戻るかどうかである。ひしがきが彼女たちの為に作り直した家は彼女たちが過ごせるように作り直したものだ。その為泊まることが出来るだけのスペースがあるし彼女たちもまた私物を持ち込むなどして用意は揃っていた。何よりいちいち湖と竹林を往復するのは面倒である。
湖に住んでいるわかさぎ姫はいいとして影狼と人里近くに住んでいる蛮奇はひしがきの家とは距離がある。その為最近はひしがきの家に泊まる事は珍しくはない。
(初めはひしがきも随分困ってたけどな~)
ひしがきとしては彼女たちが自分の家に泊まる事は何の問題もない。そう、ただ泊まる事に関しては、だ。なんというか、彼女たち、特に影狼とわかさぎ姫は何の警戒心もなくひしがきの隣で寝泊まりしようとするのだ。これにはひしがきもさすがに待ったをかけた。誓って邪な考えなどなく彼女たちを傷つける事など以ての外なひしがきであるが、それでも慎みは持ってもらいたかった。と言うかああも近くで寝られるとさすがにひしがきも心中穏やかにはいられない。
そんな訳でひしがきは当初かなり戸惑っていたのだ。その慌て様を思い出したのか影狼はおかしそうに笑みを零す。ひしがきのそういった仕草が彼女は好きだった。
「また3人でこっそり潜り込もうかしら」
ひしがきの驚き戸惑う様子を想像しながら影狼は楽しそうに歩く。
(……あら?)
ふと歩いていく先に人影が見えた。
(こんなところに人間なんて珍しいわね)
見慣れないその人間……桜色の衣に刀を背負った人間に首を傾げながらも、影狼は特に警戒せずにその横を通り過ぎる。
その刃のような視線が、自分の背後から向いている事に気付かないまま。
霊夢はひしがきと別れた後、いろはの様子を見るためにいつも彼女が鍛錬している場所に来ていた。
「ここにいると思ったんだけどね」
当てが外れ目的の人物がいないとわかると次に向かおうとする。
「霊夢」
その背後から、彼女の良く知る声が霊夢を呼び止めた。
「こんな所でどうしたのよ?」
思わぬ場所での遭遇に、霊夢は何か面倒な予感と共に声の主、八雲紫へと向き直った。
「……何かあったの?」
相変わらず口元を扇で隠して表情が読めないが、いつもの胡散臭さとは違う……どこか剣呑な雰囲気の彼女にどうしたのかと霊夢は問いかけた。
霊夢の問いに、紫は僅かに間を空けて口を開く。
「霊夢、博麗の巫女として…あなたにしてもらわなければならないことがあるわ」
いつもと違う、有無を言わせぬ紫の言葉に霊夢は目を細める。
「どういう事?」
「何も特別な事はないわ。ただ、巫女としての務めを果たしてもらいたいだけ。……ただし、弾幕ごっこではなくてね」
「……本当に退治しろって事?」
「その通りよ」
「…一応聞くけど、その意味が分かって私に言ってるの?」
博麗の巫女が、妖怪を退治する。それはある意味で当たり前で、しかし今の幻想郷に於いては大きな波紋を呼ぶ。それを分かって言っているのかと、霊夢は紫に問う。
「ええ、もちろん。これはこれまであなたが解決してきた異変とは違う。そして、幻想郷を管理する巫女として、やらなければならない事よ」
「………」
霊夢としても、それは分かっていたことだった。自分が考え広めた弾幕ごっこ。人間と妖怪が殺し合う事のない世界を作るための方法。しかし、全てがそう都合よく進むはずもない。いずれ、それに従わない妖怪と戦う事になると。
今までに知性の低い妖怪を退治した事はあった。しかし、紫が直接自分の所の来たという事は、これまでとは違い知性があり、且つ退治せざる得ない妖怪がいるという事だ。恐らく、紫はそれを自分に伝えに来たのだ。この幻想郷を管理する妖怪の賢者として。
「…それで?どこのどいつなの?」
ならば博麗の巫女として、自分もまたやるべきことをしなければならない。気持ちを切り替え霊夢は紫に応えた。
そして、紫から告げられた妖怪の名に、目を見開いた。