幻想郷に中途半端に転生したんだが   作:3流ヒーロー

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短編が出来上がったんで次に投稿します。




物語は繰り返される

 

 

 

 

ひしがきの予想は的中した。あれから彼女たちはよくひしがきの所に顔を出すようになった。ある時は3人一緒にやってきた。またある時は1人でも来ることがあった。そのたびに彼女たちはひしがきに色々な話をした。

 

3人が出会った頃の話。喧嘩をしたわかさぎ姫と蛮奇を影狼が仲裁するのに苦労した話。草の根ネットワークを結成した時の話。影狼が自身の毛深い事に悩んでいる話。蛮奇の頭と体が離れ離れになって3人で大慌てになって探した話。わかさぎ姫が一人で地面に上がったはいいものの途中で力尽き動けなくなった話。

 

そんな他愛もない、聞く方からすればどうでもいいような話を彼女たちはひしがきに話した。ひしがきは、彼女たちの話を静かに聞いていた。なんとなく、突き放しても無駄だと感じたからだった。

 

ひしがきもまた時折、彼女たちに自分の事を話した。もちろん八雲紫によって隠された自分の過去は話せない。だから当たり障りのない話しをした。殺伐としたひしがきの人生の中では妖怪たちとの闘いの日々が多かったが、彼女たちはそれよりもひしがきの能力について試行錯誤して苦労した事や槍を扱う為にただ振るい続けた日常、生活するために畑を耕したり作物を育てた事……彼女たちからすればどうでもいいような話ばかり聞きたがった。

 

ある日彼女たちがそれぞれ1人のでやってきた時、どうして自分たちがひしがきに近づこうとしたのか、その訳を彼女たちがひしがきに語った。妖怪である自分が、人間であるひしがきと交わろうとした訳。それは東方の世界の中では語られる事のなかった物語だった。それは彼女たち妖怪と人間の、出会いの物語だった。その話を聞いた時、初めてひしがきは彼女たちに尋ねた。どう感じて、どう思ったのか。きっと今の幻想郷では、霊夢たちが経験しているだろう出来事。霊夢から聞く異変の話とはまた違う、ひしがきの興味を引く話だった。

 

ひしがきにとってそれは遠い昔に自分が望んでいた物語だった。自分には、縁のなかった物語。妖怪と人間が出会い、共に語らい共に過ごす物語。だからだろうか、ひしがきは彼女たちと自分から過ごすようになったのは。もう手遅れだと、自分はこのまま一人で生きていくのだと思っていた自分に訪れたこの出会いを、もう一度大切にしてみようと思ったのは。

 

住む場所を、彼女たちが来やすいようにと湖の入り江近くに移した。張りぼて同然だった小屋は、彼女たちが居心地のいいように立て直した。彼女たちもまたそれを手伝った。いつの間にかその場所が、いつも4人が集まる場所になっていた。気が付けば、いつも4人で食事をするようになっていた。……いつの間にか、いつも無表情で、けれどどこか悲壮なひしがきの顔に、悲しい色が薄れていった。

 

 

 

そして、今日も霧の湖の端で4人は一緒にいた。今朝も朝から3人の妖怪は当たり前のようにやってきてひしがきと一緒に食卓を囲む。

 

「それじゃあ、いただきまーす。」

 

影狼が元気よく手を合わせる。

 

「ん、いただきます」

 

蛮奇が目を閉じて手を合わせる。

 

「いただきます」

 

わかさぎ姫が品よく手を合わせる。

 

「はい、召し上がれ」

 

それを見て、ひしがきも手を合わせた。

 

 

 

 

かつて博麗の代理と呼ばれた少年は、全てを失った。家族や帰る場所、自分の拠り所となるものすべてを失って、それでも博麗の代理として生きていた。

 

けれども今、彼は笑っている。かつて自分が望んでいた、妖怪と人間の出会いを通して。その出会いをもう一度……今度こそ大切にしようとして。

 

 

 

 

 

 

ギリッ

 

遠く離れた場所からスキマを覗いていた妖怪、八雲紫はそこから見える光景に口元を扇で隠しながら、忌々しげに奥歯を噛みしめた。それは普段の胡散臭い笑顔を見せて考えの読めない彼女を知る者が見たらその多くが驚くであろう、感情を隠せずに苛立っている彼女の姿だった。

 

「……まさかこんなことになるなんてね」

 

賢者と呼ばれる彼女にとっても、スキマから覗くひしがきたちの様子は予想外だった。全てを失ったはずだった。家族や帰る場所だけではない。自分の式を使い見捨てさせ他人を信用しないように仕向けた。博麗の代理として生きさせることで人里の恨みを背負い、妹からも憎悪を向けられるようにした。

 

だというのに、なぜあの人間は正気を保てる。なぜ恨まない?なぜ呪わない?あまつさえあの人間は後任である霊夢が自分と違って優遇されているにも関われず彼女に助言までもした。そして、今は笑顔を浮かべ妖怪たちと共に過ごしている。何一つ希望などなかったはずなのに、まるであの人間には全部なくしてもすがる事の出来る何かがあるかのようだ。そんなもの無いはずなのに。無いようにしたはずなのに。

 

「紫様」

 

「……なにかしら」

 

「私があの妖怪たちを始末しましょうか?」

 

「…………いえ、その必要はないわ」

 

己が従者の声に、八雲紫はもう一度冷静になってどうするかを考える。天邪鬼との一件で、ある程度までひしがきの力が熟した事は確認できている。だが現状を考えるに、今のひしがきでは力の進展は見込めないだろう。ならば次に取るでき一手は……。

 

「……気の毒だけど、この幻想郷のために……あなたが救われては困るのよ」

 

 

 

 

 

博霊霊夢は境内の掃除をした後、縁側でお茶を飲んでいた。今日は魔理沙といろはは来ていない。あの二人はよく理由もなしにやって来るが、別に他にする事がない訳ではないのだ。魔理沙は独自に魔法の研究をしているし紅魔館の図書館にも出入りしている。他の魔法使い、パチュリーやアリスとも交流がある。いろはは人里の退治屋として里の治安を守る義務がある。よく里のはずれで鍛錬に励んでいるし、紅魔館の咲夜や白玉楼にいる妖夢とは同じ刃物を使う者同士たまに手合わせをしているそうだ。

 

霊夢は自分から誰かの元に行く事はあまりない。何かしらの用事がない場合は神社にいる事がほとんどだ。それでも、霊夢の周りには誰かしらがいる。人間の他には妖怪か、はたまた妖精か、あるいは神か幽霊か。

 

「そういえば最近会いに行ってないわね」

 

そんな霊夢が自分から会いに行く数少ない例外、ひしがきに最近会っていない事を思い出した霊夢は会いに行こうかと考える。

 

(あの異変の事でも、まだお礼を言ってなかったし。いい機会かしら)

 

霊夢はこの間の異変、鬼人聖邪が起こした異変の際に自分たちを助けた黒い壁がひしがきによるものだと気づいていた。礼を言わなければと思っていたもののあれから気絶した鬼人聖邪と縮んだ少名針妙丸を神社に運んだ後、やってきた紫と藍が話を聞きたいからと鬼人聖邪を連れて行ったり、行く当てのない針妙丸を神社で預かる事になったり。その後香霖堂へ行って針妙丸に合う服やら生活に必要な物を探したり、紫から解放された鬼人聖邪が性懲りもなくまた暴れ出したと思ったらあの厄介な黒い瘴気をなくした代わりに色々な道具を使って手間取ったりとドタバタしている内に間が空いてしまった。

 

霊夢は立ち上がると湯呑を台所に片付けて霧の湖に行こうとした。

 

「霊夢」

 

出かけようとした霊夢は呼ばれ振り向くと、そこには母、先代巫女がいた。

 

「出かけるのか?」

 

「うん、ちょっとそこまで」

 

「そうか、なら里で食料を買っておいてくれ」

 

「……もう無くなりそうなの」

 

「異変の後の宴会で随分と使ったからな」

 

いつの間にか異変の後の恒例になった宴会。これまでは異変を解決した側と起こした側、それとただ騒ぎたくて参加する者たちがそれぞれ持ち寄って宴会をしていたのだが、今回は起こした側が1人は連れ去られいないのともう一人はとてもではないが何か持ってくることのできる状態ではなかったために神社の方から余分に出す羽目になった。

 

霊夢としては最終的に今回の異変を解決したのは自分たちでない為にあまり乗り気ではなかったが、魔理沙がとりあえず解決したから騒ぎたいと始めたために他の騒ぎたい連中が集まってきたのだ。魔理沙からしたら自分が解決できなかったのが悔しくてとりあえず騒いでリフレッシュしたかったからと言うのもあったのだろう。今頃は紅魔館にでも行って魔法書を漁っているかもしれない。

 

(そういえばいろはは大丈夫かしら?)

 

異変の後も、いろはは自分があの時何もできなかったのを悔やんでいた。

 

(無駄に責任感が強くて背負い込もうとするからね、あの子は)

 

それに、いろはもまた気付いているかもしれなかった。あの黒い壁が誰によるものなのか。

 

「……わかった。ちょっと人里の方にも行ってくるわ」

 

「ああ、頼んだ」

 

母に見送られて、霊夢はまず霧の湖へと向かった。

 

 

 

 

 

人里から離れた森の中。そこは一人の少女の鍛錬の場として使われていた。

 

いろはが刀を振るう。

 

以前使っていた愛刀がこの前の異変で壊れてしまった。なので人里にある刀の中でいろはは一番自分に合うだろう刀を選びこうして振るっている。以前使っていた刀はいろはが長年使っていた馴染みのある刀だった。今振るっている刀はなかなかの業物ではあるものの、どうしても振るうと違和感が出てしまう。その違和感を無くすために、いろはは早くこの刀に慣れようとする。

 

「…しっ!」

 

吐き出す息と共に振るわれる斬撃は洗練された太刀筋を描く。ただ無心になって刀を振るういろはの姿は、嘗てここを同じく鍛錬の場としていた少年と重なるものがあった。

 

いろはは刀を振るうのをやめるとじっと手の持つ刀を見つめる。里にあるの物の中では一番手になじんだ一振り。刀自体の仕上がりも悪いものではない。むしろ十分に業物と言える。

 

「……やっぱり、ちょっと違う」

 

それでも、いろはは僅かな違和感にスッキリしない何かを感じていた。それほど拘って武器を選ぶことのないいろはだが、刀と槍に関しては違っていた。それは二つともいろはの手によく馴染んでいたという事。ずっと手に馴染んだ得物を使っていたいろはにとっては馴染み切らない刀にはどうしても違和感が残ってしまった。

 

別にそれでいろはの強さがどうこうなるわけでもないのだが、異変の時に悔やまれることがあったため今はその僅かな違和感もいろはにとっては捨て置けるものではなかった。だが、今ある最も自分に合った刀がこれである以上、無い物ねだりをしても仕方がない。いろはは切り替えて次に槍を持って構える。

 

「………」

 

先ほどとは違う、カチリと隙間なく自分が完成する様な感覚。自分に構えた槍の先まで神経が伝わっているように感じる。凛としたその構えには一部の隙も一点の曇りもない。

 

やはり手に馴染んだ得物は違う。僅かに口の端を持ち上げて満足する。

 

「見事ですわね」

 

突然背後から掛けられた声にいろはは反応し構えた槍を出しそうにそうになるが、それが自分の知る声だとわかるとすぐに槍を下げる。

 

「…紫?」

 

「お久しぶり。また腕も上げたみたいね。その歳で大したものですわ」

 

八雲紫。いろはとも何度も面識のある妖怪がスキマから顔を覗かせていた。

 

「…どうしたの?」

 

何度も面識があると言っても紫といろはは親しいと言える間柄ではない。霊夢と共に過ごし異変に関わる中で自然と会う事が増えたのだ。それなのに自分一人の時にこうやって声をかけて来るのは珍しかった。

 

「少しあなたにお願いがあってきましたの」

 

「…?」

 

紫は口元を扇で隠しながらいつも通りの笑顔で話す。いろはは、この紫の自分を掴ませない飄々とした態度が少し苦手だった。

 

「先日の異変、あの天邪鬼があなたたちを追い詰めた瘴気ついて、あれは元々あの妖怪の持つ力ではありませんの」

 

「…うん」

 

それはあの時、霊夢も言っていた。あの力、あの異常な力はどう考えても普通ではない。いろはもまたあの力の異常さを身に染みて感じたのだから。

 

「あの後天邪鬼から話を聞いた所によると、あの力はあることをきっかけにあの妖怪の中に現れたそうですわ」

 

「…そんな事、あるの?」

 

「ありえない事はありませんわね。力とは些細な事をきっかけに偶然目覚めてもおかしくない。ただ、あの力が天邪鬼に宿ったのには理由がありますの」

 

「…理由」

 

首を傾げるいろはに、紫は僅かに目を細めた。

 

「怨霊、ですわ」

 

そして紫はあの力、霊夢達を追い詰めた力の源について語り出した。

 

「怨霊とは憎しみや怨みをもった霊。または非業の死を遂げた霊を指すもの。それらは生きている者に対して災いを与えるとして恐れられている。そしてあの異変で天邪鬼が使った力は言ってみれば純粋な怨霊そのものの怨念の力。この世に存在する者を呪う力とでも言うべき力……」 

 

「………そんなもの、本当にあるの?」

 

あの力をまじかで見てその異常性を見たいろはではあったが、紫の言葉に疑問があった。鬼人正邪は妖怪だ。怨霊がその力を持っていたのならばわかるが、なぜ鬼人正邪がその力を持っていたのか。

 

「確かに怨霊と妖怪は違いますわ。知っての通り、妖怪とは人間の恐れのよってその存在を維持している存在。本来ならば生きている彼女には生きたものを呪う怨霊そのものの力は使えません。―――ですが、彼女自身には使えなくともいいのです。正確に言えば、あの時力を使っていたのは彼女ではありませんでした」

 

「………操られていたってこと?」

 

「少し違いますわ。あの時の彼女は自分の意志で動いていた。ある意味で言えば彼女は導かれたと言うべき何かしら」

 

「…導かれた?」

 

「そう。あの力が彼女に宿った時、彼女は気づいていなかったかもしれませんが徐々に彼女の精神は汚染されていた。特に彼女自身強者に対しての反骨精神が強かった分それが大きく膨れ上がった。あの時鬼人正邪は力を使ったと思っていたかもしれないけれど、本当は彼女の中に宿った力が彼女の意志に呼応していただけ。しかも彼女自身は知らず知らずのうちにその力に支配されつつあった。あのまま行けば、彼女は怨霊に身も心も喰われて自我を無くし、より強力になって本来の力を発揮していたでしょう」

 

本来の力。つまりそれはあの時は本来の力ではなかったという事だ。

 

「…あれで、全力じゃなかったの?」

 

「本来怨霊の力とは生者を呪う物。妖怪であろうとこの世に生きている鬼人正邪には……いえ、生きている者に扱える力ではない。まして、あの力はただの怨霊が持つものとは違う遙かに強大な物。かつて、先代の博麗の巫女が身を引く切っ掛けとなったものと同種のものですわ」

 

いきなり告げられた正邪の力の事実にいろはは驚くが、それ以上にあれが嘗ての巫女を引退まで追い込んだものと言う事実がいろはにとって衝撃だった。なるほど確かにあの時3人がかりでも手に余ったあの力ならば博麗の巫女を追い詰めることもできたかもしれない。

 

「…それで、頼みってなに?」

 

「おそらく……あの力を持つ妖怪はあの天邪鬼だけではありません」

 

「……っ!」

 

「天邪鬼の中にはもうあの力は残っていませんでしたわ。力その物も、あの時に消滅している。けれど、あれはまるで感染病の様に広がってはその種をまき散らしてしまう」

 

それはつまりあの力はまた再びどこかで現れるかもしれないという事だ。しかもまき散らしてと言う事は同時に複数出現する可能性もある。

 

「これ以上被害が出る前に根絶することができればいいのですが、それは発現する前は宿主の奥底に眠っていて力を蓄えるまで出てこない。それを見つける事は不可能に近い。仮に見つけられたとしても、奥底に隠れた力だけ消滅させることは出来ない。宿主ごと消滅させる必要がある」

 

ここに来て、なぜ紫が自分の元に訪ねてきたか、いろはは何となく理解した。霊夢は博麗の巫女。この幻想郷の調停者。如何に危険な因子であったとしてもそうおいそれと妖怪を殺すことは立場上あまりいいとは言えない。だがそれはもちろん自分も同じ。今の幻想郷のルールを破ることは出来ない。

 

だが、自分は里の妖怪退治屋。その妖怪が里に直接的な被害を加えたというのであれば、退治することんできる一応の大義名分ができる。

 

「…どうすればいい?」

 

事情を察し、今後の動きを聞くいろはの物わかりの良さに紫は満足げな笑みを浮かべる。

 

「あなたに頼みたいことはそう難しい事ではないの。そう、異変を起こした妖怪3匹を斬ってくれれば、ね」

 

紫はスキマの中にから一振りの刀を取り出すといろはに渡す。

 

「…!これ……」

 

いろははその刀の見事さにもさることながら、何よりも手に持った瞬間に以前の愛刀と同じく手に吸い付く様に馴染む感覚に驚いた。

 

「嘗て鬼をも切った安綱の一振り。童子切ほどではないにしろ伝説の名刀と呼ぶにふさわしい刀。差し上げますわ」

 

「…いいの?」

 

「もちろん。ただその刀を預ける以上、もしもの事はないようにお願いしますわ」

 

それだけ言うと紫はスキマを閉じてその場から去っていった。

 

「………」

 

いろはが安綱を抜いて刀身を露わにする。この刀なら、あの時文字通り刃が立たなかった瘴気でさえ切れる自信があった。どこか妖しく煌めく刀を眺めたいろはは刀を納める。

 

その目は、まるで刃の様に鋭かった。

 

 

 

 

 






徐々に紫の狙いらしきものが見えてきました。一体ひしがきはどう関係していくんでしょうか?

次回は短編となります。


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