ストックしたのを投稿しようとすると何故か書き直したくなる。
ひしがきは自分の目の前で手をかざす。目を閉じてイメージする。結界を展開するときの様に、呪いの力を出す感覚で。ただ違う点は、結界を出さずに呪いだけを引っ張り出すように。かざした手に意識を集中させる。
「………」
沈んでいく。自分の中の、暗い暗い底に。以前よりもはるかに深く沈んでいく。やがて五感が徐々に失われていくような、自分の存在そのものが希薄になってしまうような感覚に襲われる。しかし、不思議と底の暗闇に対して、恐怖はない。
「 」
擦れていく感覚の中で、ひしがきはそれに手を伸ばす。あと少し。あと少しで、それに手が届きそうな気がする。だが、
「―――ぁ」
ひしがきは本能的に沈むのをやめてそこから引き返す。
「ッッッッッップハァッ!!」
深い水の底からギリギリで浮上したかの様にひしがきは大きく息継ぎをする。全身に冷や汗をかいてしばらくひしがきはその場に座り込んで酸素を肺へと送り込む。
危なかった。あと少し、引き返すのが遅ければ、自分はあのまま戻れなかったかもしれない。前よりも深く潜れるようになった其処は、しかし未だに底が見えない。あの暗闇の先に一体何があると言うのか。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
乱れた息を落ち着かせながら自分の両手を見つめる。底は見えない。だがもう少しで、手が届きそうだった。たぶんそれが、あの時自分の中から這い出てきたモノ。その末端なのかもしれない。
「結」
結界を張る。目の前の黒い結界。自分の中の暗闇と同じ、けれど結界の中の暗闇はあの底程暗くはない。
(……やっぱり、似てる)
ひしがきが比べているのは鬼人正邪の力。命の蝕む呪いの瘴気。それとひしがきの結界はよく似ているとひしがきは感じる。
(いや、正確には…呪いの方か)
普段は結界と言う形で出してはいるが、ひしがきはこの力を数珠に籠める形でも出すことができている。そういう点で言えば、ひしがきの呪いは何かを介してしか表に出せないという事になる。
だがもし、自分があの底にまで行けるようになったとしたら。
(鬼人正邪と同じように力を振るう事ができる、かもしれない)
何故鬼人正邪がよりによって自分に下剋上をしようなどと勧誘してきたか。それは正邪が自分と似た力を持っていたからかもしれない。あの時自分が感じた嫌な予感。ひょっとしたら正邪も自分に何かを感じていたのかもしれない。
「………」
だが、問題は正邪があの力をどこで手に入れたかと言う事だ。それが終わったこの異変に不気味な影を残していた。それに今まで自分の能力についてひしがきは色々と推測してきた。正邪の力は自分の力がなんであるのかと言う疑問を解決する大きな手掛かりとなるかもしれない。
ひしがき自身、推測するにもそのための情報がないためいっそ『浸蝕する程度の能力』という事で片付けてしまおうかと半ばあきらめていた。実際そう考えてしまうと色々と納得もしてしまう。ひしがきは元々2つの能力を持っており風見幽香との戦いでこの能力に開眼した。しかし、それを呪術と思い込んでいたためにその能力は今まで不完全な形で結界に付随する形で表れていた。だがあの鬼との戦いを切っ掛けに無意識のうちにこの能力を発現させることが出来るようになっていた。そう考えると全部話が通る。ただ、ずっと謎だった自分の能力がどこか不気味なのは自分の気にし過ぎなだけだったとは考えにくいが…。
(……いや、もう考えるのはよそう)
良く考えればこの世界の住人の全てが自分の能力の原理について知っているというわけではないだろう。恐らくだが霊夢なんて能力について考えずに自分の出来る事程度に思っているのではないだろうか。
「…今更、そんなこと知ったからってどうこうなるわけでもないか」
そう。知ったところで何か変わるわけでもないのだ。何をしようが、自分の現状が変わるわけではないのだから。そう頭の中で片付けると、ひしがきは自分の住処へと戻って行った。
「……………」
そして、ひしがきは魔法の森にある自分の住処の前に居る妖怪たちを見てどうしたものかと途方に暮れていた。その妖怪たちとは今泉影狼、わかさぎ姫、赤蛮奇の3人である。彼女たちが来るであろうことはひしがきにも予想できていた。恐らく今度もまたお礼がしたいと言って来るのだろう。
(まったく……)
ひしがきにとってそれは有難迷惑だった。以前は押し切られる形で受けた礼だが、ひしがきには彼女たちと馴れ合う気はなかった。礼を言われること自体は嫌いなわけではない。ただ付き纏われたくはないのだ。霊夢の様に時たま会話をする程度ならいい。だが心配だからと言って異変に付いてこられるような関係になったつもりなどひしがきにはない。
(はっきり言うべきだな……)
礼などいらない、俺につきまとうなと。ひしがきは3人に向かって歩き出す。3人はこちらに気付き顔を向けた。
「お前ら「ひしがきさん!」って、おい、おまっ!?」
ひしがきが言う前にわかさぎ姫が涙目でひしがきに飛びついてきた。いきなりの事にひしがきは反応する事も出来ずにわかさぎ姫を受け止めきれずにそのまま押し倒される形で倒れてしまった。
「うわぁぁぁぁぁん!ひしがきさぁぁぁぁぁん!よかったぁ!ぶじでよかったですー!」
ひしがきにのしかかりながら、わかさぎ姫は泣いてびちびちと跳ねる。その後ろから影狼と蛮奇が苦笑しながらやって来る。
「だから大丈夫だって言ったじゃない」
「すまないね、ひしがき。わかさぎ姫はあの後別れてからずっと君の事を気にかけていたんだ」
「…………………………………………とりあえずどけてくれ」
ひしがきは今だ泣いているわかさぎ姫を指さしてそう言った。
……半ばなし崩し的な感じで3人はひしがきの家へと入った。とは言っても張りぼて同然のあばら家に客をもてなす用意などあるはずもなく適当に座っているだけなのだが。
「……それで、何の用だ?」
半ば答えが分かっているがそれでも一応ひしがきは彼女たちに尋ねた。
「まずは私たちを助けてくれたことに改めてお礼を言わせて欲しかったの。本当にありがとうひしがき。またあなたに助けてもらって」
3人を代表して影狼がそう言って3人そろって頭を下げる。
「………」
予想通りの答えにひしがきはああとだけ応える。もともと礼なんて欲しくはなかったしとにかく今は彼女たちに言うべきことをさっさと言うべきだとひしがきが改めて付き纏うなと彼女たちに伝えようとした。
「……ひしがき、あなたが…前の博霊だっていうのはホントの事?」
だが、その前に彼女たち尋ねた予想外の問いにひしがきは言おうとしたことを飲み込んだ。
「……………ああ、そうだ。俺は今の巫女が就く以前の、博霊の代理に就いていた」
僅かな沈黙を置いて、ひしがきはその問いに正直に答えた。一応、幻想郷で自分はある意味有名なのだが、彼女たちが俺を博霊の代理であることに気付いていないだろうことはなんとなく彼女たちの態度でわかっていた。隠すつもりなどなかったが、付き纏われるとは思っていなかったので言っていなかった。今にして思えば、会った時にこのこと言っておけばよかったかもしれない。そうすれば付き纏われることなどなかっただろう。だが、その後に続いた言葉は、またもひしがきの予想外の問いだった。
「そう。……ねぇ、だったら、聞かせてくれないかな。ひしがきのこと、どうして博霊になったのとか、博霊になった後の事とか…」
「………はぁ?」
思わずひしがきは目を丸くして間の抜けた声が漏れた。心底訳が分からない。一体どうしてそこで自分の事が知りたいなどと言う言葉が出て来るのか。よくよく考えてみれば自分が博霊の代理である事を聞きに来たこともおかしな話だ。誰に聞いたかは知らないが、どうせよからぬ話は聞いてはいないだろう。にも拘らず、それを本人に直接聞いて確かめようなどとは。いくらこいつらがお気楽な妖怪だとしてもそこまで不用心では……ないと言い切れないが、少なくとも馬鹿でもなければ愚かでもないだろう。
「……なんでそんなことが聞きたい?聞いてどうするつもりだ?興味本位なら話すつもりは……いや、そうでなくとも話したいことじゃない。やはりもう帰れ。もう会いに来るな。俺は、お前たちとは会いたくもなければ話したくもない」
目を鋭くして、目の前の彼女たちを突き放すようにしてそう言った。彼女たちは一瞬悲しそうに顔を歪める。―――――それでも、彼女たちはそこから動こうとはせずにひしがきを見つめる。
「ひしがき、何も興味本位で私たちは聞こうとしてるわけじゃないよ。ただ、私たちを助けてくれた人間が、どんな人なのか知りたいだけなんだ」
影狼に代わり今度は蛮奇がひしがきに話しかける。
「私たちはひしがきと会ったばかりだろ。だからひしがきの事を何にも知らない。でもさ、それは当たり前のことだ。だからこれから、少しでも知っていきたいんだ。ひしがきは私たちを助けてくれた。妖怪の私たちを、助けてくれた。ひしがき、どうして私たちを助けてくれたんだ?」
蛮奇の問いに、ひしがきは答える事ができない。それはひしがきにとって触れられたくない事だ。どうしようもなく弱い自分をさらけ出す事だ。
「ひしがきさん。私は、私たちはひしがきさんに助けられて嬉しかった。人間と繋がりが持てたことが嬉しかったんです。だから、ひしがきさんが話したくないと言うならそれでもいいです。でも、これからも私はひしがきさんと会いたいです。話したいです!」
わかさぎ姫が、まるで懇願するように言う。その顔は拒絶される事を怖がって顔を歪めているが、それでも目をそらさずにひしがきを見ている。
「―――――――」
彼女たちの言葉に、ひしがきは驚きと困惑で言葉が出なかった。自分の事を知りたいと言った。それがだめならこれからも会って話したいと言われた。なんとなく霊夢の時と状況が似ていると思った。霊夢はこんなにも直接的に言葉にはしなかったが、ここで彼女たちを帰しても同じように彼女たちはまたやって来るだろう。
ひしがきは目を覆って大きく息を吐いた。どうしてこうなったと、自問自答する。そんなことは分かりきっていている。そしてそんなことを思ったところで何も変わりはしない。
「はぁぁぁぁぁ…………」
再び大きく息を吐く。もう一度彼女たちを見る。何名を決意したような必死な顔だった。一瞬だけ力ずくで引き離そうかと言う考えが頭を過った。しかし、すぐに消し去った。
しばらく無言で考えた後……最初に言っておく事があった。
「とりあえず、いちいち大げさにお礼をするのはやめろ。というかもう礼はいらん」
これを言っておかないとまた面倒な事になりそうだ。
「あと、話したら今日はさっさと帰れ。わかったな」
そう言うと3人は一瞬驚いた後に、嬉しそう顔に笑顔を浮かべてコクコクと頷いた。
「ありがとう!ひしがき!」
「……言っとくがざっくりとしか話さんからな。あと礼はいい」
そう言って俺は彼女たちに語り始めた。自分が人里にいた事、いろはの兄である事など話せない事が多い為に本当に大まかな事しか話せないが、それで彼女たちが納得するならさっさと話してしまおう。
(たまに会いに来るのは霊夢だけで十分なんだがな…)
だが、何となくだが彼女たちは霊夢と違って面倒そうだと思った。