ヒロイン登場で感想に様々な反応がありました。
いきなり7年後を持ってくるのはミスったかと思いましたがそこら辺は寛大な目で見ていただけるとありがたいです。
今回から7年の間ひしがきがどう過ごしていたかを書いていきます。その間の異変は輝針城以外はあんまり触れませんのでご了承ください。
無縁塚の一角に、ゴミの山に埋もれるように小さなプレハブ小屋があった。人に忘れ去られ幻想郷に流れ着いたそのプレハブ小屋は窓が割れ扉は開けっ放しのままで外れかかっている。
中は埃にまみれで落ち葉が散っている。錆びついた折り畳みの机とパイプ椅子だけが寂しく置かれていた。
その小屋の隅に、小さく膝を抱えたひしがきが座り込んでいた。ひしがきは、顔をうずめて微動だにしない。いっそこのまま消えてしまいたいと願うように、ひしがきは小さく自分の体を抱えていた。
あの時、先代に博麗の代理で有り続けろと言われた後、ひしがきは博麗神社を去った後に無縁塚へと向かった。行く当てのない自分には、あの場所しか行く当てが思いつかなかった。
フラフラと、おぼつかない足取りで無縁塚に着いたひしがきは、ゴミの中に埋もれたこの小屋を見つけると、そこに身を隠すようにして居座った。
しばらくした後に八雲紫が現れて改めて条件をひしがきに提示した。
一つは先代がひしがきに言った通り、ひしがきは今後も博麗の代理であった事の認識を変えないという事。そして、代わりにひしがきがこれまで関わったすべての存在からひしがきの存在を消すことだった。
つまり、ひしがきは彼が歩んできた博麗以外の人生を幻想郷から、里から、家族から、弟妹から、そしていろはから忘れ去られてしまうという事だ。そして後に残るのは博麗としての記憶のみ。
まさしくひしがきは博麗の代理としてしか生きていけなくなることになった。
そしてもう一つ。八雲紫はひしがきに条件を告げた。
生き続けろ、と。
妖怪が、人間が、どれだけひしがきを追い立てようとも、死ぬことは許さない。どれだけ苦しもうとも、踠き生きろと。もし死ぬことがあれば、契約が破られたものとし自分の家族は再び
何故、俺になお生きろというのか。その真意を聞く前に、八雲紫は条件だけを告げた後姿を消した。
その場に残されたひしがきは、何も言わず再び顔を伏せて座り込んだ。
1日が過ぎた。更に2日。3日、1週間と過ぎ、ひしがきはまだそこに座り込んでいた。飲まず食わずで、身動き一つ取ることもなく。
このまま消えたい。このまま楽になりたい。苦痛からの解放を求める声が頭に木霊する。このまま、何もせずにいれば………
『 あにうえ…』
『 アニキ…』
『 にいちゃん… おにいちゃん… 』
「――――」
……だが、このまま死ぬことは出来なかった。のそりとひしがきは立ち上がる。俯きながらフラフラと歩く姿はまるで幽鬼の様で、生気を感じさせなかった。
博麗の仕事を退いた後のひしがきの生活は以前よりも厳しい状態が続いた。何故ならば人里という共同体から完全に切り離されたひしがきには食料や生活するうえでの必要な物資を自分ひとりで得る必要があったからだ。
獣を狩り魚を取り野菜を探してフラフラと幻想郷を歩き回った。しかし、里から追われた元博麗に幻想郷は過酷だった。
一人で彷徨う人間をみすみす逃がすほど妖怪は甘くない。それが自分たちを退治する博麗であるなら、恨む妖怪もまた少なからずいる。
恨むことはないにせよその存在を歓迎するコミュニティは妖怪側にも存在しない。一度妖怪の山に向かった時、ひしがきは天狗たちに拒絶され近づくなと警告された。
文字通り無縁となったひしがきは結局乏しい食料を抱えて元のプレハブ小屋に戻って行くのだった。
一度ひしがきは香霖堂に行ったことがあった。
森近霖之助はひしがきが人里の人間であった事やそれに関連した事など忘れているはずだ。しかし、博麗として親交のあった霖之助ならあるいは自分の助けになってくれるのではないかという希望があった。
香霖堂の扉に手をかける。
「…………」
もし、拒絶されたら……。ひしがきの頭に里の人間たちがよぎる。霖之助は、ひしがきにとって数少ない理解者であり、ひしがきは霖之助にどこか友情すら感じていた。
故にひしがきにとって霖之助からも拒絶されることは里の人間に拒絶されること以上に恐怖であった。
扉に触れた手が震える。やはり引き返そう。そう思い扉に背を向け足早に歩き出す。
ガチャ
その後すぐに後ろから扉が開く音がした。ひしがきが振り返ると、そこには香霖堂から出てきた霖之助の姿があった。
「あ………」
ひしがきは罪悪感にも似た居心地の悪さに、思わずその場から後ずさった。
「……何か用かい?」
霖之助は、淡々とした口調で尋ねる。
「……食料が欲しい」
ひしがきはしばらく迷った後、目的であった品を言った。霖之助は小さく頷くと、店の中に入っていった。
しばらくして霖之助が店から出てくると、その手に持った籠の中に米や野菜などの食料が入っていた。
「金はあるのかい?」
そう尋ねる霖之助に、ひしがきは持っていた物を霖之助の前に置いた。それは無縁塚でひしがきが拾った外から流れ着いた道具だった。霖之助が好みそうな物をいくつか選んで持ってきたのだ。
霖之助は置かれたその道具を一つ一つ手に取って調べる。そして、それが終わるとひしがきに食料の入った籠を差し出した。
「いいだろう。持っていくといい」
その言葉にひしがきは心から安心した。籠を受け取り大きく頭を下げる。霖之助は手を振り道具を持ってさっさと店の中に入っていった。その後も、ひしがきは頭を下げていた。
ひしがきは嬉しかった。かつての居心地のいい場所がもうなかったとしても、少なくともその場所に自分は拒絶されることはなかったのだから。
ひしがきは籠を両手で抱きしめるように持つ。その中には米と野菜だけではなく塩などの簡単な調味料も入っていた。
小屋に戻って食事の準備をしよう。
何日か振りにひしがきは僅かであるが安堵の表情を浮かべた。
「…………ん?」
ひしがきの視線の先からこちらに向かってくる人影が見える。恐らく数は一人。方角からして恐らくは人里から来たようだ。
見つかれば面倒なことになると思いひしがきは隠れるようにして道を逸れた。少なくとも今はできる限り里の人間に会いたくはなかった。向こうはこちらに気づいていないようで追ってくる気配はない。
そのままひしがきは無縁塚に向かおうとして、足を止めた。
待てよ?里の人間が一人で香霖堂にやってくるだと?
香霖堂では霖之助が拾ってきた外の道具と霖之助の発明品を売っている場所だ。はっきり言って幻想郷においてその店の需要は高くはない。そのため香霖堂に行く人間はほとんどいない。仮に一人で香霖堂に用があるとしたら、それはほとんどひしがきの既知しかいない。
一人は霖之助がかつて修行していたという霧雨の主人。もう一人は寺子屋で使う道具を買いにくる上白沢慧音。将来的には霊夢や魔理沙も加わるが今はまだ早い。後は……。
「っ!」
残りの人物に思い当たった瞬間、ひしがきはもと来た道を引き返していた。
その人物を、ひしがきはよく知っていた。香霖堂の事を教えたのは、ほかならぬ自分なのだから。何か必要な物があったなら森近霖之助に頼めと。
ひしがきはすぐにその人影に追いついた。その人物はひしがきの気配を感じるとこちらに振り向くいた。
背中まで伸びた黒い髪は一つに纏めている。着ている桜色の衣は動きやすいようにしているのか丈が膝上までしかない。その背中にはまだ丈に合っていない刀を背負っている。
そこには、いろはが立っていた。
『――――――』
二人の視線が重なる。
いろはは、ひしがきのことを覚えていない。正確にはひしがきが兄であったことを覚えていない。そしてひしがきと共に過ごした日々も覚えてはいない。それでも、
(……無事だったんだな)
あの時、血を流し倒れていたいろは。その後里を追われてどうなったかを知ることができなかった。そのいろはが今、自分の前に立っていた。その事実だけでひしがきは喜んだ。
いろはが無事でいてくれること。それはひしがきにとって自分の存在が肯定された事も同然だった。例え彼女にとって自分は他人だったとしても、自分にとって彼女は今もまだ大切な妹なのだから。
何か言葉を交わしたい。そう思いひしがきが口を開いた。
「よ―――ザクッ…………えっ?」
しかし、ひしがきが言葉を発する前に、目の前に銀閃が通り過ぎた。
そのあとすぐに、ひしがきは頬に暖かいものを感じた。手で頬に触れると、その手は赤く濡れている。
目の前には、いつの間にか刀を抜いたいろはがいた。
「―――――――――………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
わけが、わからない。手に持った籠が落ちて中身が地面に転がる。
何故、自分の手に赤いモノが付いているのか。
何故、自分の頬が鋭い痛みを感じているのか。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
何故、いつの間にかいろはが目の前にいるのか。
何故、刀を抜いて構えているのか。
―――――何故、そんな恨みのこもった眼で俺を見ているのか。
「………………………い、ろ……」
そして再び銀閃が奔った。
無縁塚。
幻想郷のはずれ。魔法の森を抜け再思の道と言う道を進んだ先にある場所。秋になるとこの場所には多くの彼岸花が咲き乱れ、春には紫色の妖怪桜が咲く。この場所は人や妖怪はまず寄り付くことが無い。ここの彼岸花は毒を持ち、妖怪桜が散り行くさまは悲しすぎるからだ。
そんな場所に一つの人影があった。
その場に立ち尽くし、ひしがきは天を見上げる。身体には真新しい無数の切り傷を負っている。その表情は、悲しんでいるわけでも苦痛に歪んでいるわけでもない。信じられない、と呆然としていた。
いろはが刃を向けてきた。あまつさえこちらに向かって切り付けてきた。その事実が、未だにひしがきは受け入れられなかった。
必死になっていろはに止めるように言葉をかけた。この理不尽な争いを早く止めようと、いろはの刃を避け続けた。
だが、いろはは止まってはくれなかった。恨みのこもった眼でこちらを睨むいろはは、一度だけ口を開いてこう言った。今まで聞いたことのない、冷たい声で。
「…お前のせいで」
無造作に点在する石の中、ひしがきは立ち尽くす。
何が、一体何が起こったというのか?
自分は今まで、ずっと戦ってきた。里のために、家族のために、弟妹のために、ずっとずっと戦ってきた。
なのになんだというのか?このありさまは?俺が何をしたというのか?それとも、俺が間違っていたというのか?
『…お前のせいで』
「……なんでだ?いろは?」
なんでそんな事を言うんだ?なんでそんな風に俺を見るんだ?
ひしがきの中で何かが大きく崩れ始めた。
無縁塚。ここには弔う者のいない人間が葬られる場所。
未だ生き続ける、ひしがきが行きつく先は――――
前に第二章は救済と言っておきながらこの始末……7年後を最初に持ってきたのはちょっとここら辺の絡みもあったんですよね。
どうしても最初はひしがきの人間(と妖怪)関係をなるべくゼロにしないと救済しづらかったんで。
ここまで来たらもうお終いだぁ、っと思うかもしれませんがちゃんとそんなことにならないように物語の筋はもう考えてあるので多分大丈夫…かと思いますよ?
いや、こうしないと物語繋がらなかったんです。とにかく今後の展開を楽しみにしていただけるとありがたいです。