幻想郷に中途半端に転生したんだが   作:3流ヒーロー

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ある~日~、森の中~

 

 

 

 

 

「妙な妖怪?」

 

 

「ああ」

 

 

朝の鍛錬を終えて朝食を取っている時に藍からその話を告げられた。

 

 

「ここ最近になって幻想郷で奇怪な妖怪が場所を問わずに暴れている。中には妖怪の山や大妖怪の縄張りにまで踏み込んでいることから後を省みずに暴れているんだろう。このままではいずれ人里にもその手が及ぶ可能性がある。今の内に始末しておいた方がいいだろう」

 

 

「ふーん……」

 

 

藍からのこういった妖怪退治の話は珍しい事ではない。この五年間、幻想郷の管理に当たって必要な妖怪退治は何度もあった。大妖怪クラスは今までなかったが今までより遙かに強い上級の妖怪とも数回戦った時もある。もっとも、その時は藍からの情報を元に何十にも策を張り、あらゆる可能性を吟味して必要な物資をそろえた上でかろうじて勝利を得ることが出来た。

 

 

俺が何の準備もなしに正面から戦えるのは中の下程度の妖怪だ。それ以上ともなると結界が通用しなかったら正面からは厳しい。基本的に俺の戦闘スタイルは結界の奇襲からの槍での止めと言う一連の流れがある。その形を追求してきた俺にとって結界が通じない相手にはそれなりの準備が必要なのだ。

 

 

話が逸れたが、今回のその妖怪についてもその強さに依っては準備をしなくてはならない。

 

 

「その妖怪について分っていることは?」

 

 

「それが、よく分らんのだ」

 

 

「…なに?」

 

 

今まで藍は退治する対象の妖怪について事細かに知らせてくれた。その妖怪の姿形、種族、特長、能力、弱点、場所などそれらの情報は俺の大きな武器だった。その藍が分らないと言った事に俺は驚いた。

 

 

「どういうことだ?」

 

 

「…これまで、見つかったその妖怪達は種族がまったく別の妖怪達だ。それが何故か凶暴化して奇形へと変化し暴れている。今のところその影響はそれほど広がってはいないが、このままでは被害が大きくなる可能性がある」

 

 

妖怪の凶暴化に伴う奇形への変化。これまでの仕事とは少しばかり毛色の違う事件だ。

 

 

「その凶暴化した妖怪に共通点はないのか?」

 

 

「それらの妖怪はある特定の場所の近くに縄張りや住処を持っていた。おそらくはそこに影響の大元があると見ている」

 

 

「つまり、今回は妖怪退治ではなく、その妖怪を凶暴化させている大元を見つけて壊すなり封印するなりするって事か」

 

 

「そういうことだな。おそらく周辺に影響を受けた妖怪達がいる可能性があるが、今のところ影響を受けているのは力の弱い下級妖怪ばかりだ。おそらく一定以上の力を持つ妖怪は影響を受けにくいのだろう。今ならお前でも十分に対処が可能だ」

 

 

「…なるほど。下手に時間をかけて強い妖怪に影響が出る前に解決した方がよさそうだな」

 

 

となれば今できる限りの備えをして、すぐにその場所に向った方がよさそうだ。例え凶暴化していようが下級妖怪ならば俺一人でも十分に対処できる。

 

 

「すぐに支度を済ませて行って来るよ」

 

 

「ああ、気をつけて行って来い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

藍に知らされた場所をに向かい、ひしがきは森の中を駆け抜けていた。

 

 

シャーーーーー

 

 

自転車で。

 

 

「よっと」

 

 

整地されていない地面をひしがきは自転車をこいで走る。霖之助に譲ってもらい改造した自転車はマウンテンバイクの様に凸凹の地面をスムーズに進んでいく。

 

 

ちなみに何もひしがきは好き好んで自転車に乗っているわけではない。力の無駄使いで消耗する事を危惧したひしがきは出来る限り力を温存して移動する為に何か方法はないかと探した結果、香霖堂にあった自転車に目をつけたというわけだ。

 

 

もちろん結界を張って空を走るほうがずっとスムーズに移動できるが、僅かな力の消費が命取りになる事を経験で知っているひしがきはそれを避けて地上を走る。日ごろから常に鍛えているひしがきにとっては自転車の移動など何の苦にもならない。

 

 

「……………」

 

 

徐々に目的地へと近づくにつれてひしがきの表情が厳しくなっていく。この五年間でひしがきは多くの死線を乗り越えてきた。臆病とも言えるその鋭敏な感覚が頭の中で警報を鳴らしていることにひしがきは気づいていた。

 

 

何かある。

 

 

ひしがきは自転車を降りて槍を持つ。細心の注意を払い周囲を探りつつ、息を殺し目的地へと向う。そして、それが姿を現した。

 

 

「―――――」

 

 

ひしがきは声を失う。

 

 

それは、あまりに奇妙な生き物だった。手がある、足がある、目がある、口がある、耳がある、鼻がある。奇妙なのはその数と位置だ。まるで適当にそれらを混ぜ合わせて作った奇妙なオブジェのような姿の妖怪。それが蠢いていた。

 

 

それは足で、あるいは手で地面を這う様にして歩いていた。点在する目がギョロギョロと辺りを見回している。慌てて身を潜め様子を窺う。

 

 

(あれが、例の妖怪か……)

 

 

「ォォォォォォ」「ゥゥゥゥゥゥ」「キィ…キィ…キィ」「ぁぁぁぁぁぁ」「グルルルル」「シューーーー」

 

 

あちこちにある口から声が漏れている。

 

 

明らかに、異常だ。元が何の妖怪か分らないほどに変化している。いや、妖力が溢れていることから限界以上の妖力の上昇に肉体が耐えられずに暴走しているのだろうか?

 

 

おかしい。藍からの話によれば妖怪の凶暴化に伴う変化と言う話だ。だがあれは明らかに妖力が上昇して溢れ出ている。そんな話は聞いていない。

 

 

(藍も知らなかった?妖力の上昇までには時間が空くのか?それとも一定以上の凶暴化の影響を受け続ける必要があるのか?)

 

 

しかし妖力自体の大きさが中級に届いていない事から下級妖怪であることがわかる。あれなら問題なく対処できる。

 

 

「……結」

 

 

結界で異形となった妖怪を捕える。今のひしがきにの結界は妖力が上がったとは言え下級妖怪に破れる代物ではない。黒い結界は妖怪を黒く侵蝕してその命を奪う。黒く侵された妖怪は塵となって消えた。

 

 

「……………」

 

 

しかし、ひしがきは相変わらず厳しい顔で塵となって消えていく妖怪を見ていた。頭の中の警報は今だ鳴り止まず、危険を告げている。嫌な予感がした。今までに似たような事態がなかったわけではない。実践の中では常に不測の事態が付き物だからだ。

 

 

一端引き帰して対策を練るべきか。頭に一瞬その考えが過ぎった。しかしもしこの影響が下級以上の妖怪にも出始めたら危険だ。多少のリスクはあるが、ここはできるところまでやるべきだろう。

 

 

ひしがきは慎重に辺りを警戒しつつ、先へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

警戒しながら進むひしがきは無言で感覚を研ぎ澄ましている。僅かな違和感も逃さぬように集中する。

 

 

おそらく異変の大元はもう遠くはない。その影響か周りには生き物の気配がない。途中、朽ち果てた妖怪だった物の姿があった。おそらく体の変化に耐えられなかったのだろう、既に死んでいる妖怪が数体ほど転がっていた。

 

 

どうやら大元に近づくほどその影響は強くなるらしい。そのせいか最初の妖怪以外とはここまで交戦していない。それでもひしがきは警戒態勢を解かずに進んでいく。

 

 

「これは……瘴気?」

 

 

進んだ先、そこは空気が淀んでいる。そのよどみの原因である毒素を含んだ妖気、瘴気が辺りに漂っていた。その中心に、まるで蒸気の様に瘴気を出している物がある。

 

 

「あれが大元か」

 

 

それは、おそらく陶器で作られた彫刻だった。仰々しく作られたその面貌は憤怒に模られ迫力に満ちている。

 

 

「……鬼瓦?」

 

 

そう、それは鬼だった。思わず鬼瓦と呟いたが形はそれとよく似ている。鬼の顔だけを模した陶器の彫刻。それは本来厄除けとして家に置かれて用いられる物だ。しかし、あれは一体なんなのだろうか?厄除けどころか災いの元になっている。鬼の語源は『隠』。その意味は目には見えぬもの、この世のものではないものを意味する言葉だ。ならばあれはその意味を用いた呪物なのだろうか?

 

 

僅かに思考に沈むがすぐにそれを放棄する。まずは目の前の異変の大元を抑える事が先だ。その後に藍に聞けば済むことだ。本来ならば対呪物用に施した道具で目の前の鬼の陶器を包むなり覆うなりして、瘴気を閉じ込めた上で神社まで持ち帰り壊すか封印するのだが今手元にはそのための物がない。

 

 

瘴気を噴出している呪物を直接神社まで運ぶのも自身に何が起こるかわからない以上危険すぎる。ならば少々荒っぽいがこの場で壊すしか方法がない。

 

 

「結」

 

 

鬼の顔をした呪物を通常の結界で覆う。密閉されたことで結界の内側が瞬く間に瘴気で満たされ淀んでい行く。まるでドブ川の様に空気が犯されていく。ひしがきはその結界に槍を向ける。それはかつて無縁塚で巨大な髑髏を祓ったのと同じ方法。

 

 

魔を払う力を持つ霧雨の槍の効力を結界に付与することで結界内を浄化する術。槍の力を使う為に行き着いた先は、自分にとって一番馴染みの深い力の使い方だろうとひしがきが作り上げた結界術。槍の力を引き出す為にひしがきが考えた方法だ。

 

 

巨大な怨霊さえも祓ったこの術ならば、得体の知れない呪物でも問題ないだろう。そして槍を結界に入れる。槍から白い波紋が結界に伝わり、それは結界の中に浸透していく。淀んでいた空気は清浄に、犯された大気は清涼に、浄化されていく。そして大元である呪物は、徐々に噴出する瘴気が少なくなっていく。やがて瘴気が止むと、鬼の顔に亀裂が入った。

 

 

おそらくは元々何かを呪うための物だったのだろう。それが槍の魔を払う効力によって砕けようとしていた。亀裂は顔全体に広がっていく。そしてとうとう、限界に達した鬼の顔が砕けた。これで異変は終わり、

 

 

のはずだった。

 

 

 

突然、結界が破れ目の前が爆発した。何が爆発したのか分からない。瘴気か、妖気か、あるいは別の何かか、とにかくそれは呪物が完全に砕けたとき弾けとんだ。

 

 

「ぐ、ぅぅぅ………!?」

 

 

体勢を立て直しつつ目の前に結界を張る。何が起こったのかわからないがとにかく直ぐに対処できるように体勢を整える。一体何が起こったのだというのか?結界越しに瘴気の立ち込める先を見据える。

 

 

ゴクリッ

 

 

思わず唾を飲み込む。落ち着け、不測の事態は何もこれが初めてではない。今まで何度も死地を経験してきたのだ。落ち着いて対処すれば問題は…………

 

 

 

 

――――ぞわぁ

 

 

 

 

背筋を走った悪寒にひしがきの思考が停止した。ただの悪寒にひしがきは思考を停止したわけではない。確かにひしがきは今までに数々の修羅場を潜り抜けてきた。力の弱いひしがきがその中で背筋に寒気を感じたことなどそれこそ数え切れないほどにある。ひしがきが思考を停止した理由、それはその悪寒がかつて2度ほど経験した最悪の悪寒に酷似していたからだ。

 

 

立ち込める瘴気の先、徐々にそれらの姿が露になる。大きな体、常人の倍はあるだろう体躯。太い四肢、まるで丸太のような筋骨隆々の腕と脚。溢れる妖気は今まで感じたどの妖気よりも力強く猛々しい。何よりその顔には見覚えがあった。何せつい先程まで見ていたのだ。その憤怒の形相を。

 

 

その頭に生えている突起物。それは武者の身に付ける兜にも見える、雄雄しい角。日本を代表する大妖怪、鬼。それが3体、目の前に現れた。

 

 

「……………」

 

 

やっぱりか。放心する中、ひしがきは思わずそんな事を内心呟いた。ひしがきが先程感じた悪寒。それはかつて圧倒的な強者に遭遇した時に感じたものと同種のものだった。

 

 

 

 

 

 


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