ゆゆゆゆ式   作:yskk

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「ほらこれ、縁から」

「おー、南国だ。いいなー」

 

 唯が自分の携帯に届いた画像を表示させる。ゆずこと一緒に両隣から覗き込むと、そこには綺麗な海をバックにした縁の姿が映っていた。

 透き通った青い海と白い砂浜。そこで両手を広げて楽しそうに笑う縁の姿は、さながら旅行代理店のパンフレットの一ページのようだった。

 

「……なんか特有のヤツかな?」

「島特有のヤツかな……」

 

 それも縁の帽子に、大きめの虫が一匹留まっていることを除けばの話だが。日本ではあまり見かけないような、緑色を基調としたその色合が気味の悪さを増大させていた。

 

「こうして見ると、縁ちゃんお嬢様みたいだね」

「……実際お嬢様だけどな」

 

 ゆずこの言葉に唯は冷静にツッコミを入れる。ほぼ毎年のように海外に家族揃ってバカンスに行けるのだ。彼女の言う通り、お嬢様以外何者でもないだろう。

 毎日暑い暑いと言いながら、クーラーの下で過ごしているだけの俺らとは大違いだった。

 

「それにしても……」

「……うん」

「虫率高いな……」

「わざとじゃないよね?」

 

 その後も唯が別の写真を表示させる度、画像のどこかしらに虫が写り込んでいた。それこそ、意図的ではないかと思うくらいの高確率で。途中からそれを探すのが目的になってしまうほどで。

 

「そういえばさ、昔から縁は小さい生き物に好かれてたよな」

 

 そんな画像を見ながら、唯は懐かしむような口ぶりで言った。

 

「そうなの?」

「あぁ、確かにそうだったな」

 

 小学生の低学年の頃だろうか。俺と唯、縁の三人が初めて同じクラスになった。

 既にその時には唯とは親しくなっていて、すごいお金持ちの子がいるらしい、なんて彼女とうわさ話をしていた。

 いざ実際にを見てみると、ぱっと見は普通の女の子なんだけど、何故かやたらと彼女の周りで蝶が飛んでいたり、野良猫に囲まれてみたりだとか、やっぱりどこか他人とは違っていた。 

 

 唯なんかはそんな光景を見て、お姫様みたいだなんて言っていたけれど、俺からしたら昆虫採集に便利じゃん、ぐらいに思っていなかった覚えがある。

 あの頃は小学校低学年男子の例に漏れず、虫取りなんかに明け暮れていたはずなのに、見ると嫌悪感の方が先に来るようになってしまったのはいつからなんだろうか。

 

 

「いーなー南国。皆で行ってみたいよねー」

「あたしは溶岩湧いてるとことか、見てみたい」

 

 縁から送られてきた写真を何度も見返しながら、ふたりの話は盛り上がる。

 ……悲しいかな、現状実現する当てのない話だけれども。

 

「もー、優くんはすぐそうやって夢のない事を言うんだから」

「そう言われてもなぁ、実際お金ないし」

 

 高校生の身分じゃ時間はともかく、金銭問題だけはどうにもならない。先立つものがなけりゃ海外はおろか、国内旅行だって行けやしないわけで。

 

「それはそうだけどさー」

 

 ゆずこはぶぅっと頬を膨らませながら不満を露わにする。

 

「でもわかんないよー。もしかしたら商店街の福引なんかで『一等、虫の少ない南の島ツアー』とか当たるかもしんないじゃん」

「……えらい限定的だな」

「だってこんなの見ちゃうと、ねぇ?」

 

 ゆずこは先程の携帯に映った画像をこちらに見せながら言う。まぁ、それを見せられると同意したくもなるけれども。

 

「気持ちは分かるけど、南の国には付き物なんじゃないか」

「うーん、やっぱりそうかなぁ。さすがにちょっと虫が良すぎる話だったかな……虫だけに」

 

 

 

 

「それにしてもさー、本当に可愛いよね縁ちゃん。お嬢様みたいで」

 

 ゆずこは寝転がりながら、未だ唯の携帯に送られてきた画像を眺めていた。

 

「さっきも言ったけど、実際お嬢様だからな」

「それは分かってるんだけどさ。そういう家の事とか抜きにしてもすっごいお嬢様っぽいんだよね、ほら」

 

 そう言ってゆずこはこちらに携帯の画面を向ける。

 水上コテージの上で、白いワンピースを身に纏って写真にうつる縁。その姿は、確かにそんな表現がぴったりだった。

 

「こんだけ可愛いと大変だよね。虫とか寄ってきたら」

「別に虫に容姿は関係ないだろ」

「や、そっちのじゃなくて、こういうのとか」

「……あぁー」

 

 ゆずこは俺に向けてビシッと指を差す。それを見た唯は納得したように頷いた。

 

「指を差すんじゃないよ指を。っていうか、よく分からんが酷い扱いを受けてる気がするんだが」

「だって、ねぇ?」

「ん~。まぁな」

 

 またしても唯は深く頷いた。彼女らの意図は分からないが、とにかくこの場に俺の味方は居ないらしい。

 

「だって親御さんからしてみれば悪い虫そのものだよね」

 

 ……ああ、なるほど。

 ゆずこのその発言を聞いて、ようやく彼女らの言わんとすることが理解できた。そして不覚にも、うまいこと言うな、なんて思ってしまった自分がいた。

 

「……って、いやいや、別にそういう関係じゃないから」

「はぁ~」

 

 ゆずこはちっちっと指を振りながら肩をすくませる。やたらと演技がかったその仕草に、若干イラっとさせられる。

 

「分かってないなー。事実関係がどうかなんて問題じゃないんだよ。お父さんにとっては、可愛い娘と仲のいい男の子がいれば、それはもう悪い虫なんだよ」

「だいぶ偏見だろそれ。とりあえず世のお父さんたちに謝っとけよ」

「えぇ~。でも、うちの娘はやらん! とか言われなかった?」

「言われねーよ。少なくとも、縁のお父さんはそんな事言うような感じの人でもなかったし」

 

 縁の父親とは数度しか会ったことはないが、温厚で上品なお父様といった印象で、とてもじゃないがゆずこの言うようなガンコ親父とはかけ離れた感じの人だった。

 ……まぁ、いざそんな状況になったらそれに近いことになるのかもしれないけれど。

 

「まあでも、そう考えると単に結婚するっていっても、案外めんどくさいもんだな」

「ん~、それはそうなのかもしれないけどさ。でも、そういうのもイベントというか儀式の一環みたいな物なんじゃないのか」

 

 唯の言うように、恋人同士ならそんなのも含めて楽しめるものなのかもしれない。ただ、勝手な思い込みかもしれないが、どちらかというとそういうのを楽しめるのは女性側の方な気がする。

 少なくとも自分からしてみれば、相手の両親に挨拶するだとか、式の準備なんて想像しただけで割とめんどくさいと思ってしまう。本当に好きな人が出来れば、その考えも変わるのかもしれないけれど。

 

「まあ、それ以前にうちらの場合は相手見つけなきゃしょうがないんだけどね」

「うっ……」

 

 ゆずこはグサリと容赦なく核心をつく。確かに、彼女の一人もいない奴がそんなことを考えていてもただの杞憂なワケで。

 そう考えると、そもそも俺でいいと言ってくれる様な人が現れるのかと不安になってしまう。

 

「それは大丈夫じゃない?」

「……何を根拠に?」

「ふぇ!? えっと、それは……」

 

 自分からきっぱりと断言したにもかかわらず、何故かゆずこは急に顔を赤らめながら狼狽える。

 

「……まーた適当なこと言う」

「そ、そうじゃなくって! えっと……ほ、ほら、よく言うじゃん」

「何?」

「……蓼食う虫も好き好きって」

 




唯ちゃんにプロポーズして、あたふたしている所をずっと眺めていたい




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