ゆゆゆゆ式   作:yskk

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乙女心

 喫茶店、このおしゃれな感じはカフェと言ったほうが正しいのだろうか。

 その店内にいくつかあるボックス席のとある一角。各々二人ずつは座れるであろうソファーで木のテーブルを挟んだ、飲食店ではよく見かける配置のアレ。

 

 そこに一組の男女が座っている。

 

 片や窓辺に座り、紅茶を飲みながら外を眺めている。行きかう人々を見ているのか、はたまた別の何かに思いを馳せているのか。彼女の考えなぞ、こちらがうかがい知れるはずもない。

 ただ一つ言えることは、櫟井唯という幼馴染のご機嫌が、あまり良いものでは無いでということ。

 

 直接こちらから問うたわけでもなければ、彼女が感情を露わにしたわけでもない。ただ頬杖をついて窓の外を眺める櫟井唯の姿を見て、そう感じただけ。

 それは勘というにはちょっと違っていて、うまく言葉には出来ないけれど、彼女と過ごしてきた時間からくる経験則に近い何か。ただいずれにしても、確信めいてはいた。

 

 

 現象には必ず理由がある。

 ふと、そんなセリフが頭をよぎった。

 

 確か……そう、少し前に放送していたテレビドラマで、その主人公が度々口にしていた、決めゼリフというかお約束的なヤツ。

 ドラマ自体は推理物で、主人公は物理学者……いや、ドラマの詳細は現状別にどうだっていい。

 

 人間、怒る時には何かしらの理由がある。虫の居所が悪かっただとか曖昧な時もあるし、沸点も人それぞれだけど、大抵の場合その人を怒らせる何かがあったはずだ。

 

 

 少なくとも今日最初に会った時はいつも通りだった。

 俺と唯、それに縁とゆずこ、いつもの四人で公園での待ち合せの予定だった。先に着いていた俺と唯の元にゆずこと縁の二人から連絡が届く。少々遅れると。

 ならば近くの喫茶店で時間でも潰すかと、ここに入店する。そんな流れだ。

 

 どこもおかしなところはない。さらにいえば、余計なことを口走った記憶もない。今日に限っては自信を持って言える。いくら何でもこんな短時間の内に、彼女の神経を逆撫でするようなことはしていないはずだ。願望も多少はあるが、そのはずだ。

 

 

 とはいえ、思えば注文の時には既にご機嫌ナナメだったのかもしれない。

 

「俺はコーヒーにするけど、唯はどうする?」

「……紅茶」

「ってケーキもうまそうじゃん、セットだと安いらしいぞ」

「アタシはいい」

 

 店に入ってからの会話はそれだけであった。しかしそれはあくまで機嫌を損ねた結果であり、原因ではない。

 

 そうなってくると、いよいよ本当に分からない。お手上げ。迷宮入り。

 

 

 兎にも角にも、ゴメンナサイと一言謝ってしまえばいいのかもしれない。しかし、それで確実に解決するかといえば否だ。それどころか逆に拗れてしまう場合もあるわけで。

 

 特に相手が女性の場合『何で私が怒ってるのか本当に分かってるの?』なんて言われ、更に機嫌を損ねかねやしない。

 まあ、唯はそういうタイプではないし、そもそもただの偏見なのだが。

 

 

 じゃあ、結局の所どうするのか。こうなってしまっては神か仏に助けを請う、それ以外にない。幸いなことに、あともう少しで野々原ゆずこと日向縁がやって来るはずなのだ。神と仏が同時にだ。

 

 ならば待とう。

 そう決心すると、俺はそれまでの時間をどうにか埋めるため、少しずつ、本当に少しずつケーキを食べ進めるのであった。

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 窓の外をぼんやりと眺めながら、ひとりため息をついた。

 大丈夫、誰にも聞かれていない、一緒にいる男性にも。いや、そうであってほしい。

 

 何か物凄く嫌な事があったかというとそんなことはないし、別段体調が悪いってわけでもない。

 あえて言うのならそう、自己嫌悪。

 

 こういう時、付き合いが長いというのも一長一短だな、なんてちょっぴり思う。

 他人の考えていることなんて分かるはずもないし、その脳内を覗くことなんてもちろん出来やしない。それでも、何となく分かってしまう、そんな時があるから。

 

 多分、向こうも察しているのだろう、アタシが不機嫌であることに。そして悲しいかな、アイツがそれを察していることに、こちらがまた気付いてしまっているのだ。

 

 ……ああ、もうっ。

 

 行き場のない、もやもやとした感情が胸中を覆いつくす。

 

 

 もともとは本当に些細なことで。

 

 店に入った時に、店員の女の人に「カップルシートもございますが」なんて提案をされた。恐らくこの店のウリなのであろう。

 彼女の目から見て私たちが「そう」見えたのか、はたまた男女ふたりが来店したら機械的にそう告げる、そんなマニュアルになっているのか。答えは分からない。でも問題はそこじゃなくて。

 

 あいつは、優太は即座にそれを否定し、断った。

 

 アタシが店員さんの言葉に動揺していたって時に、何の淀みもなく答えたのだ。違うんで結構です。そう短く言い放ったのだ。

 彼がどんな反応をしているのか、それを盗み見る時間すらアタシには与えずに。

 

 

 確かにふたりはカップルでも何でもないし、ましてや他の二人を待っているってだけの状況だ。

 

 恐らく向こうからしたら、ただの男友達みたいな感覚なのだろう。そのこと自体は前々からよく分かっていたし、何よりこちらもその距離感を心地よく感じていたことは否定しない。

 ゆずこみたいに愛嬌があるわけでもなければ、縁みたいに女の子らしいわけでもない。そんなことは自分が一番理解している。

 

 でも、それでもアタシだって女の子だ。もう少し違った扱いをしてくれてもいいじゃないか、時折そう考えるのは我儘なんだろうか。

 

 しかしそれがどうあれ、今の状況がただの八つ当たりに過ぎないことは、揺るぎのない事実であった。彼が何か悪いことをしたわけではない。勝手にこっちが拗ねているだけだから。

 

「……優太はさぁ」

「え?」

 

 沈黙が突然破られたことに、優太は驚きの表情を見せる。

 

「優太は女心が分かってないよな」

「……唐突になんすか?」

 

 いい加減に空気を戻そうと口を開いてみたのだが、出てきたのは恐らく言うべきではないような内容で。しかし、一度口にしてしまうと止めることもできなくて。

 

「いや、全然、全く女の子の気持ちが分かってないよねって話」

「辛辣っ。……唐突に辛辣、俺完徹」

「ラッパーっぽく言うのやめろ」

 

 彼のボケにツッコミを入れつつ、場の雰囲気が和らいだ事に安堵する。

 

「つーか寝てないのかよ」

「あ、いや、語呂がよかったから言ってみただけ。つか、それはどうでもいいけど聞き捨てならんね」

「……何が?」

 

 だが、このままの空気感であってくれ、話の流れが変わってくれというアタシの願いは叶わない。

 

「女心がどうってやつ。こうみえておとめ座だぞ」

「いや、そこ別に関係ねーし……つーかおうし座だろお前。誕生日ほぼ一緒だし」

「ごめん待って。ホントは分かってるから」

「ふーん……じゃあ、アタシが何考えてたか当ててみろよ」

 

 売り言葉に買い言葉ってほどでもないが、よせばいいのに彼の発言に乗ってしまう。もし仮に、こちらの内心をピタリ当てられたらどうなるかなんてことは、一切考えもせずに。

 

 

「……ほら、あと全部食べていいぞ」

 

 そう言って優太は食べかけのチーズケーキをすっとこちらに寄越した。そして意味が分からず固まっていたアタシに、ご丁寧にも解説まで受け加えてくれた。

 

「ホントは食べたかったんだろ? 最初に要らないって言った手前、後で食べたいって言えないもんな」

「……」

 

 どこからその自信が来たのだと言いたくなるくらいに、優太は得意げに言い放った。

 

 

 分からない。彼の真意が。

 さっきみたいに、幼馴染がゆえに何となく相手の気持ちを察してしまう事はあっても、今この瞬間は全く分からなかった。

 こちらの考えを理解した上での行動なのか、本気でとった行動なのか。

 

 しかし、いずれにしろ否定することは出来なかった。

 違うと答えてしまっては、じゃあ正解はなんだ、という流れになるのが明白であったから。少なくともそれくらいの冷静さは取り戻していた。

 

「……」

 

 ケーキを前にアタシは逡巡する。食べてしまえば終わる話だというのに。それできっといつも通りなのに。だけど、なかなか手を伸ばせない。

 それを食べること自体には何の抵抗もなかった。どちらかというと、問題はその手段の方で。

 

 ……やっぱ、女心が分かってないわ。

 

 半分ほど残されたケーキと、彼の使ったフォークとにらめっこしながら、心の中でそう呟いた。

 


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