ゆゆゆゆ式   作:yskk

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良い奴悪い奴

 ――上野恩賜公園、通称上野公園。

 東京都台東区にある公園で、敷地内には美術館や博物館、動物園等の数多くの施設が存在しており、一日ではとても回りきれないほどである。

 勿論、春には公園内に桜が、夏には不忍池を多い尽くさんばかりのハスで彩られ、豊かな自然を……。

 

 

 

「……はぁ」

 

 私は小さくため息を付きながら、携帯電話の画面の表示を消す。

 

 今は移動中の電車内。これから向かう先の情報の載ったサイトを、いくつか適当に閲覧していた。

 時間潰しというよりは、気を紛らわす為といった方が感覚的には近い。

 が、結論から言えばそれは悪手で。むしろ焦りが募って行くばかり。

 

 

 そう、私、岡野佳は非常に焦っていた。それも今までに無いくらいに。

 

 理由は至ってシンプル。待ち合わせの時間に遅れそうだから。

 というか、既に遅れているのだ。その時間からは、とうに三十分は過ぎている。

 

 

 ただただ、二時間前の自分を恨む。

 朝起きて身支度を粗方済ませ、朝食を取る。ここまでは良かった。

 

 仮にそのまま家を出たとしたら、駅に着いてから忘れ物に気付いて舞い戻ったとしても優に間に合う、それ位の時間的なゆとりが、この段階では十分にあった。

 

 

 しかし、その後がいけなかった。

 主な原因はそう、あの愚弟。あいつの探し物に付き合わされていたから。

 

 私の朝食中にドタバタとリビングに飛び込んできて、そして発した言葉が『ねーちゃん俺のゲーム知らない?』だ。

 朝の第一声がそれなのもまずどうかと思うし、そもそも私が知るわけもない。

 

 何だかんだあって三十分だけ捜索の手伝いをしてやることになったのだが、結局は見つかるまで付き合う羽目になってしまった。

 ……いや、途中から半ば意固地になってしまった自分がいけないのも、重々承知はしているけれど。

 

 

 まあ、そんなこんなで今この有様な訳で。

 

 どうしようもない事とはいえ、焦りは募る。

 家から駅までは全速力で走って来た。一分一秒でも早く辿り着くために。

 でも、電車に乗ってしまってからはそうも行かない。車内を走るわけにも行かないし、当然そんな事をしてもなにも変わりはしない。

 結局の所、後はただ待つことしかできない、そんな状況なのだ。

 

 しかし、それが無性にもどかしい。

 車内のモニターに表示される目的の駅までの残りを何度も確認し、途中の停車駅では止まるたびにとっとと閉まれとドアに念じた。

 

 全く持って無意味なこと。時刻表というものが存在している以上、事故でも起きない限り些細な誤差しかそこには生じない。

 ましてや、予定の時間より早く出るなんて事は皆無に等しい。

 

 泣こうが喚こうが、暴れようが何しようがただ待つ事しか出来ないのだ。

 それはある種の拷問に近かった。

 

 

 

 ――次はー、おかちまちー、御徒町。お出口は……。

 

 そんな実時間以上に長く感じる車内での一時を耐えていると、ようやく車内アナウンスが目的地への接近を告げる。

 

 それを合図にシートに座っていた私はスッと立ち上がり、ドアの前に陣取った。

 明らかにフライング。だが、黙って座っている事が私には出来なかった。

 

 電車はまだスピードを落とさずに進んでいた。

 ガラス越しに見える景色も、それに合わせて次々とその色を変えていく。

 私にとっては初めてみる風景。それ故、目印みたいな物は何も無い。当然、あとどの位で到着するのか見当もつかない。

 それがまた、薄らいでいた焦燥感を再燃させる。

 

 

 私の気持ちなどお構い無しに、電車は駅のホームへゆっくりと滑り込む。

 完全に停止した後、一瞬の間があって待望のドアが開かれる。

 

「……っ」

 

 飛び出した私は周りを見回して、出口に続く階段を探す。

 

「……ちっ」

 

 そして小さく舌打ち。

 案内板を見る限り、私はあろうことかそこから一番遠い所に乗車していたらしい。

 

 ……何故事前に確認しておかなかったのか。

 いくらでもその機会はあったはずだ。何なら電車に乗った後ですら、それは可能だったというのに。

 

 本日二度目の後悔と自責の念。

 

 しかし、そんなことに思考を取られている時間すら今は惜しかった。

 私は即座に走り出し、人の間をすり抜けて、そして階段を下っていく。

 

 

 息も切れ切れ何とか改札口に到着し、キョロキョロと辺りを見回して待ち合わせの相手を探す。

 が、それが中々見つからない。

 

 一対一の待ち合わせならともかく、私を除いても五人以上いるはずだった。なので直ぐに見つかる、そう思っていたはずなのに。

 

 今までの焦りが一転不安に変わる。

 

 改札を出て、人の流れの邪魔にならない様に少し歩きながら、改めて辺りを見回した。

 

「おーい。岡野さーん」

 

 不意に名前を呼ばれ、そちらの方をパッと振り向いた。

 

「……」

 

 これまた予想外の光景に、私は言葉に詰まる。

 そこには少し離れたところで手を振りながら、こちらに合図を送る男が一人。

 

「……悪い、遅れた」

 

 人前で堂々と手を振られながら名前呼ばれる、ましてや男性に。恥ずかしい事この上ない。

 だが、遅れた手前文句を言うわけにも行かず、私はボソリと謝罪の言葉を呟いた。

 

「それじゃ行きますか」

「ああ……って、ちょっと待て、宇佐美」

 

 ごく自然に歩き出そうとする彼に釣られそうになりながらも、我に返って引き止める。

 

「え?」

「いや、その、相川達は?」

「ああ。先に行ったよ、ってか先に行ってもらった」

 

 これまた、さも当然のようにさらりと答え、再び歩き出す。

 そんな彼に今度は何も言えなくなって、私もその後を追った。

 

 

 

 

「……」

 

 男女がふたり、これといった会話もなくただ淡々と歩き続けている。

 

 それ自体は特に何とも思わない。移動中に和気藹々とお喋りを繰り広げなければならないなんていう決まりもない。第一、別に私らカップルって訳でもないし、特段仲が良いって訳でもない。

 

 むしろそれどころか、ハッキリ言ってしまえば今隣を歩いている宇佐美優太というこの男を、私はあまり好ましく思っていない。

 

 

 でも、嫌いなのかというとそういう訳でもなくて。

 直接何か不快なことをされたって事はないし、性格が合わないとかいうわけでもない。外見が受け付けないとか、生理的にダメってのともこれまた違う。

 

 

 じゃあ何故なのかと聞かれると、これがまた何とも答えにくいアレで。

 

 この男、相川のいわゆる、その、想い人なのだ。

 本人の口から直接聞いたわけじゃない。でも、ほぼ毎日一緒に居て、近くで見ている私からしたら一目瞭然だった。その手の話題に鈍い私から見てもだ。

 

 いや、私だって他人の恋愛事情にとやかく言うほど野暮ではない。

 それでも、私にとって一番仲の良い友人を奪われるようなそんな気がして、どうにも釈然としないのだ。

 

 それ故の、モヤモヤとしたこの感情。

 当然恥ずかしくて、他人に言えるわけもなかった。

 

 

「……」

 

 しかし、相川はこんな男のどこがそんなに良いのだろう。

 そう思いながら、並行する宇佐美の様子を横目で観察する。

 

 容姿からして、取り立ててイケメンってこともない。好みはあれど、こいつよりも見てくれの良い男なんて、それこそごまんといるだろう。

 だとしたら性格的なものなのか。それともふたりは学級委員長同士という関係上、その活動の間でそれらしい何かがあったのか。

 

 考えてみたところで、当然答えなんか出るはずもなくて。

 

「……わっかんねぇ」

 

 隣の奴に聞えない位の小さな声でボソリと呟いた。

 

 しかし、それが耳に届いていたのか、それとも私の視線に気がついたのか。理由は分からないが、宇佐美は急にこちらに振り返った。

 

「ん? 岡野さん、どうかした?」

「あ、いや、その……別に」

「そう?」

 

 宇佐美のことを観察していた私と、そこへ振り向いた彼。必然、ふたりの視線が交錯する。

 それは、ほんの僅かな時間。

 すぐに宇佐美は前を見て、再び歩を進める。

 

 

 そんな僅か数秒の間の事であったにもかかわらず、その光景が、その彼の表情が目に焼き付いていた。

 

 何か強烈なインパクトが有ったとかそういうことじゃない。

 彼の顔の造りという物を、今初めて認識したのだ。

 ……ああ、こいつはこんな顔をしていたのだなと。

 

 当たり前だが初対面ではないし、何度か会話を交わした事ぐらいはある。

 宇佐美の顔だってぼんやりとぐらいは把握していた。

 だが、ここまでの至近距離で、意識をした上で見たのは初めてのことだった。

 

 

 だからといって、私の中の彼の評が何か変わったなんてことはない。

 しかし、明確に一つ分かった事がある。

 

 私はこいつのことを何も知らないという事を。

 

 

 ならば理解できるはずも無かった。

 相川が何故この男に好意を寄せているかなんてことも。

 

 

「……あのさ」

 

 とすれば次に私がどうするかなんて、言わずと知れたこと。

 一歩踏み出すだけ、簡単な話だ。

 

 別に宇佐美自身に対する興味なんてこれっぽちも無い。

 ただ、友人の惚れた相手がどんな男か知りたくなった、ただそれだけのつもりで私は口を開いた。

 

「何で独りで待ってたんだ? 皆で待ってるか、そうじゃなきゃ一緒に先に行ってても良かったのに」

 

 先程感じていた疑問。丁度よく私の中で残っていたそれを、彼へと投げかける。

 宇佐美はそれに考え込むでもなく、言葉を濁すでもなく、まるで予め用意していたかのように答えを返してきた。

 

「いや、他の皆はここ初めてみたいだったから。俺は何度か来たことあるから、後からでも直ぐ追いつけるだろうし」

「……それこそ私一人でいいだろ、そこらへんに地図位はあるだろうし」

 

 それにいざとなれば、今は携帯でルートぐらい簡単に検索する事ができる。正直理由としては少し弱い。

 

 私自身そんなつもりは無かったのだが、つい攻め立てる様な口調になってしまう。

 それを聞いた彼は、初めて少し困ったような顔を見せてから言葉を続けた。

 

「あとはさ、お互い必要以上に気を使わなくて済むだろ」

「……」

「遅れて着いた時に全員でズラッと待たれてると、物凄く申し訳なく思ったりするじゃん。そんで、皆の視線がすごく痛いような気がしたりしてね」

「……」

「ほら、俺もゆずこたちと待ち合わせのときなんかさ、しょっちゅう遅れてるから何となく分かるって言うか……」

 

 

 何だろう。これといった根拠は無い。目が泳いでいたとか、口調が不自然だったとかそういったものは一切無い。

 しかし、今の宇佐美の発言が嘘であると、そう即座に確信する。

 

 ……野々原たちとの待ち合わせで遅れる? 嘘をつけ嘘を。

 彼の発言を、自然とそんな風に考えている自分がいた。

 

 

 そして同時に、櫟井たちと良く話すようになった、そのきっかけとなった時のことを思い出していた。

 よくよく考えてみれば、その櫟井たちと仲が良くて、付き合いが長いって時点で容易に想像できることだった。

 

 

 ……ああ、何だ、こいつもそうなのか。ちくしょう。

 要するにこいつも『良い奴』なんだ。こいつもあいつ等と同類な訳だ。

 

 当然ながら、ほんの少し話しただけで、その人間の全部が全部を理解できるわけは無い。

 それでも何となく、何となく分かってしまったのだ。

 同じ匂い、とでも言うのだろうか。櫟井たちと似たそれを、こいつからも感じてしまったから。

 

 

 ……ああ、こいつが、この宇佐美優太という男が嫌な奴だったとしたらどれだけ話が簡単だっただろうか。

 もしそうならば、表立って邪魔することも出来たのに。

 例えそれが大事な友人の恋路を邪魔することになったとしてもだ。

 

 しかし、どうやらそういう訳にも行かないらしい。

 

「……悪かったな」

「え?」

 

 何に対する謝罪だろうか。私は自分でも分からずに、そう口にした。

 宇佐美は一瞬キョトンとした表情を浮かべてから、直ぐに笑顔に戻って続ける。

 

「でも、俺は岡野さんの事待ってるの楽しかったけどね」

「は?」

「いやほら、ここ御徒町でしょ? おかちまちでおかちーを待つ。なんつって」

 

 ……あー前言撤回。やっぱりどうしようもない奴だわこいつ。

 

「あ痛っ!?」

 

 くだらない駄洒落を言うだけ言って、ひとりクスクスと笑っている宇佐美。その男の尻めがけて、私は力強い蹴りを一つぶち込んだ。

 




えー、ハイ。駄洒落落ち&ローカルネタです。本当に申し訳ありませんでした。

おかちーとは男友達みたいな距離感で付き合えそうな感じがします。
主人公君ともこれをきっかけに普通に仲良く話す関係になりそう。

そんでその内いつの間にか好きになっていて、友情と恋愛の板ばさみ状態になってどうしよう、みたいな展開になると尚いいともいます。
誰かそんな話書いてください。

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