お船引の準備は着々と進みもう間もなくといったこの頃、私はいつもと同じように誠と幸せな時間を過ごしていた。特に何かをしたわけでもないけど、敢えて言うなら「誠と〜」とつけば私は大抵幸せである。大抵というか、もう全部幸せだ。幸せ過ぎて何が幸せなのかわからないくらい幸せだ。これ以上幸せになったらどうしようってくらいに。
今日は誠に膝枕をしている。帰ってきてからこんな感じ。そんな私達の邪魔をするのは一つの電話だった。
「美海ー、電話。さゆちゃんから」
お母さんがひょっこりと顔を出して告げたのは、親友からの連絡。
「誠、ごめんね」
「うー……ん」
夢見心地で気の抜けまくった最愛の人に断りを入れてから私は黒電話に向かった。優しく枕を差し入れて私はその場を離脱する。そうして外されていた受話器を取って応対する。
「なに、さゆ?」
『ごめん美海、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……』
開口一番に謝ってからとは一体何か。皆目見当もつかないので相手の出方を待っているとさゆは少し手持ち無沙汰に間を空けてからこんなことを言い出した。
『で、デートってどうすればいい⁉︎』
「デートって……要さんと?」
「う、うん…」
そんな話をされましても……。私は基本、誠がどうにかしてくれるし……。誠がいればデートなんてなんでもいいし……。やりたいことはほとんどやったし……。夢見たことは、全部、それこそ誠は実現してくれた。不満がない。
「いや、そう言われても……」
『だって、あんたら付き合ってるんでしょ⁉︎』
「基本は誠が考えてくれるもん」
『あぁもうこのバカップル!』
「えへへー、それほどでも」
『……本格的に美海がやばくなってきた』
お互いに不満はない。不満はないはずなのだ。だから言わせてもらうけど、この先誠との未来以外考えられないから、いくら何が起ころうとも私はレールの上を走るだけだ。そりゃ喧嘩もするだろうけど、多分私簡単に言いくるめられるだろうしそれで納得しちゃうしで、何言ってるかわからないけど、他人のデート先なんてなんでもいいわけで。
取り敢えず、やれることは大体やった私達にはまだ付き合い始めて一月も経ってないわけで……。
「あれちょっと待って。どうして要さんとデートすることになったの?」
ふと、気づいた。
電話口からは静寂が訪れて。
『……その、付き合うことになったから』
そう、私の親友は告白した。
とても恥ずかしそうに、嬉しそうに、その感情は私に伝染した。
◇
そして、土曜日。今日はさゆと要さんの初デートの日。私と誠は二人の初デートに合わせてデートをすることになった。理由は単純、二人が普段はどうしているのかと聞いてきたからだ。それにより私達はダブルデートをすることになった。初めての経験だ。さすがの私と誠もこういうことはしたことない。……まぁ、誠も最初は渋っていたけど、要さんに相談されて仕方なく付き合う羽目になったと言っていたし、それはそれでいいのかもしれない。何故渋っているのかを聞いたら、言いたくなさそうに目を逸らしたけど。
私達は一緒に家から出て、駅前へと向かった。二人と待ち合わせている場所は駅前の時計台の下。しかし、一向に二人は来ない。昨日は誠と私も初デートの前夜の二人に振り回されて、どんな服が良いか、色々な相談をされたものだ。それも深夜が回っても子供が遠足前夜に眠れないみたいに騒ぎまくったものだから、私はまだ眠い。
誠の肩でうとうとし始めたその時だった。
「…はぁ…はぁ…間に合ったかなっ」
最初に来たのは要さん。もっとも私達は二人の待ち合わせを観察するためにだいぶ早く来ているのもあるけど、要さんが到着したのは約束の時間三十分前。
私達はその間も、姿を表すことなく物陰に隠れてその姿を眺めていた。
「……お、おまたせ、ま、待った…?」
そして、さゆが来たのは二十分後。とても初々しい態度で要さんを見つけると駆け寄っての第一声。しきりに前髪を弄び緊張がここまで伝わってくる。
「……いや、それよりも誠達遅いよね」
「そ、そうだね、なにしてんだろっ」
この場合、そんなことより先に誠は服装を褒めてくれる。可愛いとか、綺麗とか、似合ってるとか。
今日はこの日のために何度も服装についてさゆと試行錯誤したのだ。どんな服で行けばいいか、どれが可愛いか、どれなら要さんは喜んでくれるか、もっともこの疑問は私ではなく誠に相談するべきだったと思ったのは今更だが、もうそれはしょうがないとして……これって私達要らなかったんじゃ?と思ってしまわないわけでもない。
さゆが着ているのはゆったりとした長めの丈のワンピース。さゆに合わせて色合いも試行錯誤の結果、明るくて綺麗な色で揃えている。誠も交えて評価させたほどだ。もっともその誠からは本人に見せれば?と指摘をいただいたわけだけど、生憎最初からそういうのは求めていない。
本当は服について要さんが心根を喋ってくれるまで隠れているつもりだったけど、待っても二人は緊張したままなので私達は仕方なく物陰から出て行くことにした。
姿を見せれば二人はホッとした表情。
それでいいの?二人とも。
「それじゃあ全員揃ったし行くか」
券売機で切符を買う。程なくして来た電車に乗って街の方へ。
私は昨日、さゆに振り回されたこともあって眠かったから、ついうとうとして。誠の肩を借りてやっぱり眠りに落ちていたみたいだ。
着いたと同時に誠に起こしてもらって、何故か二人が顔を真っ赤にしていた。
誠のことだから二人の前ではなにもしないだろうけど……なんだろう、私の知らないことがあるのは少し気になる。大方、二人をからかったのだろうけど。
定番と言えば定番。
私達がデートに選んだのは遊園地だった。
もちろん、私達は既に行ったので複数の中から二人に選ばせた結果になるが、これはこれで新鮮だ。
ダブルデートをするなんて思ってもみなかったから、少しドキドキしている。
私と比べて二人は少し緊張した様子で私と誠の繋がれた手を見ている。何を見ているのかというかそれとしか言いようがなく、何故見ているのかと言うとそれもわからないんだけど。……不満があるとすれば、誠が全然緊張もドキドキもしてくれないことだけど。
チケットを買って中へ。少し名残惜しいけど、入り口は二人じゃ入れないから順番に入るために手を離して、再度合流した時にまた繋ぎ直す。全員が通り終えたのを確認すると誠は言った。
「どこ行く? 俺と美海はどれでもいいけど」
–––私は誠となら何処でも行くよ。
と、告げなくても理解しているようで誠は二人に選択を差し迫った。
元々来たことあったので私は異論はない。強いて言うなら、最後に観覧車は外せないけど。
「何処にするさゆちゃん?」
「うーん……あ、そうだ」
ニヤリと私の親友が笑みを浮かべる。口角が釣り上がってる。これは何か悪戯を思いついた悪い笑み。けど私はその思惑が全外れすることを知っている。この際、何も言わずに黙っておこう。
要さんに耳打ちするさゆが今日一恋人に顔を近づけているのを見ながら、ちょっと指摘してやりたい気持ちを抑えながら眺める。なんというか付き合いたてのカップルをからかいたくなる気持ちがわかった瞬間だった。
「取り敢えず、ジェットコースターでもどうかな?」
「取り敢えずの割にはいきなりハードだな……。まぁ、昼食食べた直後よりはいいか」
どんな打算があったのかは知らないけど、全員でジェットコースターに乗ることになった。長い行列に並んだ後カップル同士で座席に着いて安全レバーを下ろして誠の手を握る。あの浮遊感はちょっと慣れないけど、誠と一緒なら怖くない……。ゆっくりと登る恐怖を堪能した後の急降下が私は苦手だ。
そうして、絶叫系アトラクションは私達を空の旅へと連れて行く。
–––数分後……。
アトラクションが終わって全員揃って出た。誠はなんともない表情で、私は少し強く彼の手を握っていて、それでもなんとかしがみつきながら出ると私の後ろで二人は顔が引きつっていた。
「……何あれ。ちょっと走馬燈が見えたかも」
「……な、なんで二人は平気なの」
そのあともいろんなアトラクションを廻った。
お化け屋敷。
「わー!」
「きゃー!」
私とさゆが叫んで自分の彼に抱き着く。
もちろんのこと、誠は驚かない。とても冷静にお化けの出てくる場所を分析していた。
要さんは要さんでちょっとびっくりしたり、また別の驚きを感じているらしい。
コーヒーカップ。
「行くよ、誠!」
「……何をする気だ?」
「覚悟しろ!」
四人で一つのコーヒーカップに乗る。回せば回すほど回転するコーヒーカップに私は振り落とされないように誠にしがみついていた。二人は何故か全力でコーヒーカップを回転させている。
「なんで…全然…平気そう…なの…」
「ちょっ、ちょっと休憩……」
「おまえら覚悟はいいな?」
疲れて目を回す二人が手を止めた瞬間を狙って誠は宣戦布告。反撃開始。
コーヒーカップを二人が回した以上に逆回転させる。それを受けて二人は抱き合いながら耐えていた。
終わった頃には二人はグロッキー状態。
斯く言う私も、ベンチで誠の膝を借りてぐでっとしていた。
「うぅ〜〜〜……」
「ごめん美海」
妙なところで対抗心を燃やした誠は私のことを忘れていたらしく、心配そうに髪を梳いたり頭を撫でたりしてくれる。背中もさすってくれてだいぶ楽になった。もう大丈夫だけど、もう少しだけこうしていたい。
「要、飲み物買いに行くぞ」
「……ごめん。誠一人で行ってきて」
「そうか。俺一人なら美海の分しか買ってこないけど?」
「……いつになく辛辣だね」
「おまえ、一人で持てると思うのか?四人分」
「ごめんなさい。行きます」
誠と要さんは二人して売店へ行く。残された私達は二日酔いの大人ってこんな感じなのかなぁと想像しながら二人を待つ。そんな時だった、さゆは口を開いて問いかけてきた。
「ねぇー、美海〜……」
「なに?さゆ?」
「……なんであんな自然にいちゃつけんの?」
いきなり何を言いだすかと思えばそんなこと。私は疑問に思いながら言い返した。
「さゆだって割といちゃついてたよ」
「うそ。してないよ」
「お化け屋敷で抱き着いたり、コーヒーカップで抱き合ったり。耳打ちしたり」
「……うそ、私そんなことしてた⁉︎」
今更恥ずかしそうに頰を抑えて赤らめられても……。
「そういえばなんで電車降りた時、二人して顔を赤くしてたの?」
ちょうどいいので気になっていたことを聞いてみる。すると、さゆは更に顔を赤くした。
「あ、あんな風に目の前でいちゃつかれてその上『やってもらえば?』だぞ!できるか!」
「……ん?何を?」
「あ、あんな風に肩を借りて熟睡なんてできるわけないでしょって言ってんの!」
ダメだ。さゆの言ってることがわからない。
「そりゃ最初は私も恥ずかしかったけど、我慢してても何にもならないよ?」
我慢してたらこんなに時間が経ってしまったわけで、残りの人生全てを使ってでも足りないわけで、大人になるのが待ち遠しいのと同時、怖いとも思う。歳をとれば取るだけ死は近づく。人間であるなら避けられない理だ。
「……できるなら、手を繋ぎたいけど……私達にはまだ無理だよ」
「この後、観覧車で二人きりになるのに?」
「無理無理無理無理ッ!」
いじらしい親友の姿を見て私は思うのだ。
私には初々しさというものが欠けているのかもしれないと。
昼食を食べて、他のアトラクションも廻って、最後の観覧車。緊張してガチガチのさゆを見てやっぱり思う。私には初々しさが足りなくて、誠がドキドキしないのもきっとそれのせいだって。初々しい二人を見送って私と誠も別のゴンドラに乗り込む。夕日の差し込むゴンドラで私は向かい合いながら、誠の顔を見ていなかった。
「どうしたんだ?美海」
「な、何もないけど……」
心配してくれた誠に咄嗟に嘘をついた。本当はいろいろと言いたい。でも、言えない。
「嘘だろ。なんかいつもより楽しくなさそう」
見抜かれていたことに結局のところ嬉しくなってしまうわけで、私の口は簡単に滑った。
「誠の方こそ、私といて楽しい?」
「当たり前だろ。好きな人といて不満なんてあるか」
「嘘、全然誠はドキドキしてないもん」
「じゃあ、確かめてみるか?」
そう言って誠は私を抱きしめた。向かい合う私の席へ移動して、前から覆い被さるように……そして、心臓に最も近い位置で、トクトクと鳴る心臓の音を聞いた。それがたまらなく心地よくて、安心して、やっぱりドキドキしてない。
「やっぱり普通だ。私はこんなにドキドキしてるのに」
今度は誠を自分の胸に抱き寄せてみる。
ちょっと恥ずかしいけど、幸せな気持ちはすぐに溢れてきた。
器から溢れ出すように、心臓はドキドキと高鳴る。
舞い上がった私の気持ちを誠は理解してくれたようで、そのまま私の背中に腕を回した。
「……さすがに俺もそんなことをされたら、ドキドキしないわけがない」
「本当?」
「好きな女の子の胸に顔を埋めるのって割と恥ずかしいんだぞ」
「もう、言わないでよ!恥ずかしいから…」
夕陽のように頰が染まるのを感じた。それでも私は誠を離さない。
「……それに他人がどうとか気にするなよ。安心できる相手っていうのも幸せの形の一つだろ。美海と俺にしかできないことがあって、あいつらにはあいつらにしかできないことがある。俺と美海は誰よりも深く繋がっているって思えば、それはそれでとても幸せだろう」
「……そっか。そうだよね」
安心した。安心したらなんだか……。
もっと、もっと甘えたくなった。
「……ねぇ、あの二人にはまだできないことしよ」
観覧車が廻って最も神様に近いところで。
夕陽に重なる私達の影。
繋いだ手と手、触れ合う唇の熱。
降りる時まで私は彼の隣で永遠にも思える一瞬を過ごした。
これにて一旦完結とさせていただきます。
お船引を通るルートを考えていたのですが、原点に還ると美海ちゃんと主人公をいちゃつかせたいだけだったので必要ないのでは?という結論に至りました。それを言うともう結ばれた時点で完結してるのですが。あとはお船引をするだけなんですけど、アニメと展開はそう変わらずですし。
もしかしたら、番外編として続きを投稿するかもしれません。
モチベーションの都合上、新しくちさきをヒロインに設定を思いついたのでそちらを見切り発車で投稿したいと思います。それでは。