凪のあすから ~変わりゆく時の中で~   作:黒樹

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※カタカナもひらがなもめんどくさくて鱗様にした。


第七十三話 もう見てるだけじゃ嫌だから

ある日から誠はフラフラと出掛けるようになった。今に始まった事ではないし、そういうところがあるとわかっているとしても、私としてはもう少し一緒にいたい。学校でも家に帰っても地図とにらめっこしている誠に「何してるの?」と聞くと「ちょっとな」って空返事ばかり返ってくる。特に何かをしたいわけでもないけど、そんな態度で居られると私だって寂しい。はっきり言って構って欲しいのだ。

 

地図を覗き見るとバツ印に赤い丸。まるで宝物の地図みたいなそれは、鴛大師の地図だった。

 

「ねぇー、まことー」

 

「あとでな」

 

要件も何も伝えてないのに誠は私の頭だけ優しく撫でる(だけどちょっと荒い)と他の資料を引っ張り出す。私はやはり構って欲しくて少しでも意識を向けさせるために腕に抱き着いた。すると誠は片手だけで作業を続行、それも利き手ではないはずの左手でパラパラと資料を捲りペンでメモを取る。

 

–––邪魔するつもりはなかったけど、失敗だった。

 

いや本当に。少し構ってもらうだけでよかったのに。これでは意味がない、本末転倒というか抱きついてくっつけることは嬉しいけど私が求めたのはこういうことじゃないような……。だから、私は誠の中の抱えてる悩みにさらに対抗心を燃やして胡座をかいている誠の膝中に座り込んだ。

 

「むぅ〜……」

 

それでも誠は作業を続けた。自分でも何やってるんだ、なんて思わなくもないがそれでも作業を続ける誠に少し呆れを感じる。呆れを感じたのも一瞬で、邪魔をしているという自覚が罪悪感へと変わる。鬱陶しく思われたり、嫌われたくなかったので膝の上から退こうとすると、中腰の姿勢になった私のお腹を抱き竦めて誠が私を抱え込んだ。もちろんお尻から彼の膝の上に落ちた形なので私は少しびっくりしたけど嬉しくなってしまう。

誠は私の肩に顎を乗せて資料を閉じた。腕をお腹に回してふぅーとため息を吐く。呆れられたのかな、なんて少し不安になっていると誠は自分からこんなことを言い出した。

 

「美海が可愛すぎて集中できない」

 

文句? 褒めてるの? どっちだろう。

私はおそるおそる聞いてみた。

 

「……やっぱり邪魔だった?」

 

「んー。なんというか、邪魔は邪魔でも嬉しい邪魔というか……一言で言えば可愛い。ちょうど、自分一人でもこんなことするのは飽きてきたところだし、巻き込みたくはないんだけど……」

 

思っているところがあるようだ。

 

「焦っても仕方ないよな。気鬱であればいいんだけど……」

 

一人で抱え込もうとする彼の力になりたかった。

 

「何してるの?」

 

「ちょっと鱗に聞きたいことがあって探してる。ほら、あの時もいただろ。マナカを見つけた時、あいつだ」

 

今度は答えてくれた。

 

「つーか聞きたいことは山ほどあるんだ。海に関しても、マナカの件に関しても納得いかないしな」

 

「じゃあ、探すのは海じゃないの……?」

 

誠が持っているのは地上の地図だ。私が指摘すると彼は笑う。

 

「それがあいつ海にはいないんだよ。だから、地上の海神に関係ありそうな祠を虱潰しに探してるんだ。鴛大師の爺さん婆さんに聞けばそういう祠はゴロゴロ出てきたからな」

 

「へー……」

 

「美海も行くか?」

 

「えっ、いいの?」

 

「あんな奴に会わせたくはないけどな……これ以上、美海に不機嫌になられても困る」

 

いや、まぁちょっとは不機嫌になってたかもだけど。

とにかく私は少しでも誠が話してくれた事が嬉しかった。

 

 

 

 

 

土曜日。軽いお出掛けの準備をして手を繋いで鴛大師を歩いた。出会う人、殆どが知り合いで小さな村だからそれも当然、でもくっついてるのは意外だったのか冷やかしたりなんだりと出会う人にはいじられた。それもきっと悪い事じゃなくて、私にとっては幸福を噛みしめる一端になりつつある。

山を登って、山を降りて、三つほど祠を回って夕暮れ時。

収穫もなく、もう帰ろうか、と帰路に足を戻した時だった。

 

「あれ、なんだろ……?」

 

私の視界には小さな祠が映った。林とも呼べない木々の間にぽつんと立っている。それはとても胸中をざわつかせるような奇妙な感覚だった。私はちょっと怖いらしい。夕暮れに見る祠はとても不気味だ。

 

「じゃあ、あれ最後にするか」

 

誠のことだから、道中見つけたら最後ではなくなるような……とは言わないでおく。ついでだからと見つければ立ち寄りそうだ。

 

「うん」

 

誠の腕にしがみつく私はちっとも怖くない。何が来ても耐えられる。鬼だって海神だって鮫だって幽霊だって。

 

「いや、本当にこれで最後だから。美海を夜遅くまで出歩かせるのは危ないし」

 

「私怖いなんて言ってないもん」

 

「そういうことじゃないんだけど……それ自白してる?」

 

私は誠を盾–––じゃなくて、腕にしがみつく形で押し出しながら早くと祠へ歩いて行く。小さな祀られた社のようなそれは数本の灯籠らしき何かが建てられていて異様な雰囲気を放っている。

そして、辿り着いて何もないとわかった瞬間に誠は手頃な石を掴んで祠に振り向くと同時に、屋根の上へと全力投球した。

 

「–––ぬぉ!」

 

男性の声で何かが驚いた。驚いたのは鱗を持つ人間のような何かで、長い髪を持った不思議な雰囲気を持つ何か。その人が誠の全力投球を避けると石は木々に跳ね返りカツーンと音を鳴らした。

 

「危ないじゃろ!」

 

「あー、不審者の気配がしたから……」

 

「不審者ではない。海神の鱗じゃぞ」

 

「されど鱗だろ?」

 

まるで知人に話すような物言いに私は察する。鱗様とはこの変な人のことなのだと。祠を祀る社の上に座した人型の鱗を持った人間はそれはもう見たことがないような人である。人であるのかすら疑わしい。

 

「まったく……人気のない場所に女を連れ込むとはおぬしもやるようになったの」

 

「誰のせいだ」

 

そういえば、一日中人気の無いところを回っていたけど何もなかった。いや別に何かをして欲しかったわけでもないけど。本当に二人きりになれる時間は殆どないし。

会話が引っ張られがちな誠の袖をちょいちょいと引く。夕日が海に沈みかけている。早くしようと促すと、誠は冷静さを取り戻したように話を切り替える。

 

「で、どうせ俺がなんでおまえを探していたか知っているんだろう」

 

「そうじゃのう。あの娘の件か」

 

あの娘の件、とは–––。

また、私の知らないところで他の女の話だろうか。

とても気になる。心の中がもやもやする。

浮気、とは考え難いけど、知らないのは何かヤダ。

私はもう一度、誠の袖を引いた。

 

「–––おぉ。中々面白いのぅ。おぬしの嫁が嫉妬しておるぞ」

 

話を聞く前に、鱗様がニヤニヤしながら茶々を入れて来た。

嫁だなんて……まだだもん。

私は頬を赤くしながら誠の背中に隠れる。

なんというか、あぁいう人は苦手だ。

誠も敢えてそのことには触れず、質問を続ける。

 

「マナカのエナが剥がれている件–––」

 

それは私も知っていることだった。

 

「–––そして、マナカの感情とそれに纏わる記憶が欠けている件だ」

 

それは私の知らないことだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

話が終わった頃には既に日が暮れていた。誠が何をしているのかを聞いてみた結果、わからないことが増えただけだった。けれど、なんとなくわからないこともない事もある。

誠はマナカさんを元に戻す方法を問い詰めた、もしくは戻すように迫った。だけど鱗様とやらは、神に頼らずともその方法に心当たりがあるのではないかと誠に問うた。

私にエナができた理由も誠は理解している、と鱗様は言った。

憶測に過ぎない、と誠は返すけど鱗様は鼻で笑った。

 

『薄々勘付いておるのに知らぬふりか?』

 

私にはどうしてエナがあるのか。どうしてマナカさんのエナが剥がれたのか。

どうして世界はこんなにも変わってしまったのか。

どうしてマナカさんの記憶が欠落しているのか。

私にはわからないことだらけである。

 

『奇跡も、不可思議も、起こらないとは思っていないじゃろう。のぅ? 全部繋ぎ合わせれば解けるはずじゃぞ、わしにはわからん海神の心も何もかも』

 

だから、去り際に鱗様が発した言葉の意味なんて私にはわからないのだ。

誠は奇跡や超常の力を信じているのだろうか。

あぁ、いやそもそもの話……。

私は奇跡が起きて、誠と同い年になった。

少なくとも、これは奇跡で、不可思議で、デタラメだ。

普通は私が年齢で一緒になるなんて無理な話だと思っていたのに……世間一般的には無理な話なのに。きっと私達はその夢を見ているのだろう。醒めない夢を。戻らない今を。取り戻せない時間を。

失っているのに喜ぶのはとても失礼なことなのだろうか。

私は思う。奇跡は、実在すると–––。

 

 

 

「ねぇ、誠」

 

それから数日も経たずに光がマナカさんの異変に気付いた。どうすればいいか会議が開かれた。鱗様を探すという案も出た、けれど誠はもう探し終えて次の段階に移行している。相変わらず、光は誠に頼ったけど、今回ばかりは誠も少し慎重に事を運んでいるようでそれだけは伝えて肝心のマナカさんを救う方法は話さないまま……。鱗様との会話の一部を誠は隠し、結局は停滞したまま進むという光らしい案が出た。

 

私は誠を裏切らない。

 

彼の傍で私は彼を支える。

その役割が私にできる事なのだ。

だから、鱗様との会話を隠した時も私は敢えて口を出さなかった。

『おぬしは答えを知っている』

そう言った鱗様の言葉を私は言わなかった。

誰にも告げず、誠に任せた。

 

「……わかってる。なんで俺がマナカを救う方法を知っているかもしれないと言わなかったのか、だろ」

 

そして、私は誠が何故その事を言わなかったのか、答えを知っている。

 

「えいっ!」

 

「おわっ!」

 

誠を自分の膝の上に倒して膝枕をした。誠は抵抗せずに私の太ももに後頭部を預けた。その髪を撫でながら、私は少し満足げに誠の心中を語ってみせる。

 

「誠は確証がないから言わなかったんでしょ。絶対にできる、って思ってないから誰にも希望を持たせたくなかった。それが誠の言葉の責任と重さだから……だよね」

 

これまで皆のリーダーをやってきた誠には期待という重い責任が掛かっている。誠の言葉は励みになる代わりに重さがあるのだ。失敗は失望に変わる。より深く誠の言葉は受け止められる。期待されればされるほど、失望は高くなる。きっとそれは誰にも理解できず皆が知らない誠の抱えてる責任感。誰もが押し付けてるとは知らない、それだ。

 

「ねぇ、私には話せない内容なの?」

 

「……憶測だって言っただろ」

 

「私は誠の考えを知りたい。私が知りたいのは答えじゃないもん」

 

少しでも安心してくれたら、そう思って髪を一撫ですると誠は脱力したまま私の手を握った。

 

「どうして美海にエナができたかわかるか?」

 

最初の誠の質問はそんなものだった。教授にも、医者にも、誰にもわからない神秘の答えについてまるで誠は理解しているかのようだった。当然のように私はわからないと答える。そうすると誠は数秒後口を開いた。

 

「おそらくだけど……マナカの剥がれたエナが美海にくっついて何らかの作用が起こって、血が呼び覚まされたんだろ。美海は陸と海のハーフだから今まで起きなかったそれが起きなくても不思議じゃない。もしくは減り過ぎた海の民を増やす為にハーフのエナを強制的に成長させたとか……ここのところはやっぱり神秘だな。多分、美海とマナカを調べたらエナの構成とか一致するだろう」

 

「えっと……私のエナはマナカさんのってこと?」

 

「少し違う。マナカのエナだけだったら無理だ。おそらく先天的なものを持っていて、それを呼び覚ます切っ掛けになっただけなんだ」

 

なんとなくわかった気がする。

だけど、それとマナカさんの解決策がどう繋がるのか。

 

「簡単な話だ。マナカにエナを返せばいい。思いと共にエナが欠けてしまったのならそれで全てが元に戻るはずだ。だけど、それにはより特殊な状況下で行う必要がある。あの時、あの日と同じ、いやそれ以上の儀式をしないと–––少なくともただ風呂に一緒に入っただけで全て戻るなら楽なんだけど」

 

「ええっと、それってつまり……?」

 

「もう一度、お船引をするしかない」

 

その案は光からも出ている。もう一度、お船引をやろうと。多分、深く考えてもいないだろうけど、お船引をやることで何か変わる気がしたのだろう。私もそれで何か変わると思う。あの日みたいに、良くも悪くも奇跡は起きる。

 

「まぁ、結果的に試す形にはなってるな。だから俺が口出すことはない」

 

私は誠の手を握った。なんか握りたくなった。

思いを伝えるにはこれしかないと思った。

私の手の感触で何かを感じたらしい。

不思議そうな瞳で私を見つめる。

 

「……ねぇ、今度は見てるだけじゃ嫌だからね」

 

「じゃあ、約束だ。俺の傍から離れるなよ」

 

–––と言われたので、私は寝転ぶ誠の横にコロンと横になった。心臓の音がとても心地良かった。

 




最初は光、要、マナカ、チサキ、紡、さゆ、美海、美空、誠、ついで鱗様を誠君に拘束させて出そうと書き出したが筆が止まるという事故が発生してボツにした。
美海と一緒にいるのが一番だよね。
その人数は流石に捌けなかったので。

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