凪のあすから ~変わりゆく時の中で~   作:黒樹

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言い訳をさせてもらおうか。
他作品を見てゲームしてたら遅くなった。
二週間前に書き始めたはずなのになぁ……。
最近、遠出が多いんだよね。


第七十一話 目覚めのキス

 

 

 

久しぶりの我が家。と、言ってもいいものか。

美海の実家であるこの家を「我が家」と称することはなんだか微妙な気持ちになる。

目の前に立っているだけで、なんとなく普通に開けるのを気後れしてしまうほどに。

 

確かにほとんどこっちで寝泊まりして、あっちの家に帰っていたのは昨日のこと。終電ギリギリで帰った挙句に美海の家に押しかけるのは失礼だろうと自重して美空と美和さんのいる家に帰ったわけだが、やはりインターホンを押さず呼び掛けもせずに戸を開けるのは少し抵抗がある。

 

それでもなんとか気を取り直して。

ガラッと玄関を開け放ち、ただいまを言おうとして–––……。

 

 

 

「ふぇっ……?」

 

 

 

黒電話の前で正座している美海を発見した。

 

いや、してしまった? こんな朝早くから黒電話の前で正座。理由が思いつかなければなんとも珍妙なものに思えてしまう。流石の俺にも真意はわからず、振り返った美海と目があった。

 

「ただいま」

 

たった一言だけ思いついたことといえば、帰ると美海によく言った言葉。

いつもなら駆け寄って来てくれる。そうして「おかえり」と最愛の人が最高の言葉で出迎えてくれる。

 

「誠!」

 

立ち上がってすぐに駆けてくる。名前を一回だけ、それで幸せな気分になった。

いつものことながら近くで「おかえり」そう言うのだろう。

そう思っていたが、まぁ予想通りに美海は近寄って口を開く。

 

「おかえり!」

 

「美海、ただい–––っ」

 

ただ、この時は完全に忘れていた。

美海は幼い頃、よく頭からお腹に突っ込んでくる癖があった。

 

痛い。美海の頭突きが直撃した。いや、嬉しいんだけど嬉しくないというか、忘れていたせいで受身は殆ど美海のために使ってしまい威力の軽減はできずその場に屈む。

美海は廊下に膝をついて腕を肩に回すと俺の肩を揺すって心配そうに見つめて来た。

 

成長した美海。昔の癖は、引っ込んだものだと思っていた。いや、本当はそんな癖もう治っていたのだろう。多分、会えない日々が続いて美海自身も加減できなかったのだと思う。

 

「ご、ごめんね誠」

 

「いや、大丈夫……」

 

愛=威力=痛み。

だから、この痛みは美海の愛の大きさだと思う。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「これが数年前から教授が研究している海の資料で、おまえの望み通り統計データも合わせて全部持って来たぞ」

 

午後。かねてより予定していた海のデータの資料を紡から受け取る。本来ならこのデータは他人への譲渡は禁止されているが難なく教授は許可を出してくれた。まぁ、所謂取引的なやつが行われたのもあって、学会に顔を出さないことから研究データを盗み自分勝手に利用する心配もないから故の信頼だ。

 

「ありがと……」

 

「いや、別にいいが……何かあったか?」

 

どうやら紡の目から見ても俺はおかしかったらしい。資料を受け取る手をそのままに瞳の交信を図る。

 

「聞いてくれるか?」

 

「……長くなるか?」

 

「多分」

 

「なら、少し上がれ」

 

玄関を進み紡に促されるままに居間へと通される。座布団を敷いて座るように言うと、コーヒーかお茶のどちらがいいか聞くまでもなく紅茶を選択し持って来てくれた。人の好みをよくもまぁ覚えているもので。

 

「それで、美海関連か?」

 

居間にて向かい合うと突然、紡は決まりきったように断言する。

さすが親友、俺のことは結構知っているらしい。

 

「まぁな。でも、よくわかったよな美海のことだって」

 

「昔から四六時中美海の話しかしないやつが今日はしないなんて変だなと思っただけだ」

 

「あれ? 昔は付き合ってなかったぞ」

 

「それ以前からおまえは美海のことばかり話してたぞ。俺が海のことを聞くたんびに話が逸れて海と陸のハーフの女の子の話にすり替わるから」

 

あぁ、そういえばそんなこともあった気がする。だが、そんなに美海の話をした覚えなんてない。

考えても思い出せないので、スルーすることにした。

 

「実は美海と少し喧嘩してしまって……」

 

「……は?」

 

そんな驚くことでもないだろうに。紡はガチトーンで真顔を崩した。

 

「おまえが美海と喧嘩……?」

 

「なにその反応。怖いんだけど」

 

「いや、おまえが喧嘩って……」

 

「喧嘩の一つや二つ昔もなかったわけじゃないぞ。というか、おまえの驚いた顔の方が初めて見た気がするんだけど」

 

普段は真面目で冷静で沈着で。と、できた人間の紡だが、よほど衝撃的なことだったのだろう。無表情を崩してまで驚く姿は初めて見たかもしれない。それが美海との喧嘩の告白って先行きが不安過ぎる。

 

「原因は?」

 

早く話せ。急かすように机に肘をつく紡は行動から色々と見て取れた。それが悲しいことに初めて取る態度だったのでこっちも驚きっぱなしで言ってやる。

 

「……ここに来るって言ったら頰膨らませて口を聞いてくれなくなった」

 

「なんだ、平常運転か」

 

これはこれで死活問題だ。昔なら美海が拗ねただけで終わったかもしれないが今は彼氏彼女という付きあわせてもらっている関係で、ヘタを打てば嫌われるかもしれない。小さな拗れが大きく拗れて別れに繋がる。俺はそれだけを懸念してちょっと距離を置いてみることにしたのだ。すぐに謝ったが口を聞いてくれなかったし。

 

「俺がそっちに届けに行ってもよかったんだぞ」

 

「悪いだろ。それに約束は守るものだろ」

 

一度でも約束を破ってしまえば自分は堕落する。

そんな気がして、俺はあまり約束を反故にできないでいる。

 

「律儀なやつだな」

 

「俺が悪いってのはわかってるんだよ。2日も会ってない上に会った瞬間、出掛ける宣言だからな。休みくらいもっと一緒にいたいってのはわかってるんだけど」

 

「融通の利かないやつだよ、おまえは」

 

「……融通の利かない?」

 

自分ではわからない点が多々出てきて俺は考え込むように顎に手を当てる。ダメだ、思い当たる節がない。そんな俺にアドバイスするように紡は俺の欠点を示す。

 

「おまえは自分の都合は後回しにして、他人の都合を優先する節があるんだ」

 

「美海のお願いは分類するなら他人の都合だろ?」

 

仮に彼女だとして、それ以上に優先するべきものだと思っている。

だからこそ、なのか……?

帰ったら構うつもりだったが、今日のことが優先されてしまった。

許してくれる。と、信じて俺は後回しにしている。

いや、もうどうしろと?

そんな迷宮に入ってしまった俺にまた紡は呆れたように言う。

 

「おまえ、美海と一緒にいたいって思ってるけど分類としては自分の都合って考えてるだろ。一緒にいたいけど約束をしてしまったから、他人との約束を優先する。美海といたいってのは誠の都合。だから後回しにしてる」

 

「……」

 

極力、美海のお願いは聞くべきだ。

俺も美海といたい。休日は二人でごろごろしたい。

いや、でも、美海のお願いを無視するわけじゃない……。

今日はたまたま用事があっただけで、板挟みになったわけでこの先はもっと上手く……。

 

「おまえは自分のことだって処理してるんだよ。自分の願望だって。多分、おまえの周りの奴らはわかってると思うぞ。美海だってそんな理由で後回しにされたら嫌なんじゃないか」

 

「……俺だって美海が一番だよ」

 

「なのになんでこっちに来たんだろうな」

 

「……なんで俺は優先した方に責められてるんだろうな」

 

いくら考えたってキリがない。言い争う無駄な時間をもっと有効活用しよう。でも、今回のことは事前に防ぐとか結構難しい気がする。

 

「仮にだけど」

 

紡が仮定として何かを話そうとした。だが、口を閉ざして考え込むようにやっぱ聞くのやめたと言い出す。どうせなら最後まで言えばいいのに。

 

「言えよ。気になる」

 

「後悔しないか?」

 

「するほどなのか?」

 

「いや、でもどうせいつかは……」

 

そうなるだろうな。と、含みを持たせて言葉を濁す。

だから、なんだというのだろうか。

コーヒーを一口飲んで、決心を固めたようだ。

 

「例えばだが–––」

 

なんだ、事実じゃないのか。

ほっとする俺に紡は遠慮なく言葉を続ける。

しかし、このパターンは事実を濁して仮にと挙げただけなのかもしれない。

覚悟だけはしておいた。

 

「おまえが医者になったとして、その日は結婚した美海と大事な約束があったんだ。結婚記念日だったりデートの約束だったりおまえならなんでも美海との約束を大切なものにするだろ」

 

決めつけられたが、事実である。虚偽ではない。

 

 

 

「その日、やっと勤務終了時に急患が入って他に出られる先生がいない場合。美海との約束を破ることになってしまうがどうする? どっちを取るんだ?」

 

 

 

–––覚悟だけは、しておいたはずだった。

 

紅茶の入ったマグカップを手にする。何故かカタカタと揺れて落ち着かない。持ち上げて一口啜ろうとすると歯がマグカップに当たる。気分は曇天。

 

「……学校の保健医になろうかな」

 

「おい」

 

呆れたような紡のジト目。

揺らいだ覚悟が俺を翻弄する。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

夕方。……まだ、美海は口を聞いてくれない。

家にいた美海は不貞腐れて、話し掛ければぷくっと頬を膨らませる。顔を逸らして怒ってます機嫌悪いですアピールは昔から見慣れているが、なんだか新鮮に見える。落ち込むのも程々にというかそれ半分に可愛い半分、少し反応を楽しみながらご飯を食べてお風呂に入る。

お風呂に入ると美海は無言で乱入してきた。やっぱり怒ってます、とむくれながらもスポンジを差し出すところ怒っていながらも近くにはいたいらしい。

 

単純というかなんというか。

まぁ、自分も人のことは言えない。

そんな美海の姿に何度惚れているのか……。

 

「俺が悪かったから、そろそろ機嫌なおしてくれないか」

 

さすがにこのままっていうのも気が引けた。放置は亀裂になる可能性があるので早めに不安は払拭しておかなければと美海に声をかけたが反応はなし。

じゃあ、ちょっとだけこっちの土俵に上がってもらおう。

あっちに引っ張られたままではダメだと思い、あらゆる手を尽くして美海に罠を仕掛ける。

目の前をスタスタと歩きながらも背後に俺の姿を感じ、歩くスピードを合わせている美海に聞こえるようにわざとらしく言った。

 

「ちょっとマナカの様子を見てくるか」

 

「っ⁉︎」

 

他の女のところに行くと聞いて美海は僅かながらに反応した。たったそれだけで十分だ。最低な方法だがこれ以外に思いつかなかったためこのような方法をとったが有力だったようで足をぴたりと止めた。

 

下準備はほとんど終わった。

今度は、美海の横を素通りしてマナカが寝ている部屋へと向かう。

その後ろを美海はついてきた。

計画通り、まずまずといったところだろうか。

 

しかし、やはりマナカは眠りについたままだった。

和室に入るとマナカが布団で眠っている。起きる気配どころか寝返りの一つもなし。その代わりと言ってはなんだが枕元ではカセットテープにて流される延々と続く歌が。

確か、お船引の時に漁師連中が歌っていたものだ。

 

「光の案か?」

 

背後の美海の表情が驚きに変わった。

どうやら正解らしい。

真っ直ぐというか、バカというか、あいつらしい単純な案だが。

記憶喪失もまた似たような刺激で記憶が戻るというから、間違いでもないのかもしれない。

 

「さて、と」

 

眠るマナカの隣に座り込み、何をするわけでもなく……。

いや、本当にどうしようかと悩み始めていた。

美海を抱きしめてみるか? そんな単純なことで解決するのか?

そんなちょろいはずがない。

試しに脇に控えていた美海の腕を引く。

そうすると、案外あっさりと引き込まれ膝の上に乗った。

 

「……」

 

「んっ!」

 

美海は目を逸らすだけで膝の上から退こうとしない。膝の上で背中を預けるだけの姿勢で三角座りを始めてしまった。

予想外の安易な考えの結末に、俺は説得を試みる。

 

「もう二度と口は聞きたくないか?」

 

「そ、そんなわけじゃ……!」

 

あっ、やっとこっち向いた。

くるっと体を捻りこちらを向いた美海は悲しそうな顔をする。卑怯な方法を使ったのは謝るから、そんな泣きそうな顔で見られると罪悪感が沸いてくるのだが。

 

「そりゃ休みの日に紡のとこ行ったのは謝るけど」

 

本当は早く帰って二人でいたかった。

なんて口に出せば言い訳のようで出せなかった。

 

「……それだけじゃないもん」

 

反省が足りないというのか?

事細かく美海は説明してくれる。

 

「帰って先に美空に会ったし、連絡もしてくれないし、そのうえ男の人との約束を優先されるし……」

 

「美空は家族だろ。それに連絡は……として。男にわざわざ嫉妬するなよ」

 

「……じゃあ、明日は晃とお風呂に入ろうかな」

 

「…………」

 

平常心を保つ。そうしようとして、美海の体を強く抱きしめてしまう。

いったい俺は何に反応したのか……。

いや、わかってはいるんだが……弟だぞ?

何を嫉妬してるんだろう。至さんだって美海と入ったじゃないか。

それに相手は子供だ。

 

「……昨日、美空と一緒にお風呂に入ったって聞いた」

 

「まぁ、兄妹だからな」

 

錯乱するな。まず、兄妹ってなんだっけ。兄妹だからって意味わからん。それを言うと昔の美海と一緒にお風呂に入っていた俺はいったい誰なんだ。血の繋がりがあったわけでもないのに。

今更になって色々おかしかったような気がする。

いや、でもミヲリさんが兄妹は一緒にお風呂に入るものだと……。

 

「別にそれはいいの。私が怒ってるのは先に私と会おうとしてくれなかったことだから」

 

問題提起を放棄して、美海の一言で我に帰る。

 

「夜遅かったし……」

 

「勝手に入ってくればいいのに」

 

「鍵が……」

 

「私の部屋の窓、開いてたよ」

 

「不用心だな!」

 

思わず突っ込んでしまった。

年頃の娘が部屋の鍵開けながら寝るって。

 

「頼むからそれはやめてくれ」

 

「わかった。じゃあこれ、鍵」

 

そう言ってポンと手渡された家の鍵。

そういえば、なんだかんだで美海の家の鍵を貰うのは初めてだ。

 

感傷に浸っていると美海はもぞもぞと近寄って来る。

実際には密着しているため、より鎖骨に顔を近づけたことになる。

必然的な上目遣いに俺は目を逸らした。

このままだと雰囲気に呑まれてしまう、と。

 

そんな俺の心の動揺を肯定するように美海は真剣な顔でお願いをする。

 

「……不安にさせた分、キスして」

 

「じゃあ、目を閉じてくれ」

 

「うん」

 

美海は上を向きながら目を閉じた。柔らかそうな唇、風呂上がりの上気した頰、体温と女の子らしいまつ毛が魅力的に映る中、ちょっとした幸福感に俺は少し震えていた。

 

妙に色っぽい美海にキスをする。

 

緊張しないはずがなく、溢れ出る感情にきゅっと抱きしめる。

美海はお腹伝いに腕を回してきた。軽い抱擁のまま数秒の子供のキスをする。

 

 

 

…………。

 

 

 

そして、静寂の中、息を呑む音がした。

 

いったい誰がしたのだろう。

俺はもう美海との世界に入り込み過ぎて彼女の吐息や心臓の音くらいしか聞き取ることは叶わない。

ただ、美海の声でも、音でもない。

ならなんだ。と、疑問に思い薄く目を開けると–––。

 

 

 

「……っ⁉︎」

 

視界の隅に、顔を手で覆った眠り姫が口をパクパクと開閉していた。

正確には覆った指の間から瞳を覗かせてることから隠すどころか直視だ。

互いに硬直する時間の中、美海は瞳を見開いて、周囲を確認した。

そして、今し方寝起きのマナカ姫の隙間から覗き見る眼と視線を交わす。

 

「…ぁ、わぁっ⁉︎」

 

見られたことに対する羞恥心か美海は奇声を上げて行き場のない感情を弄ぶ。慌てて何を言っているのかわからないが混乱しているらしいのはわかった。

金魚のようなマナカを放置して、美海を連れて退場する。

俺だけのお姫様を抱きかかえ、正常な判断のできない彼女と共に報告しに行った。

 




–––シーン。
誰がキスするとは言ってない。タイトル詐欺ではない。
主人公と美海のイチャイチャを見せられただけのあなた。紡君に同感ですね。
主人公を公的に安全に弄れるのは妹ちゃんと美海と紡君くらいかな?
大人になって紡君絡み少ないから増やさないと……。

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