次に帰ってくる時は……。
小さな約束を写真立てに祈るように捧げた。
今日は、彼女になったって報告。私じゃ釣り合わないかもしれないけど、認めてくれればなって思って。
もし今度来る時は、結婚した、って報告になればいいなと思う。少なくとも、私は誠を絶対に放したりしないし離れたりしない。誠も手放さないでいてくれると思うから。
ちょっと恥ずかしいけれど、そんな約束をしていられることが幸せだと思った。
この先、何があるとしても。
やっぱり私は誠の隣以外見えていない。
フラレそうになったら私は泣いて追い縋ると思う。それくらい誠が好きって言える。
だから、安心していいのかわからないけど、私は誠と一生を共にします安心してください。
……なんて、報告をした。
□■□
「――それで、時間あるけどどうする?」
誠の家での残り時間。いきなり後ろから誠に声を掛けられたようで、一瞬だけ肩がびくついた。それを悟られないように私は探っていたアルバムをゆっくりと棚に戻す。
「学校に行きたい」
やってみたいことといえば、誠の過去巡り。
海で生きた彼はどこで何をして育ったのか、彼のことを何でも知りたい私は提案した。
さっき戻したアルバムもその一環で、誠の小さい頃の写真を探していた。私と出逢うもっと前の彼が知りたくて、許可も取らずに勝手にこそこそ……たぶん、誠は絶対に見せてくれないだろうし。
「集合場所だぞ? 今から行っても、まだ余裕あるしもう少し他を回ってからでも……」
「じゃあ、誠のよく通る道とか、行く場所とか」
「……わかった。そこを通りながらな」
さっと手にしていた写真を隠す。どうやら誠は気づいていないようで私はほっと胸を撫で下ろした。
汐鹿生の学校。光の言う波中。
それは村の少し高い所に存在した。
廃れたような、時間の中に置き去りにされたような寂しさの残った校舎は、どこか帰りを待っていたように存在を保っていた。
校庭から遠目に眺めながら進む。
私達、3人だけで。
「人の数が減って閉鎖した学校だから、一応老朽化とかは大丈夫のはずだが、気をつけろよ」
久しぶりのはずの学校に誠はそう言って、校舎全体を見渡す。たぶん、私達が心配でそうしてくれているのだろう。
「そんなのどうやって調べたんですか?」
「調査書に書いてあったんだよ。学校が閉鎖した時、学校側が依頼したやつに。あと二十年は大丈夫らしいって」
「……そんなの一般生徒は見られないと思うんですけど」
美空の言い分も尤もで、たぶん私達が気にすることでもないんだろうと思う。
「閉鎖して残った資料とか漁ってたら普通に出てきたぞ?」
「……そんなものですか」
「そんなものなの?」
「実際、今から見てみればいいんじゃないですか?」
「そうだね」
他愛もない会話も楽しくなってくる。
誠って意外とそういうことしてたんだ……。
なんて、彼のことを知れるのが嬉しくて楽しくてどうしようもなく顔がにやける。
誤魔化すため、私は鞄から棒状のチョコレートスナック菓子を取り出して開封。落ち着く為にポリポリと齧り食べ終えると二本目を咥えてさらに一本を突き出した。
「ふぁべる?」
「いただきます」
先に美空が喰い付いて、魚が餌を食べるように手元から離れていく。もう一本取り出して誠にそんな風に食べてほしいなと思っていたら、魚が寄ってきて残念ながら全部持っていかれた。
「じゃあ、一本だけ」
何も持っていない私に誠が微笑む。
この顔は、イタズラを思いついた顔だ。
昔から知っている、この後はいつも私がそんなイタズラに翻弄されるのだ。
誠の顔が気づけば至近距離まで近づいて。キスできそうなほど近いと思ったら、誠に私が咥えているポッキーの反対側を咥えられて、遠慮なくポリポリと……。
「な、ななな、何やってるの誠っ!?」
思わず口を離した。
もう少しでキス、だったからなんとなしに残念なようなほっとしたような妙な気持ちになる。
誠は落ちそうになったポッキーをパクッと飲み込んで、してやったりな表情だ。
「ポッキーゲーム」
「それは知ってるけど、そうじゃなくて!」
「因みに、男女でやると信頼度や仲の良さが試されるらしい」
「うっ……」
そう言われたらなんて返せばいいのか。
やり直しを要求したい。ちょっと心の準備ができてなかっただけだから。
でも、なんか悔しくて「もう知らない」なんて言って2人から離れて校舎に入る。跳ねたい気分だったからジャンプして生徒玄関を幅跳びして、舞うぬくみ雪にやっぱり時の流れを感じた。
――此処は、時が止まっている。
昔の私のように、変わらなかった誠のように、停滞するだけで置き去りにされたような感覚だった。
「記録更新♪」
走り幅跳びを美空がした。地上ではありえない記録にご満悦の表情で、私と同じように楽しんでいた。
「さて、それでは行きましょうか美海ちゃん」
「うん。誠は?」
「ひとりで考え事をしたいって、校庭の方で座っていますよ。気をつけるようにとも」
「なんか言ってた?」
「少し慌てたような兄さんの顔は本当に面白かったです」
ならいいや。と、頬が緩む。
大事にされているって、わかったから。
本当に喧嘩したわけじゃなくて……。
お互いに、昔のようにじゃれていただけで。
昔よりも近い、そんな距離で何でも言い合えるこんな関係が私は好きなんだと思う。
「凄いですね」
「うん」
それから私達は誠の学校を見て回った。
過去、海で通っていた波中は時が止まったように静寂が校舎を包んでいて、色褪せながらも“あの時”という時代を残した写真にも見えた。
「あっ、本当にありました調査書」
職員室でこの学校の資料を見つけた。その上にこの建物の寿命が記されていて、二人して笑う。誠の言った保証期間は間違いじゃなかった。つまり、あと十五年は大丈夫っぽい。
私も通いたかった。けど、閉鎖してしまった。
エナがあっても、届かない。
――あと数年で復活しないかな?
そうしたら私は通えないけど、自分の子供ができたら通わせられるかもしれない。……ギリギリ。
――十六か。誠が許可しないかも。
「美海ちゃん、何考えてるんですか?」
「ここに通いたかったなぁって」
「兄さんがいればの話ですよね」
「うん」
教室を見て回る。
だいたいは陸と一緒で音楽室や職員室等の小部屋が幾つかあるだけで目新しさはなかった。
壁に沿って歩く。想像が、教室に誠達の姿を映し出して、やがて消える。
途中で見つけた教室の一部屋。そこには机が5つ寂しげに放置されていて、ここが5人の教室だったんだとすぐにわかった。
「兄さんの持ち物があるかもしれません。探しましょう」
「あるかな? 誠は全部持ち帰ると思うけど」
「穴を見つけるんですよ。完璧って言われる人間ほど、存在しませんから」
一理あって美空の提案に乗る。
結論を言うと、そんなことは全くなかった。
それどころか4人の持ち物、ひとつすら見当たらない。
「他人にまで持ち帰らせるなんてキッチリしてますね」
「そういう人だったね」
4人に注意する誠の姿が脳裏に浮かぶ。まるでお母さんというよりは、お兄ちゃんだろうか。どっちにしても世話を焼いていたのは変わらないらしい。
2人で雰囲気を楽しんでから、教室を出ようとした。なんか誠がいたって思うだけで元気になるあたり私も相当好きなんだろう。また、壁に沿って歩こうとして、目の前の美空が立ち止まる。
「いたっ! もうなんで止まったの?」
勢い余ってぶつかった私は非難の視線を向けて、美空が立ち止まって見ている柱に視線を投げる。
「あっ」
そこには、残り香みたいな。記録。この校舎に刻み込まれたものがひとつ。唯一、見つけられたのは、背比べをした証拠だ。
『ひかり』『まなか』『かなめ』『ちさき』『まこと』の名前の横に、棒線と数字。
やっぱり誠が一番高くて、昔からスタイルの良かったちさきさんは背が高くて、誠に近いのに少し嫉妬したような気持ちになる。
「やらないと損だよね」
「兄さんに怒られますよ?」
「そう思ってないくせに。それに誠だってしてたんだからいいでしょ」
「ふふっ、真似したくなるのはお互い様ですね」
たぶん、渋々やったのだろう。渋い顔をして拒否しようとしていた誠の顔が目に浮かぶ。基本真面目な誠が柱に傷をつけるなんて考えられず、一体何があったのだろうと想像するのも楽しい。
「む……」
結果、チサキさんより小さかった。
「やっぱり届きませんねぇ」
「そうだね」
今のチサキさんも、美空も、美和さんもすごくスタイルがいいから。少し羨ましい。
そんな自分の記録を並べるようにつけて、満足げにクスクスと笑う美空を見た時だった。
――世界が色付いた。
出てきた教室に誠の影が見えた気がした。椅子に座る誠が本を読んでいる。そんな静かに過ごす誠にチサキさんが話し掛ける。光は要さんと遊んでて、マナカさんもその輪に加わる。
――隣を誰かが駆けた。
不意に振り返ると廊下を進む生徒達が何人もいた。見たことのない人達。全員が笑って学校生活を楽しんでいる。
――私が見たかったのはこれだ。
海の世界に、恋焦がれた。
誠と居たかった場所は。
お母さんの故郷は。
こんなに素敵だったんだ。
「美海ちゃん、これって……」
「うん……。来てよかった」
映像を見たら、誠が恋しくなって私は駆け出す。美空に早く帰ろうと急かして。
生徒玄関まで走った。廊下は走らないって誠は怒る。
そんな誠に会いたいから走ったなんて言ったら、どんな顔をして迎えてくれるだろう。期待に胸が膨らむ。
もっと時間を大切にしたいのは、ふたりともが共有している願いで、切望で、後悔をなくすための誓いみたいなもので、お互いに時間の大切さを知っているから私達は省みない。
だから、私は校庭の玄関前で立ち止まっている誠に声を掛けてから飛び込む。
「誠!」
「おっ、と……どうしたんだよいったい」
「ん〜ん♪」
「まったく……」
子供のように頭を擦りつける。誠は呆れたようなこと言ってるがどうも言葉に刺がない。それを裏付けるように追撃する美空。
「顔緩みきってますよ〜、兄さん」
「なにそれ見たい!」
ぎゅっと抱き締めて私が離れることを阻止する誠。
「……美空、私の彼が束縛激しいんだけど」
「どう言われようと離さないからな?」
一生。と、前につきそうだった。