凪のあすから ~変わりゆく時の中で~   作:黒樹

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たまにはこんなことがあってもいいと思うんだ。


第六十五話 湯けむり

 

 

 

懸念すべきことがある。

あの祭りの日、どうしてあの鱗は山の上に現れたのだろうか。元々は海を守っているはずの、神の片鱗、その鱗が地上に出ているのを見たのは初めてのことだった。昔は地上に出てもその姿を目にしたことは無い。それどころか地上に上がる話も聞いたことはない。

 

そんな懸念すべきことなのか、気にするべきことではないのか、曖昧な議題に俺は風呂の中に顔を沈める。夏にしては暑い風呂に頭まで浸かり、己の探求心をお湯に溶く。顔を浮かした頃には脳内は茹で上がっていた。

 

お湯で熱を冷却するなんて、土台無理な話なのに俺は何をやっているんだろう。というか、あの鱗の思考を理解しろとか無理にも程がある。

何も考えずに美海とくっついて過ごしたい。それこそイソギンチャクにクマノミが住み着くように。学校に登校するのも、就寝するのも、お風呂に入るのも……。

美海脳とか言われても否定はしない。いまだに積極的に迫ってくる美空を突き放せないのも今後の課題だが、妹離れできない兄と兄離れできない妹では相性が抜群に矛盾するほど良いのか悪いのか判断できない。

最近、久しぶりに感じた家族というものに俺は弱くなっているらしい。それが俺の弱点だ。

 

「幸せだなぁ……」

 

浴室にひとり伸びをする。広々とした空間にあくびをしながら腕を突き上げる。

――むにゅん。

手の先には何か柔らかいものが当たる。

右は大きい果実というかなんというか、言葉では表せない柔らかさと大きさ。

左は成長途中なのか熟していないのか小さいながらも触ってて柔らかいと感じれ十分に揉める果実。

 

びっくりして、思わず手を丸める。

そうすれば手に当たっている果実を握ることになり、より良い感触が甘美に手全体から電流のように伝わる。触覚による衝撃。

 

「んっ……兄さっ」

「ひゃっ…誠」

 

次いで、聴覚による甘い声の衝撃。

脳内が真っ白になるほどの大打撃。柔らかいはずのそれは、一瞬で俺の脳をフルスイング。

理解したからこそ、なのだろうか。

幸せだなぁなんて感じるものの、言い訳を考え始めるのも早かった。

 

俺を除いて誰もいないはずの浴室。その浴槽に浸かる俺は何故か女の子の母性の象徴に手を当てて揉みしだいて、ついでに美空と美海の艶かしい声さえ聞こえて……これ以上触っていたら理性を保つ自信がない。

――いや、幻聴だ。感触も幻だ。

現実逃避して、柔らかくて人肌のようなものと、人肌の温度を手のひらに感じながら見たくもない頭上を見上げる。

 

「…………はぁ」

 

「兄さん、女の子の胸を揉みしだきながら溜息はないんじゃないですか」

 

幻覚じゃない。頭痛がする。美空の叱責も上の空でどうにか頭の中を独占している男としての喜びを――手放そうとしても躊躇してしまう。

だって、現実的に美空と美海の胸に触ってるんだ。平常心保てる奴がいたらそいつは特殊な奴だ。

顔を出しかけた狼の首根っこを締めながら、俺は同時に手のひらの幸福感を手放す。

 

「悪い。気づかなかった」

 

「その割にはたっぷり数秒放しませんでしたね。3回くらい兄さんに揉まれてしまいましたし」

 

「……んん。私は、4回……」

 

いたずらっぽい美空の微笑みと、恥じらい顔真っ赤な美海を見て思う。裸の二人……。確かに触ったが何回も意識的に揉んだ覚えはない。あったとしたら手が痙攣しただけ。

――いや、待て、そもそもなんで俺の入浴中にこいつらは堂々と服を脱いで入ってきてるんだ?

原因はこの娘達にあるとしても、百歩譲っても何歩譲ってもすぐに手を離さなかった俺が悪いのか。むしろすぐに手を離しても路上で見知らぬ女性にやったら監獄行きだ。

 

「すみませんでした。――それで、なんでふたりして入ってきてるんだ?」

 

「……だって、誠が前に……言ったから」

 

うん。言ったな。

――前言撤回。俺が全面的に悪いです。

 

「でも、なんで今日になっていきなり――」

 

「ふふっ、私やママがいつも一緒に入っているって言ったらすごく慌てちゃって」

 

「言っておくけど、お前らが勝手に入ってきてるんだからな。あといつもじゃない」

 

誤解のないように言っておくが、泣きそうな顔で強請られたら断れないだろう。中学生にもなって義母親とお風呂に入るとか……ダメだ、彼女に知られるなんて死にたい。もう手遅れだが。

 

「絶対に光には言うなよ」

 

それでも、光に知られるよりはマシだろう。

あいつなら、だっせぇとか言うに決まってる。

そんな小さな意地を張ると、

 

「クシュン!」

 

美海がくしゃみをした。

 

「取り敢えず、体洗うか」

 

 

 

 

 

美海のサラサラとした髪を梳くようにシャンプーした後。

 

「や、優しくしてね」

 

プラスチック製の椅子に座る美海が背中を向ける。綺麗な白い肌に、解かれた長い黒髪がピタリと張り付く。出だしから少々パニックに陥ってしまったがために、ようやく異質なほどの美海の裸体の美しさに気づいた。身内贔屓なのかふともかく可愛いし綺麗だ。

スポンジを手に取り、愛用のボディソープで泡立て、少しばかりの緊張を胸に、一度お湯を被った美海の背中に押し当てる。

 

「ん……」

 

漏れた艶美な吐息。小さな薄桃色の唇がプルプルと震えていて、なんかもぅ可愛い。肩も少しばかり震えていて、羞恥に耐えぬこうという意思が伝わってくる。それなら俺も早く終わらせてやろうと、なめらかな肌にスポンジを滑らせる。

 

本来、自分で洗うのなら首からなのだが、今回は昔のように背中にスポンジを這わせた。何回もやっていたからか体は覚えているらしく、躊躇とか大事なものを置き去りにして指が動く。恥ずかしげに丸められた背中を硝子を扱うかのように愛撫して、美海はくすぐったさに背中を反らせた。

 

「はぅん……♡」

 

「美海ちゃん気持ちよさそうですね〜♪」

 

淫美な雰囲気。美空の存在があるからか愚行には及んでいない。美海が大人っぽく艶やかな声を上げるものだから、少し顔が熱くなる。

 

「兄さん、もしかしてサディストですか?」

 

「いじめてるんじゃなくて愛でてるだけだから」

 

華奢な背中を洗い終えると、美海の白い腕にスポンジを這わせる。されるがままの美海の手を後ろから重ねるように握ると、若干の抵抗が見られた。腕を上げるのは嫌らしい。でも、戸惑いながらも迷っているようにも見える。傍から見たらイヤラシイ光景は美海の羞恥によって昇華している。確かに男としてはちょっといじめてみたいが……。

 

「ひゃあんっ♡」

 

――結論。白い手首を洗い終えると、腋の下にスポンジの魔の手が伸びてしまいました。

一際大きく喘ぐ声に、俺の脳内はオーバーヒート寸前。平常心と無心の神に祈る。

なぞるように下へ――次は、もう片方も。

 

「ふぅっん……♡」

 

今度は耐えたらしい。背筋が伸びてしまった美海の右腋下を通過して、お腹へと手を回す。

 

「――わっ、だ、ダメ!」

 

突然、美海が我に返ったように大声を上げた。きゅっとスポンジを持つ手を抑えてきた。

 

「お、お腹はダメ!」

 

「なんで?」

 

「うぅ」

 

腋がよくてお腹がダメ。……もしかして、太っているかもとか気にしているのだろうか。チラチラと美空のお腹を見つめる美海の行動からも一目瞭然、美空のくびれと比べると自信がないらしい美海の女の子っぽさに俺は微笑、反対の手で美海のお腹に触れる。

 

「すごく可愛らしいぞ、美海のお腹。それに太っているわけでもないし、俺好みの女の子だよ」

 

「……こんな時に言うなんていじわる」

 

背後から抱きしめる形で囁くと、美海は嫌がる様子すら見せなくなった。合わせられたお腹の上の手。

……妊娠した女性のお腹に手を当てる場合、こんな形になるのだろうか。もちろん妊娠などさせるような行為はしてないが若干――いや、形容できないほど幸福感が溢れて言い表せない。

 

「続けるぞ?」

 

「……うん」

 

美海の了承を得たところで、止めていた洗いっこを再開する。スポンジを美海の可愛くて小さなおへその周りに渦巻くように撫でつけて、お腹を洗い終えるとそのまま上へと手を伸ばした。

 

「ん……あ……っ♡」

 

さっきよりは大人しく落ち着いた美海。今までで一番大きく肩を震わせた。

幼い頃より成長した胸は女性らしく膨らみかけていて、慣れない男性には洗いにくい。柔らかいそれはスポンジで撫でる度に逃げる。逃げる。逃げる。

 

 

 

――その時、幸か不幸か美海が大きく身じろいだことでスポンジが手から滑り落ちた。

 

 

 

時が止まった。俺の呼吸も、美海の呼吸も完全に停止して自分の感覚を確かめる。色々なものが止まったにも関わらず、手だけは滑るように美海の胸を鷲掴み。硬直。

泡のせいかさっきよりも滑る――はずなのに、手からは零れ落ちることがなかった。

 

『あ……』

 

声が三人分重なった。紅潮した頬を照れ隠すようにもじもじと手を股の前で擦り合わせる美海だけが言葉を続けて、

 

「……難しかったら手で…いいよ…」

 

大胆な告白。

 

「事故だ」

 

「……私のじゃ小さくて不満?」

 

「違う」

 

「誠は事故って……興味なさそうなんだもん」

 

美空の胸と比べてるのか美海は自信なさげに俯く。

やめなさい、あれは特殊なだけです。発育がいいだけの美空を相手にしてはいけない。全国の女子中学生の胸の平均値超えてる超人だから。

 

渋々と美海は引き下がってくれる。所在なさげな手をスポンジ装着。今度は太腿から足首にかけて流れるような作業。やはり美海はくすぐったそうにしていたが、不満そうなのは変わらない。無理矢理に足を上げさせて裏も丁寧に洗っていく。その時、美海の頬がさらに紅潮した。

 

そうして、やっと終わったと安堵の息。横から口を挟むのは美空だった。

 

「……いまさらですけど、背中を流すだけで良かったんじゃないですか兄さん?」

 

「あ……」

 

尤もな美空の意見に俺は意表を突かれた。

 

「つい、昔のように……」

 

「えぇ!? ずるいです。私もやってください!」

 

「だ、ダメ!」

 

羨ましがった美空が背後から抱きついてくる。美海は美空に反抗しようとこちらに振り返り、押し合い圧し合い耐えようとした俺は美海に付着していた泡に足を取られて滑らせる。

 

 

 

『キャアアアァァ!!』

 

 

 

美海を巻き込み押し倒し、美海を絡みつかせたまますっ転んでなんとか怪我を最小限にしようとふたりを抱える。膝やら何やらを打ったが、ふたりが柔らかいおかげで俺にはダメージなんて殆どないが、回った視界に少し状況を整理するのに時間が掛かる。

その間にも、ドタバタと廊下を走る音が聞こえて俺は何故か暗くて柔らかい視界から顔を離した時、丁度外から扉を開かれた。

 

「あらまぁ」

 

運悪く現れたのはアカリさん。ニヤニヤと表情を面白いものを見たと歪ませている。

 

俺の下には押し倒した美海と、おそらく顔を埋めていたであろぅ美空の大きな胸。ふたりと絡み合いながら俺は倒れ込んだまま、寿命が縮まったという感覚を血の気が退くとともに味わう。

 

「今夜はお赤飯だ」

 

「やましいことはしてません」

 

「――にしても、さすがにいきなりふたり同時はねぇ」

 

「だから違いますって」

 

「初孫だ」

 

「事故ですから!」

 

「やった人ってお酒が回って――とか、事故とか一瞬の気の迷いで済ますんだよね」

 

よく使われる言い訳だ。が、事故とはそういう意味合いではない。

 

「……そんな思春期の下半身で言われてもねぇ。それに手は正直だよ」

 

「あ……」

 

本日、三度目のトラブルボディタッチ。二人の胸に触れているのは俺の手だった。お嫁さんの母親には一生勝てない気がした。

 

 




健全だよね?……だって事故だもん。
ただ、光や至さんが出てきたら覗きとして処理をしよう。
そんなネタがあったが、あえなく没。
光「……いや、行ったら殺されるだろ。誠に」
至「大丈夫だよ。……たとえどんな薬品を使われようと光君なら生き残れる。僕はほら、既婚者だし、孫ができても驚かないよ」
と、おふたりは茶の間でお茶を啜ってました。もちろん、尊い犠牲にならないように晃くんは至さんが抱っこ。

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