夕日が海に沈みかける。茜色と暗色に変わりゆく海が見える山の上、夕日とは別に彩られた明かりが灯る場所は人々がごった返していた。
祭囃子と灯、食欲の湧く屋台の匂いが漂う中で家族連れの人達を見て俺は何故かここで待たされていた。鳥居のような門の真下で待たすのはあの娘たちで家で待とうとしたのだが何故か美海に悲しくも追い出された結果である。
悲しくも一人で山を登る階段に足をつけ、そうして辿りついた祭りの会場は俺にとって場違い感あふれる場所だった。何よりひとりでいる場所じゃない。昔から祭りごとには興味がなかった俺には退屈が噛み殺してきそうなほど憂鬱だった。
――要と光は先に行った。今頃祭りを楽しんでいる二人を差し置いて女性達の浴衣姿でも堪能しよう。我先に。
と、一人の孤独に――というか美海に会えてない時間、二時間を切った時だった(待たされた)。
「誠」
表の階段を見ていた俺の後ろから柔らかで可愛い声が確かに俺の名前を呼んだ。想像以上にびっくりしたが振り返るとそこには……絶世の美女がいた。
美海。今日は可愛らしいパーカーでもなく、ホットパンツでもなく、制服でもなく、あの日選んだ浴衣を着こなし、普段は下ろさない髪を下ろしている。なんだか落ち着いた雰囲気の彼女は何処か大人びていて、輝いて見えた。
「…………」
言葉が出ないとはまさにこの事。呼吸すらするのを忘れて見惚れていた。惚れ直した。むしろもっと好きになっていく、愛が深まった自覚がある。
「……へんかな」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
慣れない髪を撫で付ける仕草ですら扇情的で、魅力的に映る中、俺はどうしようもなくまた見惚れていた。
「……なんて言うのかな。綺麗で、可愛くて、言葉にしたいのに上手く出来ない」
ただ言わせて欲しいこととすれば、
「……髪を下ろしてる美海の方が大人っぽく見える。もっとずっと見ていたい」
「も、もう……言ってくれたらするのに……いつでも」
二人で言ったことに照れ合って、目を逸らした時に美海が俯いてしまうものだから、チラリと視界に入れば俺はまた目を奪われる。
「あ、そうだ」
何かを思い出したように、突然、美海が胸元に手を入れた。浴衣の間に手を滑り込ませると必死に何かを探して数秒くらいそうしていただろうか、何かを引っ掴んだらその手を引き上げる。
握られていたのは十字架のペンダント。真ん中に埋め込まれた青い石が輝く神秘的な遺物は俺の大切なものだったもので、俺の決意の表明だった。
捨てたはずのそれを美海は俺の目の前に差し出す。
「はい、これ」
「残ってたんだな……それ」
「うん。誠の大切なものだから。過去を乗り越えるのも捨てるのも、確かに必要だけど……捨てたら悲しいことだって私にだってわかるもん。一番大切なものだから誠は捨てたんだって、私はわかってたから……」
受け取ろうとして戸惑う俺に対して、美海は少しだけ考え込むと屈むように促してくる。催促されてようやく屈んだ俺の首に手を回してペンダントがつけられる。そうしてふたりで近い距離に少しだけ顔を赤くして、美海がこけないようにと腰に手を添えて、抱き合っているような体勢。
周りの喧騒すら蚊帳の外。
そんな二人きりの空間、可憐な声がまたひとつ。
「――兄さんってば、このお祭りに来たの二人だけだと思っていませんか」
不機嫌そうに、されど自信たっぷり余裕綽々の表情で義妹の美空が腰に手を当ててじと目を投げかけてきた。これまた美海に似た、けれど大人っぽさと儚さ、両方を両立させている浴衣に身を包んだ彼女はなんとなく色気を感じる。
「……いいや、忘れてない」
「兄さん、優しい嘘は嫌いですよ」
「……ごめんなさい。一瞬だけ忘れてました」
これが本当に中学生か。洞察力とか云々の前に妹に勝てる気がしない。
……でも、まぁ、こんな可愛い義妹を見たら兄であろうと何であろうとお父さん的感性が浮いてくるわけだ。誰にもやらんぞとか、フィクションの話だと思っていた時期もあったが本当に幸せになって欲しいと思うからで、手放すのが惜しくもなる。
「美空、似合ってる」
「もう、それだけですか」
不満らしい美空はぷくっと膨れた。
「ナンパに気をつけろよ。ただでさえ人目を惹くぐらいに可愛いんだから、今日とか洒落にならん」
「ふふっ、捻くれた感想ありがとうございます。でも大丈夫です。兄さんの傍を離れたりしませんし、もしそうなっても兄さんに助けてもらいますから」
正論と極論と、平たく言えば兄任せ。モテる女の子もそれはそれで面倒らしい。主に今日の美海も特に注意しなければいけないかもしれない。
それにだ。
後ろで控えている、美和さんやチサキも美人であることには変わらないから、変な輩に絡まれることが多そうな気がする。特に美和さんが変なドジをやらかさないか心配だった。
□■□
気鬱なんて言葉が懐かしいと思ったのはこれが初めてかもしれない。屋台道を練り歩けば美空や美和さん、チサキに声が掛けられたりハメを外す輩が多かった。
……その度に、怖ーいお兄さん達に連れていかれるナンパ野郎も悲惨な事には変わらないのだが、家族水入らず邪魔建てする輩なので言うこともない。むしろ、平和的に解決するのは有難いことだった。
そんな道中にて、またも一人あからさまなナンパに遭っている不運な女性が一人。これまた高価そうな浴衣を着て着飾られた女性は、見慣れた人だった。
「――ですから、その……私は……」
「独りでしょ。大丈夫だよ、一緒に回ろうよ、ね?」
「そうそう、俺ら華が無くて困ってたの」
「奢ってあげるからさ」
典型的というかなんというか、男嫌いな文香さんは今日もやはり萎縮した様子で応対している。断っているはずなのになかなか立ち去らない男達に囲まれて、迷惑そうに、されど優しく断っていた。
「あ、文香ちゃんだ〜」
そこに自然と話し掛けられる先輩、美和さんは颯爽とその間に割り込む。
その後ろ姿に、俺達も続いた。
美海を左に手を繋ぎ、右腕には美空がしっかりと抱き着き、逃げる隙すら無い俺はさらなる火種なる事を覚悟して前に出ると、文香さんに声を掛ける。
「ここにいたんですね。さぁ、行きましょう」
「は、はい」
俺が着ている甚平を後ろから掴んで逃げるように回り込む。と、縮こまりながら顔を出す。
小動物的な仕草に俺は安心しながら、信頼されているのだと感じた。
「では、これで」
ナンパ野郎達に会釈して立ち去ろうとすると、やはりそうは問屋が卸さないとでも言いたげに、男達は食い下がることは無い。
「ちょっと待てよ!」
「何か?」
「ふざけんなよ、横から入ってきて――」
「祭りで気分が高揚するのはわかりますが、人の気分を害してまでナンパなどやることではありません。反省してください」
反省。そう、反省だ。
いつの間にか横に控えていた怖ーいお兄さん達がナンパ野郎達の首を掴んで裏に引っ込んでいく。
あぁ、可哀想に……だけど、戻ってきた頃には更生しているだろう。犠牲者に黙祷を捧げる。
改めて思うが、ここまで完璧なシステムの祭りはそうそう無い。警備員は対応が迅速、トラブルに対処、被害を大きくせずに事態の終結を求めるのは平和を望む人として当然だ。純粋に祭りが楽しめる。
そうやって遠い目をしている俺に、文香さんは肩越しにおずおずと頭を下げてくる。
「どうも、ありがとうございました」
「お礼なら美和さんに言ったらどうですか? いい先輩を持てて、幸せですね」
「はい、私もこんな先輩が誇らしいです」
先程までと変わってクスリと微笑む彼女。
「でも、なんでこんな辺境の祭りに来たの?」
多少言い過ぎだが、打って変わって疑問を口にする美和さんに真剣な表情を向ける文香さん。
その視線は俺に向けられる。どうやら大切な話があるらしい。きっと、それは彼女が前に進むのにも大切な話なのだろう。俺は素直に頷いていた。
「少しだけ席を外してくれないかな、美和さん」
美和さんは美海と美空、チサキを連れて祭りの中へと消えて行った。その背中を見送ってから、文香さんは話を切り出しづらいのか立ち往生。沈黙がふたりの間に流れた後で、引っ込み思案な彼女に提案する。
「ここでは話もできないですね、神社の方にでも行きましょうか」
手を差し出して繋ぐように促すが、男嫌いの彼女からしたらダメなものなのか、首をかしげては見上げてくる。戸惑ったような彼女に俺は思案する。
そうして出た答えが一つだけ。言い訳じみたものだが、彼女は頷いてくれるか、
「はぐれたら大変ですので」
「あ、はい」
どうやら意味がわかっていなかったらしい。文香さんは差し出された手ではなく袖の先をちょこんと摘む。だがそれも一瞬で、手繰り寄せるように手に一度触れると離れて、今度はしっかりと繋いだ。
人混みの中、神社へと目指す。人の流れに沿って進むこと数分で、静かな場所に出た。神社の方は人がまばらで殆ど誰もいない。いるとしたら夏祭りに浮かれて熱狂しているカップルが二組くらい愛を語らっている。その光景を見た文香さんの顔は赤くなり下を向く。目のやり場のない、所在なさげな彼女は俯くしかなかった。
社の階段まで辿り着くと、周りにはもう誰もいない。ふたりきりになったところで、階段の上にブランケットを敷きそこに促す。
「どうぞ」
「えっ、いいですよ、そんな……」
「普通に座ったら汚れますから。それに、折角用意したんだから使ってください。使われないと用意した俺が恥ずかしいです」
別に恥ずかしいとは思わないが、こうでも言わないと従わなさそうな彼女には、こうするしかない。
困らせて、迷って、困惑した文香さん。それでも、決意を固めたようだ。
「……なら、一緒に座りましょう」
「えっ?」
流石にそう返されるのは予想していなかった。優しい文香さんの事だから普通に予想できた筈が、俺は少しだけ驚いていた。
その優しさと同じくらい男嫌いな彼女。だから、俺は距離を空けて座ろうとしていたのに、先に座った文香さんはそうやって隣をポンポンと叩いて座ることを促してくる。
促されるまま、流されるままに隣へと腰を下ろす。
「……」
「……」
流れる沈黙。遠くに聞こえる祭囃子や人の笑い声だけが木霊して、届く。
待っていた。
文香さんが切り出すのを……。
これは準備期間。引っ込み思案な女の子が気持ちを切り替えるための、臆病な人のペース、それに合わせて俺は静寂に溶け込む。
「えっと……ですね……」
数分くらいして、ようやく文香さんが声を発した。
指先を交えて一点を見つめ、気恥ずかしそうに俯きながら、
「昔のことを思い出して……お父さんに、聞きました」
と、切り出した。
「全部。全部、思い出しました。あの日、何でお母さんが死んで、私は助かったのか。誰に助けられたのか。記憶が殆どありませんでしたけど、あなただったんですね」
「……らしいですね」
首を縦に振り肯定する。
不思議と、悲しい記憶の筈なのに文香さんの顔に翳りはなかった。
「あの時からです。俺はあなたのお父さんに柔道を教えてもらいました。精神も、体も、強くなる為に。あの人は俺の先生ですよ」
「お父さんもそう言ってました。でも、あなたには少しだけ危なっかしさがあったって……」
理解している。あの時は何の目的もなく街を彷徨っていたのだから。孤独に打ち負かされそうだったから。生きることに大した思いも抱いていなかったから。
世界が変わって見えた俺は、文香さんの親父さんに構われて憂さ晴らしに付き合っていたというのも後になっては、それもまた奇縁だった。
「ふふ、今のあなたを知ってしまうと想像できません」
「まるで、更生した後の不良みたいですか」
「そうなのかも知れませんね――っすみません!」
肯定しては手をわたわたと横に振り否定する。
違うんです。違うんです。と、早口にまくし立て、
「ゆ、誘導尋問に引っかかっただけです…!」
なかなか天然ボケをかましてきた。
思わず笑ってしまう。腹を抱えて前に屈折。声を押し殺すのに必死。
すると、文香さんが肩をぽかぽかと叩いてくる。
「す、すみません。でも、まさか文香さんがここまで普通に男の人と話せるなんて思いませんでしたから」
「うっ…まぁ、学生の頃……あなたと会う前も後も異性とおしゃべりなんてしませんでしたから」
確かに、そんな雰囲気だった。
「話をした異性は警部にこってりやられるんじゃないですか」
「そうですね。投げ飛ばすくらいはしそうです。となると、誠さんも明日には……」
「……ば、バレなきゃ大丈夫ですよ」
冗談じゃない。
何度、昔に投げ飛ばされたと思ってるんだか。
今でも勝てる気がしないのだ。
憂鬱に引かれる俺に文香さんが微笑みかける。
ここからが、本題だったのだろう。
「それで、いまさらなんですが……私にお礼をさせてくださいませんか。この前のも兼ねて」
断ったところで引き下がるとは思えない。真剣な表情の彼女に俺はたじろぐ。逃げ場がない。好意を受け取らなかったらなかったで般若が押し寄せてきそうだ。
だから、考えた。
俺が本当に欲しいもので、文香さんにも出来て納得する“お礼”は何か?
「じゃあ、俺が眠っていた間のおすすめの本はありますか? 5年くらい眠っていたせいでわからないので」
「そんなのお礼のうちに入りません。私が差し上げちゃいます。友達なんですから」
「いや、いいですよ。自分で買いますから」
――知らずのうちに友達認定されていた。
遠慮しようとすれば、何故か悲しそうな顔で、
「……私が触った本なんて欲しくないですよね」
と、誤解を招きそうな発言をする。本当の本気で落ち込んだ文香さんは本の話になると目をキラキラと輝かせるのだが、一転して悲哀に満ちていた。
さすがにこんな哀愁に暮れた小動物的な女性をこのままにしておけない。
「欲しいです。……その、文香さんが迷惑でなければですけど」
「はい! えっと……私のおすすめでいいですか」
肯定すると、満面の笑みになる。
本当に楽しそうな表情で喜ぶものだから、水を指すわけにもいかない。
「――それで、お礼はどうしましょう」
振り出しに戻った。
もう一度、深く考える。
結局、道はひとつしかないらしい。
「なら、勉強を教えてくださいませんか」
「えっと……私がですか?」
驚いたような顔をされた。
成績は悪くないと警部から聞いている。というか娘の自慢話ばかりするものだから、地雷は踏まないようにと注意していた筈だった。それが、困惑顔。なんだか罪悪感が沸いてきた。
「いえ、ダメならいいんです」
「あっ、そうではなくて……」
含みのある言い方で言い淀む。と、申し訳なさそうにチラチラとこちらを見ながら、
「誠さんは頭がいいと聞いていますから、私なんて必要ないんじゃないかと思いまして……」
謙遜か。それとも褒めているのか。
どちらにしても発信源は美和さん辺りだろうか、職場で子供の自慢話をする姿が思い浮かぶ。この人にあの親がいたからもの凄く理解出来た。
そして同時に、会話内容が少しズレていることも。説明すらしていない気がする。
「俺が教えて欲しいのは高校や大学の勉強です」
「飛び級でもなさるんですか?」
美海がいる限りそれはない。
「そうではなくてですね。本を読むのにも受験をするのにもいろんな知識が必要になってくるじゃないですか。違った見方で、もっと先の見方で読んでみたい本があるんです」
「……っ」
無言で息を呑む音が隣から聞こえた。
気づいた時にはもう遅い。いきなりぎゅっと手を握られる感触がした。包まれるようなそんな感覚。その握った本人を見てみれば、キラキラと目を輝かせて、
「友達なんですから当然です! お姉ちゃんが教えてあげます」
――大きな地雷を踏み抜くとともに、また振り出しに戻ったことを痛感した。
「……それで、お礼はどうしましょう」
むしろこっちがお礼をしたいレベルなのに律儀なのか何なのかもはやわけがわからない。再三、催促されると内容にとても困ってしまう。
お礼、って何か呪いの言葉だっけ。拷問的に辛いところがある。善意というのはわかっているが、お礼を求めないこちら側とお礼をしたいあちら側では色々と噛み合わない点があるらしい。
「――ならば、保健体育の授業なんてどうかのぅ」
不意に声が頭の中に響いた。直接的に干渉するようで違う。社の屋根。その上から何処かで聞いたような腹立たしい声の主の要求が届いた。
「ひぅっ!?」
吃驚した文香さんに腕を組まれ抱き着かれる。突然の男の声に怯えた様子の彼女は、完全にぴったりと密着すると離れなくなった。
「出てきたらどうだ。ウロコ」
「さっきから背後におるぞ。まったく……お主は変わらず無愛想よな、神の鱗に対して」
減らず口はお互い変わらずか、首だけで背後を振り返ると懐かしくも見たくない姿があった。白い魚のような肌に鱗と一見、病弱そうに見えるがこの男こそ俺を眠らせた本人だ。
「お前、本当に呪殺したいよ。もし美海と同じ年代で起きてなかったら殺ってたかもな………ありがとうございました」
と言っても、同年代になれたということは一緒に卒業などもできるわけで悪い気はしない。
「呪うのか感謝するのかどっちかにせい。あれか、お礼参りというやつかの」
「それは違うんじゃないか」
「難しいもんじゃな、近頃の若者の言葉は」
感慨深そうに顎を撫でると、徳利からお猪口に酒を注ぎ飲み干した。
「しかしまぁ、また結構なべっぴん連れおるのぉお主は。保健体育も一応は医学の基本を学べるぞ? 女体を見るのが恥ずかしければまともに治療なんてできぬからな。それに生態を知るのもまた勉強じゃ」
「お前は一片たりとも医学のことなんて考えてねぇだろ、エロウロコ」
余程、警戒しているのか文香さんの腕を締め付ける力が尋常じゃない。半分、俺の背中に隠れるようにして座っているからか、関節をキメられる。さすがは警部の娘か身じろぐことすら出来ない。
「ほほぅ……よいのぉ。女子のカラダというのは神秘的じゃ。また惚れられて、満足じゃろう?」
「ひゃぁっ!?」
今度は、ウロコが文香さんの背後1メートル以内に現れて、驚いた彼女に関節が悲鳴を上げる。跳ね上がるような反応が不幸を呼んで限界点ギリギリを通過した。
ズキズキ、と関節が軋む。
このウロコ、絶対にわざとだ。嫌がらせだ。もしくは妬みの部分も入っているかもしれない。ニヤニヤとした喜色の感情が声に乗っている。
「さて、面白いものも見れたし行くとするかのぅ。ではな」
「あっ、待て――」
最後の一歩をウロコが前に進んだ瞬間、痛覚が限界点へと到達した。どうやら文香さんも近づかれる限界点を超えたらしい。つられて肩の関節から何かわからないヤバイ音が響く。
「何しに…来たんだよ…」
痛みに耐えながら出した声に、あの自由奔放な神様もどきが答えるはずもなかった。
苦痛を伴っても胸を押し付けられて嬉しいものかどうなのかわからないですね。
後悔はしてない。ただ、やられないとわからない。力は非力でも関節はダメですね。