凪のあすから ~変わりゆく時の中で~   作:黒樹

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日常かい。



第五十五話 初めての朝

 

 

 

朝日が昇る。温かい光が部屋に満ちた。

眠る四人の寝息が、部屋に木霊する。

その中で、私は気分良く起き上がる。

 

「ふふ♪ ……ちょっと、可愛いな」

 

視線は同じベッドの上、隣で眠る最も愛しい人、彼が肩の荷がおりたような顔で寝ているのは、非常に可愛らしく見えて微笑みが止まらない。

なんでだろう、ニヤけてしまう。

上がった頬は抑えても抑えても、すぐに元通りになると私を笑顔に変えた。

 

昨日、彼は奇跡的にも目覚め、告白してきた。

吃驚してしまったけど、長年思い続けていたこともあって彼の要望『キス』を受け入れ、結ばれた。

彼が『キス』を求めたのは、不安だったからかも知れない。もし本当は自分ではなく他の人が好きなんじゃないかと悩んでいたのかも。

だから、キスだったんだろう。

初めては私からの強引なキスで、二回目は人口呼吸(ノーカウント)、そして、二人で望んだキス。

 

手に入った私の願い事はあまりにも大きくて、何気ないのかもしれないけど、やっぱり告白して良かったと思ってる。

早速、誠に一緒に寝ようと誘ったのは恥ずかしかったけど、図々しいのかもしれないけど、彼はいつも変えない表情を笑顔に変えて言ってくれた。

『じゃあ、部屋に戻ろうか。このままだと風邪をひく』

 

もう一度寝ようかな?

夢じゃないことを願って。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

side《アカリ》

 

 

変わらない日常、朝日が登って間もない頃に私は一人、家事をするために起き上がる。

至さんは眠っている。

晃は、父の顔に足を乗せて眠っていた……うん。今日も変わらない。うんうんと唸る至さんは何と戦ってるのか、気になるも起こすのはやめておいた。

キッチンへと辿り着くと、お味噌汁とご飯の用意をするために調理をしていく。が、その過程でやはり気になるのは娘と一人の男の子の容態。

 

「……大丈夫だろうけど、一応、見とかないとね」

 

お米を炊飯器にセットしスイッチを入れ、もしもの為に美海の部屋へと足を向けた。

 

 

美海の部屋――そこは、そう明記しておこうか。正しくは私と至さん的には『愛の巣』と。

建てる前から決めていたことだけど、もし美海と誠君が結婚するなら部屋が欲しいよね!なんて考えてできた部屋の結果が現状の美海の部屋だったりする。

だって、美海がお嫁に行ったら寂しいじゃない?

それに誠君は親がいないし……美和さんには流石に、至さんが美和さんに手を出してしまったらやばいなと思って部屋を作るのはやめておいた。

ということで、お嫁に行くことは無い、誠君がお婿に来る前提の部屋は完成したわけで。

 

そう、何度目かの構想を思い出しながら、『美海の部屋』と書かれた札のかかっている扉を開け、中を覗いて見た。

こっそりと中に入り、抜き足差し足忍び足と進んでいく。

が、目の前には寝ていると思っていた三人は何かの前でしきりに言い争っていた。

 

「むー……羨ましいなぁ」

「起こした方がいいですよ」

「うー、美海ちゃんだけ抜け駆け」

「いやそうではなくてママ、兄さんは怪我しているので添い寝はちょっと危ないかと……」

「私も混ざろうかな」

「美和さん、ダメですよ…! 美和さんまで添い寝したら怪我が酷くなっちゃいます」

「わたし、そんなに重くないんだけど」

 

「何やってんの」

 

「「「あっ……」」」

 

声を掛けられ、みんなして人差し指を立てて口に当てると静かになる。それは、私にも向けられているようだ。誠君が寝ているから安静にさせていないといけないけど、彼女らの争いももっとも。

私は促されるまま彼女達が囲むベッドに足を運び、誠君が寝ているであろう中を見ると、そこには予想だにしない光景が広がっていた。

 

「「すぅ…ふぅ…くぅ…」」

 

寄り添うようにして、美海と誠君が眠っている。

同じ毛布を一緒に使い、体を寄せ合い、殆ど密着した状態で、顔が近いのも伺えた。

美海が起きていたら赤面するだろう。それくらい近く、昔のような微笑ましい光景だと言える。

仲睦まじい光景に……私は察した。誠君の手は美海の腰にかけられ、美海は誠君の腕を枕にしている。

守るように、守り合うように、この子達は安眠を手にしていた。

 

「お赤飯と性のつく料理でも作んないとね♪」

 

「アカリさん、それはどうかと…兄さん怪我してますし。それに起きるかどうかもわからないんですよ」

 

「大丈夫。誠君が元気になるだけだから! ほら、やっぱりお祝いしないとね」

 

それから、美海と誠君が起きるまで、私達は微笑ましい光景に目を奪われていたのだ。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

朝起きると、生暖かい視線を感じた。起きるに起きれない状況に四苦八苦しながら目を閉じて、状況の打開策を講じる。

目の前には、美海の顔。

そして、ベッドの向こう側には何やら生暖かい視線を感じたので、あえて寝たフリをしておく。

 

「……誠君の寝顔って可愛いよね」

 

唐突に、アカリさんが変なことを言い出した。

ぷにぷに。頬をつつかれ、くすぐったさに耐える。

 

「私は……初めて見たかも」

「そうですか? 兄さんに添い寝すると見れますよ。部屋に侵入すれば見れないですけど」

「で、でも、そんなの悪いし……」

「兄さん、嫌がりませんよ。一度目は拒否しますけど、二度聞くと絶対に断りませんから」

「そうなんだ。……私も小さな頃は、誠に一緒に寝ようとしても寝てくれなかったのは」

「多分、押しが足りなかったんですね」

 

幼馴染みの知らない一面を見た、チサキは溜め息を吐き残念そうにだらりとベッドに腕を垂れる。

……なんだか、自分の秘密を知られたようで恥ずかしくなる。そうだ、確かにそうかもしれない。断るにも断れないし決断できないのは自分のせいなのだろう。

 

ぷにぷに。

また、今度は両方からつつかれ、見悶えると布団をかき寄せるように目の前のものを抱き締めた。

 

「「「あ……」」」

「あららぁ」

 

3人+一番見られては不味い人から少しばかり高くなった声が聞こえた。

 

「んっ…んん〜…ふぁぁ」

 

目の前の抱き締めた者が体を動かし、眠たそうな目をこじ開けてしょぼしょぼとした目を擦り、わずかに広がった視界から俺を見て、首を動かし見てはいけない生暖かい視線を感じる彼女達に視線を向けた。

 

「あ、おはよ、美海」

 

「っ――〜〜〜!! こ、これは、ね、お母さん!」

 

言い訳を何か言おうとしたのだろう。顔を赤らめ上ずった声の美海が、どうにかしようとする前に、せめてここは男らしく逝こうともう一度引き寄せ、彼女の顔が隠れるように抱き締めた。

 

「おはようございますアカリさん。できれば、あまり俺の可愛い彼女を虐めないでください」

 

「「「「…………え?」」」」

 

二重の意味で四人は困惑したのだった。

 

 

 

□■□

 

 

 

「ほうほう、重症なのに愛の力で復活したあげく付き合うことになったと……急展開過ぎて心の準備が不足してたわ」

 

朝御飯を食べながら、呆れたようにしかし何処か安心したように呟くアカリさん。が、光は俺を見て言う。

 

「そ、そそ、添い寝って何してんだよ!」

 

「なにって、添い寝だけど。あれなに叔父さんもしかして嫉妬ですか? 残念、お前に美海と添い寝はさせない」

 

「ば、バカそんなことどうでもいいわ! つうか、なにしれっと惚気てんだよ!」

 

赤い顔の光はあたふたと慌て、指摘してくる。

もちろん、惚気たのはわざとだ。

箸を置き、溜め息を吐く。

それも、チサキと同時に……彼女は今から起こることに光の進歩を見いだせず呆れたのだ。

 

「そういうお前は、いつになったらマナカとイチャイチャできるのか。大体な、俺が言えたことではないけど気づくのおせえんだよ。どっちかと言うと俺が美海のこと好きだって気づいたのお船引の最後の数秒だし」

 

とまあ、自爆はここまでにしておく。

 

「それより、添い寝だけで動揺してんなよ。添い寝通り越してあんな事やこんな事そんなこと、さらに言えばお前らの言う“えっち”の最上限など――」

 

「わあ!わあわあ! お、おま、何言って」

 

「否応なしに、というか寧ろお前はそんなことは考えたことないのか。健全なんだから否定するな。一度は思ったことあるだろう、例えば――チサキが思いの外エロくて興奮したりとか」

 

「ごフッ――!? ま、まま、まことぉ!?」

 

お茶を飲んでいたチサキは吹き出し場はさらなるカオスを呼び込む。

 

「チサキってなんか、大人っぽいってのも相まって身体付きも誰よりも同年代の中では育ってたからな。たまに、要の視線がエロくなってた。それどころか、お前の周りのよくしてくれるおじさん共も、思ってただろうな」

 

要にも犠牲になってもらおうか。

そう、いない相手だから言えることで、否定する人がいない話でもある。

なれば、とさらなる矛先を恩人に向けた。

 

「例えば――至さんとか。チサキって可愛いし綺麗になったし一度くらいは思ったんじゃないかな。抱きた――」

 

遮るように至さんが割って入る。

 

「ちょっと待って誠君! ぼ、僕までなんの生贄にしようと思ってるんだい!? いやあの、アカリ? ほら、誠君のはどう見ても今はからかう目で――」

 

「えー、誠君って殆どというか冗談は言わない子なんだよ。まして、人のための嘘以外は全面否定派なのに……」

 

「ちなみに、美和さんと美空を見る目もなんだか怪しいですよ」

 

「……へぇ。ねえ、少しあっちの部屋に行こうか」

 

引き摺られていく至さんに南無さんと俺とチサキが手を合わせる中で、俺は思う。今日も平和だなと。

しかし、俺の信憑性ゼロの嘘は美和さんだけに真剣に受け取られていたのだ。

 

 

 

 

 

 

そして、せっかく話題を逸らしたというのにいとも簡単に俺はアカリさんに正座させられることとなる。足が痺れることはなく、まだ痛む背中に耐えながら許しを待った。

 

「お、お母さん、誠は怪我してるんだからそのくらいにして…それに、冗談だったんだから」

 

「うん知ってる。でもね、私が怒ってるのは冗談ではなくてこっちのことだよ」

 

入院患者が着るような服を剥がされ、はたして隠していた心配事は表に出される。

白い包帯が、赤く染まっている。

全体でないにはしろ、それは普通の人間が目を背けるほど痛々しかった。

 

「やっぱり、からげんきもいいとこだよね。傷は縫ったにしろ本当は病院で療養しなくちゃいけないのに。それを無理言って家に連れ戻したんだから。ほら、逃げられると困るし」

 

「はは…」

 

確かに病院から抜け出すとも考えられたのかもしれない。今回に限ってはそうならないが、寧ろ病院に入院していた方が好都合だと言えただろう。

それに、病院はそこまで入院患者がいるわけでもなく空きがある。病室は空いてるし、看護師の手を煩わせないとなれば看護師も喜んで面倒を見るだろう。

 

心配そうな視線が辛い。

美和さん、美空、チサキ、そして……美海。

からげんきもここまでかと、悟った俺は潔く項垂れて降参の意を示すように手を挙げた。

 

「わかりました。大人しく入院しますから、逃げませんからできればその目をやめて頂けると嬉しいのですが」

 

――罪悪感が、心配されているはずなのに罪悪感が胸を突く。

 

「ほんとに? 美海と離れるけど、耐えれる?」

 

アカリさんが疑うような目付きで俺を見た。

 

「はい。というか、なんで俺はそんな質問をされてるんですか」

 

「うん、即答は嬉しいとこなんだけど、隣見てみなよ」

 

言われるがまま隣に視線を向ける。そこには、肩を落とした美海が寂しそうにこちらを見ていた。

なんだか、嵌められた感覚と、罪悪感が更に強くなる。

即答は不味かっただろうか。それも、よりによって恋人の前で恋人と離れることに寂しさを感じないと思わせるようなことを淡々と、軽薄にも程かあるだろう。

 

「いや、美海、離れるのが寂しくないというかそういう訳じゃなくて、なんか俺は信頼されてない気がしてだな」

 

言い訳も甚だしい。事実だが、自分でもよくわからない感情に四苦八苦しながら美海を宥める。

 

「私は寂しいのに。せっかく付き合えるのに、誠は看護師さんに看病してもらえるのが嬉しいんだ」

 

「いや、美海に看護して欲しいけど、ほら大事があるとダメだし」

 

「誠は人気だもんね。……エッチな看護とかされるんでしょ」

 

ぷいっと顔を背け、不貞腐れる美海。

エッチな看護、それは何処からきたのか。そもそもそんな好意を寄せてくるような人間はいないわけで、そんな夢物語は終わるどころか始まらない。

光は顔が終始真っ赤になり、目も当てられないほど困惑している。――何を想像したのか。

さっそく、不倫疑惑をあてられた俺は溜まったものじゃない。

 

美海を抱き寄せ、頭を撫でる。

気づくと、そうしていた。これからもそうなっていくのだとなんだか日常が戻ってきた気がする。

昔、むかしの話、まだ美海が小さい頃、無邪気に甘えてきた美海が可愛くてついつい構ってしまうそんな日。

成長した美海は気持ちよさそうに目を細め、気恥ずかしそうに身体をあずけてきた。

 

 

「今夜はやっぱりお赤飯かな」

 

アカリさんの祝の言葉は聞かなかったことにする。




なんか最近エグエグした話が多かったのでほのぼのとスローペースに日常を展開。
誰だ、シリアスを過度にしたヤツ。
因みに、誠君の嘘や冗談は冗談として受け取られないので悪しからずご容赦ください。
普段滅多に冗談は言わないので。

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