凪のあすから ~変わりゆく時の中で~   作:黒樹

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美海とくっつけるために進む物語


第五十一話 天国か地獄か

 

 

 

到着した赤城さんと鷹白警部、2人に桐宮燕を任せて護衛を頼むようにした。

燕さん本人は怖がっていたが、それもお構いなしに2人は俺に『いったいどうゆう了見だ?』と異口同音に聞いてきた。

『この男は母親を弾いた男では?』

『こいつは、刑事だぞ?』

お互いの意見には激しく同意するが、そんな過ぎたことをクヨクヨと話している暇はない。

そして、決まったのが燕さんの保護方針。燕さん本人に聞いたところ、手が出しにくい893の事務所と刑事の家の二つ。もちろん、俺の家は田部太志――院長に監視されているため、もといストーキングされている為に保護などできない。

 

「わぁ、これなんて可愛いです」

「ちょっ、美空過激過ぎ!」

「美海ちゃんはこれくらい可愛いのにしないと」

「えー、私はこっちの明るいのが似合うと思うよ」

 

彼女は渋った。俺に泊めてもらえないかと。

それこそ、何でもすると怯えた表情で。自分も薬の密売の片棒を担いでいたのだから、それがバレてしまえば逮捕され刑務所に収監されると思ったのだろう。

そこで決めたのが鷹白警部の家に引き篭もり、文香さんに面倒を見てもらうことで、更には893の周囲の見廻組。はっきり言って此処は龍神会のシマらしいのだがチュウガクセイニハカンケイゴザイマセン。

だからこそ燕さんはここに隠れるのは好ましくないのだ

が、893嫌なら仕方ない。

 

「兄さん、これとこれどちらがいいですか?」

 

まぁ、幸い?刑事の家に転がり込んでいるなんて夢にも思わないだろう。わかったとしても乗り込むことすら判断に困る案件だ。

 

 

さて、散々事後報告しているが……そろそろ美空が泣きかけているので現実逃避は止めよう。

――二つのランジェリーセットもとい、下着を両手に比べるように持つ美空。瞳は若干潤んでいる。頬は少し上気して桜色に染まっている。

 

俺が現在いるのは――ランジェリー専門店。

必死に目を背けていたが、もう無理だ。

 

「兄さん……その、下着を無感情に見られると、こちらとしても選ぶのに時間がかかるというか」

 

「……ああそうだな。美空はどんなのでも似合うよ」

 

「そう言っていただけると嬉しいですが、……やっぱり兄さんが好きな色の淡い色ですか?」

 

――確かに淡く明るい色は好きだ。

いやしかし、何故、美空はそれを知っているのか。

少なくとも、そんな話はしていない。

 

彼女の持つ二つの下着のセットが揺れる。そこで選べと言われても、如何せん答えに迷う。

下着を見て興奮する奴なんていないだろう。下着を選べと言われて、はいこれです、と男子が答えられるだろうか。

ふと、美空が着ている情景が否応なしに脳裏に浮かぶがぶんぶんと頭を横に振って振り払う。

 

 

 

どうしてこうなった…………

 

 

 

それは約30分前――集合するべくして、大企業のビルに立ち入り美海達を探していた時。

俺は――想定内の遅れに取り敢えず謝ろうとしていた。心が不安定な美空に約束しておいて、待ち合わせに遅れるなど……と、探していると件の集団は何故かチンピラ共に絡まれてナンパされていたのである。

 

「おー、すごい上玉揃いだぞ」

 

「確かにガキも混ざってるが、すげえな」

 

イヤらしく視線を美女達にさ迷わせ、視姦する男達に遠目から見つけた俺の思考はプチりと軋ませ、血管が切れそうな感覚が襲う。

正直、あんな話を聞いた後では――男共がゴミ虫に見えて仕方ない。

実際、目はゴミ虫を見るようで冷徹な殺気を伴っていた。

 

「てめぇら、俺のことは無視かよ!」

 

間に入るように光が男達に怒鳴った。

 

「あぁ? あーぶつかったことは許してやるから、お前はさっさと消えな」

 

「ふざけんなっ、ぶつかってきたのはそっちだろ!」

 

「そうだそうだ、たこすけの言う通りだ!」

 

食い下がらない光は勇敢だと思えたが、大方だいたいの話は読めてしまう。

光達は俺を探して歩いていた。時間になっても俺が現れないことに誰かが探そうと言い出したのだろう。そして皆で探すことになったが――向こうから歩いて来たチンピラ多数に衝突。おそらくは女を捕まえようとして美和さん達を見つけたはいいが、見惚れて本当に衝突したと。

更に予測するならば、彼らは計画的にぶつかり断れないような状況を作り出そうとした。逃がしたくないほど滅多にいない女神達だから。

――俺がチンピラであればそうしたのかもしれない。確かに綺麗だし可愛いしと同意するし、全員手にしたい気持ちはわからないでもないが。

 

そんな男達の意図も知らずにやはり突っかかってしまうのが光だ。

 

「しつけぇな、お前にはもったいないだろ」

 

「そうそう、ガキがなんでこんな大学生とか捕まえられたのかね。あ、幼馴染みってやつ?」

 

「でもこの数はないっしょー」

 

ゲラゲラと嗤う男達にびくり、と反応する肩が1つ。相当な場違いにも見えるというか、初めのメンバーにはいなかった女性が1人。

鷹白警部の娘、文香さん――彼女が何故ここにいるのかはわからないが非常にまずい。繋がりとしては美和さんの後輩にあたり、チサキの先輩に当たるから一緒にいる違和感はないのだが、彼女がフラッシュバックを起こさないかそれだけが気掛かりだ。

 

「ガキが2匹」

 

美海とサユを見て。

 

「高校生1匹」

 

美空を見て。

 

「大学生3匹」

 

文香さんとチサキ――に美和さん?

イヤらしく視線がさ迷い、彼女達の体を舐めるように視線が這いずり回る。

少なくとも、美空と文香さんの怯え方は普通以上。

 

「おい、数的に丁度いいんじゃね」

「こっちも6人であっちも6人か」

「俺はあっちの威勢のイイコ」

光と共に反抗していたサユに目を向ける男。

「じゃあ、大人しそうな中学生」

美海に視線を向ける男。

「ちょ、お前らロリ専かよ」

「こっちの清楚系なんていいじゃないか?」

文香さんにイヤらしく視線を絡みつかせる男。

「俺はこっちの高校生。高校生の癖してエロ過ぎだろ」

美空の胸や太股に目を向ける男。

「なら、俺はこっちのむっちりした団地妻みたいな大学生」

チサキの育ったムチムチボディに視線を向ける男。

 

そこで美和さんだけが、男達の前に手を広げて立ちはだかる。庇うように広げられた手には、一寸の迷いもない。

 

「この子達に手を出さないで」

 

「おっ、じゃあ俺はこの強がってるお姉さんに」

 

聞く耳を持たない男に美和さんは手を下ろさず、何時もふわふわしたような雰囲気を取り払い、冷たい静音で彼ら全員を相手にしようとした。

思わず足が止まり、美和さんの殺気に当てられる。

向けられたのは――6人の男達だというのに、俺は美和さんの覚悟が本物だと感じた。殺しかねない、そんな危険な雰囲気さえ漂わせている。

男達は見たところ高校生あたりだが、その行動を見て一人の男が呟く。

 

「うわ、一番綺麗な子、勇気あるねー」

 

「1人で6人相手にするって? 全員満足するまで休憩できないよー」

 

テンプレートだが、小説とかによく出る男達、そして警官やら男性が現れる、とはいかない。

現実はそんな簡単ではない。そう、昔から誰かが助けてくれることなど有り得ない。

 

そんな中で美和さんは、本物の勇気のある人だと、優しい人だと実感する。

 

周りは関わらんと通り過ぎていく人達――知り合いでも素通りしていくだろう。

俺は、勇気を絞り出すでもなく自然と輪の中に入る。

 

「すみませんお待たせしました」

 

「あっ、遅いよ誠君! もう、ほんと探したんだからね」

 

男達から目を逸らして離脱しようとする美和さん。彼女はここから穏便に抜け出そうと、その意思を読み取ったに違いない。

話を合わせてくる美和さんはこれも天然でやっているのだろう。無意識下に逃げる。考えなくても、彼女はそうできるのだ。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

「ちょっと待てよ、お前、何横からカッさらおうとしてんの?」

 

しかしそうは問屋が降ろさない。今だに彼らの愛玩具行きの列車は運行中で、肩を掴まれた。

 

「何って……俺が先に約束をしていて待ち合わせに来たんですけど、それが何か?」

 

尚も笑顔を保ち微笑み返す。

実際、胸内は煮えくり返っているが。

もう、それは……今すぐに殴りたいくらいに。

 

「おいおい、いまさら出てきて彼氏面か?」

 

何を勘違いしたのか男の1人が妙なことを言う。

それを筆頭に他の男達も美海達から外れ、俺と美和さんを取り囲むように立ち位置を見つける。

1人を残して逃げないと思ったのだろう。最悪、彼らにとっては一人いればいいようだ。

 

重大な勘違いに、美空の雰囲気が重くなる。ジト目で俺を見つめて『否定してください』と言っていた。

溜め息をついてから、男達に忠告を開始する。

 

「貴方達は知っていますか? 此処は龍神会という組合の縄張り、下手なことをすれば彼らの怒りに触れる」

 

「龍神会? ――はっ、そんな事は俺らの知ったことじゃない」

 

「そうですね、どうでもいいです。彼らはあまり表に立って行動したがらない人達ですから」

 

本当にどうでもいい話、龍神会というのは借金の取立てと縄張り争いに過激なだけで凄くブラックではあるが警察の目に止まらない程度で活動するらしい。

 

「はハッ、ただのチキン野郎じゃねえか」

 

男の一人に釣られて周りの仲間達も違いないと笑い出す。

俺はちらりと、近くにいた強面のおじさんに視線を素通りさせて――歪み青筋をたてた顔を確認した。

やっぱり……ここにも、一人いるようだ。

多分、彼らが本当に院長と結託しているならばここらを見張っているのも当然だ。

 

「貴方達が組合を馬鹿にするのは俺には関係ないのでそれはそれとして……この人何歳に見えます?」

 

話題を変え、美和さんの肩に手を置く。

 

「あ? 何歳だろうと関係――」

 

「実はこの人、この子と親子」

 

そう言って美空の手を握ると嬉しそうに握り返される。

彼らは、なんというか間抜けな顔で呆然とこちらを見ている。

それもそうだ、こんなに若く見える人が“高校生?”の娘を持つなど有り得ない。

 

「というわけで、帰ってくれませんか?」

 

家族で買い物だと主張してこの場のチンピラの場違い感を大きくさせる。下手に出たのは煽らない為ため。

もうこれで終わりだろう。

人妻に手を出すような輩は――

 

「だ、誰がそんな嘘っぱち信じるかよ」

 

――あぁ、認めないんだな。

流石にこの展開は予想できなかった。

そうだそうだ、と周りの仲間達も口々に否定した。

 

「信じないなら信じないでいい」

 

ふいっ、と美空と美和さんの手を引いて美海達のところに戻ろうとした。

瞬間――――

 

「無視してんじゃねぇよっ!」

 

肩を掴まれ、俺は二人の手を離して。

振り向いた瞬間には目前に拳が迫っていた。

 

――ガッ! ドサ――……。

 

殴られたと理解するのには数秒もかからずに受身を取り、大袈裟に倒れる。

 

「……はっ、無様だな。こんな情けない男より俺達とくれば楽しくいい思いができるぜ」

 

「夫だか彼氏だか知らないけど、助けに入っといてこれだもんな」

 

違いないと殴った男の仲間が笑う。その時には俺はゆっくりと立ち上がり、美和さんと美空に支えられていた。

二人は余程心配なのか顔を見てくる――殴られたところなど看護師が見ればすぐに治るだろう。

頬は痛むが――灰皿程じゃない。

 

「殴ったな?」

 

「あ?」

 

再確認に男はピクリと動かなくなる。

平然と立ち上がった俺に訝しむ目を向け、周りの男達に視線を向ける。

 

「……いやいいや。もう関わるのも面倒臭い」

 

殴り返そうと思ったが、そんな気にすらならない。

美和さんと美空、それに後ろの光達も怒ったような目で彼らを睨みつけて――忘れていた。

怯えていたはずなのに、激情を瞳に宿す少女を。

 

「……謝って。誠に謝ってよ!!!!」

 

美海が、珍しく大声で叫ぶ。

俺自身、びっくりしていて、予想していなかった。

美海があいつらに怒る? ――何故?

理解出来ない。俺が殴られたから?――違う。

違う違う違う違う違う違う。

そんなことはないはずだ。俺は嫌われた筈だ。

なのに、何故?

 

「あー気分悪いわぁー。うるさいなーそこの中学生、なになに君が一肌脱いでくれるなら謝るよ?」

 

気味の悪い視線を美海に向けて、美海はその視線と言葉に顔を赤らめた。羞恥、言葉の意味がわかったのだろう。

 

 

 

そこで俺は考えていた。

皆に向けられた視線が嫌だった。

それ以上に、美海に向けられる視線と言葉が聞いていてイライラと怒りを沸き上がらせる。沸騰したように頭に血が上るのを感じた。

 

チンピラの1人が、美海に触れようとする。

 

 

 

――――触るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

 

 

心の中で何かが切れ、思考が切り替わる。心の中で叫んだことを願いながら、薄い理性で激情を制御。

美海に触れようとしたチンピラの懐に入り、顎に向けて小振りのフックを放つ。予想外の接近にチンピラは対応出来ずに直撃。ドサリと音を立ててチンピラ1人が崩れ落ちた。

 

「……は? お前、何した?」

 

簡単に言うと、脳を揺らして脳震盪に近い状況を作り出し意識を混濁させた。

しかし、そんな種明かしをすれば今度は警戒されて打つことが出来ないだろう。

 

「む、無視してんじゃねえよ!」

 

「あー無視、ね。何って正当防衛ですが? 殴られた借りを返しただけでこれで同じくらいだし。もう一度警告しますが帰っていただけないでしょうか」

 

「なめやがって!」

 

「全員で抑えろ!」

 

チンピラ一人の声に全員が動き出し、俺だけを取り囲むようにして挟み撃ちにしようとする。

流石に人数が多すぎて、一斉にはかかれない。

目の前から来るチンピラに、後ろから同時に襲い来るチンピラ。俺は目前に来たチンピラに殴りかかられ、その勢いを利用して後ろに背負い投げの容量でチンピラを投げ――後ろから誤差数秒で襲いくるチンピラにぶつける。

 

元々、これは鷹白警部に教わった柔道やらボクシングやらを応用した護身術。ただのチンピラ如きが適うはずもない。

そこから先は、残りの1人になるまで続き……それ以外の全員の意識を刈り取った。

残りのチンピラは仲間を回収することもなく、ただ俺から逃げようと走っていく。

 

「ちょっと誠君!」

 

「あ、美和さん、すみません厄介ごとに付き合わせて」

 

そこまで言ったところで美和さんが抱きついてくる。

 

「殴られた所大丈夫?怪我はない?痛いところは?今すぐに病院に行こう!」

 

「えっと……取り敢えず、ここから移動しましょう」

 

そうしてその場から離れ、警備員に捕まることを避ける。最悪、鷹白警部にどうにかしてもらおう。正当防衛だったのだしそれくらいできるはずだ。

何より、娘の危機にあの人が黙っているはずは無い。

エレベーターに乗り全員で上に向かう。

服売り場。数々のそれが密集した売り場の階に降り立ち、全員の視線が俺に向かう。

 

「兄さん……」

 

寄ってくる美空は俺の手を握り、求めた。

 

「えっとほんと悪い。まさかあんなことになるとは思わなくて、時間……守らなくて」

 

取り敢えず、今のうちに謝っておこうと頭を下げる。

美空は若干泣きそうだ。今日はいろいろあり過ぎて何について泣いているのか――きっと、美空は今日に限って酷い目にあっているから怖かったのだろう。

肩が震えている。

 

「兄さん……約束しておいて、ヒドイです。ほんとに怖かったんですよ」

 

「う……」

 

「「「「……ジィー」」」」

 

「う…………」

 

お前のせいだ!とみんなの視線が俺に突き刺さる。それどころか見知らぬ客すらも美空の涙に目を止め、足を止め。

 

「……わかった。何でもいうことを聞く」

 

そう、答えるしかなかった。

それを待っていたかのように美空は笑顔になると、すっと腕を上げて一つの店を指さした。

 

「兄さん、今から兄さんはみんなの分の服を選ばなければいけません」

 

「……えっと、美空さん? あの、あそこを選んだ理由は……」

 

「えー? そんなの、兄さんが知る必要は無いですよ」

 

冷めた声が潤み始め、また泣くように震え出す。

俺が渋ったのには理由がある。美空が示した店は見た感じ小さいが――その、男性とは全く無縁の場所なのだ。

ランジェリー専門店。即ち、下着屋、女性用下着を取り扱う店である。

 

「光」

 

「あっ、俺、気になっている漫画あるんだよな」

 

「ちょっと待て。光もだよな?」

 

「兄さん、光さんは空気を読んでくれているんですよ。珍しく。それともマナカさんに着せる下着を選ばせるつもりですか? いないのに」

 

なんでこんな時だけ空気を読むのか。

光は俺が美空に目を向けている間に消えていた。

 

 

 

 

 

そして、冒頭に戻るわけである。

 

美空はレースの下着とフリルの着いた可愛らしい下着を手に俺に迫る。

光は逃げた。柄にもなく空気を読んで。

 

「……美空、罰ゲーム他のにしてくれない?」

 

「嫌です。兄さんには、全員分選んでもらいますから。これで兄さんの趣味が露見しますね♪」

 

ほんとに、似合っていたらどうでもいい。

俺は一生に一度の最大の危機に直面していた。

下手すれば、俺の性癖が露見する!

とくに見つかってやばいような趣味はないのだが、見慣れた光景のためか耐性が出来てしまった自分が憎い。

 

「……美空、俺は両方とも似合うと思う」

 

「えへへ、では白ですか、黒ですか?」

 

……一瞬、なにかの光景が頭を過ぎる。

どちらも、美空には似合っていて、選ぶことが出来ない。

人それぞれだと思う。美空には似合う服があるだろうし、美海には似合う服があるように、人それぞれあった服装が一番だと思考回路は正常に判断した。

 

「美空、両方とも似合うと思う。だけどな、人それぞれで似合う服があると思うんだ」

 

「ということは、兄さんはみんなの分の下着を選ぶんですね」

 

何故だ。

話を逸らすように下着屋からの脱出を図ろうとしたのに、余計に拗れていく。

 

「あのな。俺は普通に服を着ていた方が――」

 

「まさか兄さん、裸や下着になびかないのは着衣でする方が好きだから、なんですか」

 

ああいえばこう言う、というのはまさにこの事だろう。

 

「脱がす方が好きとか!」

 

「おい」

 

「じゃあ尚更、下着は興奮するものがいいですよね」

 

結局、美空との会話は永久的にループして『下着』という話題にすり変わる。

桜色に染まった頬が色っぽく、恥ずかしさを表していた。

彼女は痴女というわけではない。ただ、まっすぐに好きな人を追いかけたいだけなのだろう。

 

 

 

 

 

やっと美空の作り出した地獄から抜け出せたと思い、店の外に逃げようとすれば必ず美空に捕まった。

微笑ましそうに見てくる店員、嫉妬に怒りを顕にする店員と――さらにその手には携帯電話が握られている。もし美空と離れようものなら、通報されてもおかしくはない。

 

「次は美海ちゃんですよ、兄さん」

 

「帰る」

 

しかし、美海だけはダメだ。

いま、彼女と話してしまえば、戻れなくなる。

今日、できるだけ話さずに過ごしてきたのに、美空が意図的に会わせようとしているところ、気づいてしまった。

いや、知ってて美空はくっつけようとしている。

まだ好きだと、心は叫んでいた。

美空はそれを知りながら積極的にアプローチを続けて、さらには美海と話させようとするのだ。

 

「ダメです。兄さんは今日1日離しません。それに、兄さんが殴られたことでほんとに心配だったんですよ。美海ちゃんにも皆にもお礼と謝罪をきちんと言ってください」

 

「だからって、下着を男に選ばれるってなんだよ! だいたい、そんな男に選んでもらうなんて恥ずかしくてできないだろ」

 

好きではない人に、下着を選んでもらう。

うん、速攻で刑務所に収監されること間違いなしだ。

 

「なら、許可が取れれば兄さんはちゃんと選ぶんですね」

 

「……あぁ」

 

どうせ無理だろうと高をくくる。

そういえば美空も諦めるだろうと、本気で思っていた。

美空は俺から離れると美海とサユのところに行き、何やら口論をして……数秒で戻ってきた。

美海は何かを手に、試着室へと消える。顔が赤いのは風邪だろうか。

 

「それでは兄さん、許可はちゃんと得たので感想を言ってあげてくださいよ」

 

彼女に手を引かれて試着室の前へと誘導される。

中からはガサゴソと布が擦れる音が聞こえ、否応なしに耳は音を拾い脳内に映像を送る。

美海が、脱ぐ姿、前に見た彼女の着替えの光景が脳裏に映し出されてぶんぶんと頭を振った。

 

「ちょっと待て、俺は美海が了承したかちゃんと聞いて」

 

そこまで言ったところで、いつの間に後ろに回ったのか後ろから押された。

――はっ?

後ろを向こうとして見ると、美空が笑顔で

 

「そんなの人前で言えるわけないじゃないですか。兄さんだってわかってるでしょう。美海ちゃんがどんな子か」

 

そのまま俺は試着室に突っ込む――美海が着替えている試着室へと。

 

顔にはカーテンがかかり、手で受身を取ろうとしたところで俺はスッこけた。

むにゅ。

何かを掴んだ気がする。

むにゅ、もみゅに……。

 

「あっ、んん……♡」

 

柔らかく色っぽい艶のある喘ぎ声が小さな室内に木霊し、俺の耳に届いた。何度でも聞きたくなるような、懐かしいようなその声は大人びている。

手には柔らかい感触。マシュマロのように柔らかく、指が沈むと弾んで、きめ細やかでなめらかですべすべしていて何度でも触りたくなった。

手のひらには柔らかい突起物が触れて擦れ、次第に固くなっていく。

 

――――いや待て、これは何だ?

 

感触は違えど覚えはある。何だったか、美空や美和さんが一緒にお風呂に入ろうとする度に、感じていた筈。

大きさは違えど、間違いない。

じゃあ、誰の? ――そう問いが出た瞬間に俺が突っ込んだ場所を思い出した。

 

はらりとカーテンが顔から離れて、やっと視界が開ける。

 

そこには、美海が上半身裸、下半身は下着の姿でニーソを穿いて横たわっている。

それも、俺が押し倒して。胸を揉みしだいて。

美海の顔は桜色に染まり、恥ずかしそうに涙を目に光らせて、何が起きたかわかっていないようだ。

 

「……ぁ、ぅそ、まこと……?」

 

一呼吸置いて、美海が確認して、目を瞑る。肩を震わせ泣き叫びそうなところで――

その瞬間、俺は美海の口を咄嗟に塞いでしまった。

もごもごと美海が暴れるが、抑えつけて叫ばないようにする。なにせ美空がここに突っ込ませた張本人で、見張っているだろうけど店員が来たところで、信用出来ない。弁明弁解してくれる事などないだろう。

 

「ちょっ待て美海、叫ばないでくれ、すぐに出て行くから」

 

ピタリと美海の抵抗が収まり、涙目で見上げてくる。その姿に扇情的な何かを思わせつつも、理性をひっぱたいて正常な思考に戻す。

叫ばないとわかったところで、手を離して、俺は早々に出ていこうと立ち上がり、ズボンが何かに引っかかるように引っ張られた。

 

「……待って、まこと」

 

顔だけ動かし振り返ると、美海が胸を片手で抑え隠しながら俺のズボンの裾を引っ張っている。

その姿に、思わず見惚れて動けなくなってしまう。

絞り出されたような声に、甘さが加わり、美海の可愛さに大人っぽさが加えられたようで、脳内に響いた。

 

「……なんだ」

 

ぶっきらぼうによそおい、無表情を保ち返す。

しかし、美海は怒ると思っていたのに、桜色に染まる頬と同じくして処女雪のような綺麗な肌を魅せながら、俺を上目遣いに見上げて、

 

「わたし……誠ならいいよ」

 

そう、告げたのだ。

薄いピンクの唇に手を這わせて、今までで一番に育った自分を魅せつけるように。

昔はなかった胸の膨らみ、伸びた身長、肢体、子供ではない体の柔らかさに理性は飛びそうで。女の子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐり、理性は限界を迎えていた。




普段デレデレしていてもちゃんと仕事をする美空。
健気ですねぇ〜。
やりすぎな気がしますけど。

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