凪のあすから ~変わりゆく時の中で~   作:黒樹

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※なんだか視点変更が多いようです。


第四十七話 誤解

 

 

 

side《アカリ》

 

 

さて、朝起きたら一大事……というのも本当に一大事なのだけれど問題が起きた。

晃が最初で最後のおたふくにかかり、今も絶賛駄々をこねてオムー!と怒ったように叫んでいるのだ。

美海には伝えたけど、やはり晃を病院に連れていかないわけにはいかない。でも、今回の作戦は非常に捨て難く美海が楽しみにしていたともなれば、実行しないわけにはいかないのである。

本来は私と美和さんが『偶然だね』とか言いながら合流して買い物をする予定だったのだが(美和さんと美空ちゃんは誠君の制服姿を見たかったらしい)、これもおそらく誠君にはバレるであろう。

 

――しかーし!

 

美海だけでも行かせたい。もちろん、建前として光を連れて行かせる手もある。幼馴染みがいた方がいいだろうし、何かとあの巣窟の中では不安だ。

もし光を連れて行かせることができれば美和さんの誠君の制服姿という目的も断れないばかりでなく、復帰も早めに済ませることができるのだが……やはり男一人に女四人っていうのは誠君も可哀想なのである。

そしてもう一つ、美海一人であれば声をかけることなく終わりそうな予感が私の中では警戒音を鳴らしていた。

光を連れて行かせる手もこの為で、実を言うと光が邪魔にならないかなっとも思ったのだが…建前が浴衣だけと制服の件ありでは、前提が全然違う。

 

故に

 

「じゃあ、今日じゃなくてもいいだろ。俺は別に制服とかどうでもいいんだからさ」

 

目の前で当然の如く遠慮をする光を説得しなければいけなかった。

私は玄関で駄々をこねて暴れる晃を肩に担ぎながら、至さんが車を出すのを待つ。漁協の車を借りに行ったのだがもうすぐ帰ってくる。もちろん、午前中の仕事はこのために休むことになった。

 

「オムーオム〜!」

 

「だからあんたはおたふくでしょーが!」

 

「オムぅぅぅぅー!」

 

「はいはい、今度連れてってあげるから今は病院に行こうね!」

 

泣き喚いて暴れる晃はオムーとしか叫ばない。

私は母親の根性で落ちないように気をつけながら、目の前の混沌とした光景に目を移していた。

 

「だから今日じゃなくてもいいだろ、晃もこんなんだし」

 

「今日じゃなきゃダメなの!」

 

美海の準備は万端で光はめんどくさそうに至さんのシャツを着ている。もちろん、美海が光とのパーカーのかぶりを指摘したわけなのだ。

あちらの喧騒もこちらの喧騒も、一筋縄じゃ終息することはないだろう。

 

「あーあもう! 光、お金渡すから行ってきなさい!」

 

「いいよ、今度で」

 

光なりに遠慮しているのだろうが今は余計だった。

やけくそでお金を叩きつけながら、今度はポケットから携帯電話を取り出してある番号を片手で登録者から見つけ出すと、決定ボタンを押して発信する。

ワンコール、ツーコール、そのあとガチャという音がしたと思えば向こうから女性の声が聞こえた。まだ幼げの残る優しげな声音、彼女は……と相手を間違えたがこの際どうでもいい。

 

「美和さん、じゃなくて美空ちゃん?」

 

「はい? えっと…どうしたんでしょうか、アカリさん、私の携帯にかけてくるなんて珍しいですね」

 

「うん」

 

「それにそちらは騒がしいようですが……何かあったんですか?」

 

同じ苗字で登録されているため、見間違えたのはよくあるミスだ。

しかも、ちょっと晃の所為で手元が狂ったし。

それに美空ちゃんへは基本はメールでやり取りしている。そう思うのは仕方のない事なのだけど、彼女はやはり誠君の妹らしく周りの変化に目敏い。

若干、声が浮かれて聞こえるのは美海と同じ心境なのだからだろう。

誠君に足りない人間らしさを差し引いても、彼女は腹違いとはいえ妹だ。人生の過酷さも、辛さも、お互いにどんな状況があったかも知らない、しかし何処かで繋がっていることが彼女ららしい。

 

と、そろそろ光が痺れを切らし始めたので世間話に兄妹の話は置いといて、

 

「それなんだけど美空ちゃん、今日の予定なんだけど私は行けなくなったから美和さんに伝えといて。あっ、美海は光と一緒に送りつけるから! 駅でね!」

 

早口に捲し立てると私は電話を切り通話の終了後の独特の音を聞く前に携帯電話を閉じる。

もちろん、伝わった……と願いたい。

いやまぁ、美空ちゃんなら断片的に聞こえても解釈できるはずだしと高をくくるが、念の為に一応の対応策として私は携帯電話を差し出した。

 

「――と、言うわけで光は美海と一緒に駅に行って美和さんと合流すること。携帯は美海が使い方知ってるから、美海に持たせておけば問題ないよね♪」

 

携帯電話を受け取る美海に急ぎ渡すと光はもう何も言うまいと固まったまま、私はそれを置いて丁度来た至さんの車に乗り込むと至さんは車を発車させた。

 

「それで、今日の件はどうなったの?」

 

「んー、まぁ大丈夫でしょ」

 

「大丈夫かなぁ…」

 

「もう、美海のことくらい信じてあげなさいよお父さん」

 

「了解」

 

少し心配だけど……美海の唖然とする顔がまぶたを閉じると思い出されるのだった。

いや、相当心配だ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

車が出ていき二人になると私にはどうしようもない不安が襲いかかった。怖い怖いどうやって話しかければ、どうしてどんな顔で顔を合わせれば、私は誠にどう接すればいいのかわからない。

 

わからない――――――から怖い!

 

私は携帯電話を握り締めながら祈る。若干の不安が色々な不安を呼び寄せた。

二人しかいない。ということは、二人で行かなければいけないというわけで、もし誠に勘違いされたらと思うと、異様に哀しくなる。

光は頭を掻きながら、面倒くさそうに言う。

 

「あー、俺いいから一人で行ってこいよ。誠いるんだろ」

 

「ダメ!!」

 

「じゃあ、二人で行くのか?」

 

「それも…ダメ」

 

二択のうち両方を拒否した。二人で、なんて余計に勘違いされるに決まっているじゃない。

あれもダメこれもダメ、そんな答えでは呆れられるのも当然だろう。光はガシガシと自分の頭をかき面倒くさそうに額に手を当てると何か思いついたのか、顎に手を当てると唸った。

 

「んぅ~、俺には恋とかそういうめんどくせえもんはわかんないけどよ。多分、その……そういう風に見えなきゃいいんだろ。なら、あいつ連れてけばいいんじゃねえか」

 

この時、光は柄にも無く名案を口にしたのだ。

それ以前に何を思い出していたのか……多分、マナカさんのことだと思う。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

side《チサキ》

 

 

電話の切れた音が木霊する。ツーツーと響く音に私は美空ちゃんの手元を見てから、徐々に顔に移した。

彼女は苦笑いしながら、私を見つめ返す。そうして困ったようにこう述べた。

 

「切れちゃいました」

 

「そうだね。アカリさんみたいだったけど…」

 

恐らく、声からしてそうだと認識できる。音は小さかったけど会話内容からも伺えたし、何より晃君の泣き喚く声とバックに聞こえた懐かしい光、美海ちゃんの言い争う声にマナカと光の言い争う光景を思い出してしまった。

 

彼女は電話を片手に固まったままこれからのことについて考えるも、内容が内容なだけに……突然の計画変更には少々の不安が伴う。

そうして心の中で思案していると、部屋の扉がノックされ慌てて携帯電話をしまうとパーカー姿の男が入ってきた。

 

「準備はもう終わった?」

 

「あ、はい兄さん、オッケーですよ」

 

「大丈夫だよ、誠」

 

誠だ。私達は笑みを浮かべて計画がバレないように返事を返し、様子を伺う。

しかし、誠がこう言うのにも理由がある。

かれこれ準備を始めてからもう1時間、その間、誠は飽きもせずに待ち続けてくれたのだ。文句を言うことなく、今の今まで確認をしに来なかったが、流石にそろそろ準備は終わったと感じたのか今こうして確認しに来た。

それより、もっと大事な一番大変な人がいる。

 

「えっと、美和さんは……」

 

「あぁ、もう来るよ」

 

確認したのは美和さんのことだ。朝になっても起きてこない美和さん、今日の予定を忘れたのか誠が見に行って見ると寝ていたらしく、こうして誠が面倒を見て準備に取り掛かっていた。本来なら私たちがフォローするところなのだが、如何せん面倒見がいい誠は放っておくはずもなく羨ましくも甲斐甲斐しく世話をした。

髪を梳かしたり、寝癖を直したり、ねぼけて下着を持ってくる美和さんを部屋にたたき返したり。寝起きにキスされそうになったとか良くある話だ。大抵、せがんでは起きたと共に説教の時間に早変わりだが。

ドタバタ、廊下を進む誰かの足音がすると誠は扉の方に顔を向け私の横に避ける。その数秒後、扉を開けると同時に躓きながら美和さんが入って来た。

 

「お、お待たせ」

 

「「あー…………」」

 

すぐさま誠が避けた理由を理解してしまう。美和さんが躓きそうになりながら踏みとどまったのは、誠が先程まで立っていたベストポジション。もうわざとやっているんじゃないかってくらいの、ピンポイント。

私と美空ちゃんは感心するとともに、同時に美和さんのドジ性に呆れ返ってしまう。

 

「それじゃあ、早く行きましょうか」

 

誠は何事もなかったように急かすと部屋を出ていき、私たちの先を歩いていく。美和さんは振り回されるように、親のあとをつく子供のように誠を追いかける。

しかし、彼女は綺麗で清楚な可愛らしさを持っている服に身を包んでおり、身長も近いこともあってどこからどう見ても親子には見えない。さらに言えば、まだミニスカートを穿いても映えているところが、年齢を感じさせない可愛さと大人の色気を出していた。

なんとなく、負けた気になってしまう。太腿まであるニーハイソックスとミニスカートの間が眩しい。ブーツまでもが味方をして、何故だか悲しくなってくる。

 

この人、本当に子持ち……?

 

そう見えるのも、思えるのも仕方ないのだろうか。あぁ誠が隣にいるからか、余計に若く見えた。

私は美空ちゃんと顔を見合わせながら、さらに遺伝子の恐ろしさに驚愕してしまう。わかってはいたけど、美空ちゃんも中学生になってより綺麗に可愛くなった。

比率は可愛い4・綺麗6

親子と言うより姉妹に見える二人は、遺伝子の素晴らしさ以前の問題があるのだろうか。美空ちゃんはミニスカートに美和さんが履いているのと似たようなサイハイソックスを履いていて、健康的でありながら若々しい美脚を魅せている。勿論のこと親子揃ってスタイルの良さは神様が与えてくれたのだろうか、モデルよりも理想的な体。

結論――二人して遥かにこの世のものとは思えない、女神の様な美しさを持っている。

なのに、誠はなんで美海ちゃんを選んだのか。

 

思考の深みに嵌っていると電車の音が聞こえ、前を向くと二人は誠を挟んで歩いていた。

汐鹿生、鷲大師、二つの街外れに属する小さな町、その街と街とを結ぶ小さな駅はひっそりと佇んでいる。田舎に近い街とはいえ、駅員が切符を売るわけでもなく券売機が置いてある。

それを見つけて、とある人物を探すが――いない。

 

すると、狂った打ち合わせを調整するために知らない美和さんの代わりに美空ちゃんが誠から離れる。

 

「えっと、私はみんなの分の切符を買って来ますね」

 

今まで抱き締めていた誠の腕を名残惜しそうに見ると、そのまま有無も言わさず券売機に走っていく。

券売機と入口は離れているわけではない。美空ちゃんの行動に疑問を持ったようで誠は疑問を浮かべても聞かないでついて行く。その先には美空ちゃんが電車の時間を確認する姿、誠は追いつくと美空ちゃんの頭に手を置いた。

 

「別に急ぐ必要もないだろ。それに、美空はあまり走らないでくれ……楽しみなのはわかるがな」

 

髪を撫で付けるように優しく撫で、美空ちゃんを優しい目で見ると、また顔を逸らす。

恐らく、美空ちゃんを心配してのことなのだろう。顔に出さない性格だが、その背中は哀しそうだった。

――若干、台詞がお父さんぽい。

はしゃぐ子供を宥める姿に、私は思わず笑を零す。

 

「もう、誠ってばお父さんみたいっ」

 

「ん? 俺はまだ中学生だよ。というか、結婚もした覚えはないし子供を産ませた覚えもない」

 

「でも、兄さんはやっぱり兄さんですよ。それも当てはまると思います」

 

「でもでも、誠君がお父さんってことは奥さんは――」

 

「だから、結婚した覚えも産ませた覚えもそれ以前に産ませるような行為をした覚えもないです」

 

「そんな……私、寝てる誠君に沢山愛をもらって……できちゃったのに」

 

「ちょっと待って、それ冗談ですよね?」

 

私も美空ちゃんも驚愕してしまう。が、誠自身覚えがないようだ。

――まさかその手があったなんて!

いやいや、でも誠が気づかないなんてあるはずもなく。

はぐらかす美和さんに誠は慌て始めた時、美和さんはさらなる追撃を実行する。

 

「これで誠君は責任取らなきゃね♪」

 

「その前に……俺は被害を訴えますので美和さんは捕まりますね」

 

「酷い!」

 

「よし、嫌ならば離婚しよう」

 

「なお酷いッッッ!?」

 

……どうやらお互いに冗談を言い合っていたようだ。美和さんは落ち込んだような素振りを見せると、再び元気になりながらしっかりと誠の手を離さない。

どうやら誠もカマをかけたようで、何時も通りの顔をしながら心臓に悪い冗談に笑っていた。

第一、誠はもし妊娠させるようなことがあれば中絶以前に結婚を選ぶ筈だ。

 

そもそも誠が酷いこともしない。もちろん、妊娠させてしまった相手には……それ相応に相手の話を聞くだろう。

 

 

しかし、その前に――

 

「お前、に、にににに妊娠って、ええぇぇ!?」

 

赤面しながら会話の断片を聞いていた、もう一人の幼馴染みと女の子二人の誤解を解かなければいけない。

光を見て、後ろを見た瞬間、誠は誤解を解くこともせずにするりと美和さんに手を繋がれたままホームへと向かう。

びっくりする美和さんは、予定外の美海ちゃんの出現に戸惑っていた。

 

――それが余計に信憑性を上げていたのを言うまでもない。




誠「……ほんとに焦った」

美和「ふふっ、冗談だよ♪」

チサキ・美空「お願いだから美和さん(ママ)は不安要素の種を自然とばらまかないでッ!?」

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