美空が美海に若干の宣戦布告
茜色に染まる空、水平線(氷の世界)の向こうに消えていく夕日、海と氷に反射する幻想的な風景、夏にしては冷たい風を受けながら帰路を歩く。
まだ、胸の熱さは消えてない。
焼き付いて離れない妄想に妄想だと言っても、どこか期待しているのか考えれば考えるほど深みに嵌っていく。
「待ってよ美海、速いって」
危うくサユを置いて行くところだった。
一度思考を置くと、なんだかモヤモヤした気分になりながらも立ち止まる。
「あ、ごめん」
「それならタコスケに言えば?」
そう言ってサユが指さした方には光が走る姿がある。学校の制服ではない、ワイシャツとキッチリとしたズボン、その姿は学校の正規の制服でないながらも見た目、中学生で通るような格好だ。
立ち止まっていた私達に息を切らしながら光は追いつくと、膝に手を立てて前屈みになりながらこちらを見上げる。
「ちょっ、お前な……ハァハァ……何勝手に行ってんだよ」
「別に私の勝手でしょ?」
同じ家に住んでいる居候――にしても、こんな事を言われる筋合いは無い筈だ。一緒に住んでいるにしても一緒に登校する義理はない。
素っ気ない態度で返すと、光は――
「お前な…そんなんだから誠に置いていかれたんだよ」
私の聞きたくない事を言った。
私のせい?
私の所為で誠は私から離れたの?
出て行ったの?
「あーあ、誠が嫌うのも仕方ねぇよな。こんな我侭娘、俺だったらゴメンだね」
私は……嫌われたの?
プツリッ――何かが切れた音がする。
光が言ったことがすっぽりと心の欠けた部分に今まで疑問に思っていたことが解けたみたいで、でもその答えに納得できなくて、私の頭の中はぐちゃぐちゃになる。
ポツリ、呟く。
「……さい」
「? 聞こえねぇーよ」
半分、無意識に言葉は出た。
聞き返す光に更に頭がかっと熱くなって、胸の中がざわざわと騒ぎ立てる。
もう一度……
「……う…さい」
「だから、聞こえ――――」
光が再度聞き返そうとした時、私の中の何かが爆発した。
「うるさいって言ってるでしょ!!」
サユも光も固まる。私の大声の怒声に驚き目を疑う姿に私自身が恥ずかしくなる。
わかっている、原因は私にあるんだろうって。誠に嫌われても仕方ないんだと、美空のところに行っても仕方ないんだと。私は美空みたいに誠の事を思えず、自分勝手に誠が帰ってきたことを喜んでいた。
謝ることもできずに私は居心地が悪くなって前を向き、再び歩き始める。
サヤマートの付近、美空の家に自然と近寄らないように避けて通り、無言のまま家の近くまでついた。何時の間にかサユは家に帰ったのかそっとしておくべきだと判断したのだろう。姿はない。
自分の家の庭と屋根が見え、見慣れた光景に安堵しながら歩を進めて少し力を入れて扉を開ける。
そこには、誠と親しかった元同級生――紡さんがいた。お母さんは手に紙袋を持って、紡さんを見送っていた。
「ただいま……」
「おっ、お帰り美海」
お母さんが返事を返す。優しい声音に安堵しながら、靴を脱ごうと紡さんの横に並ぶ。
靴を脱ごうとしたところで光が入ってきたようだ。足音に耳を過敏に反応させて背中で光の気配を感じ取り、顔を合わせないように靴を並べ、お母さんの横を通り過ぎて自分の部屋に向かう。
今話せば、私はきっとまた怒ってしまう。
自分の嫌なところに嫌悪しながら制服を着替え、私はベッドに思い切りダイブした。
目を瞑り最初に思いつくのは誠のこと。いくら考えないようにしても、どうしても考えられずにはいられない。
思考をリセットしようとしても、ぼーっとしていれば何時の間にか誠のことを考えてしまう。
――…………。
何分経った?
気がつけば私は寝ていて、外は暗くなり闇に覆われて寝たりない気だるさに目を覚ます。枕元にある時計を見ると時刻は七時、夕食の時間だった。
枕元に置いていた誠から貰った二つのロザリオを持ち、部屋を出てリビングに向かう。
何もない廊下、代り映えしない光景。
リビングに入ると、丁度お母さんが料理を並べ終えたところだった。
「あっ、美海丁度いいところに」
「なに、お母さん」
自分の席に座りながら、返事を返す。
多方、夕食に呼ぼうとしていたのだろう、そうなのだろうが反射的に返してしまう。
しかし、お母さんは予想と全く違う言葉を放つ。
「実は明日、光の制服仕立てるついでにデパート行くことになったんだけど……」
耳を疑ってしまうのも仕方ないだろう。今さっき喧嘩したばかりで光とは気まずい。
お母さんはそれを知ってか……様子を伺うように私に聞いてきた。見守る様な眼差し。
もちろん、私は――
「行かない」
当然のように言葉を返す。光もこちらを伺いながら、しかし哀れみを含んだ目で私を見る。
意味がわからない。
同情はされても、哀れまれる理由なんて無いはずだ。
会話は終わったかのように思えたが、私が箸を取ろうとしたところでお母さんが口を開く。
「えー、誠君達とお祭り行くなら浴衣の仕立てもしようと思ってたのに……」
絶対、卑怯だと思う。
「誠君、美海の浴衣姿見たら喜ぶと思うけどな〜」
絶対絶対卑怯だ。
そして、とどめの一撃はもっと卑怯だった。
「そう言えば明日、誠君達も浴衣を買いに行くって言ってたな〜。運が良ければ会えるかもね♪」
心が揺らぎ心境はお母さんの思うとおりに。
「……い、行く」
「良かった〜。じゃあ、明日は(至さんを除いた)みんなで行こっか」
「オムー」
「はいはい、オムライスも食べに行こうね」
どうやら晃は店で食べるオムライスが目的らしく楽しそうにはしゃいでいる。楽しみなのか、ご飯前にオムライスの話とは……目の前のご飯に失礼じゃないだろうか。
光は終始こちらの様子を伺うようにしている。後ろめたく思っているのかは明白、私だって少しくらい罪悪感はある。
ちょっとした不安と期待の明日の予定にモヤモヤしながら味も分からないままご飯を食べた。
◇◆◇◆◇◆
私に連絡が来たのは午後のことだった。相手の美和さんは勤務中らしくお昼時に電話をかけてきた。その内容は最近の誠君の様子について、自分についてと以前より楽しそうに喋る。嬉しそうで幸せそうな声は、なんだかこちらまで和みそうな雰囲気だ。
「でねでね、誠君と今度のお祭りに行くんだけど、浴衣を買いに行くことになったんだ」
「へぇー」
ただ聞き流そうとした時、美和さんは信じられないことを言った。
「それでね、美海ちゃんもアカリさんもこないかなって思って……来るよね?」
……ん?
「ちょっと待って、美和さん、…いいの?」
「え、何が?」
聞き返す美和さんの言葉に何を聞いてんだろうと脱力感に苛まれる。
いや、聞かなければいけない。
誠君に好意を寄せる相手なら尚さら、同じ誠君を好きな美海を誘うことは私には意外だったのだから。
「だから、美和さんって誠君の事を自分の子として見てないし見てもいるけど結局は男の人、異性として見てるでしょ。なのに、美海にチャンスを与えるなんてどういう考えで……もしかしたら、美海に盗られちゃうよ」
数秒の間のあとに、美和さんが息を呑む音が聞こえる。
「……ん〜。そりゃあね、アカリさんの言う事もわかってるよ。でも、やっぱり誠君には幸せになって欲しいでしょ。今まであの子は普通じゃない生活を送り続けて、誰とも心の底から接することなくいた。存在しているだけで生きていない、そんな普通の幸せを得ない生活を人間らしい生き方をしなかった。家族なんてどこにもいなくて、独りぼっちの生活を続けて……私にはわかるよ。私も似たような経験があるし、だから誠君を放っておけない。寂しくても自分だけで生きようとする、一人で生きていく、それは私にはできなかったけど。ううん……私には絶対にできない。救いを求めた私は騙されて、それでも誰かが助けてくれて今がある。私の人生はもう汚れちゃってるから、せめて誠君には汚れた私なんかじゃなく、本当に想いを寄せる人と幸せになって欲しいんだ」
つまり、こういうことだ。
親としての部分も持っている。美和さんは誠君の幸せを考慮して、答えたのだ。
しかし――汚れている、とはどう言う意味か。
同じ経験、ということは同じく親がいないのか。
私は美和さんのことを極一部しか知らなかった。
あっでも、そう言って美和さんは訂正する。
「美海ちゃんにだけは本心でぶつかってるかな。なんて言うかやっぱりね、美海ちゃんにだけは心を開いてるんだ。誠君は他の人には本心を見せないけど、心の奥底では美海ちゃんに対して正直でいる。こうやって離れてしまったけど美海ちゃんの幸せを願う反面、だからこそ好きな人の為に動いちゃうんだ。自分の欲をさらけ出せばいいのに、想いをぶつければいいのに、人との繋がりに関しては不器用なのか他人同士のことはわかるくせに自分の事になるとすぐに誰かの為にって。損な人間だよね」
自分で言って自嘲気味に小さく笑う美和さん。自分の事も誠君のことも含めて笑っていた。
今の美和さんも、誠君のために、そう好きの裏で大切な人の幸せを願っているのだ。二人は似ている。血の繋がりがなくてもこういうところが親子と呼べるのだろう。
しかし――自虐の言葉が仇となったのか、嫉妬はとんでもない方向にシフトすることになる。
「でもさ、私も寂しいよ。そりゃあね私も気づけば×歳で誠君とは歳が離れてるけどさ。私も歳をとっても女性に変わりないし、人間だから性欲もあるんだよ。もちろん誠君を見てればスゴク身体が切なくなって、あんなことやこんなことをしたいと思うし、でも我慢して自慰をしても一人じゃ気持ち良くならないしかと言って逆に不満が募る一方で誠君は迫っても何もしてくれないし――」
「ちょっと待ってストップ!?」
「え、なに?」
暴走(現実で起こってないだけまし)しかけた美和さんの暴走を遮り、一呼吸。頭は正常、いや混乱しているのか。
まずなんて言った?
「美和さん、今なにしたって?」
「うん。迫ったよ」
「……そう」
聞き間違いじゃないことに安堵……っしようとして頭を抱える。誠君の周りの環境を侮り過ぎていた。実際、誠君の周りは巣窟と言っていいほどのハーレム?だ。
そこに男の子一人、女子多数。そんな中で思春期の男子が誘惑され、迫られ、しかも好意を向けられた数少ないお人好しである誠君は……他人の頼みを断れない人間である。
がしかし、誠実な人間で美海を忘れ切れていない反面もっとも性に興味がある年頃としては地獄だ。
「でも、キス以上は許してくれないんだ」
悲しそうに言う美和さんに見えない苦笑いをして誠君に同情する。
誠君は自分を愛してくれる人を無碍にできない。
独りぼっちの孤独の中で生きて誰かを求めたことは無いはずだ。だからこそ、彼はチサキちゃんに対しても冷静な返事を返したし、手を差し伸べられても頼れるのはミヲリさんだけだったんだと思う。
必要以上に深く入り込んでこない、自分を愛してくれる人の誰かを。もし私が強引に連れ出しても彼は心を開かなかっただろう、知らない他人だからこそ彼は油断し隙を作り自分の心を見せた。
「もう、キスだけで許してあげなよ」
「えー、ほっぺにだけなんだよ」
「それは誠君が正解」
つまり、もう美和さんには自分の心を教えるつもりもないだろう。唇同士かと思ったが違うようだし。
それだけ近くなり過ぎたということだ。家族、この関係性に誠君は凄く違和感を持つ。それもそうだ、これまで本当の家族なんていなくて一人で頑張ったのだから。
だから、誠君は擬似的な家族という関係に違和感を持ちながら、その関係性に付き合っている。美和さん達の願いを聞き届け、叶え、自分は家族という関係について苦悩しているのだろう。
「まぁいいや、誠君は誠君だもん。私は誠君がいてくれるだけで幸せだよ」
「そうだね。それが誠君らしいよ」
「自分を思ってくれる人には傷つけないように最善の選択肢を選ぶ。かぁ」
溜息の音が重なり、美和さんは黙り込んだ。数秒の空白の後にもう一度だけ美和さんは自分の思いを口にした。
「やっぱり誠君は私たちのためだけに家族してくれているのかな」
「……違うと思うよ。それだったら誠君は家族なんて不確かな関係で美和さん達のところに戻らない。本当に会いたくなかったら、もう二度と会いたくないと思ったなら、彼は絶対に見つからないところに行っていたはずだよ。美海に関しても心残りがあったから…だと…思う」
「だよね。じゃあ、絶対に会わせてあげなきゃね」
それから明日の予定の話をして、どの店に行くか、どの店で食事するか、話の中心は誠君と美海を引き合わせるための話になった。
チサキちゃんも美空ちゃんも同じく協力してくれるらしいのだが、それで本当にいいのか。疑問は愚問だ。想像出来ない苦しみを抱えて誠君は……生きてきたのだから。
因みに、誠君には秘密らしい。
◇◆◇◆◇◆
朝日が上り私は目を覚ます――っと言っても、実際はほとんど寝ていない。目の下にくまがてきていないか、部屋の中の鏡の前に移動して目元を確認する。
「良かった……」
会える喜びと遠ざけられる不安、お互いが邪魔をして私を寝かしてくれなかった。誠が寝かしてくれない。そもそもこんなに悩むのは誠のせいだ。
一息つき、目元にくまがないことを確認して安堵すると次は着替えを探すことにする。
誠に見せる服、そうであっては可愛いものがいい。タンスを漁り、クローゼットを漁り、手に取ったのはホットパンツとサイハイソックスにそれからパーカーと下着(最後のについては乙女の事情)。
パーカーの中に着るのも可愛いものを選び、しかし可愛いものと言っても選ぶのに時間はかかった。
パーカーはもしかしたら誠が着ているかもしれないから……なんて言えない。同じものが着たかったなんて。
速攻で着替えを掴むとお風呂場に行き、パジャマのボタンの多さにもどかしく思いながらも脱ぎ捨て、自分の裸体を見て少し落胆する。私の胸は少し残念で美空やチサキさんほどの大きさはない。
一旦、思考を戻すと脱いだ服を洗濯かごに入れて私はお風呂に入った。蛇口を捻りシャワーからお湯を出す。シャワーからは温かいお湯が降り注ぎ、私の体を濡らして目を覚ましてくれる。余計な匂いも、汚れも、全部洗い流すと急いでシャワーを止めてまた脱衣所に戻った。
「へんじゃ…ないよね…?」
用意した服を着て自分の姿を再確認する。事実、私はチサキさんや美空ほどのスタイルはない。だから、誠に変に思われない程度で可愛くいようと思ったのだが……誠の近くにいる美空とチサキさん、二人に比べれば確実に見劣りするだろう。
美空は大人っぽい服でも、可愛い系でも綺麗な清楚タイプの服でも着こなすし、それに対して……私は。
色気もなければ、可愛げもなければ、綺麗でもない。やはり私では叶わない恋なんだろうか。元から年は離れていたし、背は小さかったし、胸は小さいし……。
――コンコン。
突如落ち込む私の後ろで、扉を叩く音が聞こえた。静かな音にびっくりしながらも、服はちゃんと着ていたので扉を慌てて開ける。
「おー、やっぱり美海か。誠君と会う準備は進んでるようだね」
そこにいたのは、アカちゃん――もといお母さんだ。的確に胸を突く言葉を言いながら、私に向かってにっこり微笑む。
しかし、少し様子がおかしい……なんだか私に申し訳なさそうな顔でポリポリと頬をかいた。
「お、おはようお母さん」
見られたことに私は羞恥を覚えながら挨拶する。
そして、話を逸らそうとした時、お母さんは流れるような手付きで手を顔の前で合わせてこう言った。
「……えっとね、お楽しみというか楽しげなところ悪いんだけど……光と二人で行ってきてくれない?」
私は耳を疑う。謝罪しながら埋め合わせを話すお母さんの言葉の卑劣さ。今も光とは仲直りしていない、そんな中でお母さんは……勘違いの種を生む。
夏祭り……だと思ったか!
いや〜フェイントからの小さなデート?
というか、なんでスレ違ってるんでしょうね?
書いてる方ですらなんでこうなったかわかってないですよ。
勢いですもの!
因みに、やっぱり晃君はオムライス食べれないようです。