凪のあすから ~変わりゆく時の中で~   作:黒樹

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いまさら
漂流→人口呼吸
の流れを使わなかったことを悔いている。
やっちまったよ!
というわけで、こんな美海が見たかった。



第四十五話 恋敵?

 

 

 

最近、美空は前のようによく笑うようになった。

お父さんが死んでから、まったく笑わなくなってからもう何年か、美空が前のように笑うようになって愛想も昔のように良くなった。

 

「おはようございます、皆さん」

 

「「……え?」」

 

クラスメイト全員が目を疑ったことだろう。もう何年も美空が笑顔になるところを見ていないような気がする。それに何時もは誰よりも速く登校して席についているのに、最近はどうしてか遅刻ギリギリに登校してくる。

 

一番気にしていた沢渡が一番驚いていた。

美空が好きなことは変わらないらしく、好きだというのに告白作戦を実行できずに失敗した経験ありの彼は美空に近寄ると美空の目の前で手を振って見せる。

 

「……お前、早瀬だよな??」

 

「? 私は私ですよ?」

 

「あぁ…そうだよな…そう」

 

納得のいかないような顔をしながら、無理矢理頷くと私とサユを見て何があったと聞いてくる。

多分、――

誠が帰ってきたことと関係しているのだろう。私でも嬉しくて有頂天になっていたし、それくらいは共感できるけどどうしても理解できない部分がある。

確か美空の家は借金があって、それの所為で何かと大変な目にあってきたのに……どうしてこんなに元気なのか。

無粋な質問はやめようと思ったのに、やっぱり馬鹿な質問をする人がいた。

 

「なぁ、借金って返したのか?」

 

子供達には知らされない事実、しかし子供は大人達の噂や周りの変化には目敏く誰でも知っている事実だった。

私も気づかないふりをして、変化に目を向けないでいたのかも知れない。美空はそう望んでいた筈だ。私だって周りには知られたくない、そう思う。

沢渡も知ってしまったのだろう。大人達の噂、美空の変化から考えれば後をつけようなどと考えたのかも知れない。

 

私だって好きで声を掛けられずについて行き、結局は声をかけずに帰ってきた経験は何度かある。

あの日だって、そう――美空が誠にキスした日も、声を掛けられずに逃げ出した。

 

美空は聞かれたことに薄々気づかれている、そう感じていたから動揺していなかった。

笑顔を咲かせると、彼女は手を合わせて幸せそうに、本当に幸せそうな声で、昔の優しい声音で答えた。

 

「はい♪ 兄さんが借金を無くしてくれた御蔭で今は凄く毎日が楽しいです♪」

 

クラスメイト達が、言葉に違和感を持つ。

 

「兄さん?」

 

「えっ、お兄さんってことだよね。美空ちゃんの……」

 

「お兄さんが借金を返したの?」

 

皆同様に動揺していた。喜ぶべきか驚くべきか、質問や疑問が飛び交い

 

「はい、私の兄さんです」

 

こう答えた。

確か美空は一人っ子じゃなかったか、そう思うのも仕方ないのかもしれない。

 

「お前の兄さん何者だよ……」

 

沢渡は新たな壁ができたと、頭を抱えた。

 

一方で女の子たちは様々なお兄さん理論を建てる。

美空は容姿端麗、成績優秀、体力に関してはあれだけど紛うことなき才女で男子曰く“女神”らしい。女子でもその意味はわかる……そこで、“お兄さん”の様々な予想が――もとい妄想が作り上げられることになる。

 

「美空ちゃんはこれだしやっぱりお兄さんもカッコイイのかな」

「ってことは、頭もいい?」

「借金を超消しでしょ? なら、普通に稼げる人なんだね」

「何歳なんだろ」

「……でも、今まで何してたんだろうね」

「そうだね。美空ちゃんが大変な時にどこにいたんだろ」

 

段々と雲行きが怪しくなってきた。

私の中でモヤモヤが生まれていく――誠はそんな人じゃないよ、美空を見捨てたことなんてない。

美空が気になり目を向けると、彼女は拳を一度握ると誰にも見られないうちに離した。

 

わかっている、いやわかっていた。

一番怒りたいのは美空だって。でも、私も同じくらい怒りたいと思っていた。誠を悪く言うなんて許せない。誠は今まで眠っていたのに、戻って来て大変な筈なのに周りの事ばかり気にして、私達のペースに合わせてくれていた。

 

思えば私も一緒にいられるって決めつけて……誠のことも考えていなかったんだから。

違う意味で私はクラスメイト達と一緒だ。

 

教室にタイミング良く担任の先生が現れる。

ガラガラと戸を引き、教壇に立った。

 

「はーい、みんな席についてー。今日は復学というか、転入というか、まぁみんなにしては新しい仲間を紹介するよ。もっとも古参というか何と言うか、まぁ取り敢えず入ってー」

 

そうして、先生の声に皆が注目する中、私の家に居候している男の子――叔父と言うべきか、光が教室に入ってくる。

そう言えば、今日から光は復学する。

 

……誠だったら良かったのに。

誠はいつからこの教室に戻ってくるんだろう?

 

そんな不安と期待が、心の中で渦巻いていた。

 

 

 

□■□

 

 

 

「ねえねえ、お船引すごかったよ」

 

「そうそう、あれは凄かったなー」

 

「光君は旗ふってたよね!」

 

休み時間になり、女の子たちが光に群がっていく。誠ほどではないけれど、結構な人数が集まっていた。教室内にいる女子の大半は集まっているだろう。尤も、誠がいたらそれどころじゃないだろうけど。

光は光らしく、女子でも誰でも話している。

 

でも、話題の種は尽きることがない。

 

「ねぇねぇ、そう言えば、もう一人の男の人は? 確か落ち着いた雰囲気の男の人がいたはずだけど、その人はまだ眠ってるの?」

 

「落ち着いた雰囲気の奴?」

 

思い当たるのは二人。光は幼馴染み達の顔を思い出しながら、聞き返す。

 

「要のことか? それとも、誠か?」

 

「要さんもカッコイイけど、それより誠さんかな」

 

「ええー、私は要さん派だよ」

 

「でも誠さんカッコ良くて優しいよ?」

 

「うん。どっちも頼れるお兄さんって感じだったよね」

 

「でもでも、大人っぽくて頼れるのは誠さんかな」

 

「分かる分かる。雰囲気がなんか大人っぽいというか色っぽいっていうか、ちょっとドキドキしたもん」

 

「なっ!? 俺だって先輩だぞ!?」

 

「えー、光君はどっちかというと手のかかる弟?」

 

女の子たちの言葉は光に明確なダメージを与えた。光は楽しげに笑いながら反発する。

 

それを見ながら、サユは不満気な顔で机に突っ伏する。斯く言う私も、窓に顔を向け空を見ていた。

 

「美海ー。えっと、さ」

 

言いづらそうに言いかけると、口をつぐみ私の顔を見ると光に視線を向ける。

 

「言いたいことあるなら言えば?」

 

私は不機嫌そうに返す。

――っと、サユは気にした様子もなく、私の目をじっと見て告げる。

 

「……タコスけがいるのに、タコ助二号はどうしたの」

 

「どうしたもこうしたも、ないよ」

 

「いや、美海あからさまにおかしいじゃん。数日前からずっと不機嫌だよ」

 

机の上にぐでーっと怠けながらもサユは的確な言葉を投げ放ってくる。実際、私は数日間は教室に入っても、サユと何時も通りに待ち合わせをしても、うん、としか返事を返していなかった。

お母さんに対しても、お父さんに対しても、ご飯に呼びに来たけどすぐに追い返したり、光が来ても光が怒って帰って行くような会話にしかならなかった。

構ってほしそうな晃を無視したり、素っ気なくあしらったりもした。

まぁ、元々は光は妙なところでお節介で怒りやすいからそんなことになったんだけど……あっちもなんだかギクシャクして思うところはあるみたいだ。

 

「別に誠がどこで何してようと知らないから」

 

つい、誠についての愚痴が漏れてしまう。

それだけ誠の事を知らないんだと、胸に針が刺した。

 

「……やっぱり美海の家に居ないんだ」

 

同時にサユの同情するような視線が私を指す。

 

(まったくこの二人はどうしてこうなるかなぁ……美海があいつを好きなのは知ってたけど、目覚めてからの誠も美海から離れようとしてなかった。それに、チサキさんと先に会ったって言ってたけど、話もろくにしないで授業中の学校に来るなんて……目覚めてからやることじゃない。学校が終わるまで待てばいいのに、わざわざ来る必要もないし。峰岸が告白しようとしていた時も一番に後をつけていったし……どうして両想いに気づかないかなぁ…はぁ…誠は少なくとも鈍感な人種じゃなかったかと思ったんだけど)

 

サユが溜め息を漏らしてまたこちらを見た。

哀れむような、もどかしいような、瞳はジレったさを体現したかのようにモヤモヤと私を映している。

 

「あーもう! そんなに落ち込むんなら、早く美空に頼んで会わせてもらえばいいじゃん! ちょっと美空!!」

 

大声を上げて、机で数人の女子と話している美空にサユは呼びかける。今は丁度、“お兄さん”の話をしていたようで会わせてくれないかせがんでいたみたいだ。皆に対して美空は会ったことありますよ? とはぐらかして、呼ばれているのでこの話はまた後でと美空はこちらにやってきた。

視線が一度重なる。

僅か数秒、一瞬の事だっただろう。合ったことすら錯覚するような一瞬の後で美空と私は目を逸らす。目を逸らしてもう一度チラリと見たが、その時には美空は完全にこちらを見てくすっと笑う。

どうやら逸らしたのは私の方――美空は逃げること無く、私を見据えている。

 

「どうしたんですか、サユちゃん」

 

「いや、それがさ、美海があいつと喧嘩したみたいでまだ仲直りしてないんだって」

 

「兄さんと……ですか」

 

「そう。だから、美海は今日もこんなんだしどうにか出来ないかなと思ってさ」

 

サユは知らないのかも知れない。誠が美空のお兄さんだということはあの場所で知っている。でも、美空が誠の事を兄妹としてではなく……男の人として好きだということを知らない。

美空が兄妹としてではなく、誠にキスをして、キスを求めたことも、愛を求めたことも、全部。

良いことをしているつもりなんだろう。サユは強引で強いところが、私と違う。

 

3人の間に微妙な空気が流れ、美空は数秒後に何か思いついたように手をポンっと打ち合わせる。

そして、私からは想像もできないような言葉を言い放つ。

 

「そうだ! 今度、山の上でお祭りがあるじゃないですか。私はそれに家族みんなで行くんです。だから美海ちゃんもサユちゃんも一緒にどうかと」

 

「家族みんなで……そう言えば、最近、チサキさんとか美空とか美和さんに男の影が出来たって聞くけど……」

 

「はい、多分それは全部兄さんですね」

 

サヤマート付近から流れている情報によると、美空の家に男の影がうろついているという。あとは美空の家から出てくる男の人だったり、家の内の誰かと腕を組み親しげにしている男の人だったり、噂は様々だ。

 

やっぱり私には理解できない――美空がなんで自分の好きな誠を私と会わせようとするのか。

私が誠を好きなことは美空なら知っている筈なのに……

 

「もちろん、お祭りには兄さんも来ますよ♪」

 

美空はどこか楽しそうな表情でそう言うと、私の耳元に自分の顔を寄せて他の誰にも聞こえない声音で言う。

 

「私は美海ちゃんとはフェアな関係でいたいです。ですから、ちゃんと仲直りして下さいね」

 

美空は離れると同時に視線を周りへと向けた。

聞き耳を立てる女子数人、男子数人、興味のある人は全員がこの話を聞いていた。

私は思う。誠を独り占めにしたい、誰にも渡したくない、ずっと一緒にいたい。

 

それに……キス、とかも。

 

お母さんがお父さんとしていたように。

美空が誠にしていたように。

 

私がそれを見た時に思ったのはそれだった。

羨ましくて、魅力的で、もし誠と愛し合えたら幸せなんだろうなぁ……。心から通じあったキスをお母さんはお父さんとしていて、幸せそうな二人に羨ましさを覚えて。

お母さんとお父さんのその光景は今でも覚えている。あんな光景いまでも忘れられない。本当に幸せそうに唇を重ねて……こっちまでドキドキして心臓が破裂しそうで、でも立ち去ることも出来ずに覗いていた。

 

 

 

□■□

 

 

 

授業が終わると美空は教室から足早に出て行く。声をかけようとした沢渡も逃したタイミングに踵を返し、こちらに戻ってくる。

 

「あーあ、なんであんなに足早いのに、体力だけはないんだろうな。つーか、前は遅くまで学校に残ってたのにどうして家に早く帰るんだか……」

 

それは俗に言う嫉妬だろう。

沢渡は“見えない兄”の姿に、美空の兄の存在に苛立ちを覚えている。

美空と誠の二人が一緒にいること。長い時間を二人で過ごせることに羨んでいる。

私だって、美空が羨ましいと思うと同時に……少し後ろめたいこともある。美空より私は昔から誠を知っていて、一緒の時間を過ごしたのだから。

当たり前の時間を美空は持っていなくて、誠も同じように家族とは過ごしていなくて、

 

美空の言う『フェア』にはそんな意味が込められていたんだと思う。私が誠と過ごした時間、それが欲しいから美空はそれだけ言って早々に教室から出ていった。

 

…………――。

 

……フェア、って平等って意味だったと思う。

 

美空が持っていなくて私が持っている。美空が持っていて私が持っていない。美空がしてなくて、私がしてる。美空がしていて、私がしていないこと。

 

……――。

 

…………キ、キキ、キス!?

 

つまり、私と誠が唇を重ね合わせるというわけで、でもどっちのキスをするんだろ、軽く触れ合う程度なのかあんなお母さんや美空がしていた深く長いキスなのか!?

で、でも美空がしてたのは混じり合うようなキスで!!

見てて心臓が破裂しちゃいそうなくらいのえっちではしたないキスで……私も美空みたいなエッチな顔に変わっちゃうのか

 

わああああぁぁぁぁ――――――!!!!

 

 

「ちょっ、美海どうしたのそんなに顔を赤くして」

 

「なっ、なんでもない!」

 

言えない。思わず自分が誠とキスをするところを想像したなんて。

 

話を切り上げるために、もとい逸らすために鞄を手に持ち椅子から立ち上がる。サユは驚きながらも自分の鞄を手にして立ち上がると先に出ていこうとした私を追いかける。

 

私は熱く治まらない顔の熱に胸を焦がしながら、夏の祭りのことを考えていた。




乙女な美海もいいじゃないですか?
ええ、見たかったんです。
気がついたらこうなってたんです。


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