凪のあすから ~変わりゆく時の中で~   作:黒樹

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一応、言っておこう。
ヒロインは美海だ!!



第三十七話 禁断の遊び

 

 

 

side《美空》

 

 

ママが見上げた先には誰がいただろうか。

 

『あれ?ねえ美空、さっきの人影は?』

 

気のせいだと願いたい。けれど、ママから聞いたのは兄さんが知ってしまったこと。山の上の人影はママが電話しているうちに消え去り、居なくなった。

 

でも、あれは兄さんだ。

私の大切な人。

見間違えなんて起こすはずもなく、はっきりと見えた人影に確信する。兄さんが出ていったなら、尚更その可能性は高く、認めるしかない。

けれど、

 

『山に人影なんていませんでしたよ』

 

私は嘘をママに吐いた。嘘に、そうか…そうだよね…、残念そうに俯くママになにもかけられる声はない。騙したことは後ろめたいけど、私には確認もできない。

ママが歩き出す。

私はそのあとをついて行く。

 

 

そうして、確認しないことが私の気がかりになった。

机の上の宿題達。あまり進まずに広げられたそれらは、広げた時とページ数が変わらない。

 

「はぁ……」

 

溜息を吐きながら、机に突っ伏する。頬は冷たい板に当てられて少し気持ちいい。考え過ぎた頭を冷やすには最高の時間です。

でも、やっぱり会いたいな。

同じ場所にいるかはわからないけど、会いに行きたいという思いが強くなっていく。

 

今まで、色んなことがあった。

パパが可笑しくなって、急に死んで、残していったのは多額の借金で正直、嫌いになった。恨んだ。

どうして私達が苦しまなきゃいけないのか。どうして私達がこんな目に遭うのか。死んだパパに最初は泣いたけど、知ってしまえばもう悲しみなんてない。あるのは恨む気持ちと怒り、憎しみ、負の感情ばかりだ。

 

「お姉ちゃん、帰らないの?」

 

同じ部屋にいた子供に声をかけられる。この病院に入院している少女、楓ちゃんだ。

病名はなんだったか。心臓移植を必要としている、ドナーが現れるのを待つ少女だ。年齢は12。小学生でありながら強く生きている、私よりずっと強い子。

 

時間は午後5時前。

夕暮れに染まりかけていた空、色を変える海、今にも夜の帳が落ちようとしている。

ママが上がる時間には少し早いけど、そろそろママの所に行かなきゃ。

 

「ありがとう楓ちゃん。待た、来ますね」

 

「うん。また聞かせてね。お兄ちゃんのこと」

 

「はい」

 

「連れてきてくれると嬉しいんだけどなー。お姉ちゃんのお兄ちゃん兼彼氏さん」

 

あはは、と愛想笑いを零す。

にっこりと微笑む彼女に悪気はない。ただ私が楽しく話してしまったが為に、純粋に気になるのだろう。

兄さんの話しをするのは楽しくて、嬉しく、つい限度というものを忘れて暴走してしまう。

 

病室から出て楓ちゃんに手を振り、振り返されると扉を閉める。鞄はちゃんとある。ゆっくりと歩き出し、私はナースステーションに向かった。

そうしてナースステーションに向かっている時、目的の人物であるママが歩いているのを見つける。トボトボと歩くその姿は元気がないようだった。私に見せる元気な姿は欠片もなく、疲れきった表情に声をかけるのを躊躇う。

 

ママがある扉に入っていく。電子ロック付きだ。

その扉の厳重さに違和感を感じ、閉まる前に走り寄ると扉に手をかけ、閉まるのを抑えた。

運良くママはこちらを見ない。中にもう一人いて、その人を警戒するように身体はこちらを見ない。あっちからは丁度いいくらいにママで扉が隠れていて、ママに集中しているからか私には両者気づかなかった。

 

僅かな隙間から覗き見る光景に妙な違和感を覚える。相手は確か、この病院の院長。悪評のある、人だ。

噂は知っているし、ママからも注意されている。あの人だけには近づかないように、と――

 

「例の件、悪い話じゃないだろう?」

 

院長が椅子から立ち上がり、ママに近づく。

会話内容は断片的にしか聞こえない。

けれど、ここから見えたのは――院長がママの身体にいやらしく触るところだった。お尻に触れる肉厚の手。ママは嫌そうな顔で耐えるけど、揉まれたことで振り払う。

 

その光景に私は嫌気が差す。

全てを、理解した。

“例の件”がママの身体を目的としていること。

今まで、私も何度か院長に会ったが、幾度かイヤらしい視線を感じていた。

扉から後ずさる様に離れ、扉には電子ロックがかかる。ママを助けなきゃという思いが強くなっていく。私はママに守られていたんだと、気づく。

 

そこから私は無我夢中で走った。

体が弱いのも、体力が不足しているのも、全て忘れてただ大切なママを守るために。

自分が非力なことは知ってる。

自分ではどうにも出来ないのも。幾ら知恵を絞っても、私には無理だから。

この身体がどうなろうと構わない。全てを救えるかも知れない、あの人に。願ってしまう。頼ってしまう。

 

家の近く、息も絶えだえになりながら私は苦しむ身体を抑えるために胸を掴みながら、目的の人物である彼を探した。

その彼は朝見たとおりに中腹で、寝転んで目を閉じていた。

 

……寝ているのでしょうか。

 

起こしたいけど、起こせない。

そんな意に反して身体は動く。

彼を見ると、変になりそうだ。胸の高鳴りが止まらなくなって、焦燥感も忘れて、自分の欲が顔を見せる。

彼の横に膝をついて、その顔に安堵して、もっと寝顔を見ていたい。それよりも、今しかできないことをしたいと思った。

 

「私に…勇気をください」

 

多い被さり、彼の頬に手を添える。

 

「もう、沢山でいっぱいいっぱいです」

 

彼の寝顔に魅入り、そして――私は禁忌を犯す。

 

「兄さん…大好きです。許して下さい」

 

兄さんの頬を親指で撫で、顔を近付ける。私は兄さんの身体にいやらしく多い被さるように、膝をついていた。

本当に寝ているようで、寝息がくすぐったい。

私は顔を十分に近づけると、彼の唇に自分の唇を、欲望を押し付けた。

柔らかいものがくっつき混じり合う。

境界線すら溶け、お互いに一つになった気がした。

唇どころか心と体、両方が溶けそう。

唇は相性がいいのか、元からくっついていたみたいだ。頭は熱く思考が溶け、何をしているかわからない。ただ幸せな感覚に心がいっぱいになった。

真っ白な頭で想う。

……こんな幸せな時間が続けばいいのに。

……もう、これ以外に何もいらない。

……兄さんが、愛してくれれば。

世間体としては邪な感情として認識される。そんなことは昔から知っているし、私だって馬鹿じゃない。こんな幸せなのに、周りからは気味の悪いものを見る目で見られるんだろう。そういう想像はできた。

 

けれど、なんでダメなんだろう。

愛されたいだけなのに。

欲しいだけなのに。

初恋なのに。

初恋は成就しない――とは、こういうことなのか。

 

胸が、身体が、ドンドン熱くなっていく。

思考は加速するくせに、何を考えているかわからない。

取り敢えず、私は目を閉じて兄さんの感触を楽しんだ。離したくなくて、わがままな身体が唇同士を擦り合わせる。もっと、もっと、欲しい――

兄さんの感触が、温もりが、届かない兄妹の壁の先にある犯してはいけない領域、禁忌の領域。誰も理解しないだろうその先の愛。バレてはいけない。リスクを負いながらも私は兄さんに恋焦がれ、こんなことをしている。

 

――――………。

 

――……。

 

……何分経ったのだろうか。

10分、1時間、何時間、永遠にも感じられる。

 

――パキッ。

 

不意に後ろで枝を踏んだ音と、ぬくみ雪がきゅっと可愛らしい音を立てた。

私の意識は、夢から覚める。

 

(み、見られた――!?)

 

咄嗟に振り返ると、一人の少女が驚愕の表情に顔を染めていた。

深い海のような髪に、海を彩ったグラデーションの瞳を持つ私の友達。親友、そう呼べたのかも。けれど、隠し事をしないといけない友達は、親友、そう呼べるのか。

 

「――美空、なに、して…た、の…?」

 

美海ちゃん。表情も声も、動揺を隠せないで。

私を見る目は、兄さんと、何度も行ったり来たり。でも、兄さんの上にはしたなく跨っているから、そう遠くない距離に誤解の起こしようもない。

 

「美海ちゃん……見ての、通りです」

 

あぁ、バレてしまった。

兄さんだけには、迷惑をかけたくないのに。

蔑まれるのは私だけでいい。兄さんは、この事には関係ない。全ては自分から求めてしまったのだから。

 

よく見れば、制服のスカートなんてもので私と兄さんは阻まれる事無く、直接触れている。無防備に股下は兄さんに密着して、薄い布越しに兄さんの服が邪魔だとすら感じていた。

黒の薄地のニーハイソックスの間からも、太腿が兄さんに密着している。

もし美海ちゃんが来なければ、私は寝ている兄さんの身体にいやらしく欲情していただろう。醜く、淫らに、欲望のままに全てを忘れて。

 

「……美空、自分が何をしたかわかってるの!?」

 

と、美空ちゃんが怒ったように声を荒らげた。

兄妹、じゃないの?そう目が訴えている。

さぁ?――私は悪いことをしたのか。そう聞かれれば、何が悪いのか……ふと、院長に触られるママの顔が浮かんだ。

 

――……ぁ、ゎたしは…

私はイケナイことをした。

そう気づくのには遅い。

兄さんの唇を強引に奪う。その行動はママを苦しめる院長と同じ行動ではないか。重なってそう見えた。

 

どうしていいか、わからない。

こんなの知られたら、兄さんに嫌われる。

そう思うが早いか、兄さんに跨っていることも忘れて急ぎ立ち上がる、その瞬間、腰が抜けていたのか立ちかけた足は崩れて思い切り兄さんの上に落ちた。それも、

――兄さんの顔に、私の股が

ひぅっ!!という艶のある悲鳴が口から漏れでる。兄さんの口と私の下の口が重なるか、その感触に身体がいやらしくも反応する。

 

お願い、起きないで下さい!

絶望的な願いを込めて、もう一度、立ち上がる。

しかし、兄さんは起きずに眠りについていた。

その寝顔に安堵しながら、私は鞄を忘れて、逃げるように走り去ろうとした。

美海ちゃんの驚いた、その顔を目の端に捉えながら、慌てて用意しておいた私の携帯電話の番号の紙を寝ている兄さんの手に握らせると、走り去る。

 

後ろを振り返ることもなく。ただ美海ちゃんは泣きそうな顔で、怒っているような、半々の顔。

急いで山を駆け下り、家に駆け込むと急いで鍵をかけた。居留守を決め込むつもりだ。美海ちゃんには家にいることは解るだろうけど、それでも会いたくない。

 

一安心した私に、心のドキドキは大きくなる。

山を駆け下りたからか、兄さんの身体にいやらしく密着した所為か、美海ちゃんにバレてしまった所為か。

自室に向かい、制服のままベッドにダイブする。布団を深く被り、もう何も聞きたくないと、そう――罪悪感より勝ってしまった幸せの余韻の中で、私は眠りについた。

 

 

 

 

 

朝焼けの中、目を覚ます。ママは私を起こさずにいてくれたのか、或いは――あの人に身体を差し出したのか。だから起こさずにいたのか、起きた瞬間、ベッドから飛び上がった。

最初に思いついたのはたったそれだけ。冷静に戻った私はママを探す為、部屋を出る。

 

そうして廊下から台所に向かうと、ママが――いた。

料理をする後ろ姿に、安堵はまだ出来ず、落ち着かない声色で声をかけた。

 

「ママ……おはようございます」

 

「う?うん、おはよう。もうすぐご飯できるから、あっちで待っててね」

 

そういうママの顔色はいい。元から隠し事が苦手なママは何もなかったのか、何時も通りだ。

これまでにもないくらい。しかし、なんでこんなにも機嫌がいいなか、何もなかったのか。

大人しく、リビングで朝ご飯を待つ。何時もならつけないテレビもつけた。音で借金取りにバレないように、そんなことも頭から抜けて、天気を見る。

 

「はい、美空」

 

「ありがとうございます」

 

「ご、ごめんなさい、美和さん!!」

 

その時、ママがご飯を運ぶと同時にチサキさんが慌てて降りて来た。

これで、みんな揃った。

目の前の朝食にそれぞれ座り、合掌すると食べ始める。

 

――…………。

 

――……。

 

何時も通りの沈黙が朝食の空気。

その中で、私はモヤモヤとした朝食に嫌気が差す。

ご飯を口に運ぶママに、隠せない表情で――不安げな声で質問をした。

 

「ねえ、ママ……」

 

「んー?なに、美空」

 

「ママは、嫌なこと、ありませんか」

 

今まで、なんで聞かなかったのか。あのセクハラは何時から続いていたのか。

ママはビクリ、と肩を震わせた。

 

(どう答えるべきか、な)

 

少しの間が、食卓に流れる。

うろうろと動く瞳は、動揺を隠せなかった。必死に隠すべきか、隠さないべきか迷っている。

やがて、ママは

 

「どうして……?」

 

と、はぐらかすように聞いた。

私の真意を測っているのか、慣れない事をする。

でも、兄さんは私のキスを、好きではない人からのキスをどう思うか、

 

「そんなの、あの……ママ、院長に呼び出されてましたよね」

 

「…!! うん…」

 

肯定するママの顔は、悲しげな瞳が揺れる。

何よりも、心配と、不安が私に知りたくもない事を聞かせた。

何を知っているの?――、知らないでよ。

様々な疑問が、突きつけられる。

聞かないで、そう言っているのか。

 

そんなのは関係無い。そう言うように、私の口は止まることを知らない。

 

「ママは……あんなことされて、身体を空け渡したんですか?」

 

「ッ!?――み、見たの!?」

 

悲しげな表情がいっそう濃くなるが、一度目を瞑ると私の目を見詰める。

 

「美空、絶対に近づいちゃダメ。大丈夫。あの後ね、院長宛に電話がかかって来て、院長はどっか行ったの」

 

だから、大丈夫。

――それは、その時だけだ。

けれど、私には解る。兄さんが何かをしたのだと、何故か何も知らせていないのに。

 

あれれ?私が知らせたのは、私の携帯電話、その番号。

兄さんは何処で、院長の部屋の連絡先を――知ったのか。

でも、信頼できるのは兄さんのみ……のはず。

 

その時、ピンポーンと玄関の来客を知らせた。

時刻は、10時……こんな時間に、美海ちゃんか。

昨日のことを、聞きに来たのか。警戒するようにママが玄関へと向かう。私とチサキさんは慌てて、窓の泣い部屋に隠れようと、そして――

 

ママが、玄関の戸を開けるのを見た。

そこにいたのは、よく見るガラの悪い人達、が――

ママは困惑した表情で、相手はにこやかに、今までとは違う声のトーンで告げた。

 

「おう。これが借金の返済の確認書の予備や。ちゃんと受け取ったからな。迷惑掛けて悪かったの!」

 

告げられたのは、借金の完済……開放。

その言葉に、私達の思考はフリーズした。




ちょっとした、美空の暴走。
ハプニングは付き物です。
これぞ修羅場。
これがほんとのネトラレ。(告白も何もしていないのにそんなのないが)
うん。……危なかった。セーフ、なのか?
心境は夫の不倫現場を見た妻。
中学生にはショッキングである。

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