凪のあすから ~変わりゆく時の中で~   作:黒樹

35 / 78
美和さんの設定は書いてなかったはずだと願いたい。


第三十四話 罪人

『美空のお父さんは……死んだよ』

 

サユちゃんに聞いた親の訃報。

こんなの誰も言い出せない、言えるわけがなかった。

 

誰が聞かれてもいないのに答えられる。誰が聞いて、その知らせを教えることができる。サユちゃんには悪い事を聞いたな、とポンポン頭を撫でて伝えると幾らか悲しそうな表情は和らぎ、何時もなら来るだろう反発も来なかった。

 

不思議と悲しみは沸いてこない。沸いてくるのは、美空や美和さんに対する同情だけ。

 

誰もが美和さん達の話をしなかったのも頷ける。会いに来ないのも、避けられるのも……帰って来たのは美空辺りから聞いてるだろうし。片親では十分な生活費も入らないだろう。

まして、保々他人の俺に会いに来たところで何になる?

枷にしかならない。

親子の何かがあるわけじゃない。愛なんてそんなものがあるとも思えない。本当の意味での独りぼっちになったんだと気づくには容易かった。

 

漁協では光が体調を悪くした中、一人だけ残りオジサン達を前に立っている。美海もサユちゃんも光も関係ないものはいない。足を突っ込むような輩もいない。

一番聞きやすく、答えを知っているのはこの人達だけだと確信している。

 

「聞きたいことがあります」

 

「おぅ?なんだ、言って見ろよ」

 

「長瀬誠哉の死因は何ですか?」

 

ビクリ、と反応する漁協のオジサン達。

顔を見合わせると、何かをコソコソと話し出した。隠すべきか隠さないべきかもめているようで、会話の合間に美和さんの名前も飛び交う。

口止めをされているのだろうか。

結論に至るには十分だった。

 

「話せない何かがあるんですね?それも、親父が関わっている何か」

 

美和さんのことだ。もしも親父が何かして美和さん達に迷惑をかけたなら、本来は怨むはずの俺にすら黙って何も教えまいとするだろう。

 

それに親父のことだ、知らぬ間に流されて犯罪に巻き込まれるような、そんな人。

母さんと結婚したのもそう、好きではあったが俺が身に宿ると同時に結婚したというし。強引な母さんには適わなくて、喧嘩なんて全部負けて。誰かに優しいというよりも流され気味な人だった。

 

半ば推察に当てられたのか、一人の男性が出てくる。

 

「うんそうだよ、誠君の考えた通りだよ」

 

「ちょっ、お前それは口止め――」

 

「いいだろ。もう誠君は気づいているんだし、何時かはバレることなんだしさ」

 

予想通り、何かあるようだ。

この人は確か、漁協の青年部の人だった。今では前のような若くオドオドした雰囲気はなく、落ち着いている。

軽く会釈すると、会釈で返される。昔のことを覚えているのだろう、だが言葉は交わさなかった。

 

「教えて欲しいのは、まず親父の死因、もしくは死んだ方法、経緯」

 

「……本当に良いんだね?これから話すことは子供達は知らない、大人達で口止めされている事だよ」

 

それに、君にとっては過酷だよ。全てを受け止めても尚、まともな判断を下すことが出来るか。

ああ、構わない。と返すと青年は話始めた。

 

 

 

約三年前、長瀬誠哉は酒に溺れた。仕事の疲れか生活の変化か、同棲する形だけの結婚をした早瀬美和と自分の娘である美空、更に引き取った比良平チサキにまで手を上げ始めた。

しかし、誰もこのことは警察にも何処にも相談することなく家内だけの秘密として隠し続けられ、早瀬美和も二人を守り続ける為に自分を『いくらでも殴っていいから、この二人だけには手を出さないで』と投げ出した。

自分の身を捨て、体を差し出し、しかし狂ったような姿の誠哉は段々とギャンブルにまで手を染め始め、そのうち美和の頑張り虚しく娘とチサキにまで性的に手をだそうとした。

ある日、長瀬誠哉は車に轢かれて死亡。残されたのは生前に連帯保証人に“早瀬美和”と勝手な契約をした、借金だけだった。

それから毎日、借金の取立てが来ているらしい。

死亡の原因は酔っ払いながら道路に飛び出した為、車に轢かれて出血多量のせいだと。

 

 

話終えた青年部の人も、周りのオヤジ達も顔を背けて目も当てられないような顔をする。

 

なんだか、馬鹿馬鹿しくて頭が可笑しくなりそうだった。今にも俺に怒りをぶつけていい筈なのに、彼女達は何もせずにこうして隠し続けていた。

それなのに俺はなんだ、自分の事だけじゃないか。美海に会うために無茶をして、会えたと思ったら失恋して、あの人達が苦しんでいる時にのうのうと眠って。

 

 

 

もう、甘さは捨ててしまおう。

 

俺が間違っていたんだ。

 

自分だけ幸せを求めて、今でも躊躇い続けて。

やっぱり俺は呪われている。最初に死んだのは母さんで、次は親父が消えて。優しくしてくれたミヲリさんも死んで

至さんも美海も悲しむことに。

美和さんも美空もチサキも、巻き込まれた。

 

俺から伸びる災厄を運ぶ種の苗。それから伸びるツルは誰かに絡みつき、ズルズルと“不幸”へ引きずり込んでいた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

家に帰るともう時刻は六時過ぎ。高鳴る胸に鼻歌交じりに機嫌よく鞄を投げ捨てると、制服も颯爽に脱ぎ捨てて私服に着替えた。

 

『ど、どう言う意味、美海ちゃん!?』

『いいから答えて』

 

思い出すのは会話の断片。

急かすように答えることを促すと、彼は答えた。

 

『そ、そりゃ美海ちゃんの裸を見れたら嬉しいよ!』

『そうなんだ……男の子はみんなそうなの?』

『そうだよ!』

 

だとしたら、誠もそういう気持ちで私の着替えを見ていたのだろうか。恥ずかしいけれど、なんだか自分にもチャンスがあると思えて、不思議と嫌悪感はない。

 

なんか峰岸君が声をかけようとしていたけど、まぁいいか。置いてきちゃったし。

 

私は素早く服を畳んで、制服は壁に掛けて、目指すのはお母さんが料理をしている台所。部屋を出る時に煌めいた何かを見逃しながら、進む。

お母さんは夕食の準備をしているところだった。

 

「ねぇお母さん……」

 

「んー?なに、美海」

 

「やっぱり男の人って、女の人の裸を見れたら嬉しいのかな?」

 

「――ゲホっ、っていきなり……何を…あ」

 

そういうのはお父さんに聞きなさい、と口に出すが何か思い当たるように黙り込む。

今日の朝の事、思い当たる様に“特定の人物”の顔を思い出すとクスッと笑う。

 

「それは人によるかなー」

 

「じゃあ……」

 

誠はどうだったんだろう。あれから、私に話しかけすらしていない誠は、怒っているようで、近寄り難さを出している。

やっぱり彼は私みたいなじゃなく、スタイルのいいチサキさんの裸の方が見たかったのだろうか。

名前なんて出せるはずもなく、隠しながらもその人の特徴を言う。

そして、彼の反応を話した。

 

「じゃあ……例えば、裸を見て冷静な人はどうなの?」

 

「んー、それは単に好きじゃないか。もしくは、自分自身の感情を隠しているか、どっちかだよ」

 

或いは特殊な性癖の人。

もしかして、とお母さんは考え込むけど「いやいや、流石にあの子でもそれは絶対にないな」と頭から振り払う。

 

私の中でまた新しい疑問が浮かぶ。

誠はどうして冷たくなったのか、どうして冷たくするのかわからない。

 

「ねぇお母さん、私ね……好きな人がいるんだよ」

 

「うん」

 

何故、こんなことを言うのか。

お母さんは静かに聞いてくれる。

 

「でもね、その人は……私の裸を見ても興味無さそうにしてるんだ。どうしてだと思う?それに、なんだか私に冷たくなるし」

 

目の端が熱くなり涙が溢れそうになる。こんなにも想っているのに届かなくて、凄く遠くて。

もう耐えきれなかった。冷たくされるのも、素っ気なくされるのも、辛い。だから私は相談しようとしたのだろう。どうしたらいいか少しでも知りたくて、少しでも彼の想いを知りたくて、近づこうと努力して。

 

お母さんは料理する手を止めて、私の後ろに回り込む。そうしてきたのはふわりと抱き締められる感触。温かくて落ち着く感覚に、慰められた気がした。

 

お母さんが懐かしむように、思い出すように語る。

 

「私にはその子の気持ちはわからない。でもね、美海、多分その子は凄く寂しがり屋で意地っ張りで、実は強く生きているように見せて、一人で抱え込む悪い癖があるんだよ。誰もがその子の行動に騙されて、それを本心だと思い込んで、これに気づく人はいなかった。けれどね、一人だけ心の底から解ってあげられる人がいた」

 

誰だかわかる?

お母さんはそう言って私の髪を撫でる。くくっていた髪留めは外されて、髪はバラバラと揺れた。

 

お母さんの言う、その子は……誠の事だろうか?

でも、口には出さないけどお母さんは知ってる。私の好きな人が誠だということを。なら、話からして誠のことだろうけど、想像がつかない。

誠は強くて優しくて、誰よりも大人で、私の一番大切な人で。

 

お母さんはふるふると首を横に振った。

 

「……誠君はね、みんなが思っているような子じゃないよ。自分の気持ちを押し殺して誰かの為に自分を犠牲にしてるんだ。その度に自分が傷ついてるのにね、それを止めない。自分の事になると周りが見えなくなって、全部一人で背負っていく程馬鹿なんだ。

きっと、美海ならわかるよ。だって誠君の事を本当に理解できたのはミヲリさんなんだよ」

 

 

ミヲリさんの血を受け継いだ美海なら、きっと――

 

 

私は本当に誠を理解できるのだろうか。ちゃんと解ってあげられるのだろうか。

私はやっぱり知らな過ぎたんだと。自分の事ばかりで知らないでいたんだと自覚する。

 

リビングに鳴り響く電話のコール音。突如として鳴り響いたそれにお母さんは電話を取りに行った。

そうしてすぐにお母さんが戻ってくる。

それも、顔色は少し悪かった。

 

「美海、誠君……家にいるよね?」

 

「私が帰ってきた時には靴が無かったよ?まだ、帰ってきてないんじゃないの?」

 

「え?…誠君はいる筈だけど」

 

ハッとした顔でお母さんは部屋をかけて、私はその後に胸騒ぎを覚えながらついて行く。

着いたのは私の部屋で、名前を呼びながら来たのに、出会すことも出てくることも無かった。

 

「ない!誠君のバックは!?」

 

「何時もなら、ベッドの横だけど……」

 

「ああもう、やっぱり!!」

 

お母さんは焦ったような表情で玄関へと飛び出す。その後ろをついて行こうとした時、視界の端で何かが煌めいて視線を惹かれる。

 

そこにあったのは……私の持っている十字架と同じ、違う光を放つ誠の大切なものだった。




誠の親父さん発狂しました。
というか、蒸発しました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。