凪のあすから ~変わりゆく時の中で~   作:黒樹

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誠がヘタレています、ご注意ください。


第三十三話 拭いきれない感情

 

 

ようやく朝が来た。鳥達の歌が頭の中に木霊する。差し込む光に目を細めながら、ベッドから飛び出ようとするが身体には力が入らず、降りられなかった。

 

此処は美海の部屋。別のベッドでは美海が愛らしい顔で寝ており。結局のところ一睡も出来ずに起きていた。本当ならこの家から出ていくつもりだったのだが、出る前にアカリさんに気づかれて捕まってしまい

『行っちゃダメだよ。誠君、君の親は私でもあって、美和さんから頼まれているんだから。それに、美海を悲しませるのは誠君の理に反するんじゃない?』

私だって君のことを解っているつもりなんだから、と脅されて部屋に戻された。アカリさんは考え込んでいた美海に俺の監視を命じると引っ込み――と、今の現状が出来上がる理由はそれだ。

 

俺の決意すら知らず、アカリさんは自由奔放に勝手なことをする、その好意が辛い。

女性に手を上げられない俺は、弱点としてそれを利用された。光の部屋なら逃げおおせる隙もあっただろう。

全く、周りには勝手で強引な人しかいないのか……母さんもミヲリさんもそうだったと記憶している。ならその血を引く美海はなんなのかと考える前に美海は俺の手を引き、自分の部屋へと招き入れた。あんな態度をとったのに、彼女は今でも平然とした様子で俺を迎え入れた。

 

……何をすれば、嫌われるんだろうか。

考えれば考える程に上手く行かない。手を上げる事はさっき言った通り、俺には出来ない。ならどうすれば嫌われるのかと考えたが思いつかない。

……手詰まりだな。

いざ美海を突き飛ばそう、そう考えても身体は動かずに静止という行動を取るばかりで、拒絶した。

寧ろ、苦しむのは俺だけで耐えきれなかった。

 

 

ベッドの上から美海を見詰めていると、急にもぞもぞと動き何かを探す。美海がとった行動に布団は抱き寄せられ、起き上がるとパジャマ姿の彼女は寝ぼけ眼で周りを見る。

一瞬、俺に視線を素通りさせ。

ふぁ〜〜〜〜っ、と長い欠伸をすると今だに眠そうにベッドから立ち上がる。

 

自分から挨拶などしない。

相手がしたら素っ気ない態度で返せばいいのだ。

嫌われる為の第一歩として考えたのはそんな小さな行動であるが、美海は知ってか知らずか次の行動を始める。

 

立ち上がった美海は壁に掛けてある中学校の制服を手に取ると、ぼそりとベッドの上に落とすように置いた。

そこから先はもう、唖然とするしかない。

美海は恐らくは俺の存在に気付いていないのであろう。

パジャマの一番上のボタンに手をかけて、プチプチと手慣れたように外していく。その度に美海の綺麗なシミ一つない肌は露になっていき。服の間から可愛らしい水色の下着までチラホラ見える。

 

ようやく美海はボタンを外し終えて、軽く脱ぎ捨てるとベッドにボサりと落ちた。

その勢いのまま腰に手をかけ、ズボンの口の部分に指を引っ掛けるとスッと下ろす。

そこで美海は自然とこちらを向いた。

 

「…………」

 

「…………」

 

バッチリと目が合い硬直する美海。

瞬きをして、もう一度見る。されど幻覚ではないようだ。

 

お互いに見詰めること、しばし……

 

色白く健康的な肌が薄く赤に染まり、段々と耳まで赤に染まり頬も熟したリンゴのようになる。

それはどちらだったか、言うまでもないだろう。

 

 

 

そして、家中に美海の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

――――――

 

 

 

「あはは、くすっ…もう美海ったら」

 

そう言って笑うアカリさんは娘の裸が一人の男児に見られたというのに笑うばかり。

当の被害者の美海は顔を赤くしてむすっと膨れている。

 

あの後、騒ぎを聞きつけたアカリさんに光、至さんと晃君が部屋に来たのだが。

美海は当然のように下着姿な訳で最初に来たアカリさんは唖然とし、次に来た至さんはアカリさんに目を塞がれ、のそのそ『うるせぇな』と文句を言いながら光が駆けつけた。

……その際に、思わず光に目潰しをしてしまったが、問題はないだろう。

 

美海の肌を目に納めたのは俺だけである。明らかに美海は見られたことで俺には近寄らない。それはそうだ、脱ぎ出す姿を終始見ていたのだから……

 

光が美海に目覚ましを投げられたのも新しい記憶だ。

 

朝食を食べ続けるアカリさんも怒ってはおらず、寧ろ微笑ましそうに見てくる。この裁判は美海の不注意と俺の無警告の両成敗、結局はどちらも悪いということになった。

 

……わざと言わなかった。

そう言ったのにである。本当は唖然として止め損ねただけだが、聞く耳を持たないのはこの一族特有か。

 

『えー、誠君は美海の裸見たかったんでしょ?』

と、茶化すが。

 

『俺は男ですよ。興味は人並みにはある。もしかしたら、それ以上かも』

と、返してしまったのはどうしてか。美海が、誰かが立てた理想像を打ち壊す発言をして嫌われるように仕向けた。しかし、本心も混じっているかも知れない。

要はどう言ったっていいのだ。女性的にはそんな下心を向けられるのは嫌悪感がする筈、普通の女性であれば遠ざけようとするだろう……想い人でなければ、その筈だった。

 

「ごめんね……誠」

 

隣に座っているのは美海。

どうして謝るのか、皆目見当もつかない。

この状況もだ。

以前より、帰ってきた時より距離が近い。隣に座る美海はお互いの匂いが感じられる程の距離にいる。その幅、僅か数センチ。特別に卓が狭いわけでもなく、寄せ合う必要性もないのにコイツは…

 

「……何がだ。君が謝る必要はない」

 

決して、自分が悪いとは言わない。

他人行儀に答えると、美海が懐からチャラチャラと何かを取り出す。そこにあるのは十字架、昔――俺からしたら数日前に渡した大切な物。

 

思えば、あの時から心は知っていたのだろう。

 

彼女が……

 

 

好きだということを

 

 

 

――ピンポーン、ピンポピンポ――

 

突然、家の中に騒がしいインターホンの音が鳴り響いた。誰の家だと思っているのか恐れを知らない連打。

俺からしたら、迷惑させている相手は一人しか思いつかないのだが。

 

アカリさんが誰だろう?と玄関に向かっていく。

その後を追い、殴るべくしてアカリさんの後ろから開け放たれるのを待った。

開けられるは玄関じゃない、俺を囲う檻だ。

 

「やあグッモーニングまk」

 

「近所迷惑、朝から煩い、取り敢えず黙れ!!」

 

開け放たれた玄関に出てくる狭山の顔面にジャブより強めのパンチを喰らわせる。

アカリさんは驚いたような顔で倒れ逝く若旦那を眺め、頭に手を当てて「あちゃー」と溜息をつく。

 

半分は自業自得、もう半分は俺の勝手な、自分に対する怒りの奔流だった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

誠は私の裸を見て、そう思ったのだろうか?

あるいは脱ぎ出す私に興奮したのだろうか?

 

誠の顔は私が着替えている間、何処か哀しそうだった。気づかない私が悪いのも解ってる。それでも、誠に見られたことに羞恥心はあれど後悔はない。

 

お母さんとの会話する誠は、昔とは違う。

そういうネタは誰よりも否定したはずだった。狭山や江川に鉄拳制裁を下し、私に聞かせないようにして、率先して興味無いような顔で受け流す。

 

それなのに、今の誠は変だ……

 

なんだか距離を感じる。同い年になって、同じ部屋で寝たのに、裸を見られたのに。

本当なら有り得ない同い歳に浮かれる私には距離を取る誠が映り込む。

 

ああ、なんだろう……寂しいな。

何か共通の話題を出そうと必死に考える。構ってもらいたくて、思い出したのは誠の大切だった宝物。

 

謝ったのも私が無用心だったから。それに、私にはどうしてもこのペンダントを渡された理由が気になった。これだけじゃないような、そんな気さえする。

そうしてようやく聞き出そうとした時、インターホンが連打された。こんな時にと思っているとお母さんと誠が玄関へと歩いていき。

 

遅れて見たのはなんだったろうか。

伸びている狭山と誠と話すサユ、いくらかサユに対しての態度が軽いことにギュッと胸を締め付けられる。

 

内緒の話だったようで、私が行くとサユと誠は話すのをやめてしまった。

 

「ねぇ、何の話してたの?」

 

「……あぁ、うん、内緒だよ」

 

聞いても答えてくれないサユ、なんだかハブられてる気がして落ち着かない。

どうして隠すのだろうか。

誠の前では言及すら出来ずにモヤモヤする気持ちの中、話題を変えようとしたところで伸びていた狭山が起き上がった。

 

「おお!光ィィーー!!」

 

「うわっ、なんだよ」

 

玄関から出てきた光は抱き着いてくる狭山に怪訝な顔でされるがままに硬直する。

 

「聞いてくれよ光、誠の奴が俺のハグをよけて、もとい殴って来てな」

 

あぁ、だから伸びていたのか……

 

「知らねえよ。でも、誠が殴ってくるなんて…いや、お前ら結構な頻度でコテンパンにされてたな」

 

それも、謝るまで…主に悪いのはこの人と江川だけど。

思い出したように光は言いながら、頭をかく。

 

私はその間も誠を見ていた。

今の彼からは目を離しちゃいけない。何処かに消えてしまいそうな儚さがある。

 

「それよりさ、漁協とか行こうぜ。他にもお前らに会いたいって奴がいっぱいいるんだよ。俺が案内するからさ」

 

悪気はないのだろう。

けれど、今は誠は体調が悪い筈。昨日のお医者さんの話だと立ってるのも不思議なくらい、寧ろ気を失ってもおかしくないって。

 

「ダメ!誠はまだ…」

 

「ああ、大丈夫だ。知らなきゃいけないこともあるし」

 

「俺も行く」

 

「おう!……あと、お前らも学校まで送っていくけど、どうする?」

 

起きたばかりで辛い筈なのに、どうしてこうも無茶をするんだろうか。

車に乗り込む誠は何時も通りで、けれど何処か無理をしているようで、不安だ。

気づくと私は誠の袖を掴んでいた。

 

「誠は今日も安静だって……お医者さんは言ってたんだよ。誠はまだ…」

 

「俺は大丈夫だ。もう、俺に構うな」

 

取った袖は一瞬で振り払われる。まるで私を遠ざける様に振り払われた手は空に浮いた。

 

 

運転席には狭山、助手席に光、光に助手席を譲った誠は荷台に私達と乗り込む。

私はサユと隣同士、目の前の誠と流れ行く景色を見る。本当なら誠が助手席に座るべきだったろう。医者に注意される程の身体で荷台の揺れはキツイ。誠は清まし顔で海を見ているけど。

 

あまり遠くでもなく、少しの時間で漁協に着く。

車から降りて真っ直ぐ事務所に向かうけど、誰もいないのか擦れ違わない。

 

ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる狭山に、誠は何も言うことなく、狭山が扉を開けて事務所に入るのを待った。狭山が扉を開けて中に入る。

そこにいたのは、集められたであろう漁協の人達。光と誠を見ると笑顔を浮かべた。

 

「よおオッサン達!誠と光を連れてきたぜ!!」

 

「おお!!本当に光に誠かよ!?」

 

「こりゃまた小さくなったなぁ」

 

「ホントにビックリだ。あの頃と何も変わっちゃいねえ!」

 

すぐに取り囲まれる光と誠。くしゃくしゃと髪をもみくちゃにされ、光は反応することもなく立ち竦む。

対する誠は嫌そうな顔で、手を払い除けた。

 

「痛いんでやめて下さい」

 

「おっと、すまねぇ。だがよ、元気な顔見れて安心したぜ。誠は変わらず、大人見てえだがな」

 

「違えねぇ。これじゃあ、育った美海とサユがまだまだ子供みてえだな。ハッハッハ!!」

 

失礼な、私だって成長している。

だけど、誠との距離は私も感じていた。性格とかそこらが大人みたいな誠と私を比べたら何か違うのかもしれない。

 

 

 

 

 

学校への通学路。私とサユは二人で歩いていた。光は気分を悪くして、誠は今だに漁協でオジサン達と話している。

狭山には送って行くか聞かれたけど、ここでいいと、私は厚意を断った。

 

「それで、美海どうしたんだ?朝から誠と仲が悪いし、あんなにベッタリくっつきそうだったのに…」

 

あったとしたら、私が誠に裸を見られたこと。

そんなことは言えない。

別に怒っているわけじゃないけど。

 

それよりも、気になって仕方ない。

ねぇ、サユは私に隠し事してるでしょ?

誠と朝から何を話してたの、と醜い感情が押し寄せてくる。

 

それを聞けないまま昼休みになって、私は一人で学校の裏のエナ用に作った池を見ていた。少し手入れがされていないけど、割と綺麗に私の顔を映し出す。

一人になりたくて、サユに問い詰めたい感情を抑えて、見てみる揺れない水面は私の心を映し出しているようだった。誠は近くにいるのにこんなに苦しいなんて、どうして……

 

彼は私の事をどう思っているのだろう?

不安で不安で仕方ない。

嫌われるような事をした覚えはないし、なのに何故嫌われているのか。裸を見られたのがいけなかったのかな?

 

風が木を通り過ぎて、水面の葉を揺らす。ユラユラと水面に浮かぶ葉はより一層激しく揺れた。

ジャリっ、と後ろの方で砂を踏む音が聞こえ、サユが探しに来たのだろうと振り返るも、そこにいたのは予想外の人物だった。

 

「……何しに来たの?」

 

「え、えっと…それは…」

 

峰岸君、彼は昨日フラれたのに私に近づいてきていた。

まぁ、いいや……聞きたいことあったし。

 

「峰岸君は私の事を好き、なんだよね…?」

 

「……え?す、好きだよ!」

 

再確認すると物凄い勢いで首を縦に振った。顔を赤くしながら、何かを期待するように。

何に期待しているのかはわからないけど、私にはどうやら男の子に対する認識が欠損しているようで、聞けるとしたら、一番真面目に答えてくれそうなこの人だけ。

 

じゃあ……

 

 

「私の裸……見れたら、嬉しい?」

 

惚けたような峰岸君が、えっと顔を更に赤く、赤くする。

返ってきたのは意外にも簡単な答えだった。




やっていること逆効果!
誠は気づいてないです。
いや、一応は成功ですけど…

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