凪のあすから ~変わりゆく時の中で~   作:黒樹

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ちょっと短め


第三十話 動き出す時

 

 

 

side《美海》

 

 

中学生になって一年の月日と少し

 

 

誠達が消えてから約5年……私はいつも通りに布団から起き上がる。物足りない隣の温もりに寂しさを感じながら、慣れたように掛けてある制服を外すとパジャマを脱ぎ捨て、制服に裾を通した。

 

脱ぎ捨てたパジャマは拾って畳む。

アカちゃんは何時もズルイ。私が誠を好きなことを知っているのか、畳まない私に『ちゃんと畳まないと誠君にまた注意されるよ。もしかしたら、嫌われるかもね』なんて平気で言ってくるのだ。

 

カバンに教科書が入っていることを確認して、自分に昔は与えられなかった部屋を出る。今の家は昔と違いローンを立てて買った一軒家、勿論新居。実を言うと誠が帰ってこれなくなるなんて駄々をこねたこともある。

そんな数年前から見慣れた廊下を歩き、リビングへと向かうとアカちゃんが朝食を並べていた。

 

「おはよう美海。ほら、遅れるから早く食べちゃって」

 

「うん……おはよう」

 

時間はいつも通り、学校に出るには早い時間。毎日この時間に起きているけど、誠がいるときは誠の隣で起こされるまで寝てたってけ。

そんなことを考えながら座る。

 

目の前には、先に食べ始めていた晃。

晃は私の弟でアカちゃんとパパの間に生まれた子、よくイタズラをするけど私の言う事を聞く以外にアカちゃんの、お母さんの言う事は聞かない。

 

私はゆっくりと朝食に手をつけ始めた。

 

「ねえ美海、今日は巴日でしょ? 」

 

「うん」

 

「ご飯はあっちだっけ?」

 

「…うん」

 

眠りかけの起きない頭でアカちゃんに答える。

そうだ、今日は巴日だ。

学校ではご飯をみんなで作って、みんなで食べて、巴日を観察するらしいけど正直どうでもいい。

私は海を見ていたいだけで、それ以外に目的はない。

 

あの日から私はそうだ。誠達が眠る海を見るために早く起きて、ただ何もない海を見詰める。もしかしたら誠が氷を叩き割って出てくるかもなんて、絵空事を並べて時を過ぎていくけどそんなことはなかった。

 

「ごちそうさま」

 

「行ってらっしゃい、美海」

 

「うん、行って来ます」

 

軽い挨拶だけで皿を片付け、部屋を出ていく。

右手には鞄をちゃんと持って、時間を確認すると、玄関をゆっくりと出た。

 

 

 

 

 

「おーい、美海ー!」

 

誰かが私の名前を呼ぶ声がする。朝の静かな時間の中、私の邪魔をするのは一人しかいない。

 

「おはよう、サユ」

 

「まーた海を見て、巴日がそんなに楽しみなのか?」

 

走ってきたサユは息を整えると海を見ていう。本当はわかっているくせにこういう空気の読み方をする、それは昔からだ。

私はサユの好きな人を知っていて、サユは私の好きな人を知っている。お互いに想い人が同じ場所にいるからこの朝の会話も何度か目。

 

でも、サユが走ってきたということは……

 

「ねえサユ、何時に出たの?」

 

「えっと、はは…今度こそ美空より早く起きて学校に行ってやろうと思ったんだけど」

 

どうやらまた寝坊したらしい。サユが慌ててない限りは大丈夫だ。美空は特別に早起きで誰よりも早く学校に来ている。別に今日はサユが本当にヤバイ時間に起きたわけじゃない。登校する生徒なんて一人も見ていなかった。

 

「行こっか」

 

「ん、もういいのか?」

 

「うん。誠は勝手だから、そのうちきっと現れるもん」

 

「今日は元気なんだな」

 

「何が?」

 

「なんでも!」

 

「もうサユどう言う意味」

 

笑いながら駆けていくサユの後を追うために走り出す。特にこの行動に意味なんてなかった。

 

歩道を走って

 

海の横を駆けて

 

見慣れた門を前にサユが止まっているのが見える。こっちを笑いながら見て、私を待っていてくれたようだ。

鞄を揺らしながら追いつくと、サユはまた先を歩いていく。

 

それについていく私、教室につくと何時も通りに二人が椅子に座っていた。

片や本を読む少女、もう片方は必死にその少女の気を引こうとしている。

 

「ああ!また、お前はストーカーみたいに!!」

 

「誰がストーカーだ!」

 

「美海ちゃんとサユちゃん、ですか……おはようございます」

 

何時も通りに挨拶してくる美空は誰にもわからないような作り笑いを浮かべる、疲れきって何処か悲しそうな表情もあの日から。

目の前で行われるサユと沢渡のやり取りにも笑わない。

 

サユは沢渡にキツく当たり、それを沢渡はノリ良く返すけど、気にしていないようだ。

誠が兄なら当然だと思う。誠と比べるとどうも他の人が低く見えて、恋愛対象にすら見れなかった。かく言う私もその一人で今もまだ好きでいる。

 

と、思っていると美空は読んでいた本をパタンと閉じた。

煩くて集中できなかったのか、美空は疲れと怒りが混じった顔で私達を睨みつける。

その瞳は誠に似ていて、雰囲気だけでもそこにいるようだった。蛇に睨まれたカエルとはこのことだろう。大分、美空がこの数年で怒りやすくなった気もする。

 

「煩いです。黙って下さい」

 

「あっ、悪い……」

 

最初に謝ったのは沢渡勝。今でも美空のことが好きらしく美空に怒られると、すぐにこうなる。

惚れた故の弱みといえば、そうなのかもしれない。だけど美空自信は男子に興味がないのか、告白されても全部フリ続けていた。

 

沢渡は告白をしない。どうしてか、美空にフラれるのが怖いのかまだらしい。

 

そんな何時ものやり取りが続いて、教室にはクラスメイト達が集まってきた。

 

「はーい、今日が楽しみなのはわかるけど早く席についてー。出席を取るからねー」

 

担任の先生も誠の時と変わらない。私の担任も少しは老けたようだけど、私の中の時は止まったままだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

授業も流れるように進んで掃除の時間。サユと二人で私はゴミを捨てに来ていた。あの池も変わらない。葉っぱが水面で揺れている以外は、あの時と何も。

 

クラスメイト達は初めての巴日にワクワクしたり、ざわめき期待を膨らますけど私はそうじゃなかった。

 

こうして海の話題が来る度に思い出すのは誠達。

 

けど、理由はそれだけじゃないようだ。

 

「峰岸、美海に告白するつもりだよ」

 

「……?」

 

告白、か……

 

いきなりのサユの言葉に驚かなかった。対してサユは心配そうな顔で見詰めてくる。

事前情報は簡単に手に入るものだった。教室であれだけ男子がコソコソしていたら、気付かない筈がない。

 

私は焼却炉の蓋を開け、ゴミを放り込むとゴミ箱を傍らに置いてサユを見返した。

 

「それがどうしたの?」

 

「男子たちってさ、ほんと馬鹿ばっかり!こういうイベントで盛り上がって、浮かれて告白なんてさ。ロマンティックなら絶対に成功するとか思ってるよ」

 

「そうなの?」

 

それが本当ならどれだけ良いだろう。もしそんなことで成功するなら、私は悩んでない。

サユは男の人を嫌悪しているかのようで、クラスメイト達には厳しい。

八つ当たりのようにゴミを焼却炉の中に放り込み、力任せに蓋を閉めるとこっちを向く。

 

「男ってばバカしかいないよ。確か、沢渡も美空に告白するって話だよ」

 

「そうなんだ」

 

告白のタイミングは一度だけ、でないと今日の巴日の補正効果は効かない。それを利用する男子なんて何人いるか、美空のことを思うと大変だなーと笑うしかなかった。

主に抜け駆けしようとするのが何人かいるだろう。クラスメイト達はそれだけ美空に惹かれている。

 

「サユは告白されたらどうするの?」

 

もし告白されたら、サユはどうするのか。

 

「私は一生女一人で生きてくもん。働いて、稼いで、誰よりも強く生きる。男なんて荷物だよ」

 

気になった私は聞くけど返ってきたのは予想外の答え。

驚いた私は目を見開く。

 

「要さん、好きじゃなかったの…?」

 

「そうだけど…いつ帰ってくるかわかんないじゃん。それに、あの人には……」

 

 

好きな人がいる、そういうサユの顔は悲しそうだった。

要さんの好きな人、チサキさんは…今では看護学校で勉強していて、おまけに美人。スタイルもよくて元のクラスメイト達からは『最近、団地妻っぽくなったな』?なんて言われているらしい。

 

一度、サユには悪いけどチサキさんが要さんとくっついてしまえばいいとも思った。そうしたら誠はチサキさんとくっつかないなんて、嫌なことを考えた。

 

それよりも、とサユがこちらを見る。

 

「美海はどうするの? このまま帰ってくるのを待つのか、もしくは……」

 

諦めるのか……確かにチサキさんには勝ち目が無い。このまま待って待ちぼうけも時間の無駄だって言いたいのだろう。それでも私は……

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「はーい、これはこうなり…そして…」

 

午後の授業は掃除が終わってから始まる。

 

そんな中、私は憂鬱だった。

何故か、少しだけ眠い。重たい瞼をゆっくりと閉じながら海の音を聞く。

 

サユの言葉に……私はあの時、答えられなかった。

 

決して誠を嫌いになったわけじゃない。待つ間に“好き”という感情が薄れたわけでも、ましてや諦めたわけでもない。それに諦められなかった。

 

 

授業が続く中、聞こえない波の音に耳を澄ませる。

 

目を閉じれば聞こえそうだったけど、思い出すのは誠と見る海の風景。あの日は海は氷すらなくて、綺麗な水と青のグラデーションが好きだった。

 

本当は自分の“陸”と“海”の混ざった目の色が嫌いだったけど、誠が『綺麗』だって言ってくれた日から好きになった。

 

 

授業の内容も薄らと頭に入るけど、思い出す度に目の端が熱くなってくる。

 

「おい、お前の眠姫様が泣いてるぞ」

 

「えっ、う……うん」

 

そんな時聞こえた会話、それは沢渡と峰岸と多数の男子達がし始めた会話だ。

気になって、私は目元を手で拭った。そうしたら何故か一粒の雫が手を濡らす。

 

しかし、私はぼーっとする頭でまた目を閉じた。

 

これが一番、落ち着くし、誠を思い出せる。

 

今、胸の中で揺れている十字架もチャラチャラと慰めるように音を鳴らす。

 

 

 

――――――チャラララ

 

 

 

また、私の耳元で鳴り響いた。

そんな時、後ろからトントンと肩を叩く人が。

 

 

「美海、美海」

 

 

女の人の声、きっとサユだ。私の後ろの席はサユが座っている。

 

 

でも、邪魔しないで欲しい。

今だけは、私の時間だから……

 

 

「お嬢さん、お嬢さん」

 

 

今度は男の人の声が窓の方から聞こえた。

クラスメイトの男子の声ではない。懐かしささえ感じる、それでも色褪せて聞こえる。

 

私はこの声を無視。

それでも、声はまだ聞こえる。

 

 

「お嬢さん、お嬢さん。そんなとこで寝てると風邪を引いてしまう。人間は寝ている間に体温の調節能力が低下する、そのままこの季節に寝てしまえば風邪を引くぞ」

 

 

心配しているのか、笑っているのか声は不思議と軽口を叩いている。

そんな時、周りの音がざわめきだつ。教室内は一層に騒がしくなった。

 

 

―――誰?

 

 

―――不審者?

 

 

―――美海ちゃん危ないんじゃない?

 

 

そんな言葉が飛び交う。けれど、目を開けた私はその声の方を見て固まるしかなかった。

 

そこにいたのはフードを被った、白いパーカーの性別不明の人間。声は男の人の声。

 

ポケットに手を突っ込み、こちらをフードの下から覗き見ている。

 

その瞬間、私の目には涙が溢れた。

 

 

 

今までずっと待っていた

 

 

泣かないと決めて、待っていた……

 

 

けれど、私は授業中だということを忘れてその人の胸に飛び込む。窓を飛び越えて、彼は飛んできた私を抱き留めると、その衝撃でパーカーのフードは外れて顔が光に照らされてようやく見えた。

 

 

 

「…嘘つき!!…帰ってくるって言ったくせに、あんな手紙だけ残して誠の馬鹿!!」

 

「ごめん美海……ただいま」

 

 

 

―――お帰り、誠

 

 

泣きながら私は誠の温もりを感じる。久しぶりの感触は温かくて、凄く安心した。




不審者扱いを受けるも、峰岸君は飛んでこない。
……妹ちゃん何処に行った?
だがしかし、美海メインの作品であるのだ。
(美海を出したかっただけ)

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