凪のあすから ~変わりゆく時の中で~   作:黒樹

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第三話  お別れ

 

 

 俺はこの日、母さんのお葬式を執り行っていた・・・・・・。あの日、俺は母さんに突き飛ばされて助かったが、母さんは俺を突き飛ばすのに精一杯で、トラックに引かれたのだ・・・・・・。

俺はなんであれを避けれなかったのだろうか? 俺がちゃんと避けれたら、母さんも死なずにすんだかもしれない・・・・・・。

 

「お前の母さん、残念だったな・・・・・・。まだ若いのに、これからの人生もすべてなくなってしまったんだ。」

 

「光のお父さん・・・・・・。俺、俺のせいで母さんが死んだんだ・・・・・・。俺が気をつけていれば死なずにすんでいたかもしれない・・・・・・。」

 

 俺に話しかけてきたのは光の親父さん・・・・・・先島 灯。村の神社の宮司をしている人で、

今日の母さんのお葬式も手伝ってくれる人だ。

 

「そう自分を責めるな・・・・・・お前はまだ子供なんだ。あれは仕方の無かったことなんだ。あれは、トラックが突っ込んで来なければ、お前の母さんは死なずにすんだ。だから、お前も自分の事を責めるのは止めろ。・・・・・・とまでは言えないが、お前がそう自分を責めてたら、

お前の母さんも悲しむぞ?」

 

「・・・・・・はい。でも、俺は・・・・・・。」

 

 俺はそう言うと、口を閉じた・・・・・・。その時の俺の目には、あの母さんが死んだ日から目に光りが灯っていない・・・・・・。例えるなら、燃え尽きてしまったロウソク・・・・・・今の俺は、

その言葉が一番あっているだろう。

 

 それから、灯さんは俺の前から歩いていき、どこかに行った。俺はそれが一番ありがたいと思う。だって、今は誰にも会いたくない気分なのだから、誰にあったって、俺は平常心を保って対処出来ないだろう・・・・・・。

 

 そんな事を考えていると、光のお姉さんの先島 あかりさんが俺の前にきて、俺の前に膝をついて、俺を抱きしめた。・・・・・・でも、俺の心には何も無い。

 

「誠君、凄く辛いよね。その気持ちはわかるよ。でもね、早く元気になって、光達に顔を見せて欲しいんだ。光達は心配して来ようとしたけど、私とお父さんが止めたんだ。だって、

この気持ちだけはわかる・・・・・・大切な人が死んだら、一番会いたくないのは友達だもんね。

だから、光達には今日は会わないようにって言ってあるよ。」

 

「・・・・・・ありがとうございます。もし、今の俺が光達に会ったらどうなっていたか分かりません。でも、そのお陰でちょっと落ち着きます。あかりさん、ありがとう。」

 

 俺が礼を言うと、あかりさんは俺を離して、『出来るだけ早く元気になってね。』とだけ言って頭を撫でてから出て行った・・・・・・。

 

 それから俺は1人でいると、俺の父さんが俺のもとに来て、凄く悲しく、疲れたような顔をして俺の横に座った・・・・・・。今まで、他の人たちにいろんな言葉をかけられていたのだろう。俺も、その1人だからわかる・・・・・・。

 

「なあ、誠・・・・・・。母さん・・・・・・最後はどうだった? 母さん・・・・・・何か言ったりしてないかな。それと、母さんの最後の日の話をしてくれないか? 辛いのはわかってる。でも、父さんも母さんの最後は知りたいんだ・・・・・・。」

 

 母さんは秘密だって言ってたが、今は話していいだろう・・・・・・。だって、母さんの最後を父さんは知りたがってるんだ。母さんも許してくれる。

 

「母さんは・・・・・・あの日、街に出かけたんだ。一緒に映画を見て、ご飯食べて、それで俺にプレゼントを買ってくれたりして・・・・・・。母さん、すごく楽しそうだった。でも、帰り道の道路から来たトラックに跳ねられて・・・・・・俺は、母さんが突き飛ばしてくれたお陰で助かったんだ。」

 

 俺は話し終えると、またすぐに口を閉ざす・・・・・・。これ以上話すと、俺は壊れてしまいそうだった・・・・・・。でも、俺は泣かない為に黙る・・・・・・。それが俺の自己防衛手段。

 

「そうか・・・・・・母さん、最後は楽しかったのか・・・・・・。良かった。もし、いろんなことを後悔して死んだら、嫌だもんな・・・・・・。それに、誠・・・・・・お前を守って死ねたんだ。母さんもお前の事を最後に守れて、嬉しかったと思うぞ。」

 

 俺は父さんの言葉も、あまり耳に入らなかった・・・・・・。俺の中で、父さんよりも母さんの存在の方が大きかったのだろう。俺は顔を伏せ、最後の日のことを思い出していた。

 

 そうして葬式も終わり、俺は独りでフラフラと村の中を歩いて何処かに向かう。その行き先は俺にもわからず、ただの人形のように歩いていく・・・・・・。

 

 

 

 

 そうして何分歩いただろうか? 俺は来たことのない場所に来ている。そこはまるでお墓のようで、そこには母さんと見たおじょしさまの残骸がたくさんある。此処は、おじょしさまの墓場・・・・・・まるで、俺を呼び寄せたようだった。

 

「何をしておる。誠・・・・・・お主、ここを知っておったのか?」

 

「・・・・・・うろこ様・・・・・・。さあ、俺は何でここにいるんだろうか・・・・・・。知らないし、もしかしたら俺を呼んでいたのかもな。」

 

 俺に声をかけたのはうろこ様・・・・・・。汐鹿生の守り神で、自称『海神様の鱗』だ。

 

「ほ~う・・・・・・普通はこれを見たら驚くんじゃが、お主は驚かんのか・・・・・・いや、そういえば葬式があったのう。お前にはこれを見ても、考える余裕すらなかったか・・・・・・。」

 

「別に・・・・・・何時も驚かないよ。」

 

 俺は本心のまま、うつろな目でおじょしさまの残骸を見て、一言言う。今の俺じゃ、こんな残骸すら考える気もない。

 

「ほれ、用がないなら帰った帰った。此処はお前のような奴が来るところじゃない。もし今度くるときは、お前の意思で来るじゃろうからの・・・・・・。」

 

 俺はそんなうろこ様の言葉も耳に入れず、また何処かに向かってあるいていった。

 

 

 

 

 それから2年・・・・・・。俺は7歳になり、父さんと一緒に住んでいるが、明らかに最近の父さんはおかしい。俺は、あの日から立ち直れないが、まだ少しはましになった。それでも、

俺の心は欠けているままだった・・・・・・。俺の性格はあの日を境に変わっただろう。

 

「誠、お前は最近どうだ・・・・・・。光君達と遊んでいるのか? 最近、光君達が呼びに来る事があるんだが、その時お前はもう家を出てて、いないじゃないか。父さんはてっきり光君達のところに行ったと思ったんだが、どうしたんだ?」

 

「別に・・・・・・何時も独りでいたっていいだろ。それに、父さんも要件があるなら言ってくれないと、わからないよ。最近、父さんの様子が変だし、いったいどうしたんだよ?」

 

 俺はふてくされたように言い、それでいて的確に的をつく・・・・・・。今の父さん、最近は陸で仕事をしているんだが、明らかに様子がおかしい。帰ってきたら、何かのスプレーの匂いがするし、それに帰る時間も遅い・・・・・・。別に、心配してるのではなく、俺は違和感を指摘しているだけだ。それでも、感も母親譲りか・・・・・・父さん、鈍感だしな。

 

「実はな・・・・・・父さん、今つき合っている人がいるんだ。それに、もうすぐ結婚でな。誠にあってほしいんだよ。」

 

「・・・・・・俺は会わない。」

 

 俺は一言言うと、黙る・・・・・・。父さんがこんなに早く・・・・・・いや、俺は父さんが誰かと付き合うのが許せない。とまでは思ってないが、俺は母さん以外の母親なんて考えたくない。

あの日、死んでしまった母さん・・・・・・俺は、多分新しい親を母さんと呼べないだろう。

 

「そうか・・・・・・でも、一応話して置くぞ。その人はな、陸の人なんだよ。父さんは誠も気に入ると思うんだ。それに、何時までも母さんの事を引きずってると、母さんも悲しむぞ。それとその人は優しいから、お前のことも大丈夫だ。」

 

「父さん、俺は会わないって言ってるだろ! それに、俺は汐鹿生を離れない! 行くなら父さんだけで行けよ!!」

 

 俺は怒っていた。母さんの事を引きずる? 別にいいじゃないか。俺は父さんが母さんの事を忘れて、他の人と一緒になる。それは俺にとってはどうでもいい。でも、俺はこの家を離れたくなかった。母さんとの思い出が詰まった家を・・・・・・それに、掟がある。陸の人間を好きになるんだったら、この村を出て行かなければいけない。それは、母さんとの思い出を捨てること・・・・・・それと変わらない。

 

「そうか・・・・・・ごめんな、誠。じゃあ、父さんは数日後にはここを出るよ。母さんが誠の為に残していた貯金・・・・・・置いとくから、困ったら光君家に行くんだぞ。」

 

 俺はその日から父さんと口を利かなくなり、父さんはその数日後、村を出て行った。俺はその後は母さんと過ごした家で、一人暮らしを始めた・・・・・・。

 

 

 

 

 それから数日たち、光とまなか、ちさきに要は公園に集まっていた・・・・・・。最近、誠とあう機会が減っており、今日も行ったが、誰もいなかったのだ。

 

「なあ、最近の誠は変じゃねえか? なんかこうもやっとするんだよ・・・・・・。」

 

「そうだね・・・・・・多分、まだお母さんのことを悔やんでいるんじゃないかな? あかりさんは誠が自分を責めてるって、言ってたんでしょ?」

 

「ああ、要・・・・・・あいつってこのままなのかな・・・・・・。俺らに何か出来ることはないのか、

大人たちに聞いてみようぜ。」

 

「でも、ひーくん。あかりさんは放っておいたほうがいいって言ってたよ。まーくんは触れたら壊れちゃうくらい心が脆くなってるって言ってた。」

 

「そうだよ光、誠の心の回復は時間の問題だって言ってたよ。それに、私たちが無理に動いて誠が壊れちゃったら、それこそ駄目だよ。」

 

 光達は悩むが、今の誠には何も通じない・・・・・・。それどころか、心を閉ざしている誠には何も、誰の言葉も通じない。それが友達であっても、あの誠の父親ですら届かなかった。

 

「ああ、くそ! なんでいねえんだよ! どこ行ったんだ誠の奴!!」

 

「光、ちょっとぐらい1人にさせてあげなよ。多分、誠にもひとりになりたいときがあるんだよ。」

 

 光はむしゃくしゃしているが、ちさきが止めようとする。

 

「でもよ、誠の奴は一週間も俺達と遊んでねえんだぜ! 昔だったらちゃんとついてきたのに、おかしいじゃねえか!」

 

「こら、光! 誠君のことを悪く言っちゃ駄目でしょ。それに、誠君なら鷲大師で見たから今ならいるんじゃない?」

 

 光の頭を叩いて現れたのは先島 あかり。光の姉だ・・・・・・。丸めた雑誌で叩いており、まなかとちさきは驚く。光は頭を抑えて、振り返る。

 

「ひっでえ~、なんで誠が地上にいるんだよ?」

 

「それはあれよ。誠君のお母さんが引かれた場所に花を置きに行ったのよ。それに、光も止めなさい。そのうち誠君も立ち直るわよ。みんなも誠君に言いに言ったりしないでね。誠君には母親の話しは駄目よ。」

 

「わかったよ・・・・・・今度から、家にいなかったら諦める。それで良いだろ?」

 

 あかりはそれをみて頷くと、帰って行った。光は釈然とせず、その後も愚痴っていたが、

まなかとちさき、要にさっきの話をされて止められるのだった。  


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