凪のあすから ~変わりゆく時の中で~   作:黒樹

29 / 78
最近、このサイトから失踪しかけた作者でございます。
実は最近、タブレットからスマホに変えまして非常に書きにくいです。
それに加えて、忙しいんですよね。



第二十九話 やっと気づいた想い

 

 

 side《美海》

 

 

お船引の日はすぐにやってきた。

 

今日がその日、そして、私にとっても大切な日。アカちゃんは街で買った衣装に着替えて、纏う青い衣はエナに影響されて薄く優しい海の光を放っていた。例えるなら、海の中の優しい光――海に差し込む太陽の光、それが海の色を照らしているようだった。淡い水色は本当に海みたいな色をしている。

 

「アカちゃん、綺麗……」

 

「ありがとう美海」

 

「僕は見ないぞ、絶対に見ないぞ!」

 

でも、パパはこんなに綺麗なのに見ようとしない。もし見てしまえば形だけとはいえ海神様に嫁がせるのが嫌なんだって……それは私もわかる気がする。

 

私も気になる人がいるから。

 

誠は少し破天荒で勝手な人だけど、誰にも取られたくないって思うから、かな……

 

その時、襖を軽く叩く音が聞こえてアカちゃんが入っていいよと促した。開いた戸の向こうからはチサキさんと誠が仲良さそうに入ってくる姿が……

 

――誠のバカ

 

 

「って、至さんどうしたんですか?」

 

まず、部屋の中の人を見渡して確認する。そうして誰がいるか確認するとパパに視線を戻した。部屋の隅っこでうずくまって耳を塞ぐパパは今も「絶対に見ないぞ!」と念仏を唱えている。どっちかというと、呪文にしか聞こえないけど。

 

「あはは……問題はないかな」

 

「至さん、こんなに綺麗なのに見ないんですか?元よりアカリさんも至さんに見られないと、この格好をした意味とかなくなっちゃいますけど」

 

「見ないと言ったら見ないんだ!今、見てしまえば海神様に嫁がせるなんて形だけでも嫌なんだよ」

 

そう言ってパパは目を瞑って走って出ていく。出ていく際に光にぶつかりかけたけど、何とかぶつからずに出て行った。

アカちゃんは苦笑いして、クスクスと笑いながら後ろ姿を見送る。

 

やっぱり、私はパパの子なんだろう。

少しだけ、同情しちゃった。

誠が誰かのものになるのは見たくない。

 

「もう、パパ!」

 

走り去ったパパを追いかけて部屋を出ようと私も自然と走ろうとしてしまう。部屋の中では走っちゃダメ。なんてもう何度か誠にも言われたのに。

すれ違う光は訳がわからないっていった顔で私をよけて、その右側をすり抜ける。

 

……っと、そこで思い出してひょいと襖から顔を出す。

 

「アカちゃん、終わったら言いたいことあるから。だから絶対に……」

 

「うん。行っておいで、美海」

 

「……ま、誠もだよ!」

 

「わかったから。至さんのことをちゃんと見てるんだぞ。ついでに説得もな」

 

 

――絶対に帰ってきてね

 

不安な私は言葉を飲み込んで二人を見つめた。

でも、大丈夫。

アカちゃんがもし海神様に連れて行かれそうになったらきっとパパはダイビング装備で助けに行く。前に海の人達に直談判しに行ったように、溺れて失敗に終わってしまったけどいいパパだから。

 

それに……

 

誠は嘘をつかない。

 

約束はちゃんと守ってくれるし、できない約束はしない人だから。

少し不安だけど、もし戻ってきたら……私の気持ちを伝えようと思う。昔から抑えこんだこの気持ちも、チサキさんの邪魔をしてしまう事になる。

 

出来れば、今の誠と同じ年まで抑えているつもりだったけど。

だって、小学生なんかに告白されても迷惑だろうし。でもチサキさんに答える前に伝えなきゃ私は一生後悔する。

 

 

廊下でさゆとすれ違い、パパを探して数分。

 

 

色んな人とすれ違うけれどみんな忙しそうだった。

パパを見ていないか聞くけど、すれ違う全員が『見ていない』それどころか、何処を探してもいなかった。

 

それもその筈、パパはアカちゃんからそう遠くないところでうずくまってアカちゃんがいる部屋を見ていた。

 

「もう、パパ!もうすぐ始まっちゃうよ!」

 

「……美海か……誠君のところには行かないのかい?」

 

そういうパパは元気がない。

誠誠って、まるで私が何時も誠に引っ付いているみたいに言うけど、そんな事は……ないとは言えなかった。

 

――って、違う!

 

そうじゃなくて私はパパを探しに来たんだ。アカちゃんもパパにあの姿を見て欲しいはず。何より一番大切な人に自分の綺麗な姿を一番最初に見て欲しいはずだ。

 

「それは今はどうでもいいの!それよりアカちゃんがあんな綺麗なのに、パパのママになるのに、なんでパパはアカちゃんの姿を見ないの。アカちゃんだって一番最初にパパに見て欲しいはずだよ?」

 

「それはそうだけど……」

 

不安そうに俯くパパ、その気持ちもわからなくない。

どうしても私達には不安な事があった。

海と海の男?の格好をした人達を見ながら、パパは続ける。

 

「もし…また…盗られると思うと怖いんだ。アカリは僕と一緒になってくれると言った。けれど、今日だけはどうしても胸騒ぎがして不安になる。また…ミヲリのようにいなくなってしまうんじゃないかって。今回のお船引は初めて普通の人間を使った…いや、最初の御伽話、おじょしさまが海神様にのところに行った話に近くしてあるから余計に――って痛い!?」

 

しかし、それもすぐに誰かに遮られた。

物理的な攻撃――チョップ――をパパの頭に喰らわせた人物は少し大胆な衣装に身を包んでいる。少し引き締まった身体は鍛えているのか無駄な肉がない。

 

見慣れた人――誠だった。

それがどうしてオジサン達と同じ格好を…似合ってるけど///

 

「痛いじゃないか誠君」

 

「あんた馬鹿ですか……美海が不安になるような事言って、余計に不安にさせるなんて何考えてるんですか」

 

「うぅ…時々、誠君って美海に関しては厳しくなるよね。僕は美海の親なのに」

 

「じゃあ、親としてせめて明るく振る舞ってくださいよ。子供の前で大人は見栄をはるものですよ。っと、これはミヲリさんの受け売りですけど」

 

子供の目の前で言うのは立つ瀬がないんじゃないか、誠はわかってて言っているんだろう。

もう手遅れだし、何より弱気になったパパが悪い。

 

にしても、ママの受け売りか……そんなに沢山思い出は無いけど、ママは未来が見えるんじゃないかって思えてくる。現にこうしてパパのことを誠を使って注意してるし。

 

海のような静かな笑みを見せて、安心させるように誠は私に向かって手を伸ばし、頭を撫でてくる。

 

 

 

「安心してください。もし何かあれば俺がどうにかしてアカリさんを助けます。もう、何も奪わせません」

 

 

――■■からは

 

 

最後の言葉は風に消えて聞こえなかった。だけど、私は何処か安心してしまう。

誠に全て背負わせてしまっていると気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、日も沈み赤が黒に染まる。

 

妙な不安は大きくなっていった。もしかしたら、もう既に誠ならこの不安の正体に気づいているのだろう、なんて考えながら誠を見る。

もうすぐ始まるお船引、とある建物の二階で始まるお船引に胸のざわめきを覚えた。

 

しかし、誠は私の視線に気づいたようで船の近くから歩いてこちらに向かってきた。私は急いで階段を駆け下りると誠のところに向かう。

 

人混みから離れたところで、私達は向かい合った。

 

「美海、ちょっとあっち向いててくれないか」

 

……どうしたんだろう?

言われたとおりに私は誠の見ている方を向く。

聞こえてきたのは、金属が擦れぶつかる音。キンキンチャラチャラと何処か落ち着く音が響く。

 

その正体は何か、すぐにわかった。

誠の大切にしている御守り――十字架のネックレス。

それが私の首にかけられていた。

 

肌身離さず持っていた。何時も誠の心臓の近くから聞こえていた音は私にも聞きなれたものだった。慣れてるからか、落ち着いてしまう。

 

「誠……これ、お母さんに貰った物じゃ……」

 

「そうだよ。でもさ、これは美海に持っていて欲しいんだ」

 

 

 

大事なモノをどうして……

 

 

あんなに大切そうに持っていたのに

 

 

あんなに悲しそうな顔で見詰めていたのに

 

 

御守りだって、言っていたのに……

 

 

 

「美海が不安なのは知ってる。至さんも今日が不安なのもそうだけど、俺は……絶対に最悪の結果にはさせない。だから俺がもし道に迷ってしまったら、目印として、帰れるように持っていて欲しいんだ」

 

「でも、これは……」

 

――受取れない

 

誠の一番大切な物なのに、と突き返そうとしたけど、その前に誠の言葉に遮られた。

泣きそうな心で、まるで何かを決心したようだった。その瞳が目に焼き付く。決して顔に出さないのは心配させないためか、きっとそうだ。

 

「美海にあげるよ。君は……俺の――」

 

 

「おおーい!誠、始めるぞ!」

 

言い切れずにオジサン達が誠をせかす。

誠はふぅと息を吐くとまた何時もの顔に戻った。

じゃあ行くよ――そう告げると走っていった。

 

 

私は――十字架を握り締めたまま誠を見つめる。

 

 

――誠?

 

 

その後ろ姿を、私は引き止めることが出来なかった。

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

胸の中で青い光を放つネックレス、チャラチャラと鎖が音を立てて海の音と重なる。

どうしてか、俺は大切なネックレスを美海に渡した。けれど後悔するどころか、何故か少しだけ心が軽くなった。

 

 

『一番大切な人』

 

 

考えついたのは美海だけだった。

一緒にいると楽しい、一緒にいて幸せを感じられる、そんな小さな美海の笑顔が忘れられない。こんな時になっても俺が出来るのは美海の笑顔を守ることだけだ。

 

美海の笑顔を無くしたくない、なんて考えるのはどうしてか今の俺にはわからない。

大切な人だから、そんな当たり前の事実も頭の中で思いつき過ぎ去っていく。大切なのはわかっているが、どう大切かなんて考えても答えは出ない。

 

船に乗り込み、準備は整った。

 

美海は二階に戻り、蹲る至さんと身を乗り出して見ているさゆちゃんと一緒だ。

 

「始まったか……」

 

船がエンジン音を響かせて、夜にこだまする。

ユラユラと波に揺れながら、船には進み出した。アカリさんの乗る船を先頭に数隻の船は陣形を組み、予定通りの道をユラユラと……漁師達の歌に合わせながら進む。

 

光は旗をふり、主役のアカリさんもは船の先でただ行く先を見つめて、柔らかい笑みを見せていた。

俺の乗り込んだ船は光と一緒でアカリさんが乗る船の一つ後ろに位置をとっていた。

 

 

その時、海に青い光が灯る。

 

あれは――御霊火だ。

青い光が海の上に道を作り出す。それは船を先導しようとしているかのように感じられた。ウロコ様の仕業か、海村の人達は殆どが寝ているため、予想はつく。

 

 

 

 

 

そして、その道を進んで数分たった頃だろうか。

突然、竜巻のような光を放つ渦潮が目の前に現れた。示し合わせたかのように、タイミングよく、アカリさんが乗る船の真近くに……

 

「ま、まさか本当に迎えに来たってのか!?」

 

「海神様が怒ったんだ!」

 

狼狽える大人達、皆が渦潮を目にする。

かく言う俺は落ち着いていた。こんなのは予想の範疇だ。ウロコ様が邪魔することは、最初から。

 

――っと、揺れ出す船

 

潮に影響されて船は揺れを大きくした。

そのうちにも増えていく渦潮、潮の流れはドンドン早くなっていく。

 

「今のうちに戻れ!このまま続けるのは危険だ!!」

 

叫び、冷静な判断で指示を出す。

 

しかし、大きな揺れが起きた時に小さな悲鳴が聞こえた。

 

「きゃあ!?」

 

ドボンッ、という音と水しぶきが上がる。

それを見た光が叫ぶ。

 

「アカリーーーー!!!!」

 

「アカリさん!!!!」

 

光は旗を投げ捨て、俺は光と同時に飛び込む。躊躇なく飛び込んだ先に広がるのは海の世界。しかし、いつもと違う

この辺ではあり得ない数の渦潮。

 

その中の一つにアカリさんを引き込もうとする渦潮、アカリさんは流れに抗うことなく落ちていっていた。

何故か、気を失っている……

渦潮に当てられたか、水圧に耐えれなかったのかぴくりとも動いていない。

 

「先に行く!」

 

「悪い!」

 

光と俺の泳ぐスピードは俺の方が速い。

水を蹴り、光との返事も聞かずにアカリさんをこれ以上引き込まれないようにと捕まえに行く。渦潮に引き込まれるより速く、アカリさんに追いついた俺はアカリさんの腕を掴み、肩を貸すように潜り込ませるとそのまま上へと向かって泳ぎ続ける。

だが、流れの強過ぎるせいかゆっくりと引き込まれた。

このままでは海の奥底に引き込まれ、ウロコ様の望んだ通りにアカリさんは……生贄になってしまう。

 

昔、聞かされた悲しい物語のように

 

 

「光!!!!」

 

「悪い誠!」

 

やっと追いついた光が空いた方に潜り込み、アカリさんの肩を持ち上げる。

 

しかし、二人がかりでも結果は変わらない。上に進もうとするほど体力は減り続ける。このままではジリ貧だ、残された手は…一つ。

周りは水流によって作り出された螺旋によって、囲まれているが一人でならなんとかなる。

 

「兎に角、上に上がってアカリさんを船に乗せろ!絶対にアカリさんだけは上に帰すんだ!」

 

「誠はどうすんだよ?!」

 

「俺は……やることがある」

 

アカリさんから離れて光に任せると水を蹴った。

離れていく中、頭の中にあるのは元凶の顔。

渦潮に突っ込み、怒りに任せて無理矢理抜ける。

 

最初から行っておけばよかった。

そうすれば、もっと変わった未来があったかもしれない。何人かの人が落ちてくる、それでも俺は目的の人物を探す事に集中した。

 

「見つけた!」

 

 

 

「ウロコ様、これはいったい……」

 

「すまんのう、灯…お前の相手までしている暇はない」

 

ウロコ様と宮司の灯さんの二人、お船引が良く見える場所で見物をしているが、構わずに近寄る。

地面に降り立ち、目の前に立つが同時に灯さんが急に倒れた。

 

「巫山戯んなよ!やっぱりお前の仕業か!!」

 

「所詮、わしは海神様の鱗よ。…のぅ誠、お前には今の海神様の気持ちがわかるか?」

 

他人の気持ちなんてわかる訳が無い。

昔から人を見てきたが、ウロコ様みたいに海神様の側で一緒に時を歩んだ訳じゃない。同じ時を生きたわけではないし、心は持てど別格だ。

 

「……そんなの、知らないに決まってるだろ」

 

悲しげに呟くウロコ様。声音が何処か大人しい気がした。

 

しかし、彼もまた生物であり人間と同じように意思を持ち悩む事がある。神の鱗であったとしても、それは同じだということは初めて知った。その表情に人間性を感じたのも偶然か。

 

 

だけど…………

 

 

「悪いけど俺はもうこれ以上、美海に失わせる訳にはいかないんだよ!!あの笑顔はもう、曇らせちゃいけないんだ!!」

 

 

だから、少しでも邪魔をさせてもらおう。

足を踏み出し、駆け出してウロコ様に急接近しようと不意打ちを仕掛けた。右手を握り締めたまま振りかぶろうと思い切り踏み込む。

 

「目を覚ませよウロコ!お前は『海神』じゃないだろ!!」

 

鈍く響いた――ガンッ、という音。ウロコ様は容易に殴られてはそのままこちらを見る。ダメージひとつ無いのか、殴られたことも気にしてないようだ。

 

「気は済んだか誠。じゃが、お前はもう良い……海神様のお達しじゃ、よう休め…もう苦しむな。お前はよう頑張った。海神様も認めておる」

 

 

ウロコ様が杖を振る。

ただそれだけで……

 

 

 

くそ…段々と…眠くなってきた。

 

眠りたくないのに、まだあの“笑顔”を見ていたいのに、こんなにも……俺の“大切”は“陸にあるのに”どうして海神はウロコはわからないんだろうか。

 

何故か……美海の顔ばかりが頭に引っかかる。

 

ウロコ様は俺を、まるで昔の知っている誰かを見るような目で見る。彼らは重ねていた。いや、ウロコはただ俺を哀れんでいた。海神もそうだ。

 

 

大切な人を見送ったあの日……

 

 

取り残される、たった1人……

 

 

その悲しみは、別れ方が違えど、同じだった……

 

 

 

 

 

ああ、そうか……なんで十字架のネックレスを美海に預けて眠りゆく今でもこんなに美海の事が頭から離れないのかやっとわかった気がする。

 

 

きっと俺は好きなんだ。

 

誰よりも美海が好きなんだ。

 

 

妹のように思っていたけど違った。

 

俺は……美海をただ一人の女の子として愛していたんだ。




これにて第一部終了。
はい、これからは事情が事情なので出来るだけ1ヶ月に1回更新出来る様に頑張ります。
(でもね、文字を打つ練習には最適だと思うんだ)
一石二鳥だね!
ということで……作者の気分転換は終了しましたので、またこれを中心に書かせていただきます。
……実はこれが一番気に入ってたりする。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。