凪のあすから ~変わりゆく時の中で~   作:黒樹

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今回は要に絡んだりする


第二十八話  道化師二人

 

 

 

 side《チサキ》

 

 

 朝、私は何時も通りに目を覚ました。少しだけ体が熱くて、私ももうすぐ眠るんだなと実感がわいてくる。それと同時に、私は少しだけの恐怖・・・・・・もしかしたら眠ると、もう二度と目覚めないかも知れない。次の朝に誠の顔を見れない不安があった。

 

「今日も、ちゃんと起きれた・・・・・・」

 

 私だけ先に寝ちゃうのは嫌だ。まだ、私は誠の目的、お船引きの準備中なのに私だけ眠るのは怖い。それに、もし"村が眠らない"という選択肢があるのなら、誠が帰ってこれるようにしなくちゃ。

 

「早く、準備しないとね」

 

 1人そう呟くと、私はパジャマを着替え始める。壁に掛けてある制服をベッドの上に置き、私は着ているパジャマのボタンに手をかけ、ゆっくりと脱いだ。

 

 それをベッドの上に投げ捨てると、下も同じように脱ぐ。

 

 下着姿になった私は次に、ベッドの上に置いてある制服をとって着た。そうして放り出しているパジャマを手に取ると、

丁寧に畳んでいく。

 

 

 ───ピンポーン!!───

 

 

 畳み終わると突然インターホンが鳴った。恐らく要だろうけど、それにしては少しだけ早いと思う。何時も通りと言っても、それは眠ることになってから。待たせるのも悪いから、私は玄関へと向かう。

 

 

 ───ガチャッ───

 

 

 ドアを開けるとそこには要がいた。何時も通りの表情に、私は少し安堵する。

 

 

 ───誰も変わらない

 

 

 それは誠も一緒だ。

 

 自分に言い聞かせるように心の中で呟くと、私は歯を磨くために洗面台に向かった。要は待っているようで、私は急いで歯を磨くと手に何時も通りのリボンを持って、髪を結びながら玄関へと戻る。

 

「ねぇ、チサキ・・・・・・」

 

「ふゅぅ・・・・・・?」

 

 突然話しかけてくる要に、私は口にリボンをくわえながら髪を整えているのでそんな返事になってしまう。それを聞いている要の顔は変わらずで、私は何を話してくるのかわからなかった。

 

 光とマナカのこと?

 

 それとも誠?

 

 お船引き?

 

 髪を纏めてリボンでくくろうとしたとき、私はそんなことを考えながら要を見た。

 

「僕は傍観してきた・・・・・・でもね、傍観者をもうやめようと思うんだ。これから先、誠が誠でチサキがチサキならそれで良いと思ってたんだけど・・・・・・」

 

 

 

 

 

 ───僕はチサキが好きだ

 

 

 

 

 

 私は要の言葉にびっくりして、リボンを取り落とし、髪もすべてほどけ、手から滑り落とす。いきなりの告白に動揺しすぎて訳が分からない。でも、まだ少し眠かった頭はクリアになった。

 

「別に返事が欲しい訳じゃない。僕はチサキが誠のことを好きってのは分かってるし、告白してその答えを待っているのも知っている」

 

「え、ええ・・・・・・!?」

 

 じゃあ、何で告白したんだろう・・・・・・?

 

「───あ、おはようございます。おじさん、おばさん、先程、お嬢様に告白させていただきました」

 

「え、ええ・・・・・・(三角関係・・・・・・)」

 

「ご、ご丁寧にどうも・・・・・・??」

 

 後ろに何時の間にかお父さんとお母さんがいた。聞いていたのか、両方とも呆然としている。

 

「では、誠達を待たせるのも悪いし行こうかチサキ」

 

「えっ、うん・・・・・・」

 

 私は居心地が悪い家から、その原因の要に連れ出されるように家を出た。

 

 

 

 

 

 俺は何時も通りに学校に行った。忙しくなるお船引きの準備、美海の作った壁、美空と美海の喧嘩、光とマナカの恋愛問題、要の傍観者気取り。中学生にしては悩みの種が多い気がするが、それも俺の性格が原因で自分が気にしすぎているのはわかっている。言ってしまえば、お船引き以外は個人の問題であり、俺が気にするような事でもないのだが気にしてしまうから仕方無い。

 

 ───何時も見てきた

 

 もうそれは俺の癖であり、性格であり、俺の一部。

 

 お節介とか言われるかも知れないが、それも気にすることはないだろう。俺は俺の目的のために、邪魔にならない程度で助言などを行っているだけ。言わば、自分のためだ。

 

 自己満足。

 

 失わないためにはこうするしかない、偽善者だと指摘されればそれが合うだろう。でも、俺はただ全てを失わないために生きているだけ。誰かのために生きることが、自分の為へと繋がっている。

 

 

「考えてみれば、俺は人のためとか・・・・・・結局は自分のためだよな」

 

 1人漏れたその言葉は教室で座っている俺の独り言。登校時間でも少し早い、人も少ししか集まっていなくて、俺の隣には紡がいるだけだ。

 

「どうしたんだ?」

 

「いやさ、人って『誰かのため』とか言いながら、結局は『自分のため』なんだから矛盾しているなと思ってさ」

 

「そうだな・・・・・・例え自分が『誰かのため』とか思っていても、自分がした行動も結局は自分の想いの中にあるものだから利益なんて、最後は『自分のため』・・・・・・自分自身が望んだ結果になるんだからな」

 

 紡も同じ考えのようで、中学生の会話とも思えない生々しい話が教室の隅で行われる。人間の行動原理そのものの話、普通はしないであろう、そんな会話だ。だけど、紡だからこそ俺の考えがわかり、愚痴のような相談にもかかわらずのってくれるのには感謝だ。

 

「偽善者、まるで俺だな」

 

「そうか? 少なくとも、お前は人のために動いていると思うぞ?」

 

「どうだか・・・・・・だから、結局は自分に利益が回ってくるんだよ」

 

「確かに、さっきの話の通りだな・・・・・・」

 

 結局は偽善───俺の思いが引き起こす行動でしかない。自分がそうしたいから動く、周りには傍迷惑な話だがこれも人間の定理───人間の行動理由だった。

 

「───だけど、お前はまだ告白に答えてない。"あいつ"を思ってのことじゃないのか?」

 

「いや、でも俺もわかんないんだよ。俺は“恋”って感情が理解できていない。“好き”って、ある程度はわかっているけどそれは、“恋”かどうか怪しい。確かにチサキは好きだけど、今まで好きって以上のことを考えたことがないんだ」

 

 紡が言う『あいつ』とは、要のことだろう。俺は無意識にも自分が口から出す言葉に、気づけば恐怖を抱いていた。もう何度も"嫌"だと思った。

 

 

 ───“愛”ってなんだろうな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side《紡》

 

 

 ───“愛”ってなんだろうな

 

 

 そう呟く誠は、何処か悲しそうな顔だった。

 

 今まで何かを失って

 

 今まで何かを恐れて

 

 今まで何かを避けてきた

 

 そんな感じがする誠の瞳の奥は悲しさで溢れ、線引きされた境界線を張り、自分と他の人の距離をある一定に保っているようなそんな感覚。

 

 自分がそんな顔をしていると気付いているのだろうか?

 

「お前・・・・・・」

 

「どうした、紡?」

 

 気付いていない様子の誠は元の顔に戻り、何事もなかったように聞いてくる。誰の目にも完璧な人間に映る誠が、初めてみせた弱味。

 

 

 ───完璧な人間なんてこの世にはいない───

 

 

 海の奴らには自分の内を見せずに、ただ優しく接してきた。あいつらに迷惑をかけないように、自分だけの決まりを決めてはそれに従う。自分の弱みを見せないために、自分が傷つかないために必死で・・・・・・恐らく、あいつらは誰一人として気付いていない。

 

 自分から愛されることを恐れて、大切な人を作るのが怖くて・・・・・・。

 

 昔、こいつに何があったのだろうか?

 

 

 これが分かるのは本当の意味でこいつを理解できる人・・・・・・側にいるのも、支えるのも、誠という人間を内側から引き吊り出して、真っ直ぐに迎え入れる女性───比良平か、それとも別の・・・・・・。

 

 こんなにわかりにくいまでに自分を抑えて、言わなければ気づかない、それほどまでに深いところで相手を観察して生き続けているような。

 

 ───そこにいるけど、そこにいない

 

 そんな人間なんだ、こいつは・・・・・・人間の様子を伺って生きてきたような、自分は距離を置いて観察に徹して、愛だけを避けてもう二度と知ることがないように生きようと。

 

 ───偽善者じゃない、道化師だ

 

 

「お前・・・・・・いや、なんでもない」

 

 誠が『なんて言おうとしたんだ?』というような顔になるが、俺は話を止めた。これはこいつの問題で、気付かなければいけないのはこいつの隣をほしがってる比良平・・・・・・その人物がもう教室に入ってきているのだ。何時ものメンバーで、登校してきた。

 

「おはよう、まーくん」

 

「ああ、おはよう・・・・・・?」

 

 何を思ったのか、誠は少し言葉を止めた。その視線の先には、比良平と要、両者が少しの距離を置いてぼーっとしている姿が。

 

「おはよう、チサキ」

 

「・・・・・・え、あ、うん、おはよう」

 

 少し遅れて返された返事に誠は溜め息をついた。比良平は一瞬だけ要の方を見て、すぐに視線を下に向けると鞄から教科書などを取り出して、机にしまう。

 

 ───もう一匹の道化師が仮面を脱いだ

 

 恐らくだが、要が比良平に告白をしてそれに戸惑っているのだろう。それを、誠は比良平の行動を観察することで全部見抜いた。・・・・・・こいつ、自分が告白されていることを忘れてないか?

 

 無いとは思うが、こいつはこいつで馬鹿なんだな、なんて思ってしまう。

 

「まあ、紡も気付いただろ?」

 

「ああ、俺は焦らないお前に驚いてる」

 

「焦る必要はないさ・・・・・・チサキの好きにすればいいし、別に俺が干渉できるような問題じゃない。誰が好きかは自分で決めることなのに、縛る事なんてしたくない」

 

 やっぱりこいつは自分を偽って生きている。愛を知らないとか言いながら、こいつは考えないようにしているだけで本当は・・・・・・・・・・・・道化師だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響き渡る金槌の音、ペンキなどの塗装液の匂い、忙しそうなオジサンやらおにぎりなどの差し入れを作ったりしている主婦の人達とそこは人でいっぱいだった。此処は漁協が提供してくれた港で、船なども出来る限り出すとのこと。昨年以上のお船引きが・・・・・・いや、最初のお船引き───それを再現するために頑張っている。

 

「坊主、船の補強と修理は後二日はかかるぞ」

 

「別にいいですよ。19日までに修理と補強、そしてチェック。安全第一ですから、浸水とか洒落にならない状況を作り出さないで下さいよ」

 

「おう、お前が状況を把握してると助かるからな」

 

 何ともない会話なのだが、大人が子供に相談とは奇妙な光景だろう。だが、何故か俺が進行状況の管理を任されていた。

俺も最初は断ったのだが、始めようとした奴がやらなくてどうすると、全員一致で押し切られた。それならば光にと思ったのだが、『悪い。俺、全くわかんねえ』と言い、俺がやることになった。

 

 中学生まとめるのにも、一番適任らしい。

 

 それを言うと紡がやってもよかっただろう。船のことも分かるし、適任だと思ったのだが、生憎にも海とのつながりが欲しいとのことで俺・・・・・・海への連絡は光だが。

 

 それに、怪我のこともあるので俺は塗装くらいしか出来ない。そこに、近づいてくる俺と同じくらいの陰が一つ。

 

「誠、ちょっといいかな?」

 

「ああ、要か」

 

 何時もとは違う雰囲気の要が俺の隣に立ち、少し清々しそうな顔をしている。

 

「どうした?」

 

「ちょっとだけ時間が欲しいんだ・・・・・・いいよね?」

 

 

 

──────

 

 

 

「それで、こんなとこまで連れてきてどうしたんだ?」

 

 

 場所は変わって造船所の近く。大きな捨てられた建物の陰で、俺と要は二人向かい合っていた。金槌の音もまだ響き渡っているが、俺と要は気にするようなこともない。

 

「僕はチサキに告白した」

 

「それで?」

 

 要の発言に驚くこともなく、俺はただ何ともないようにそう返した。登校してきたときには既に気付いていたし、そう言われて驚く必要もない。何れにせよ、時間の問題だと思っていた。寧ろ、俺がそうなるように仕組んだとも言えることだ。

 

「それで、って・・・・・・誠はそれでいいの?」

 

「別に、決めるのはチサキだろ。チサキが誰を好きになろうと、それを誰かが止めることは出来ない」

 

「そうじゃない・・・・・・僕が聞きたいのは誠がなんでチサキの想いに答えないかだよ!」

 

 

 珍しく要が声を荒げて、俺に掴みかかってきた。

 

 

「僕はチサキが好きだ! でも、僕はチサキが幸せになれるなら、誠とくっついてほしいとも思ってずっと側で見てきたんだ! なのに、なんで・・・・・・!」

 

 言葉を繋げようとする要に、俺は割り入れるように言葉を発した。

 

 

 ───お前は本当にそれでいいのか?

 

 

 それを聞いた要は掴む手の力を一瞬弱めて、また力を入れる。

 

「・・・・・・誠は僕がチサキを好きなことに気付いていたはずだよね。だからって、僕が焦るように仕向けて、わざとお船引きの終わった後を選んだ・・・・・・」

 

「それは偶然だ。俺だって冬眠なんて予想できなかったさ・・・・・・」

 

 だけど、ぬくみ雪が地上に降ってきた日にはもう既に気付いていた。俺はそれを利用しようとも考えていたのだろう。何かが変わることを・・・・・・冬眠は予想してなかったが、焦ることに期待した。

 

「でも、それでも僕は・・・・・・!」

 

「違うな・・・・・・」

 

 

 

 違う

 

 こいつが知りたいのは

 

 

 

 心の底では

 

 自分が隣にいれたらと

 

 

 

 チサキ

 

 どれだけ深いか知ってるから

 

 

 

 自分は

 

 見られてないと気付いたから

 

 

 

「違うな・・・・・・お前が知りたいのは、俺がチサキのことをどう思ってるかだ。お前の本当の心は、"チサキが欲しい"と思いながらも"チサキが幸せなら"って、諦めて・・・・・・俺にイラついてるんだろ。答えない俺と、悩む自分自身に」

 

 

 

 

 

 ───諦めをつけさせてほしい、諦めきれない、両方の矛盾した想いに決着をつけさせてほしいから、他人に頼ろうとして・・・・・・ふざけるなよ?

 

 

 




ということで、要に絡むかい・・・・・・
ちょっとだけ熱い要さんでした。

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