凪のあすから ~変わりゆく時の中で~   作:黒樹

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5年まで長いよ・・・・・・


第二十七話  未来に進むために

 

 

 

 side《アカリ》

 

 

 時間はお昼くらい。私はサヤマートで何時も通り、社長と店で働いていた。最近じゃ何故か美海の態度も少しだけ変わって、誠君も何処か静まった波のような感じだ。何時も通りといえば何時も通りなんだけど、誠君の様子というか雰囲気が少しだけ余裕がない。言ってしまえば、何かを待っている感じだと思う。

 

「暇だね~~~」

 

「暇ですね・・・・・・」

 

 社長がそう言うのもその筈。この店の中にお客はいなくて、さらには仕入れや在庫など、売上に関する資料をチェックしているのだが、最近はお客も、収入も減っているのだ。

 

「うちは魚も売りだし、こんな海村に助けてもらってたとは」

 

「まあ、冬眠しますから、海のお客も減りますよね」

 

 海村は冬眠する。だから、最近の売上も落ちてきていて、このサヤマートは少しだけちょっとした危機に入っていた。大してダメージは少ないが、そのお客が減るのもダメージ。入荷を減らし、そこのところの調整もちゃんとやらなければ何時かは赤字になる。それを社長は危惧していた。

 

「こんちは~」

 

「おっ、誠君か、今日も買い物かい」

 

「あ、誠君お帰り」

 

 そんな店に入ってきたのは誠君。学校の帰りなのか、制服姿で鞄を持ち、財布をポケットに突っ込んでいる姿は見慣れている。

 

「まあ、今日も好きなもの買っていきますよ。美海には料理しないように怒られたし、俺が料理しようとするとアカリさんまで止めますからね」

 

「ははは、それは災難だな。怪我も治ってないし、当然だがな」

 

 誠君の言うとおり、我が家では誠君の料理を禁止している。その理由としては骨折が悪化したためだが、自業自得としか言えないので、苦笑いする誠君には同情するしかなかった。

 

「そうだ、今日も少し安くしとくから沢山買っていってくれよ」

 

「商売熱心ですね」

 

 社長はせっかく入ってきた客に売り込む。まあ、今月は在庫の整理とかで仕方ないのだが、この前も沢山誠君はお菓子を買っていったし、常連といえば常連なのかもしれない。昔から誠君は此処に来ていて、流石は顔見知りと言ったところだろう。

 

 その誠君はお菓子のコーナーでいろいろと見ており、適当に好きな物をかごに入れるとレジまで持ってくる。

 

「これ、お願いします」

 

「はーい」

 

 差し出された籠の中を見ると、大量のお菓子が入っていた。

 

 ポテチに飴、チョコレートにプリン、クッキーなどのおおよそ千円以上のお菓子類。ついでに、飲み物として紅茶まで入れてある。まあ、これだけ買って飲み物が欲しくなるのもわかる。でも、この子は金銭的に大丈夫だろうか?

 

「誠君・・・・・・毎回こんだけ買って大丈夫?」

 

「ええ。別に心配しないで下さい。一応、俺は考えてますよ?」

 

 誠君の事だからミスはしないだろう、そう思って私はレジで計算をしていく。通帳を見たわけでもないから、残金が何円あるかも知らない。誠君のお財布事情は謎だ。

 

「はい、これで1356円です」

 

「はいよ、なら1200円にまけておくぞ」

 

 社長も気前が良いのか、私が言った額よりも少し下げた。誠君の一人暮らしは知っているため、この社長も良い人であるのだが、赤字になるかどうか心配だ。

 

「社長、太っ腹ですね」

 

「まあな、一番のお得意さんだからね」

 

 それを聞き流す誠君はお金を置き、一礼するとサヤマートから出て行く。だけど、誠君は何故か入り口から少しのところで止まって振り返った。だけど、見ているのは少しずれた場所・・・・・・店の裏あたりだ。

 

 私は気になって、社長に店を頼んで誠君の隣まで小走りで行く。

 

「どうしたの、誠君?」

 

「いや・・・・・・あれ」

 

 そう言って指さす先には美海達の姿があった。サヤマートの裏でこそこそと、何か必死にしているのだが、此処からじゃ何しているのかわからない。

 

 でも、美海とさゆちゃんの両方はこっちに気づくと、慌てて立ち上がる。

 

「何して───」

 

「こ、こないでーーー!!」

 

 聞こうとした誠君の声を遮ったのは美海だった。精一杯の大声で叫ぶと、凄く辛そうな顔で誠君の顔を見ると狼狽えながらも次の言葉を口から必死に紡ぎ出す。

 

「───アカちゃんも、誠も、大っ嫌い!! 海に帰れ!! アカちゃんも誠も冬眠しちゃえ!!」

 

「そ、そうだそうだーーー!」

 

 そう言うと、二人は走り出して何処かに行った。言う度に美海は辛そうな顔をしていたのは誠君にも見えていたようで、

走り去るときも美海からは涙が溢れていた。

 

 誠君はそれを追いかけることもせず、たださっきまで美海達がいた場所に足を向ける。私も一緒に歩き、その場所に行くと予想通りだったのか、誠君は笑っていた。

 

 

『どっかいけ』

 

 

 壁にはガムでその文字が書かれており、誠君が予想したのはこのことだろう。でも、若干だけど文字が歪んだように見えるのは、それは考えてやったのか、はたまた考えた訳じゃないのか・・・・・・誠君には、ただそれがどういう意味かわかったのだろう。

 

「・・・・・・美海は優しいですね」

 

「うん・・・・・・」

 

 美海はまだ親に甘えていたい年頃で、でも冬眠と死ぬっておかしな状況で、美海は美海で私たちのことを考えてくれたのだろう。だけど、それは誠君にとっても、私にとっても、もう決めたことだから愛情の裏返しは、美海の考えは痛いほどわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後の昼。私と誠君、光は至さんの勤める漁協に来ていた。本当は私も少し怒りを感じているのだが、これも誠君が決めたことだから仕方無い。光もオジョシサマのことは気にしているようにも見えないし、成長したように見えるけどやっぱりまだまだ・・・・・・誠君とは比べられない。

 

 そして、その反対側の机についているのは漁協の人達の5人。前にお父さん達と取っ組み合いした3人と、2人の若い青年達・・・・・・漁協の青年部。つまり、漁協の未来を背負っていく人達だ。今はまだ取っ組み合いした人達よりは下っ端だけども、その人達が引退したときには継いでいく。

 

 誠君は前のことなど気にしてもいないような雰囲気で、3人だけを見るのではなく青年部の2人にも目を向け、光は落ち着かないように頬杖を突いては自分の頬をトントンと指先でゆっくりと叩いていた。

 

 対するオジサン達はバツの悪そうな顔で誠君の頭の包帯を見て、右手のギブスを見て、落ち着かない様子で視線を隣のオジサンと合わせては目で会話をしている。青年部の二人は、凄く真剣な表情だ。

 

 

 まあ、こうなったのにも理由がある・・・・・・

 

 

 あの日、美海が泣きながら私達に言葉だけの悪口を言った数分後。走り去った美海を追いかけることもせずに誠君は美海の成長を見て、私がガムを片づけようとしたとき、私達2人の前にある二人の青年が現れた。

 

 その人たちは漁協の青年部の人達───今いる2人───だが、その二人があるお願い事をしにやってきたのだ。もちろんそれは内容を聞くまで理解できなかったのだが、私は誠君の代わりに怒った。その二人は誠君の怪我の理由を知っていたらしく、謝罪を『うちのおっさん連中がスミマセン!』とされたが、それは私が怒ってから。私は聞く必要もないと誠君に言ったが、誠君は私が納得する訳を話した。

 

『アカリさん、俺の代わりに怒ってくれるのは嬉しいです・・・・・・が、それではやってることは子供です。それに謝る必要もないのに、謝ったこの人達の話は聞くべきだと思いますよ? それに“至さんに連れてくることを頼まずに此処にきた”のはいたってまともな判断。俺を至さんに連れてこさせる事も出来ましたし、至さんなら『誠君に怪我をさせたことを謝りたい』と言えば、聞き入れそうですしね』

 

 誠君の言い分はもっともだった。至さんに言うことも出来たのに、それをしなかったのは常識的な判断と言える。現に謝る姿勢を見せたのは源さんだけで、この二人はその場にいなかった。喧嘩を起こしたのはこの二人でじゃないのに、私は理不尽にも怒った。

 

『それで、内容はお船引きについてですよね?』

 

『・・・・・・ああ、それであってる。だから、後日、アカリさんの弟も交えてもう一度話がしたいんだ。悪いな、本当はあの人等も此処に来たかったが、門前払いされちゃあって、俺らが来たんだ』

 

 唖然としながらも的確に当てた誠君に、私達は驚くしかなかった。見透かしたその目に、まるで感情がないようで不思議だった。

 

 

 それがあの日。

 

 

 だから私達は此処にいる。私も至さんが此処に勤めている手前、来るのは仕方無いことだろうと思うが、私は再確認を行うことにした。

 

 その前に、漁協のまだ若い二人のうちの1人が口を開く。

 

「えっと、本当にすまない・・・・・・君に怪我をさせて」

 

「「「───すまんかった」」」

 

 それに続いておやじ連中も頭を下げた。頭の固いオジサン達は、ある意味で立派な進歩だといえる。

 

「いいですよ。別に、美海に怪我をさせないだけ、マシでしたから」

 

「・・・・・・いいの? 誠君、君は怒る理由もあるんだよ?」

 

「まあ、怪我したのが美海だったら全員病院送りにしてましたね」

 

 その言葉に私は苦笑した。美海を第一に考える思考、それと恐ろしい脅しの言葉、その言葉には殺気や怒りなどは感じられないが、誠君の怒っている姿が目の裏に浮かぶ。

 

「光もいいの?」

 

「ああ、誠は何時だって正しい」

 

 そう言う光はやっと話が始まったかのように、急いでいるようにも見える。でも、誠君への信頼はつい先日、自分だけは眠らない、そう宣言されたのに無くなっていない。今まで誠君が得た信頼が、光を納得させる理由にもなった。だから絆は切れない、違う選択をしたのに。

 

「本当にいいの? オジョシサマを壊したのもこの人達だし、思いを踏みにじったんだよ? 今なら、別に断ることだって簡単。聞き入れる必要はない」

 

「ああ、別にあんなのどうでもいい。今は、やれるだけの事をやる」

 

 再確認に光は動じることもなく答えた。

 

 

 そして、長い両者の沈黙・・・・・・。

 

 

 

 

 

「それで、もういいですから話を続けて下さい」

 

「わかった」

 

 それを破ったのは誠君で、若い眼鏡の青年が話し始める。

 

「実は、僕らはお船引きをしたいと考えているんだ。漁協でも最近の天候は可笑しい、そして夏の間に降ってきたぬくみ雪が不思議だった。でも、僕らはそれだけじゃ出来ない。だから、海に話を通せる人間が欲しい。けれど、誠君達がやろうとして持ちかけたお船引きの話をけったのは僕たちだ」

 

 その青年と横の活発そうな青年は同時に頭を下げる。

 

「「───俺らに、お船引きを手伝わせてくれないか?」」

 

 若い青年2人が頭を下げるなか、オジサン達も次々と

 

「そのよう・・・・・・俺らも最近可笑しいと思ってな」

 

「寒冷化の話もバカには出来ねぇ・・・・・・」

 

「地上ではビクつく人間も出て来ちまってよ・・・・・・」

 

 

「「「───俺らも頼むッ!!」」」

 

 

 頭を下げた。

 

 真剣な表情が伺えるところ、本気なのだろう。

 

「光、いいよな?」

 

「ああ、俺もうろこ様の言いなりはごめんだ」

 

 示し合わせる二人。もう誠君達の中では決まっていたようだ。恐らく、誠君が自分の予想通りに事が運んだのだろう。それでなくとも、誠君ならやった。

 

「こちらからもお願いします。俺は地上が好きだ。だから、このまま黙って凍り付くのを待ちたくない。俺と光は海の人間に話をつなげます。だから、漁協は漁協で手伝って下さい」

 

 こうして、私達の・・・・・・いや、誠君の大きな一歩。

 

 

 未来に向けての精一杯の悪足掻きが始まった。

 

 

 

 

 

 




早く5年後に行きたい!
でも、脳が限界・・・・・・。

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