凪のあすから ~変わりゆく時の中で~   作:黒樹

26 / 78
や、やる気が・・・・・・。


第二十六話  嫉妬 願い 約束

 

 

 side《美海》

 

 

 あれから何日か経っちゃった。経ってしまった。私が誠に抱きついて、泣きついて、誠の温もりと優しさに甘えて何日も何日も・・・・・・あれから私は誠と一緒にお風呂に入ったり、ご飯を食べたり、一緒に寝たりと甘え続けてはそれに答えてくれるって・・・・・・ダメとは言わなかった。

 

 流石に誠と一緒にお風呂に入るのは緊張して、恥ずかしかったけど。誠も最初は断ろうとしたけど、私のお願いを簡単に受け入れてくれた。

 

 ───何時か死ぬなら私は誠ともっと今のうちに楽しく過ごしたい

 

 だから私は精一杯、誠が眠らないってわかってても甘えた。私は自分だけの為に、自分の欲だけの為に、誠の事も考えずに私だけ・・・・・・誠の家が何処かも考えずに。

 

 誠の家は海にあって、光やマナカさん、要さん、・・・・・・そしてチサキさんがいる。

 

 私は昔から誠がなんで一人暮らしか知ってる。お母さんが死んで、お父さんは新しい生活を手に入れるために海からでて陸に上がり、誠を置いて何処かに行った。誠は自分から海からでないと言った。思い出を捨てたくない気持ちで家を捨てない誠と一緒だったのに、それを知っていたのに、誠は私の気持ちをあの時全部分かってくれたのに、私は今の誠の気持ちなんて一切考えていない。分かってない。

 

 それに、私は"あのときの約束"で誠を縛り付けている。

 

 小さな家出で海に落ちたとき、誠が助けてくれて、私の気持ちをわかってくれた。

 

 

 ───『もう二度と大切な人をなくしたくない』

 

 

 また、いなくなるのが怖くて出た私の気持ち。もうそんなこと起こって欲しくなくて、私は『大切な人』が消えて欲しくなくて、自分から遠ざけた。

 

 その時にした約束───

 

 

 ───『絶対にもういなくならない』

 

 

 誠はそう言って、海の中で抱き締めてくれた・・・・・・今じゃそれが誠の枷になってる。

 

 約束は破らない、それが誠の良いところで、誠が眠らない理由。この前も『約束したから』って私を慰めてくれた。それからだ、私が甘えて・・・・・・甘えすぎているのは。

 

 チサキさんに関してもそう・・・・・・

 

 誠に告白したって聞いたし、私には出来ないことだ。

 

 陸で起きているから優しい誠は未来がわからない約束はしない。もしチサキさんが眠っている間に誠が死んだら、起きたチサキさんはどう思うか・・・・・・私だったら、辛くて、悲しい。だから誠は応えない。あれだけチサキさんと仲が良いのに、

誠もチサキさんが好きなはずなのにだ。

 

 "大切な人"がいなくなる悲しみを知っているから、私の約束の所為で・・・・・・。

 

 チサキさんは優しいし、甘えないし、スタイルよくて綺麗だし、性格も良いのに。私からしたら誠とチサキさんはお似合いのカップルなのに、私の所為だ。

 

 ───私が誠を縛ってる

 

 

 

「私・・・・・・ひどい子だ・・・・・・」

 

 そう呟いた、私の口からは自責の念がこぼれる。

 

「? どうしたんですか、美海ちゃん・・・・・・?」

 

「・・・・・・?」

 

 私の呟きが聞こえた美空が心配して、私の顔をのぞき込んできた。さゆは形見分け?とか言いながら、ノートに何か必死に書いている。でも、美空しか私の呟きは聞こえなかったみたいだ。

 

「ううん、なんでもない・・・・・・」

 

「・・・・・・そうですね、私もそんな気分になります」

 

 美空はそう言うと、再び黙り込んだ。美空だけは私達の学校の中で一番、大人びているから上級生からの人気もあって告白されることもある。その余裕からか、そう呟き返した美空の声は皮肉にも聞こえた。

 

「ねぇ、美海。私のキラキラシールあげるからさ、美海のイチゴの匂いのする鉛筆をちょうだい」

 

 さゆは形見分け───死ぬ前にお互いの宝物を交換する───に集中していた。それを私は聞きながらも無視して、美空の言ったことに疑問を浮かべる。聞こえているのだが、私には宝物なんてもうどうでもよかった。だから、さゆの言うこともただ聞いて流すだけしかしてない。

 

「・・・・・・ねぇ、美海と美空聞いてる?」

 

「「・・・・・・」」

 

 私と美空は無言でただ階段に座っている。

 

「・・・・・・やっぱり、死ぬのって怖いのかな」

 

「「・・・・・・」」

 

 突然、出てきた言葉に驚くさゆと美空。私の口から紡がれたその言葉に、二人は暗い雰囲気で私の顔を悲しそうな目で見た。

 

「・・・・・・なんでそんなこと言うんだよ、美海」

 

「美海ちゃん・・・・・・さゆちゃん・・・・・・」

 

 忘れようとしていたのだろう、さゆは若干だけど震えている。そういう私もそう。だけど、美空だけは震えることもなくただ私とさゆの顔を交互に見る。その大人ぶった姿に、私はイライラした。

 

 ───嫉妬

 

 そんな言葉が似合うだろう、それくらいは分かっている。でも、私は誠に近い美空に嫉妬した。わかっているのに、美空の気持ちも今は考えないで。

 

「美空、何時もそうだよね・・・・・・大人ぶって、自分は死ぬのが怖くないって。死ぬのが怖くない人はいいよね。覚悟できてるんだから、もう心配することも無いんだから」

 

「み、美海・・・・・・それはっ・・・・・・」

 

 さゆが止めようとするけど私は止まらない。止めたいのに、私の口からは嫉妬やイライラのこもった言葉が美空を攻撃するように吐き出される。

 

「───原因不明なんだよね? いきなり肺が呼吸出来なくなったり、喘息じゃない病気。今は治療できない原因不明の病気だから、治し方もわからないって。覚悟なんて、昔から出来てるんだから」

 

「・・・・・・わ、私は・・・・・・」

 

 最後まで言い切った私は、ただ目の前で泣いている美空を見た。何時もの笑顔は消えて、ただひたすら涙を流してその場で私をいろんな感情のこもった目で見ている。

 

「わ、私は・・・・・・好きで、こんな体、になったんじゃ、ありません・・・・・・!」

 

 美空は泣きながらそう言うと、私達の前から走り去っていく。

 

 もし此処で誠が見ていたなら私のことをきっと嫌いになって、美空のことを追いかけて、それで慰めていただろう。もう心の中で何かわからないモヤモヤが渦巻く。私はただ、言ってはならないことを、言ってしまったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side《美空》

 

 

 私は少し涼しい夏の日差しの中、ランドセルを背負って走っていた。目から溢れ出る涙をぬぐいながら、運動にあまり慣れていない体を必死に動かして。

 

 もう体が悲鳴を上げている。

 

 肺は普段、運動をしないからか痛い。

 

 それでも私は走った。

 

 

 本当は美海ちゃんだってあんなことを言いたかったんじゃないってわかってる。でも、突きつけられた現実に私はただそこにいたくなかった。

 

 怖い・・・・・・

 

 もちろん、私は死ぬのが怖くないなんて思ったことはない。だけど、私は強がっていないと生きられないから、ママやパパに心配をかけたくないからそうしているだけ。

 

 それが美海ちゃんの何かに触れた。

 

 それが何かは分からないけど頭が変になって、私はそれ以上聞きたくなくて逃げ出した。

 

 走って

 

 走って

 

 走って

 

 サヤマートの前を走り去って、家を通り過ぎて、

 

 ただ独りになれる場所が欲しくて、独りだけで泣ける場所が、誰にも迷惑をかけないですむ場所が欲しくて私は誰もいないであろう森を目指す。

 

 昔から独りでいたい時に見つけた秘密の場所。

 

 それが見えると私は走るのを止めて歩く。此処なら誰にも見つからない、私だけの秘密の場所だから、痛みをこらえながらも私は歩いた。

 

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」

 

 漏れる息苦しそうな声は、森の中の風の音にかき消えていく。

 

 此処は森だから好き好んで来る人なんていない、私はそう思って、誰にも見つからない秘密の場所に座り込んだ。

 

 それと同時に、私の口から嗚咽が漏れる。目からは涙が溢れて、見える景色が滲んで見えた。

 

「ひっく・・・・・・うぅ・・・・・・うぇ・・・・・・!」

 

 漏れる声は抑えられない。

 

 でも、そんなとき・・・・・・

 

 

「あれ・・・・・・こんな所でどうしたんだ美空?」

 

「ひっく・・・・・・ふぇ・・・・・・?」

 

 ───兄さんが、私の前に現れた

 

 私は抑えきることが出来なくなって、涙も溢れ出るばかりで止まらない。兄さんは驚いたような顔でこっちを見て、さらに増す私の涙を見て、近寄ると抱き締めてきた。包まれる感覚と、温かさと、それらが私の中の涙の栓を崩壊させる。止まらない涙は大泣きへと変わった。

 

「大丈夫だよ。美空、泣いて良いから」

 

 その声は優しくて、すごく安心した。

 

 

 

 

 

 泣いていた私は膝を抱えて座り、その隣には無言で兄さんが鞄とレジ袋を地面に置いて、何も聞かないでただ隣に座っている。少し薄暗い此処は私の心を落ち着かせてくれて、兄さんが隣に座っているというのに全然違和感がない。慣れているのか、それともこれが当たり前か分からないけど、これが兄さんなのかな?って思ってしまう。

 

「・・・・・・兄さんは・・・・・・聞かないんですか・・・・・・?」

 

「ん? ・・・・・・まあ、聞かれたくないこともあるだろうし・・・・・・ね?」

 

 最初に沈黙を破ったのは私だった。自分の言ったことに自分で驚くが、不思議と話すのは嫌じゃないと感じられる。此処数日でわかった兄さんの性格に、安心して、私の心が慰めを求めているのだろう。

 

 でも、昔は違ったのに・・・・・・。

 

 私は今まで独りで耐えてきた。それなのに私は誰かにすがりつこうとして、今になって諦めたくないと思えるようになったのは、私が何かにすがりつきたいのだろうか。

 

「・・・・・・私は、実は原因不明の病気にかかっているんです」

 

「・・・・・・」

 

 兄さんは私の言葉に沈黙した。兄さんなら私の言っていることの重さを、簡単に理解することが出来たんだろう。

 

「昔から・・・・・・私は体が弱かったんです・・・・・・」

 

「そうか・・・・・・」

 

 私は産まれたときから体が弱かった。未熟児として生まれた私は奇跡的にも死なずに生まれ、危険な状態になりながらも生を受けた。

 

 ママとパパは泣いて喜び、私をとても大切にしてくれた。でも、私は免疫力が低いのかよく風邪にかかったり、毎年のようにインフルエンザにかかったりと、いろんな病気にかかった。

 

 生まれつき・・・・・・私はそんな自分の体が嫌いだった。

 

 風邪にかかるだけでも治るまでに時間がかかり、完全に治るまでは2週間近くかかることも少なくなかった。その私を見る度にママは私を強く産まなかったことを悔やんでは『ごめんね、強く産んであげられなくて』って泣いて、私に買ってきて欲しいものを聞いてきた。

 

 その時に私は無意識にも、ものではない物を頼んだ。

 

 

 ───『お兄ちゃんが欲しい』

 

 

 弱音を吐く代わりに出た言葉はママを困らせたような顔にして、私はその時の記憶が無いけど何でか悲しそうな顔で何かを呟いたのは覚えている。

 

 

 そして5歳の誕生日、私にまた神様が嫌なプレゼントをくれた。

 

 この時にはもう既に喘息を発症していて、それだけでも凄くママは辛そうな顔をしていたのに、私には大嫌いな神様が新しいプレゼントを用意していた。

 

 5歳の誕生日の夜に私は大好きなプリンとケーキを食べるはずだった。その日はママとパパ、二人ともが家にいて毎年必ず祝ってくれた。でも、私がケーキの火を吹き消したところで異変が起きたんだ。

 

 ケーキの火を吹き消すと同時に私はいきなり呼吸が出来なくなった。電気は消されていたから、ケーキの火が消えるとともに部屋は真っ暗になる。そして、電気をつけたママは私が床に倒れている事に気づく。その時には私の意識も失われていて、ママは看護士の知識として人工呼吸を行ったらしい。

 

 それが、私の原因不明の病気の始まり・・・・・・この後は病院に行ったけど、何処にも異常はなくて私は生まれつきの体が弱い所為で喘息で片付けられた。誰も、何もわからなかった。

 

 

「私って、神様に嫌われているんです」

 

「原因不明か・・・・・・」

 

 話を聞いていた兄さんは草の上に座り込み、何を考えているのか難しい顔をしている。

 

「ママは自分を恨みました」

 

「・・・・・・良い親だな」

 

 責めることよりも兄さんはその話だけでママの想いを、ママの性格だと感じた。それが本当に思っていることなら、私の兄さんは打ち明けても仲良くできるんじゃないかと思える。でも、私が勝手に話すのはダメだから、出そうな言葉を必死に飲み込むことしかできなかった。

 

 兄さんは話を一通り聞き終えたと思ったのか、レジ袋を漁りだして私はその姿を見つめる。数秒して取り出されたのは、

サヤマートで買ってきたであろうお菓子の数々だった。

 

「ほら、これやるよ」

 

「・・・・・・いいんですか?」

 

「遠慮するな、好きなんだろ?」

 

「はい!」

 

 そう言って兄さんが差し出してきたのはプリンだった。兄さんはクッキーを取り出すと、その袋をあけて自分も好きな物を食べ始める。

 

「・・・・・・美味しい。でも、生活費とか大変じゃないんですか?」

 

「ああ、気にするな・・・・・・美海あたりに聞いたんだろう? でも、送られてきているお金には一切手をつけてないから」

 

 そう生き生きと言う兄さんの言葉に疑問が浮かぶが、私はその姿に笑ってしまった。可笑しくて、さっきまで泣いていたのが嘘のように心の中はちょっとだけ光が射した。

 

「手を着けていないって・・・・・・どうしてですか?」

 

「ん? いやさ、何か負けた気がするから・・・・・・だな」

 

 私のクスクスとした小さな笑いは、私のお腹を痛ませる。兄さんの意地っ張りな性格に、印象があわなくて余計に面白いと感じてしまう。兄さんの意外な一面に、知れて嬉しいより可笑しいの方が勝ってしまったのだ。

 

「で、でも、生活費がなくならないんですか?」

 

「ああ、その辺は大丈夫。節約しているからね」

 

 そう言う兄さんの何処かたくましい姿に私は胸が熱くなった。やっぱりこの人は良い人。自分の力だけで生きようとするその姿に、私の心は好きって感情を持ってしまったんだろう。優しさも、強さも、憧れと恋慕という感情を抱いて私の心を締め付ける。

 

「・・・・・・それで、美海とはどうしたの?」

 

「ぁ・・・・・・」

 

 やっぱりこの人はズルい。

 

 私が美海ちゃんの事を話していないのに、私が泣いていた理由を的確に当ててきた。ほんとうに魔法を使えるんじゃないのかと疑うくらい、この人はなんでも知っている。

 

「喧嘩でもした?」

 

「・・・・・・はい」

 

 そう言う兄さんの顔は笑ってもいなくて、怒っているわけでもなく、ただ私達を心配しているような顔だ。もう私がこの病気の話をした時点で気がついているのだろう。

 

「私は言われちゃいました・・・・・・『死ぬのが怖くないのはいいよね』って」

 

「そうか・・・・・・」

 

 それを聞いたとたん、兄さんは凄く悲しそうな顔でクッキーをかじった。

 

「───まあ、仕方ない・・・・・・とまでは言えない、でも美空はわかってる。美海は本当は良い娘なんだけど、美海も美海で今が凄く大変なんだ」

 

 そして兄さんは続いて・・・・・・

 

「──ごめんね」

 

「そ、それくらい分かってます! だから、顔を上げて下さい兄さんっ!」

 

 謝った。

 

 両手を地面について、頭を下げる兄さんはそんな理由もないはずなのに、土下座を私にした。こんなただの子供相手に、大袈裟だと思う。それも、子供の喧嘩なのに。

 

「俺はそんな大きな病気にかかったことはない。でも、痛みくらいは、少しくらいはわかるつもりだ。何時死ぬかわからない恐怖も、それが凄く怖いってわかる」

 

「兄さん・・・・・・」

 

 真剣な兄さんは私を抱きしめて、ただそう呟いた。今にも私はまた泣き出しそうで、震える体を安心させてくれる兄さんの感触が心地いいと思った。

 

「でも、俺はそれでも、今を大切にして欲しいんだ。今すぐじゃなくて良いから、美海とまた仲良くして欲しい。でさ、俺は少し強がりなんだ・・・・・・自分が死ぬのは別にいい。でも、周りの人達に死なれるのが一番怖い。だから、気休め程度かも知れない。けれど、俺は美空に笑っていて欲しいんだ───」

 

 

 ───俺が絶対に病気を治すから、美海とまた仲良くしてくれないか?

 

 

 その言葉は私に希望を与えてくれた。今まで作り笑いで耐えてきた私に、また生きる希望を与えてくれた。光が心の暗闇に射すようで、暖かい気持ちが心の中に溢れる。もちろん、美海ちゃんが本心でそう言ったわけではないのはわかる。

 

 私はそれだけで、幸せな気分になれた。

 

 

 




美空はアンノウンな病気にかかってます。
ええ、喘息とは別物・・・・・・体が弱い。

美海は嫉妬しちゃいました。
美空に・・・・・・ね?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。