凪のあすから ~変わりゆく時の中で~   作:黒樹

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オリキャラの追加設定。

進藤 慎吾(職業お医者さん)
年齢は30代後半。陽気な医者。
この人に診察を頼むのが怖い人は多数いる。
誠は慎吾先生と呼び、美和は進藤先生と呼ぶ。
陽気だから"狂った科学者"と間違えられることもある。
面白いことが好き。


第二十五話  家族として・・・・・・

 

 

 

 時刻は昼過ぎくらい。昼ご飯を食べた俺は今日、病院に来ていた。何故かというとアカリさん曰わく『美和さんが心配してて、来るように言ってたよ?』と言うことだ。俺も怪我の包帯は早々に解きたい(主に、クラスの連中が包帯を見て何処かのイタい病気を連想する)ため、定期的な病院通い・・・・・・骨折してから一度も来てないけど。

 

 兎に角、このままじゃ料理もしにくいから外す前に来なきゃいけないわけだ。治ってたら外せて、治ってなかったら後は何週間か様子見・・・・・・事実を言うと、これ以上は邪魔で面倒なのだ。ギブスじゃないだけマシだが、元から処置が包帯だけだというのも、おかしな話だ。

 

 目の前では白い棟が立ち、自動ドアの扉が俺の帰りを待っている。流石に病院の前で立っているだけにはいかないので、

何度目かになる自動ドアを通った。

 

 中に入ると看護師と医師が忙しなく動いており、何らかの理由で病院に来た人達はアナウンスで呼ばれるのを待つために椅子に座り、待っている。俺はその中を歩き出して受付に向かった。

 

 受付では1人のお姉さんがこっちを見て、最早、顔見知りを超えた知名度になっているのか、俺が近寄るともう何があったか分かるように、

 

「今日は、どうしました?」

 

 と声をかけてきた。

 

「ただの検査です」

 

「あら、子供が1人で・・・・・・噂の誠君ね? 最近は、包帯をしてるって聞いたわ」

 

 どうやら俺は、個人情報が慎吾先生あたりによってばらまかれているらしい・・・・・・。

 

「慎吾先生ですか・・・・・・」

 

「ええ、そうよ。珍しい医者志望の子供が昔からいるって」

 

 

 ───しかも、俺は珍獣扱いだった

 

 

 俺を見る看護師の目は物珍しいものを見るように、包帯を見たり、落ち着いた様子に疑問を浮かべたりしている。

 

(ほんと、大人びているわね・・・・・・)

 

 納得したような看護師は手際良く仕事をして、何かを書き込んでいく。俺の身長で見えるには見えるのだが、勝手に見て良いものではないので大人しく待った。

 

「じゃあ、診察券出して下さい」

 

「はい」

 

 あらかじめ用意しておいた診察券をポケットからだし、渡すとまた何かを書き込む。

 

「では、名前を呼ばれたらそこに向かって下さい」

 

「どうも」

 

 何時も通り慣れた受付だった。

 

 

 

 

 

 受付を終えた俺はただ1人、静かに椅子に座りながら待っていた。この退屈な時間は何時も通りで、やっぱり好きにはなれない時間だ。と言っても、この時間を好きという人はいないだろうが・・・・・・あったとしても、"待ち時間をただ待つ"のがよほど退屈じゃない人間だけだろう。

 

『長瀬さーん。長瀬 誠さーん、2番の診察室へお入り下さい』

 

 ついに呼ばれたので、俺は財布があることを確認して立ち上がる。落としたら生活費の一部が無くなるわけで、気をつけているのだ。

 

 俺は慣れた廊下をゆっくりと歩き出して、その診察室に向かう。扉の前に立つと、何時も通りに躊躇いもなくゆっくりと開け放った。後ろ手にドアを閉め、中にいる人を確認する。

 

「あっ、来てくれたんだ誠君♪」

 

「おお、来たか誠君」

 

 予想通り・・・・・・軽いノリの美和さんと慎吾先生。もう美和さん達が病院ではなく、"自分の家に軽く呼び出したノリ"なのは気にしないことにする。

 

「どうも、美和さん、慎吾先生」

 

「さて、診察と行きたいところだが・・・・・・その服にあるミステリーサークルは何か教えてくれないか? なんでそこだけ濡れているのか気になってね」

 

 そう言って、慎吾先生は俺が着ている服のお腹から胸までにかけての辺りを指差す。そこには何かで濡れたような、そんな黒い後が残っていた。

 

 覚えがあると言えば、美海が泣いていたからなのだが・・・・・・エナは人の涙で濡れた服の水分は乾かすことが出来ないようだ。海水と成分は似てると思うが、エナでも無理があったらしい。

 

「まあ・・・・・・女の武器ですかね?」

 

「ふむ、女の武器と・・・・・・なる程、君は女の子を濡らしたわけだ」

 

「卑猥な発言はやめて下さいよ・・・・・・」

 

「ならば、童貞卒業おめでとうとでも───」

 

「違いますよ!? だいたい、何を勘違いしたらそうなるんですかッ!?」

 

 話さない俺が悪いのか、何故か卑猥な方向に持っていこうとする慎吾先生。その側では美和さんが、口元を隠しながら頬を赤くしている。

 

 思わず叫んでしまったが、此処は病院なので───

 

 

「誠君、大声はいかんぞ?」

 

「そうだよ誠君、此処は病院だよ?」

 

「誰の所為ですか・・・・・・」

 

 

 ───怒られた

 

 俺の呟きは二人に届かず。

 

「溜息したら幸運が逃げるよ?」

 

「もうとっくの昔に逃げてますよ」

 

 という心配そうな美和さん。

 

 

 なんで俺が病院に来てまで疲れているのだろうか? 

 

 病院は怪我や病気を治すところで、疲れるようなところじゃないはずなんだが、美和さんと慎吾先生の相手は凄く疲れるとしか言えない。楽しいと言えば楽しいのだが、病院にそんな要素を求めているわけではない。

 

 だけどこれを気に入っているのも事実だった。

 

 

「さて、冗談はさておいて誠君が女を泣かしたか・・・・・・相手は誰だ?」

 

「う~ん・・・・・・あっ、もしかしてチサキちゃんかな? この前告白されたって聞いたし」

 

 話題が元凶の慎吾先生によって戻されるが、美和さんも美和さんだ。何故か"俺が悪い"という前提条件の下に会話がなされているのは、この二人のチームワークか。チサキの件については俺が悪いのは事実。だから、少し天然が入っている美和さんの予想もあり得ることだから意外と的を射そうな答えだ。

 

 だけど違う。

 

 いや・・・・・・俺が悪いのは事実だが、まだ泣かしていない。

 

「違います。美海ですよ」

 

「「・・・・・・・・・・・・???」」

 

 予想がつかないのか、顎に手を当てて考え始める美和さん達。当然、冬眠のことなど予想がつくはずもないのだが、必死に考える姿が俺の目には映っている。

 

「むぅ、逢い引きの相手は美海ちゃんだったか・・・・・・犯罪だぞ?」

 

「そのネタはもう引っ張らなくて良いですよ・・・・・・」

 

 慎吾先生は慎吾先生でネタを引っ張り出し、俺はツッコミを入れることに。美和さんだけは真剣に考えているようで、これ以上はストレスで胃に穴があく───胃潰瘍になるだろう。

 

「わかった! 痴話喧嘩だ!!」

 

「結局、答えはそこですか・・・・・・」

 

 

 ───前言撤回、美和さんは変な天然が悪い方向に発展したようだ。

 

 

「さて、冗談はこれもおいといて話してもらおうか」

 

「え? 違うの?」

 

 切り替えた慎吾先生と真面目にも答えていた美和さん。美和さんはあれを、持ち前の天然パワーで凄く真面目に答えたらしい。

 

 結局、俺は診察も進まないので話すことにした。

 

「美和さん、この前、ぶつかりそうになりましたよね?」

 

「うん、だから病院にきてもらったんだけど・・・・・・?」

 

 ちょっとだけ自己嫌悪に陥っている美和さん。良い人だな、と思いつつも話を続けるために一度ため息をついてから、一呼吸して口を開く。

 

「実はですね、汐鹿生・・・・・・冬眠するんです」

 

「・・・・・・冬、眠」

 

 その言葉だけじゃ理解できないだろう、美和さんが呟いた。慎吾先生も言葉の意味を模索し、頭の回転を早めて答えを自分からだそうとしている。

 

「・・・・・・ふむ。いったい、どの範囲が冬眠するのだね? 汐鹿生というと、海の村・・・・・・それが冬眠と言うことは恐らくだが、海村の人も・・・・・・ということか?」

 

「はい、そうです」

 

 慎吾先生は予想をあて、それを聞いた美和さんは何処か悲しそうな表情になった。

 

「人間が冬眠・・・・・・何故だ?」

 

「それがですね・・・・・・寒冷化が進んで、そのうち人間が住めなくなるらしいんですよ。だから、この前、美和さんとぶつかったあの日・・・・・・次の日に、ご飯を沢山食べて絶食・・・・・・冬眠するんです」

 

 ───だから、美海は泣いていたんですよ

 

 

 

 

 

 side《美和》

 

 

 今日は誠君がちゃんと病院に来てくれた。あのぶつかりかけた日から心配で、アカリさんに病院に誠君が来るように頼んでおいたけど、ちゃんと来てくれたことと、顔が見れたことに安心した。嬉しかった。

 

 誠君が病院に来る度に私と慎吾先生はいつも診察を担当しているけど。これも実は私が仕組んだことで、本当なら誠君の診察を毎回出来る訳じゃない。でも、病院の看護師や医師に事情を話して、必死にお願いするとみんな笑ってお願いを聞いてくれた。

 

 ───『誠君が来たら、担当を私にして下さい!』

 

 最初に事情を話していない時は変な人と思われたけど、事情を理解してくれた。みんな、優しくて私の職務中の我が儘を簡単に通してくれた。

 

 ───『子供の心配をしない親なんていないものね』

 

 そう言ってくれて、誠君が来る度に私と進藤先生に診察が回ってきた。それからは誠君が来る度に欠かさず、私と進藤先生は誠君の診察をやってる。

 

 たまに鷲大師でも会うことがある。偶然でラッキーでも、会えると嬉しくて、誠君の話は何時も楽しくて、一緒にちゃんと住めたらなとも思った。

 

 でも、伝えたら見守ることが出来ない・・・・・・出来るのならば、本当は早く伝えて家族として仲良くなって、親だと堂々と言えたらいいんだけど・・・・・・怖い。

 

 

 話せばこの関係も崩れて会えなくなるかも知れない。

 

 もう、二度と修復できないかも知れない。

 

 誠君に嫌われて、避けられるかも知れない。

 

『騙したのかよ・・・・・・! ふざけんなよッ!!!!』って言われて、嫌われるかも知れない。

 

 

 何度も考えた。

 

 そのたびに諦めた。

 

 怖かった。

 

 

 私は最初に会うこともなく拒絶され、誠君が独りで生きている間も家族で楽しく過ごし、暮らしてきた。たまに頭から誠君の存在が抜け落ちたり、考えなくなることもあった。

 

 思い出す度に心が痛くなって、誠哉さんも時々、思い出しては悲痛な顔をする。後悔と怒り、自分を責めているときは何時も決まってお酒を飲んだとき。そのたびに誠哉さんを慰めて、そのたびに犯されるって生活が幾度となく続いた事もあった。愛なんてない。

 

 朝になってからは謝られることもなく、起きた誠哉さんは仕事に無言で行き、気まずい空気も流れては美空に心配されたりと、誠君中心の生活が続いた。

 

 

 誠君が告げた世界の終わり。

 

 オジョシサマの昔話。

 

 そのための冬眠。

 

 

 だからこそ、それを知った瞬間に私は不安しかなくなった。誠君が眠ってしまう、これで見守ることも、一緒に住むという願いも叶わなくなってしまう。誠君が起きてくるのはその危険が去ってから・・・・・・つまり、私はその頃には死んでいるだろう。

 

 もう二度と会えることもなく、ただ悲しい日々が待っているだけ。

 

 

 

 今は誠君はレントゲンを撮っている最中で、私は進藤先生と一緒にその傍らで見ている。右手の骨折をしたというのにあの時は無表情で、痛みすら感じているようには見えなかった。昔、誠君は"どこかに感情を置いてきてしまった"と、思えるくらいに無表情が多い。

 

 誠君の持つ落ち着いた感じの雰囲気は大人を越えていて、私と比べものにならない。言うならば、私は感情表現が多いけど誠君は対極的・・・・・・つまり、私は子供っぽい。誠君の方が大人に見える。身長も、誠君の方が若干だけど高いし、並んだら親子とは思われないくらい。

 

「はい、終了・・・・・・誠君、さっきの部屋に戻るぞー」

 

「はい、わかりました」

 

 終わったレントゲンを持って、進藤先生が部屋から出る。私も誠君がゆっくりと歩いていくのを後ろから見ながら、また元の部屋に戻るために後ろから観察していた。

 

 

 部屋に戻るとレントゲン写真を進藤先生がボードに貼り付け、誠君もまた元の椅子に座って自分もそのレントゲン写真を見つけると、ため息をついた。それもその筈、骨はそろそろくっついても良いと思うのだけど、その骨はくっつくどころか新しい罅が入っている。

 

「見事だな、誠君・・・・・・おめでとう、君はまだ包帯を巻くことになりそうだ」

 

「・・・・・・嬉しくないですよ」

 

 骨折して治そうとして、今だに治っていない誠君・・・・・・それどころか、悪化しているのがレントゲン写真には写っていたのだが、進藤先生が皮肉な言葉を贈る。

 

「さて、まあこの話は今はどうでもいいだろう・・・・・・君は、眠るのか?」

 

「っ・・・・・・!?」

 

 進藤先生の言葉に私は驚いた。最も知りたかった答えを、聞こうとしてくれている。でも、それと同時に私は聞くのが嫌だった。

 

 ───わかりきった答え

 

 それを聞くのが怖い。それはお別れの言葉と同義で、聞けば私は泣いてしまうかも知れない。誠君の前で、バレてしまうかも知れない。

 

 現実を受け止めるのが怖い。

 

 その口から聞くのが怖い。

 

 はっきりと拒絶されるのが怖い。

 

 今にも耳を塞いで、聞くことが出来ないようにしたい。言葉が聞こえなくならないか、とか願ってしまった。だけど、紡がれる言葉は全く別のものだった。

 

 

 ───俺は陸で生きます

 

 

 耳を疑った。

 

 

「誠君・・・・・・ほんとに?」

 

「ええ、美海との約束ですから・・・・・・って、なんで泣いてるんですか!?」

 

 気づけば私は涙を流して、頬を濡らしていた。流れる涙は止まらなくなって、嬉しいはずなのに何故か涙が止まらないことに困り、慌てて拭くけど止まらない。

 

「ちょっと、美和さんどうしたんですか!?」

 

「ハッハッハ! 嬉し泣きだろう、美和っちは誠君大好きだからねぇ~。このやりとりが出来なくなるの、寂しいんだよ誠君。医者やってて、俺も一番楽しかったから」

 

 誠君は私が泣き止むまで、ずっと慰めてくれた。進藤先生のからかいに誠君が反発しながらも、私を抱き締めて頭を撫でて子供扱い・・・・・・ちょっと恥ずかしいけど、嬉しかった。

 

 

 

 

 

 誠君が帰った後、私は進藤先生と一緒に同じ部屋で誠君のレントゲン写真を見ている。

 

「よかったな。美和っち」

 

「変なあだ名付けないで下さいよ」

 

「いやいや、あの慌てようは面白かったよ。良いものを見させてもらった」

 

「確かに・・・・・・あそこまで狼狽えた誠君なんて見たことありません」

 

「女の武器とはよく言ったものだ」

 

 誠君の私の涙を見てからの慌てよう、凄く新鮮だった。確かに、女の武器は涙とよく言ったものだと思う。誠君ですら、勝てないのだから、誠君のゆういつの弱点だ。

 

「───まあ、本当に良かったな・・・・・・」

 

「はい・・・・・・ありがとうございました」

 

 何時も陽気な進藤先生。今日だけは本当に感謝できるし、協力者としては良い人だ。私も折角のチャンスを無駄には出来ない、お船引きが終わったらちゃんと───

 

 ───伝えなきゃ。ね?

 




まだ前半が終わらない・・・・・・。
何でだろうか?
でも、疎かにするとね・・・・・・わからなくなるんだよね。
うん、頑張ろう。

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