凪のあすから ~変わりゆく時の中で~   作:黒樹

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二日連続・・・・・・。


第十三話  初めて怒った

 

 

 あれから数日、凄い量の署名が集まった。数えるのはめんどくさいのでしてないが、大体二百は集まっただろう。まあ、光と親父さんでの一悶着あったらしいが、それも意外と平和的に収まったとか聞いた。その発信源は、アカリさん・・・・・・今だに海で暮らしてる。やっぱり、あの親父さんが心配なのは変わらない。

 

 ついでにもう一つ、やっと美海が少しだけ話をしてくれるようになった。美海人形を見せてから不機嫌というか何というか、それから至さん家にお邪魔しても、話してくれない日々が続いた。まあ、

その時も悲しいことに、昔一緒に寝てたからか、寝ている間に何時の間にか美海が転がり込んできて、朝起きたときに顔を真っ赤にした美海が『バカッッッ!!』と叫ぶのが切っ掛けだけど。

 

 

 まあ、それも置いといて今は漁協の事務室の中にいる。紡と光に先生、俺と美海が事務所の中で陸と海の頑固親父、3人ずつを見ているわけだが、なんとも空気が重い。

 

 まずは海側・・・・・・光の親父さんの先島 灯さんを筆頭に屈強そうなオッサン後二人。そして、陸側もこちらも負けないマッチョなオジサンが3人。喧嘩が始まったら、マジの殴り合いに発展しかねない性格のオジサン達は、こうも揃ったわけだ。

 

 因みに、このオッサン等は全員が俺と顔見知り。だから性格を知っているわけなのだが、光や先生は自信満々。若干、空気に圧されているのは先生と光、美海だけだ。

 

 

 ───俺? 俺は、ちょっと柔道を習ったことがあるから余裕だよ。

 

 

「で、では~始めましょうかねぇ?」

 

「先生、ビビりすぎ。もうちょっと堂々としてよ」

 

 若干震えてる声で、先生は司会を始める。

 

 この外には、マナカとチサキ、要が此処の様子を覗いている。本当なら美海も外に置いておきたかったんだが、美海の要望を飲むことになった。

 

「ええ~、中止になったお船引きについてです───」

 

「此処に署名がある。俺と誠、陸の奴らみんなで集めたんだ。それに、そこのオジョシサマだって陸の生徒と俺らで協力して作ったんだ!」

 

 先生の言葉を遮り、光が堂々と言い放つ。これくらいの気迫じゃないと、確かにこの頑固親父共は話を聞かないだろう。

 

「それに、陸と海は喧嘩ばっかりしてますけど、子供はこれだけ仲良くできるんですよ?」

 

 俺も遠回しに光を援護して、話を進めていく。出来映えのいいオジョシサマに反応したのか、陸と海の頑固親父共はオジョシサマに興味津々だ。近くによって観察するが、お互いに交互に見ている所をみると、本当に仲が悪い。

 

「これは、すげぇ。誰が彫ったんだ?」

 

「それに、供物もちゃんとしてらぁ。子供が作ったとは思えん」

 

「俺らの昔も、困難だったよなぁ?」

 

「これを本当にお前らが・・・・・・?」

 

 海のオッサン共は光に質問しながら、懐かしげにオジョシサマを見ている。供物も同様に良い出来で、そっちはみんなでいろいろと作ったものだ。

 

「そのオジョシサマ、誠が作ったんだぜ。顔を彫るのに、結構な時間をかけてたぜ」

 

「それ、誠が一生懸命作ったの! 誰よりも、感心を持って無さそうだったけど、それでも誠が一生懸命に彫ったんだよ?」

 

 光と美海が答え、陸と海の頑固者共が俺を一斉にみる。流石に威圧が凄いが、俺はジッと動かずに椅子に座っていた。別に、柔道の先生が襲ってくることに比べたら何でもない。

 

「ほお、お前がか、誠」

 

「灯さん、俺は陸に何度も上がって勉強したつもりですよ? 陸と海は手を取り合えるし、何度でも分かり合うことができる」

 

「一時期、外に出たのを見たことが無いぞ?」

 

「それは人のプライバシーやら、メンタルの問題なので触れないで下さい」

 

 落ち着いた雰囲気の灯さんの言葉に、俺は冷静に答える。光だったら親父さんに対してアツくなるだろうが、俺は至って冷静。

 

「えっと~・・・・・・まあ、生徒達も頑張っていることですし、どうですか皆さん? 此処は陸と海でのお船引きをやるって言うのは、どうでしょうね?」

 

 

 先生の言葉に、少しの沈黙が流れた。

 

 

 そして、陸のオジサン達がお互いに顔を見合わせると、先に口を開いたのは陸の頑固者共。

 

「しゃあねぇな、こっちとしても、お船引きはやりたかったんだ」

 

「おうよ、こっちとしても神様を疎かにするのもいけねえしな!」

 

 

 それに対して、海の灯さん率いるオジサン達も・・・・・・。

 

 

「坊主どもがこんな立派なもんを作り上げたんだ。灯さん」

 

「こっちも、過去のことは水に流そうや」

 

 海のオジサン達2人組は灯さんを見て、そう口に出した。そして、陸の頑固者共はやっぱり余計な言葉を口にする。

 

 

「じゃあ、早ようせんか」

 

 

「何や?」

 

 

 陸のオジサン一人の言葉に、海のオジサンの一人はそう聞いた。そう言った陸のオジサン皆がそれぞれにニヤニヤとし、謝罪の言葉を促す。

 

「そんなの決まっとるやろ。謝罪や謝罪」

 

「はぁ!? 何でそんなもんこっちが───大体、やらないと言い出したのはそっちだろっ!!」

 

「うるせぇ! 大体は数年前に海村が言い出したんだろ『金がないから小さなものにしてくれ』とか言ったのは、何処の何奴だッ!!!!」

 

 始まった喧嘩に先生はビックリ、美海はちょっと怯えている。頭を抑え、この頑固親父共の喧嘩を目だけで見ている。ついでに、先生は立ち上がりオロオロとして、『あの、落ち着いて』とか言いながらも止めようとするが、それも失敗する。

 

 陸のオジサン達と海のオジサン達両方が、リングの外から中に入るように、机を飛び越えて喧嘩を始めてしまったからだ。

 

 ついでに、灯さんは目を瞑って参加せずに傍観している。

 

 目の前で始まる掴み合いに、光と紡は間に入って止めようとする。だが、それも大人と子供の力の差には勝てず、掴み合いは続行。

 

「ガキはすっこんでろッ!!」

 

 その言葉とともに、灰皿が投げられて光と紡が避けた。そしてそれはそのまま、直線上に居た美海の方に飛んでいく。

 

「キャッ───!!」

 

 それに美海はビックリし、頭を抱えるが俺はその前に出て、手で弾こうとするがそのまま灰皿は俺の頭部に直撃した。

 

 結構な力が加わっていたためか、俺の額から血が流れる。それに、弾いた右手がビリビリとしていて無茶苦茶痛い。

 

「大丈夫か、美海?」

 

「誠っ!?」

 

 俺が美海を心配してみると、美海は逆に俺を心配した。机から出て、俺の方に駆け寄ってくる。そして、俺の服にしがみついてきた。

 

 周りのオッサン共は血気盛んで、美海に灰皿が当たりそうになった事すら気付いていない。光達も止めるのに必死で、こっちの心配をする余裕もない。

 

 美海は涙目で、俺の額を見て心配してくる。泣きそうな美海は、必死だった。

 

「失礼しま~す」

 

「失礼します」

 

 喧嘩が起こっている戦場に、至さんとアカリさんが入ってきた。それに気付いた美海は、急いでアカリさんと至さんのところに駆け寄る。

 

「えっ、ナニコレ、どうしたの!?」

 

「ちょっ、皆さん落ち着いて下さい!!」

 

 アカリさんは現状に驚き、至さんは焦りながらもこの場を静めようとする。だが、海のオジサン達は至さんの登場をよく思ってなかった。

 

 

「テメェ! アカリを騙した奴か!!」

 

 

 そんな濡れ衣の言葉と同時に、至さんに海の頑固親父が胸ぐらに掴みかかる。

 

「ちょっと、止めてよ! 源さん、至さんは悪くないんだから!!」

 

 アカリさんが至さんの腕を掴み、連れて行かせないように思いっきり抱き締めた。それで、引き剥がせないと思ったのか、もう片方の腕で至さんを殴ろうとする。

 

 ───だが、その腕に美海が掴みかかった。

 

 

「止めて! お父さんに怪我させないでッ!!」

 

 

「邪魔するな、ガキは引っ込んでろッ!!」

 

 その言葉と共に、源さんは美海がぶら下がっている腕を振り解くように振り、それに耐えきれなかった美海が腕を離し、飛ばされた。

 

 そのまま美海は飛んでいった先にあるオジョシサマにぶつかり、そのまま下に落ちると折れたオジョシサマが美海の上に落ちる。

 

 

 

 ───この時、俺は頭が熱くなるのを感じた───

 

 

 

 

 

 side《アカリ》

 

 

 至さんと私は、車に乗って漁協に向かっていた。さっきまで配達をしていて、その帰りなのだが心配事が一つ。誠君達が署名を集め終わったので、今日は陸と海でのお船引きをやるかやらないかの会議。それに、誠君と美海は出ている。

 

 まあ、説得するのは光の役目とか言っていたので、光には重いと思うが仕方ないだろう。基本だけど、誠君は光達の手助けをしてきた。殆どは見守る立場で、何時もは手助けしかしない。今回ばかりは光には重いが、何事も経験だという。

 

 

 ───あんたは何処のオッサンだ・・・・・・。

 

 

 とか思ったけど、誠君は今まで光達のお守りをしてきた。何事も大事にならないように、自分が皆を統率して行く。

 

 それは大人の仕事で、誠君の仕事じゃないけど、全部こなしてきた。あの中で一番大人で、誰よりも動じない子。まあ、ミヲリが気にかける理由もわかる。

 

 

「アカリ、ついたよ」

 

「あっ、ごめん」

 

 心配して顔をのぞき込んでくる至さん。見回してみると、何時の間にか漁協に着いており、車は止まっていた。

 

「誠君と美海の事?」

 

「うん。と言っても、一番は誠君。あの子、誰よりも早く大人になるから・・・・・・」

 

「まあ、心配なら今すぐ見に行ってくるよ」

 

「待って。私も行く」

 

 至さんは車から降り、私も続いて車から降りる。

 

 私の気がかりは、光や要君は怒ったことがあるのに、チサキちゃんも、マナカちゃんも・・・・・・でも、今まで誠君が怒った姿は一度も見て無い。一番一緒にいる光達でさえ、見てないのだ。

 

 車から降りた私と至さんは、足早に漁協のオジョシサマを運び込んだ場所に向かう。・・・・・・朝のうちに光達に頼まれて、車で運んだのだ。

 

 そして、私と至さんは扉の前まで来た。

 

「えっと、至さん・・・・・・本当に行くの? 私だけでも・・・・・・」

 

「いや、僕も一緒に見に行く。僕が君を守るから///」

 

 至さんは扉の前で、私の両手を握りながら、凄く恥ずかしそうな顔で、真剣な目で私にそう言ってきた。

 

 中からは怒声やら、怒声が聞こえてくる・・・・・・。

 

 でも、それに混じって光の声が・・・・・・。

 

 私の気がかりは、至さんがあの海の堅物親父達に殴られないか、だ。どう考えても、『アカリを誑かしたのはお前かぁぁーーッ!!』って、言いながら殴りかかってくる光景しか想像できない。非力な至さんでは、簡単に殴られるだろう。

 

 私と至さんは『失礼します』と言って、恋人繋ぎで手を繋ぎながら、部屋の中に入っていく。そしてそこには、予想以上の光景が広がっていた。

 

 光と紡君?は、必死にオジサン達の間に入って、止めようとする。しかも、床には麦茶とコップの残骸が散らばっていた。

 

 美海は私と至さんの所に慌てて駆け寄ってきて、その先には頭から血を流している誠君が涼しげな顔で立っている。

 

「えっ、ナニコレ、どうしたの!?」

 

「ちょっ、皆さん落ち着いて下さい!!」

 

 怪我している誠君は平常心で立っているが、自分の傷に気付いているのだろうか?

 

 私は動揺して、まともな判断が出来ない。そこで至さんに気付いた源さん・・・・・・海村のオジサンだが、その人が至さんに気付いた。

 

 

「テメェ! アカリを騙した奴か!!」

 

 

 そんな誤解の言葉と共に、源さんは至さんに近寄って掴みかかった。誠君の傷に気付いていないのか、周りの騒ぎは一向に収まらない。

 

「ちょっと、止めてよ! 源さん、至さんは悪くないんだから!!」

 

 至さんを連れて行こうとする源さんに、私は慌てて対抗するように、連れて行かせないように至さんの片腕を引っ張った。このままでは、至さんは真ん中でたこ殴り。そこで連れて行くのは無理だと思ったのか、源さんが片腕を振りかぶる。

 

 ───しかし、至さんを殴ろうとする片腕に、美海が思いっきりぶら下がった。

  

 

「止めて! お父さんに怪我させないでッ!!」

 

 

「邪魔するな、ガキは引っ込んでろッ!!」

 

 その言葉と共に、源さんは美海がぶら下がっている腕を振り解くように振り、それに耐えきれなかくなった美海が手を離し、飛ばされた。

 

 そのまま美海は飛んでいった先にあるオジョシサマにぶつかり、そのまま折れたオジョシサマが美海の上に落ちた。

 

 

「「「美海ッッッ!?」」」

 

 

 私と至さん、誠君の言葉が重なり、みんなが倒れたオジョシサマと美海に目が釘付けになる。そこで何を思ったのか、源さんが美海に近付こうとするが・・・・・・。

 

「ちょっと源さん。少し、反省してくれませんか・・・・・・?」

 

 何時の間にか美海に近寄る源さんの前に、誠君が立っており、右手で胸ぐらを掴んだと思うと一瞬でその筋肉質な巨体を転かした。

 

 転がされた源さんは、自分に何が起こったのかわからずに呆然としている。それに対して、誠君は誰も動けない中、美海の前に行った。

 

「大丈夫? 美海、今すぐ病院へ行こうか。───アカリさん、至さん、病院へ車を出して下さいお願いします」

 

「あっ、うん! 行くよ、アカリ」

 

 

 自分がパニックになる事の無かった誠君は、自分が怪我しているのにも関わらず、美海を心配そうに見つめながらこの中の誰よりも冷静だった。

 

 




何時もよりは、文字数が少ないですね。

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