凪のあすから ~変わりゆく時の中で~   作:黒樹

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久しぶりの投稿です。


第十話  大きな決断

 side《アカリ》

 

 

 私は数日間、海の底に引きこもっていた。至さんに会うこともなく、美海ちゃんにも会うこともなくただ退屈な日々を過ごしていた。サヤマートでの仕事も、数日の間はお休みをもらっていたが、その期間を使って考えた・・・・・・どうしたら、美海ちゃんにもわかってもらえるか、それとも私は離れた方がいいのか・・・・・・その答えは、たどり着くのに・・・・・・決心するのに数日かかった。

 

「さてと、今日からサヤマートに行かないと」

 

 私は食卓を囲んでいるお父さんと光に聞こえないように呟き、食器を片づける。光はもう既に食べ終えていて、残っているのは私1人。

 

 カバンを手にして、私はゆっくりと立ち上がる。

 

「行くのか・・・・・・」

 

「うん、そろそろサヤマートにも出ないといけないしね」

 

 お父さんが聞いてきたが、私はいつものような声で答える。心の中にはもやもやした感覚が残っているが、これはこれで仕方ないだろう。

 

 私は居間を出て、玄関にでると、光が私を追い越して学校に行こうとする姿が見えた。

 

「あっ、ちょっと待ってよ光! 久しぶりに一緒に行こうよ」

 

「ああ、今さらそんな年じゃねえだろ。じゃあ、行って来まーす」

 

 光は話を聞かずに出て行き、私は靴を履いて外にでる。外にはいつも通りの海があるが、何処か悲しい感じがする・・・・・・いや、悲しいのは私かな?

 

 私は深呼吸をして、陸に向かって泳ぎ始めた。

 

 

 

 陸に上がると、久しぶりの太陽が眩しかった。きっと、誠君も同じことを考えて、陸に上がったのだろう。そんな事を考えながら、私はサヤマートへの道を歩く。

 

 遠くには誠君や光達が学校に向かう姿が見え、それが私には昔の至さん達を思い出させる。

 

 私がカフェの前を通りかかると、至さんが立っている姿が見える。私を見つけると、少し安堵したような笑みを浮かべて、走り寄ってきた。

 

「アカリ、話があるんだ・・・・・・」

 

「私も、至さんに話があるんだ。じゃあ、そこのカフェで話そうよ」

 

 私がカフェの方に歩き、それに至さんがついて来る。これで終わり・・・・・・全部、私が全部横取りしたのと一緒。それを返すだけだ。悲しむ必要なんて無い。

 

 カフェの前に歩いて、扉を開けて中に入る。此処はミヲリと至さん、美海ちゃんと過ごした思い出の場所の一つで、大切な場所・・・・・・ここから始まり、ここで終わる。

 

 私は空いている席に座り、その向かいに至さんが座る。お互いに無言で、至さんは私を見ているけど、私は水の入ったコップを見つめている。

 

「ご注文は何になさいますか?」

 

「コーヒーで」

 

「えっと、僕もコーヒーをお願いします」

 

 この店のマスターが注文を取りに来たので、適当にコーヒーを頼む。至さんも慌てたように私と同じものを頼み、マスターはその場を去った。

 

 しばらくすると、マスターが二つのコーヒーカップを運んできた。その中には黒いコーヒーが注がれており、コーヒーらしい匂いが立ちこめている。マスターは私と至さんの目の前にコーヒーを置くと、再び下がっていった。

 

 私はゆっくりとコーヒーを飲み、口を開く。

 

「私、もう至さんと別れようと思うんだ」

 

「何でっ? 僕は・・・・・・」

 

「最初から無理だったんだよ。海の人間と陸の人間が結ばれるなんて、最初から無理だったんだよ。

美海ちゃんの為にも、私と至さんは別れるべきだと思うんだ。誠君だって、お父さんについて行かなかったんだよ? 美海ちゃんだって・・・・・・同じ気持ちだと思うよ」

 

 至さんは驚いたような顔をして、何か言おうとするが、私を見て黙ってしまう。至さんは落ち着くためにコーヒーを飲んで、一息する。

 

「確かに海と陸はそうかもしれないけど、僕達は・・・・・・絶対に仲良くできるよ!」

 

「ううん、絶対に出来ない。美海ちゃんだって、私を嫌いだと思うし、これからは私はもう至さんや美海ちゃんにも会わない。決めたんだ、光もいるしね・・・・・・じゃあ、さようなら」

 

 私はコーヒーを飲み干して、席から立ち上がる。その際に至さんが悲しそうな顔をしたが、私は心のもやもやを無視しながらもカフェの外にでる。

 

 これで、終わりなんだろうな。これで、美海ちゃんも苦しまなくて済む。私の中でもやもやは残ってるけど、これでいいんだ。

 

 私はカフェを振り返らずに歩いた。振り返ってしまうと、泣いてしまいそうだから、だから振り返らずに歩いた。踏ん切りをつけるために、早足でその場を離れたのだった。

 

 

 

 道路を歩き、サヤマートへと付いた。そこで何時も通りにあの壁を見てみると、美海ちゃんがまた壁に文字を書いていた。最後まで読みたかったけど、もうそんな必要はないんだ。私はすぐに、至さんや美海ちゃんとは関係がなくなるのだから。

 

 私は壁に文字を書く美海ちゃんに近付くと、美海ちゃんもこっちを気づいて見上げてきた。その目はなにを考えているのかわからないが、伝えなければいけない。

 

「美海ちゃん、私決めたんだ。もう、美海ちゃん達には関わらないから安心して・・・・・・私は、至さんの前から・・・・・・美海ちゃんの前からいなくなるから」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 美海ちゃんは数秒の間、下を向いた後に走り出した。私とは目を合わせず、ただひたすらに何処かに走り去っていく。目を合わせないまま、美海ちゃんは私の前から消えた。そして残ったのは、壁に書かれた書きかけの文字・・・・・・『どっかい』だった。

 

 

 

 それから私はサヤマートでレジをやったり、製品整理をしていた。あれから私の心は落ち着きが無く、ただ無造作にあの文字と美海ちゃん、至さんの事を思い浮かべながら仕事をする。

 

 時刻は7時頃で、日も暮れ始めている・・・・・・いや、もうほとんど真っ暗だ。もうすぐ7時になる頃だが、私の仕事も8時に今日は終わる。

 

「こんばんは? アカリさん、サヤマート来たんですか?」

 

「あっ、誠君。こんな時間に1人で彷徨くなんて、危ないよ~。私、8時にあがりだから一緒に帰ろうか?」

 

「いや、いいですよ。子供じゃないんだし、何時もこれくらいは普通です。それより、アカリさんは変わった・・・・・・というより、少し落ち着いたんですか?」

 

「あははっ・・・・・・というより至さんをフってきたんだ。それと、美海ちゃんにも今度から会わないって伝えてきた・・・・・・やっぱり、誠君は何でもお見通しなんだね」

 

 誠君は見透かしたような目で、私の目を見ている。その瞳は静かで、悲しい何かを見るような瞳だった。何でか知らないけど、それが私の心を見透かしているような気がする。流石は光達のまとめ役といったところだろうか・・・・・・あの中の誰よりも大人で、要君やチサキちゃんよりも大人のような雰囲気を持っている。

 

「じゃあ、この会計をお願いします」

 

「あっ、買い物だったね」

 

 誠君は籠を台の上に置いて、買い物の会計を頼む。中身はお菓子にお肉、野菜に調味料を少しと中学生に見えないような買い物。親がいないから仕方ないんだろうけど、やっぱり何処か違う雰囲気を持っている誠君は生活の所為か普通に見える。

 

「へえ~、今日はお肉主体の料理なんだ~。そう言えば、この前包丁で怪我したって聞いたけど大丈夫だった?」

 

「はい、ぼーっとしてただけですから。それに、チサキが舐めたのはビックリしましたけど」

 

「あははっ! 光もそれくらい積極的になればいいのにね~」

 

 私は誠君とたわいもない会話をしながら、次々にバーコードを押していく。そうして全部終わると、お金を誠君が出し、受け取った。

 

 レジを動かして、お釣りを出して誠君に渡す。

 

「はい、お釣り」

 

「ありがとうございます」

 

 誠君はお釣りを受け取ると、ポケットに突っ込んだ。そうして帰ろうとすると、そこにドタバタと大きな足音をたてながら至さんが駆け込んできた。

 

「た、大変だよアカリ! っと、誠君もちょうどよかった! み、美海が帰ってこないんだ!!」

 

 美海ちゃんが帰ってこない。私はその一言で、何かが心の中を揺らめいた。

 

 

 

 

 

 side out

 

 

 俺が買い物をしていると、至さんがサヤマートに駆け込んできた。美海がいなくなったと、必死の顔で俺とアカリさんに訴えかけている。あの美海が家に帰らないなんて、これはアカリさんや至さんのどちらかと何かあったのだろう。・・・・・・まあ、十中八九、アカリさんだと思うけど。

 

「美海、何時もは7時の間には帰ってくるのに、8時になっても帰ってこないんだ!!」

 

「至さん、落ち着いてください。俺が探してきます」

 

「ダメだよ誠君、子供は帰りなさい。この時間は大人に任せて───『美海は簡単には見つかりませんよ?』───だとしても、子供は・・・・・・」

 

 アカリさんが帰るように言ってくるが、俺はそれを聞かない。美海を見つけられるとしたら、俺だけだと思う。それに、美海は思い出の場所にいるはず・・・・・・だとしたら、簡単には見つからない。

 

「至さん、良いですよね?」

 

「ああ、美海の事を一番わかっているのは誠君だからね。頼むよ。僕は、漁協の人とかに手伝ってもらうから」

 

 至さんに許しをもらって、俺はサヤマートから出て行く。至さんは焦っているようで、アカリさんも普通じゃないほど焦っているようで、目には涙を浮かべていた。やっぱり、アカリさんは諦めてもないし、美海が心配なのは変わらないようだ。

 

 俺は走って、美海を探した。最初は海岸沿いを走って、昔隠れて遊んでいた場所を探したが、そこには美海はいなくて、次は森の中を探した。最初にミヲリさんと会った場所で、美海にも教えた秘密の場所。そこに1人の女の子が海を見ながら、座っていた。

 

 ランドセルは無いようで、ただずっと海を見続けている。

 

 俺はゆっくりと後ろから近づき、話しかける。

 

「美海、此処にいたのか・・・・・・」

 

「・・・・・・誠、どうして此処がわかったの?」

 

 俺は質問を質問で返され、美海の横に座る。美海は膝を抱えて、ただ海を見つめて俺の方を一度向くとまた海に視線を戻した。

 

「それは昔は美海とよく遊んだからね。3年立っても、変わってないだろ」

 

「誠は変わった。誠は私を連れ戻しにきたの?」

 

「いや、探してくるとは言ったけど、連れて帰るとは言ってないよ。美海の好きなようにすればいいし、つき合うけど?」

 

 美海が連れ戻しに来たと思ったのか、少し離れた。俺はそれを否定して、美海の好きなようにすればいいと思ったので、そのまま伝える。少なくとも、美海の気持ちはわかると思うし、このまま帰っても美海の気が済まないだろう。

 

「私、今日は帰りたくないから付き合って」

 

「はいはい、お姫様の言うとおりに・・・・・・」

 

 美海は立ち上がり、森を降りていこうとする。俺は今だに持っていた買い物袋を下げて、美海の後をゆっくりとついて行く。

 

 山を降りて、海の方に向かっていく。そこには、大きな廃船のようなものが置いてあり、それに向かって歩いていく。

 

 そうしてその場所に着くと思うと、そこには光達の姿があった。光とマナカ、チサキと要が美海の名前を呼んで探している。

 

 俺と美海は背後から音もなく忍び寄り、美海が『うるさい・・・・・・』と言うと同時に、光の足を後ろから蹴った。・・・・・・うん、痛そうだ。

 

「いてぇぇっ! て、お前こんなとこで・・・・・・誠も一緒かよ」

 

「私、今日は家に帰らないから」

 

「というわけで、よろしく光」

 

 俺は蹴られた光を苦笑しながら見て、美海の横に立つ。俺達に気づいたマナカ達も、駆け寄ってきた。まずは、アカリさんに伝えなければいけない。

 

「いや、心配してるぞアカリとあいつが・・・・・・」

 

「光、悪いけど美海の我が儘に付き合ってあげてよ。わかったら、さっさとアカリさんに見つけたけど、後は任せてくれとでも言ってこい。俺が責任を持つよ」

 

「・・・・・・ったく、わかったよ。そう伝えてこればいいんだな」

 

 光は渋々といった感じでその場から走って消える。美海は膨れっ面で何かを怒っているような気がする・・・・・・もしかして『我が儘』って言っちゃダメだったのかな?

 

 俺が1人で悩んでいると、チサキとマナカが美海の前に来る。

 

「美海ちゃん、それに誠も何処で見つけたの?」

 

「そうだよまーくん、何で知らせてくれなかったの?」

 

「あのな、今さっき見つけたんだよ。連絡する暇なんて無かったんだよ」

 

 チサキとマナカは俺を責め立て、俺はそれを否定する。俺が見つけたのに連絡が遅いことを怒っているのだろう。だが、美海から目を離すわけにはいかなかったので仕方無い。

 

 俺が要の横に避難すると、そこで光が走って戻ってきた。息を切らして、凄いキツそうな顔をしているが、気にしないで置こう。

 

「光、どうだった?」

 

「ああ、誠にあいつとアカリが任せるって・・・・・・でも、これからどうすんだよ? 帰らないって言ったって、限界あるぞ」

 

 光は俺を見て、どうするのか聞いてくる。正直、そんな事考えてない。本から美海の好きなようにさせるつもりだし、計画していたわけでもない。

 

 きゅうぅぅ~~~~~っ!

 

 突然誰かのお腹が鳴ったかと思うと、美海が顔を赤くして俯いた。どうやら、美海のお腹が鳴った音だったらしいが、昼から何も食べていないのなら仕方ないだろう。

 

「そうだな、俺も美海も飯を食ってないし、まずは飯だ。材料はあるけど、光・・・・・・魚を取ってきてくれ」

 

「誠の馬鹿っ!!」

 

 俺は美海の怒ったような声を無視して、光を海に飛び込むように言う。光ばかりが動いている気がするが、野生児だから仕方ないだろう。パシり? それも違う。

 

「光、腹が減っている状態で海に飛び込めると思うか?」

 

「わかったよ、行ってくる。ついでに自分の分も取ってくるわ」

 

 光は渋々といった感じで海に飛び込み、俺達は見送った。

 

 

 

 それから俺たちは火をおこしたり、食器などを廃倉庫から借りて光を待っていた。置いてあった食器などは、最近まで店をやっていたらしいのでそこから借りた。魚だけでは足りないので、俺は買ってきた食材で調理をしている。

 

「へぇ~、誠って料理も上手いんだね」

 

「当たり前だ。この前は、少し考え事をしてただけだ。一人暮らしをしてるのに、俺が料理を出来ないわけがないだろう」

 

 俺は現在、野菜炒めを作っている。ミヲリさん直伝の、ただの野菜炒めだが、調味料は全部揃ってるので作れた。

 

 野菜炒めが出来たと同時に、海の中から勢いよく何かが飛び出す。それは数分前に潜ったであろう光で、両手には魚を持っている。これで6匹目くらいで、量的には十分だろう。

 

「ああ~疲れた。おっ、美味そうなもん作ってるよな、誠」

 

「悪いが、家で食ってきたおまえ等の分はない」

 

「わかってるよ。俺ら全員食ってきたからな」

 

 俺は2つの皿に料理を盛り付けて、美海に片方を渡し、座った。光達は火で魚を焼いているため、

少し離れたところにいる。

 

 美海はゆっくりと食べて、少し顔色を変えた。もしかして、マズかったのかな? 俺はそう思いながら、感想を聞く。

 

「えっと、もしかしてマズかった・・・・・・?」

 

「違う、凄く美味しい・・・・・・でも、何か懐かしい」

 

 どうやら、マズくなかったようで、ドンドン皿からパクパクと食べて減らしていく。そしてすぐに食べ終わり、俺の皿をじっと見てきた。

 

「よかったら、食べる? 俺は魚だけで十分だし」

 

「いいの?」

 

「ああ、別に何時でも作れるしね」

 

 俺は皿を美海に渡して、その様子をまた見始める。その目には涙を流して、ただひたすら俺が作った料理を食べていた。そうして食べ終えると、皿を置いて足をぶらぶらとさせる。

 

 光達は魚を食べながら、楽しそうに談笑していた。その様子を美海は何処か遠い目で見つめ、ただ懐かしそうに目を細めた。あれがミヲリさんの生きていた頃に見えたのか、何処か悲しそうだった。

 

 

 

 俺と美海、光達は少しの間の時間を楽しみ、結構な時間が過ぎていった。焚き火の火も消え、今は光達と美海、俺が向かい合っている。

 

「本当に俺達だけ帰っていいのかよ? 俺もここに残るぞ」

 

「いや、おまえ等は帰れ。美海にも聞きたいことあるし、お前はマナカでも家に送ってこい。明日には帰ると思うからさ」

 

 光達が俺と美海を心配して残ろうとするが、俺が押し切る。美海の意志も変わっていないようで、

今は帰るわけにはいかない。それに、俺は帰っても誰もいないし・・・・・・。

 

「じゃあ、アカリにはそう伝えとく」

 

「おう、じゃあな。明日、学校に行けたら行く」

 

 この場所から遠ざかる光達を見送りながら、俺は手を振る。美海は無表情で、ただ帰って行く光達を見送った。

 

 美海は歩いて、木箱の上に座った。

 

「誠はどうして帰らないの? 一緒にいなくてもいいのに・・・・・・」

 

「それは心配だからに決まってるだろ。美海が怪我したらどうするんだ? それに、至さんに美海は任せてくれって言ったのは俺だしな。約束は最後まで突き通すよ・・・・・・それで、美海はアカリさんが嫌いなの?」

 

 俺は至さんとの約束を出して、一緒にいることを伝える。わかってはいるが、美海は悲しそうな顔しかしなくて、俯いた。

 

「私は好きな人なんていない! 私を好きな人なんていない! いらない!」

 

「俺は美海が好きだよ? 至さんも、ミヲリさんも・・・・・・それに、アカリさんも光達も」

 

 美海はそう言われると、もっと悲しそうな顔になった。目には涙をためて、今にも泣き出しそうな顔で立ち上がり、海の方にかけていく。

 

「私は、好きな人なんてもういらない! 誠も私を好きじゃない!」

 

 そう言うと美海は走り出し、俺は美海を追いかけて走るが、美海は前を見てなかったのか海の中に滑って落ちる。

 

 俺はすぐに飛び込んで、美海を泳いで捕まえにいく。沈んだ美海は上に手を伸ばしながら落ちていくため、俺はすぐに掴んで引き上げた。美海の体温は暖かくて、抱き締めて浮いているために心臓はバクバクと音を立てているのがわかる。

 

「全く・・・・・・俺も気持ちがわかるよ。俺も母さんが死んで、ミヲリさんも死んだ・・・・・・。美海はアカリさんが嫌いじゃない。ただ、またいなくなるのが怖いんだ。俺もそうだから、地上にはあまりでないようにしてた」

 

「だったら、どうして私の前から消えちゃったの? ママが死んで、誠もいなくなっていいことなんて無かった! 誠もいなくなっちゃった! 二人も好きな人がいなくなって、私は悲しかったのに何でいなくなったの? 誠はわかってたんでしょ!」

 

 美海は泣きながら俺に訴えかけ、俺は少し考え込む。美海がいなくなって悲しかったのは、ミヲリさんだけじゃなくて、俺もだったことに驚いた。全部わかっていたつもりだったが、俺は少しだけ勘違いをしていたらしい。

 

「そっか、ごめん・・・・・・でも、これからはいなくならない」

 

 俺が美海に怒られている理由はこれだったようで、謝ると少し曇ったような顔をしてから口を開いた。

 

「アカちゃんも好き・・・・・・誠も好き・・・・・・パパも好き・・・・・・ママがいなくなって、それからアカちゃんがお母さんみたいになった。でも、私は怖かった。アカちゃんも死んで、大切な人が遠ざかっていくのが嫌だった。それに、ママが忘れられるのも嫌だった」

 

「知ってる・・・・・・俺も、父さんが出てくのについて行かなかったから・・・・・・。全部わかっていたつもりだったけど、ミヲリさんが忘れられるのも嫌なのがわかる。大切な人がいなくなると悲しい気持ちもわかる。大切な人が消えるかもしれない、それもわかる。ごめん、俺も勝手にいなくなって・・・・・・」

 

 俺は再度謝り、美海を抱き締める。美海は俺が泳いで支えているため、溺れることはない。服の重みで、沈むこともない。美海は俺にしがみつく力を強くして、『陸にあげて』と言った。

 

 俺は美海を縁に捕まらせて、後ろから押し出す。その際に美海は半分登りかけたところで、こっちに振り向いて何時もより楽しそうな顔で、上がりながら聞いてきた。

 

「誠って、ドリコンなの・・・・・・?」

 

「それって、どういうこと・・・・・・?」

 

 ドリコン・・・・・・新種の言葉だろうか? しかし、何か聞き覚えがある言葉だ。俺が考え込んでいると、美海が説明をする。

 

「サユが言ってた。小さい子を好きな年上の人って、ドリコンだって」

 

「ああ、ロリコンか・・・・・・待て、俺にそんな事聞くな。絶対に違う・・・・・・」

 

 俺は陸に上がりながらそう答え、美海はその返答を聞いて少し曇ったような顔になる。これの何処に悲しむ要素があるのか、俺にはわからない。

 

 俺と美海はサヤマートのあの壁の前に行くことに決め、歩き出す。その際に、美海に手を握られたので握り返した。

 

 翌日、その壁の横で寝ているのが見つかって、美海をアカリさんが抱き締めるときに少し怖いと思った俺は間違いじゃないだろう。その後に、アカリさんが美海の書いた『どっかいかないで』という文字で涙を流したのを、俺は近くで見ていた。




今回は光の役目はパシり?
みたいな感じになりましたね。
そして、役目は全部誠にもってかれました。

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