バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第六十二話 恥はかき捨て

『ルェディィース!! エーンド! ジェントルメェェーン! お待たせしたネ! これが本日のラストショーヨ! レスター師匠のサイコー傑作! その目にシッカリと焼きつけてクダサーイ!!』

 

『『『うぉぉぉぉーーーーっ!!』』』

 

 赤い幕の向こうから波打つような歓声が響く。や、ヤバイ……すっごいドキドキしてきた……こんな格好を誰か知り合いに見られたらどうしよう……!

 

『今日は特別ゲストでお送りスルヨ! とってもキュゥートな2人を見てやってホシイネ! ソレではシマダとヨシイ! カモォーン!!』

 

 軽快なダンス風のミュージックが会場に流れ、ざわついていた会場が一気にシンと静まり返る。あわわ……どどどどうしようっ! 心臓がバクバクいってて口から飛び出しそうだっ……!

 

(しっかりしなさいアキ! この期に及んで怖じ気づいてどうするの!)

 

 向かいのカーテンの陰から美波が小声で声を掛けてくる。薄水色のドレスに身を包んだ彼女はとても落ち着いた様子を見せていた。相変わらず美波は度胸があるな……よ、よぉし! 僕だって……!

 

(よ、よし! それじゃ行くよ美波!)

(えぇ!)

 

 意を決した僕はハイヒールのかかとで床を蹴り、舞台に躍り出た。

 

 ……つもりだった。

 

 

「んべっ!」

 

 

 突然何かに引っ張られ、格好悪くずっコケた僕。顔面から床に突っ込み、したたかに鼻を打ち付けてしまった。

 

「っっ……くぅ~っ……!」

 

 鼻の頭にツーンとする痛みが走る。どうやら長いスカートにヒールが引っ掛かって足を取られてしまったようだ。まずい! 早く立ち上がらないと……! 焦る僕。しかし慣れない靴やスカートのせいでうまく立ち上がれない。そうしているうちに会場から「わはは」「あはは」と笑い声が出始める。

 

 うわぁぁーーっ! は、恥ずかしいぃーーっ!

 

「何やってんのよっ!」

 

 すかさず美波が僕の腕を引っ張り、強引に起き上がらせる。

 

「ほら両手出して!」

 

 言われるがまま、僕は手を差し出す。すると美波は僕の両手を掴み、ぐぃっと振り回した。

 

「うわっとっとっ!」

 

 咄嗟に足を運んでバランスを取る僕。緊張と恥ずかしさでガチガチになっている上に、ハイヒールなんて慣れない物を履いているので歩きにくいこと、この上ない。

 

(いい? ウチの真似をして歩くのよ)

 

 目の前で美波がいつもの吊り目でじっと僕を見据え、囁く。どうしてこんな大勢の前でそんなに平然としていられるんだろう……この時、僕は彼女の心の強さを垣間見た気がした。

 

 するとどうだろう。今まであんなにガチガチに固まっていた僕の体が動くようになったのだ。自分が女物のドレスを着ていることさえ恥ずかしくなくなってきた。今ならやれる。大勢の観客だって怖くない。そんな気がした。

 

(分かったよ美波。僕を導いてくれ)

(任せてっ)

 

 そう返事をした彼女は軽くウインクをし、僕の手を放した。もう足は震えていない。僕は美波のポーズの真似をしながら舞台を歩き始めた。

 

『アクスデントがあったみたいダケド問題ナッシングネ! デハご紹介シマース!』

 

 幅2メートルほどの舞台は真っ直ぐ観客席に向かって伸びている。観客は全員立ち見で超満員。レスター師匠と呼ばれる人の人気が伺える。

 

 舞台は観客席より高い。そのため観客全員が首を上に向け、舞台を見上げる格好になっていた。そんな観客らの視線を一身に浴びながら、美波はゆっくりと、そして堂々と歩いて行く。

 

『まずはレスター師匠渾身の作品! 水の妖精をモチーフにしたドレス! 題して”ダンシング・フェアリー”ネ!』

 

『『『おおぉ~~……』』』

 

 マクレガーさんの紹介と共に会場がどよめき、拍手が巻き起こる。踊る妖精(ダンシング・フェアリー)とはよく言ったものだ。目の前を歩く美波のドレスはウエストの位置に巨大なリボンを備えている。それは彼女が歩を進める度にふわふわと揺れ、まるで妖精が羽ばたいているように見える。まさに踊る妖精だ。

 

『妖精に扮するは今回の特別ゲスト! シマダ・ミ・ナーミ!』

 

 美波は手を振りながら笑顔を振り撒き 、ゆっくりと舞台を歩いて行く。すると観客席からは再び大きな拍手が巻き起こった。こんなにも注目を浴びているというのに、彼女は雰囲気にのまれていないようだ。

 

『ソシテこれが本日最後の作品! 女性ナラ一度は着てみたいと誰もが憧れるコノ作品! ウェディングドレス、題して”ホワイト・エンジェル”!』

 

 ついに僕の着ているドレスが紹介され、観客の視線が一斉にこちらに向いた。観客全員の視線が全身に突き刺さる。

 

 けれど僕は気にならなかった。いや。気にしている余裕が無かったというのが正しい。このハイヒールは”かかと”が棒のように細く、足を踏ん張ってもグラグラしてしまう。もう転んで笑い者になるのは御免だ。そう思って、とにかく歩くことに集中していたから。

 

(なぁ、あの黄色いリボンの子、可愛くね?)

(あぁ。元気そうな感じがいいよな)

(あんな子を彼女にしてぇなぁ)

(俺はどちらかというとあっちのショートカットの子の方が好みだな)

(なんだ? お前はドジッ子が好みか)

(ああいう子を見てると守ってあげたくなっちまうんだよな。それに化粧もしてねぇみてぇだし、素朴な感じがいいよなぁ)

(あー分かるわ。けどドジっ子も程度によるよな)

(いいんだよ! 俺の趣味にケチつけんな!)

 

 会場の最前列からそんな話し声が聞こえてくる。一番前の男2人の会話のようだ。悪いけど美波の彼氏の座を譲るつもりは無い。それと僕は男に守ってもらいたくなどない。というか、さっき転んだのは僕がドジだからじゃないんだからね!

 

『天使に扮するはモウ一人の特別ゲスト! ヨシイ・アッキーナ!』

 

 ちょっと待てぇっ! 誰がアッキーナだ!!

 

(ほらアキ! 笑顔よ笑顔!)

(くうっ……!)

 

 確かに今ここであの出っ歯野郎をぶん殴りに行ったらショーが台無しだ。そうなったら美波にも不快な思いをさせてしまうだろう。とにかくこの数分のショーを終わらせるしかない。

 

 それにしても僕のことを知っている人がいない世界で良かった。知り合いにこんな姿を見られたら僕はもうお婿に行けないよ……。

 

『2人トモ、お客様にレスター師匠のグゥレイトな作品をよく見せてあげてホシイネ!』

 

 マクレガーさんが大声で僕らに声を掛ける。すると美波は片手を腰に当て、舞台の先端でくるりとターンしてみせた。まるで本物のモデルのようだった。なるほど。ああやって一回転して見せるのか。あの真似をすればいいんだな。

 

「うわわっ……!」

 

 僕も真似をしてくるりと回ろうとしたものの、やはり上手く行かなかった。またもスカートにヒールを引っ掻け、転びそうになってしまったのだ。でも今回はさっきのようにみっともなく転ばずに済んだようだ。美波が僕の手を掴んでくれたからだ。おかげで僕は体勢を立て直すことができたのだ。

 

(ありがとう美波。助かった)

(ふふっ……ホント不器用ね。アンタって)

(わ、悪かったね!)

(別に悪くなんかないわよ? だってそれがアキなんだから)

 

 褒められているのかバカにされているのか。どっちなんだ。

 

(さぁアキ、もうひと頑張りよ)

 

 そう言うと美波はくるりとターンしながら僕の横へと移動。ビシッとポーズを決めて静止した。

 

(ほら、次はアンタの番よ。もう一回やってみて)

(う、うん。やってみる)

 

 僕は一歩前に出ると両腕を広げ、右足に体重を乗せる。そして思い切って左足を振り回し、くるりとターン。硬いヒールがタタンと地面を鳴らす。おぉ、今度はうまくいった。決めポーズもビシッと決まったぞ。

 

『『『おおぉ~~!!』』』

 

 すると観客たちは感嘆の声をあげ、拍手で僕たちを称えてくれた。

 

『2人は諸事情にヨリ急遽来てもらったピンチヒッターネ! 妖精のシマダと天使のヨシイに感謝を込めて、モウイチド盛大な拍手をお願いシマァーース!!』

 

 パチパチパチと会場全体から盛大な拍手が贈られる。それを受けて美波は僕の左手を取り、ドレスの端を持ち上げて礼をする。こんな時に僕が棒立ちなのはおかしい。僕も同じように右手で軽くドレスを持ち上げ、観客に向かってお辞儀をした。

 

『シマダにヨシイ! アリガトーネ! 観客の皆サンもアリガトーネ!!』

 

 こうして僕らの出番は終わった。

 

 ほんの数分間の出演だったけど、僕にとっては色々な意味で記憶に残る数分間であった。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 僕たちは舞台脇の幕に入り、楽屋に戻ってきた。

 

「ん~っ……! はぁ~……緊張したぁ~っ」

 

 ぐーっと背伸びをし、大きく息を吐いて美波が言う。先程の堂々たる歩みのどこが緊張していたのだろう。僕なんか今でも足がガクガクと震えているというのに。

 

「でもすっごく貴重な経験ができたわね。アキはどうだった?」

「とりあえず一刻も早くこの服を脱ぎたいかな」

 

 今更だけど、僕はあんなにも大勢の人にウェディングドレス姿を披露してしまったんだな。なんて恥ずかしい真似をしてしまったんだ……もしムッツリーニに見られていたら大変なことになっていただろう。あいつがサラス王国に行ってくれて良かったよ……。

 

「しばらくそのままの格好でいたら? せっかく可愛いんだし。それにこんな機会なんてもう二度と無いわよ?」

「もし二度目があったら僕はもう社会で生きていけないよ……」

「そうしたらウチがお嫁に貰ってあげるわよ」

「そこはお婿じゃないの!?」

「どっちだっていいじゃない。ふふ……」

 

 水の妖精の美波が楽しそうに笑みを浮かべる。僕にとっては切実な問題なんだけどな……。

 

 ――っ!?

 

「し、しまった!!」

 

 脇のワゴンに置かれた時計を見て、僕は仰天した。時計の短針は右下を。長針は真っ直ぐ上を指していた。つまり今の時刻は午後4時。

 

「どうしたのアキ? 何が”しまった”なの?」

「説明してる時間なんて無いよ! とにかく行こう!」

「えっ? 何? きゃっ!」

 

 僕は美波の手をガッと掴み、慌てて楽屋を飛び出した。まさかこの楽屋に来てから1時間も経っているとは思わなかった。もう約束の時間が過ぎてしまっている。着替えている暇は無い!

 

「ちょ、ちょっとアキ! そんなに引っ張らないでよ! このドレス走りにくいんだから!」

「ごめん! ちょっと黙ってて! 僕も走り辛い!」

 

 左手でロングスカートを持ち上げ、右手で美波の手を握って僕は全力で走る。町中を歩く人は1時間前よりは減っていた。そのせいもあってか、僕と美波のドレス姿での疾走はかなり目立つようだった。右や左に通り過ぎる人々の視線は、必ずと言っていいほど僕らに向いていた。

 

「待ちなさいよアキ! 一体何だって言うのよ!」

「約束の時間が過ぎてるんだ!」

「約束? 何の?」

「とにかく行けば分かるよ!」

「もう! 何なのよ!」

 

 僕は美波を連れて町中を走り続ける。懐中時計を置いてきてしまったので今の時刻は分からない。この世界に来てから時間を気にすることがなくなって、時計を見なくなってしまったからな。失敗した……いや、反省するのは後だ。今はとにかくあの人が帰ってしまう前に約束の場所に行かなくては!

 


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