僕たちは近くの喫茶店に入り、パーマ頭の男の話を聞くことにした。とりあえずジュースを頼んで席に着く僕たち。すると男は
彼の名はマクレガー。様々なイベントの司会を請け負う仕事をしているらしい。つまりフリーアナウンサーのようなものだろう。ただ、この人は司会だけでなく、出演者の調整なども一手に受けているそうだ。司会兼プロデューサーといったところだろうか。
彼はこのハルニア祭でレスター新作発表会の司会を請け負ったと興奮気味に言う。レスターとはこの世界で知らない人はいないくらいに有名なファッションデザイナーだそうだ。そして今日はそのレスターという人の新作20作を発表する大事な日らしい。
今回彼が助けを求めてきたのは、この出演者に関する問題だった。なんでもイベントの最後を飾るステージの出演者が急病で出られなくなってしまったらしいのだ。しかし今さら発表会を中止にするわけにもいかない。かといって他に最終ステージの衣装を着られる者は出演者の中にはいない。そもそも着付けに時間が掛かるので、他の者が着替えていたのでは間に合わないのだという。
大弱りの彼はなんとかして代わりの出演者を見つけ出そうと、祭りの中を必死に探した。そこでハチ合わせした僕らを見て「ビビッと来た」と彼は言うのだ。
「なるほど。つまり美波にそのモデルになってほしいってことですか?」
「
バンと机を両手で叩き、身を乗り出して熱弁するマクレガーさん。ホントにテンションの高い人だな。
「でもウチみたいな体型に似合う衣装なんて無いと思うんですけど……」
「no! そんなコトないヨ! ユーは千年に一度の逸材ネ! ミーが保証するネ!」
「そ、そうですか? ウチそんなこと言われたの初めてなんですけど……」
「oh! ミンナ見る目がナイネ! コンナ逸材を見逃すナンテ信じられないヨ!」
「え~っ? そんなぁ~っ ねぇアキどうしよっ ウチ褒められちゃったっ」
両手を頬に当ててイヤンイヤンと首を振る美波。彼女のこんな仕草を見るのは初めてだ。なるほど。こんな風に褒めれば美波は喜ぶのか。よし、ここはひとつ、もっと褒めるように仕向けてやろう。
「マクレガーさん、美波のどんな所がモデルに適してるんですか?」
「what? ユーにはワカラナイのデスか?」
「実は僕はファッションとかあまり分からないものでして。教えてもらえませんか?」
「ヨロシイ。ナラバ教えまショウ!」
彼はすっくと立ち上がり、ビシッと美波を指差すと眼鏡をキラリと輝かせた。
「ユーが適任者たる理由! ソレハ3つあるのヨサ!」
「その3つとは……?」
ゴクリと生唾を飲み込み、僕は次の台詞を待つ。一体どんな褒め言葉を使うんだろう。言葉のレパートリーが少ない僕にとってこれはいい機会だ。ここで褒め殺しのテクニックを学ばせてもらおう。
「そのシナヤカな腕! カモシカのような脚線! ソシテなによりその直線的なバストゥ!!」
あ。ダメだこれ。
――コキッ
諦めた直後、乾いた良い音がした。
「ンノォォォーーーーーーウウ!!」
今のは美波がマクレガーさんの腕を捻った音だ。僕も以前はあんなのをよくもらってたなぁ。なんて懐古に浸っている僕の横では黒いパーマ頭が手首を押さえながら踊っている。これは痛そうだ……。
「まったく、失礼しちゃうわ!」
「あ、あのさ美波」
「なによっ!」
「いやほら、その……す、少しは手加減しないと……」
「平気よ。ちょっと手首を捻っただけなんだから」
「で、でも結構痛そうだよ?」
「大丈夫よ。ちゃんと手加減してるんだから。もしアンタだったらこんなもんじゃ済まさないわ」
「っそ、そうなんだ……」
これで手加減してるのか。マクレガーさんすっごく痛そうなんだけど……っていうか僕にも手加減してほしいんだけど?
「えっと、それでどうする美波? この話、受ける?」
「せっかくだけど断るわ」
「え……なんで? 新作の衣装を着られるなんて機会、めったに無いよ?」
「嫌よそんなの。いい晒し者じゃない」
「そうかな。これってモデルの仕事みたいなもんだし、美波にはぴったりだと思うけどな」
「えっ? そ、そう? ウチってモデルになれる?」
「うん。なれると思うよ。美波は手足が長くてモデル体型だし」
ちょっと胸のボリュームが足りない気がするけどね。でもこれを言ってしまったらマクレガーさんの二の舞だ。
「ユーが逸材なのは間違いないネ! オ願いネ! ぜひミーのショーでトリを飾ってクダサイ!」
逆三角形を繋げたような眼鏡を光らせ、マクレガーさんは真剣な声で言う。っていうかこの人復活したんだ。結構回復早いな。
「でも発表会って舞台に立つんですよね?」
「イェース! レスター師匠のスバラな衣装を着て舞台を歩くネ!」
「ウチそんな舞台経験したことないし……」
「ダイジョーブ! 長サ10メートルほどの道を歩いて戻ってクルだけヨ! 簡単ネ!」
「でも歩き方だってよく知らないし……」
「フリースタイルでいいのヨ! 決まった歩き方なんテ個性がモッタイないネ! 心配ナラ出場前に練習するとイイのヨサ!」
「ん~……でもやっぱり大勢の人の前に立つなんて恥ずかしいし……」
「ソレジャこっちの人と一緒に出るといいネ!」
マクレガーさんが今度はキラリと出っ歯を光らせ、ピッと指差す。
――僕を。
「えぇっ!? ぼ、僕ぅ!?」
「アキも一緒に出ていいんですか?」
「モチロンヨ! 実は欠員は2名なのヨ! だからユーたち2人で出演してほしいネ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ。僕なんかじゃ舞台がブーイングの嵐になっちゃうよ?」
「ダイジョーゥブ! ユーにピッタリの衣装もあるネ!」
「マジで!?」
かっこいいタキシードとかかな? そうかぁ……美波と一緒にタキシードで舞台かぁ……それもいいかもしれないなぁ……。
「ドウ? 出演してもらえマスカ??」
彼はテーブルに手をついて身を乗り出し、キラキラと目を輝かせる。まるで葉月ちゃんのような純真な目をしているが、彼の容姿にはまったく似合わない。正直やめてほしいと思ったが、これほど本気だと言いづらい。
「ウチは……アキと一緒なら出てもいいかな」
隣でモジモジしながら美波が言う。美波はオーケーなのか。なら僕は……。
「そ、それじゃ僕も美波と一緒なら……」
「ブラボーーゥゥ!! 2人ともアリガトーネ!!」
「いいわよねアキ」
「うん。よろしくお願いします。マクレガーさん」
「ノンノン。ミーのことはマックと呼んでほしいネ!」
「分かりましたマックさん。ウチは島田です」
「僕は吉井です」
「オッケェェイ! ソレじゃシマダにヨシイ! 早速会場に向かうネ! もう開演まで時間が無いヨ!!」
「「はいっ!」」
こうして僕らはマクレガーさんの新作発表会の舞台に立つことを了承した。大丈夫。例の時間まではまだ1時間ある。移動時間を含めても十分間に合うはずだ。
☆
ショーの会場は屋外だった。町の広場の一角を借り、高さ2メートルほどの舞台を設置し、その端っこに被せるようにテントが建てられた構造だった。どうやらこのテントが出演者の待機所と更衣室のようだ。今僕たちはそのテントの中に案内され、マクレガーさんから説明を受けている。
「えぇっ!? 僕らの出番って最後なんですか!?」
「ソウヨ。だからトリを飾って欲しいと言ったネ」
「トリってそういう意味だったんですか……」
困った……まさか出番が最後だとは思わなかった。時間的にギリギリだ。ショーが延長したりしたらマズイな……。
「アキ? 何か予定でもあったの?」
「うん。ちょっとね」
「ウチ何も聞いてないわよ? どんな予定?」
「あっ……ううん! 無いよ! 予定なんてなんにも!」
「なによそれ。見え透いた嘘をつくんじゃないわよ」
「ホントだよ! ホントに予定なんて何にも無いよ!?」
「嘘おっしゃい! さぁ何を隠しているの! 正直に言いなさいっ!」
「うぅっ……!」
ここで話してしまったらせっかくの作戦が台なしだ。なんとかして誤魔化さないと……。
「そんなことより早く着替えようよ! 出番の前に歩き方の練習するんだったよね!」
「う……しょうがないわね。後できっちり説明してもらうからねっ!」
「あぁ、分かってるよ」
そうさ。あとでちゃんと説明するさ。
「これがレスター師匠とっておきの最新作ネ! 絶対に汚したらダメヨ!!」
マクレガーさんが大きな布を両腕に掛けて僕たちに差し出す。そんな彼の目は逆三角形のメガネの奥でキラキラと輝いていた。
「そのレスターってどんな人なんですか?」
美波が薄水色の衣装を受け取りながら尋ねる。それは僕も聞きたいと思っていた。何度も名前を呼んでいるし、マクレガーさんはその人を慕っているように感じたから。
「……トテモ気難しいヒトネ。デモ仕事に誇りを持ってるヒト。ホントは今日のショーの最後で挨拶をしてもらう予定だったノヨ。でも急用が出来てシマッタと連絡がアッテ衣装だけが届いたのヨサ」
今までのテンションが嘘のように静かに語るマクレガーさん。こんなにも寂しそうな顔をするなんて、余程会いたかったんだろうな……。
「そうですか。それは残念ですね……」
僕は少し同情しながら、彼の渡す衣装を受け取った。
「サァ2人トモ早く着替えるネ。ソノ衣装は着るのに20分ほど掛かるネ。急がないと出番に間に合わないヨ」
「「はいっ!」」
「それじゃ美波、また後で」
「うんっ」
僕たちはそれぞれ個室の更衣室に入り、渡された衣装に着替え始めた。確かに新作衣装は着るのに時間が掛かった。というのは結構複雑な構造をしていて、着る方法がすぐには分からなかったからだ。でも着方が書かれた紙を一緒に渡されたので、なんとか1人でも着られそうだ。
――そして20分後。
「ねぇ見て見てアキ! このドレスすっごく可愛いと思わない!?」
更衣室から出てきた美波がくるくると回りながらドレスを見せつける。
薄い水色のドレス。腰の辺りからふわりと大きく広がった、地面に付きそうなくらいのロングスカート。胸元から両肩に向かってVの字に白い布を掛け、左肩に青いコサージュ。両腕には二の腕を覆うほどの長いグローブをつけ、彼女の腕の細さを強調している。
「うん。とってもよく似合ってるよ」
「ホント!? 嬉しいっ!」
ポニーテールをピコピコと揺らし、美波が喜ぶ。そんなに喜んでくれると、こちらまで嬉しくなってきてしまう。
「アキも素敵よ! よく似合ってるわ!」
「う、うん……」
興奮気味の美波が僕の衣装を褒める。
男らしさを強調する逆三角形のジャケット。すらりと足を長く見せるようなスラックス。ジャケットに合わせた白系のネクタイ。胸元を飾るのは情熱を感じさせる真紅の薔薇。
――なんてものは無かった。
「っていうかさ! なんで僕までこんな衣装なの!?」
純真無垢をイメージさせる純白のドレス。襟元が大きく開き、ウエストまでをキュッと締め付けるコルセットのような上半身。美波のドレスと同じように、へそのあたりから大きくふわりと広がったロングスカート。スカート全体には微細な宝石のようなものが散りばめられ、照明の光をキラキラと反射させる。
「これって普通にウェディングドレスじゃないか! なんで僕が女物の衣装を着なくちゃなんないのさ!」
ご丁寧に胸パットまで用意されていたのが
「いいじゃない。とっても可愛いわよ?」
「良いわけないよ!? 僕は男なんだから! ねぇマックさん! もっとかっこいいタキシードとか無いの!?」
「no! レスター師匠は女性専用のデザイナーネ。男物なんて作らないヨ!」
「ちくしょぉぉーーっ!! なんてこったぁぁーーっ!!」
と、とにかくこれを脱ごう。こんな服で舞台に上がるなんて冗談じゃない!
「僕ちょっと着替えてくる!」
「ダメよアキ、もう時間が無いわ」
「ユーたちの出番までアト6分ネ。ダイジョーブ。ユーたちならショーのトリに相応しいネ!」
この出っ歯野郎……歯が折れるまでぶん殴ってやろうか。
「ほらアキ、歩き方の練習をするわよ」
「うわわっ! ちょ、ちょっと待ってよ!」
美波が僕の手を取り、遠心力を使って振り回す。
「上手い上手い。この調子ならまったく問題ないわね」
「問題大ありだよ! まず男の僕がドレスを着ていることに疑問を抱いてよ!」
「ウチはぜんぜん構わないわ。だってどんな格好をしていてもアキはアキだもの」
「っ……! そ、そう、かな……?」
そ、そんなこと言われると……なんか嬉しくなっちゃうじゃんか……。
「はいワン、ツー、ワン、ツー」
「わ、ワン、ツー、ワン、ツー」
「いい調子よアキ。ワン、ツー、ワン、ツー」
「ワン、ツー、ワン、ツー」
美波と手を取り合い、僕らは狭い部屋の中で回りながら踊る。うん。こうしていると悪くない気がする。
ってそんなわけあるかぁーーっ!!
「ねぇ美波、やっぱりやめない? 僕たちみたいな素人が舞台に立つべきじゃないと思うんだ」
「マックさん、ウチらの出演は何分くらいなんですか?」
「話を聞いてよ!」
「3分間ネ」
「結構短いんですね」
「ソウ? じゃあ延長スル?」
「いえ! 3分で結構です!」
僕は全力で拒否した。冗談じゃない。こんな
「だ、だからさ、僕らなんかよりもっと適した人を――」
「サァ、シマダ! ヨシイ! そろそろ出番ネ!」
「人の話を聞けぇーーーーっ!!」
なんで2人して僕を
「まずミーがユーたちを紹介するネ。ソしたら右側からシマダ、コッチ側からヨシイが出るヨ。ワカッタネ?」
「はいっ!」
美波はこれ以上ないくらいの笑顔を見せている。そんなに楽しみなのか? ここまで来たらもう止めるのは無理か……。
「はぁ~い……」
「ヨシイ! そんな顔はダメヨ! スマイルネ!」
「わ、分かりましたよ! こうなったらもうやぶれかぶれだ! やってやるさ!!」
「そのチョーシネ。ジャ、行くわのヨサ!」
マクレガーさんはニッと出っ歯の笑顔を見せると、幕から外へ出ていった。
あぁもう……どうしてこんなことになっちゃったんだろう……。
ここでマクレガー氏の容姿について少しだけ補足します。彼はおそ松さんのキャラクター《イヤミ》を参考にしています。イヤミの髪をモジャモジャのパーマ頭にして、逆三角形のミラーグラスをかけてみてください。それがマクレガー氏のイメージです。
以上、補足でした。