バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第六十話 奇妙な出会い

 結婚式の観覧を終えた僕たちは再び祭りの催し物に興じた。この世界でのお祭りは僕らの世界のものとそれほど変わりはなかった。

 

 複数人でダンスを披露する人たち。ジャグリングのような大道芸を披露する人たち。力自慢が主催する腕相撲大会。弓を使っての射的屋なんかもあった。もちろん食べ物を売る店も多数並んでいる。祭りは(とど)まるところを知らず、昼を過ぎても勢いは衰えるどころか増すばかり。

 

 空を見れば、太陽はもう頭上を通り越していた。もうランチタイムは過ぎているようだ。でも昼食は不要だ。なぜならここは祭りの会場。食べるものならいつも以上に沢山売っている。そしていつもは買い食いを許さない美波が「今日だけは」と許してくれた。おかげで僕は美味しい祭りを存分に味わっている。でも今日一番の目的はこうして食べ歩くことじゃない。メインイベントはこれからなのだ。

 

(……まだ大丈夫だな……)

 

「何か時間を気にすることでもあるの?」

 

 懐中時計で時間を確認していると、美波が覗き込んできた。

 

 この世界の住民は皆健康的だ。夜明けと共に目を覚まし、日が沈むと眠りにつく。そんな生活がこの世界での常識だった。おかげで僕もほとんど時計を見ることがなくなっていた。だから美波も不思議に思ったのだろう。

 

「うん。ちょっとね」

「何があるの?」

「んー。後のお楽しみ、かな」

「なによ。もったいぶらずに言いなさいよ」

「へへっ、今は言えないよ」

「ふ~ん……そう。ウチに隠し事をするなんていい度胸じゃない」

 

 なんとなく殺気を感じた。

 

「言いなさいっ!」

 

 やはり美波が掴みかかってきた。だがそんなものはお見通しさ。僕は身を屈め、美波の手をスルリとかわしてみせた。

 

「へっへ~ん。そう簡単には捕まらないよ」

「む~っ! なによっ! アキのくせに生意気よ! もう許さないんだから!」

 

 目を吊り上げてキッと睨む美波。彼女は腕を振り上げて今度は殴り掛かってきた。どうやら本気で怒らせてしまったようだ。

 

「うわわっ!」

 

 あまりの剣幕に僕は条件反射的に走り出してしまった。こりゃちょっと調子に乗り過ぎたかな?

 

「待ちなさいアキ! 本当の事を言いなさい!」

「だ、だから今は言えないんだってば!」

「今言うのもあとで言うのも一緒よ!」

「それを言うならさっきのバツゲームの内容だって言うべきじゃないか!」

「あれはいいの! 楽しみは後にとっておくんだから!」

「僕だって同じだよ! っていうか楽しみなのは美波だけじゃないか!」

「いいから言いなさ~いっ!」

「い、嫌だぁぁーーっ!」

 

 言い合いをしながら混雑の中で追いかけっこをする僕と美波。この時、走りながら”ちょっと危ないかも”とは思っていた。でもこの感覚――美波に追われるという、久しぶりの感覚に僕の心は高揚していた。

 

 僕らは1年生の頃からこうして一緒に遊んできた。これからもこうして一緒にバカをやって遊んでいたい。3年生になっても……高校を卒業しても……ずっと。

 

「こらぁ~っ! 待ちなさ~いっ!」

「へへっ! 待てと言われて待つバカはいないよ!」

 

 楽しかった。こんなわけの分からない世界に来てしまったけど、ここには美波がいる。こうして一緒に楽しく生活できるのなら、ここがどこだろうと構わない。そんなことを考えながら逃げていたためか、僕の警戒心はかなり薄らいでいた。

 

 すると……。

 

 ――ガチンッ!

 

 僕はついに……というか、やはり通行人にぶつかってしまった。

 

「っててぇ~……」

 

 頭のてっぺんがジンジンと痛む。まるで鉄人にゲンコツを貰った時のようだ。この感覚からして、誰かの顎に思いっきり頭突きをしてしまったのだろう。僕の頭がこれだけ痛いのだから相手はもっと痛かったはず。

 

「す、すみません! 大丈夫ですか!?」

 

 すぐさま起き上がり、僕は謝罪の言葉をかける。すると目の前でパーマ頭の男が仰向けに倒れているのが見えた。気を失っているのか? やってしまった……と、とにかく相手を起こして謝らないと!

 

「ハァ、ハァ、ハァ……お、追いついたわよ。さぁアキ! 観念しなさい!」

「ご、ごめん美波。それどころじゃなくなっちゃったんだ。手を貸してよ」

「誤魔化そうったってダメよ!」

「いやそうじゃなくてさ。これを見てよ」

「誰? それ」

「さぁ?」

 

 まったくの見ず知らず。僕にこんなパーマ頭の知り合いはいない。

 

「さぁ? じゃないわよ! ウチをバカにしてるの!?」

「違う違う! そうじゃなくて! 実はこの人とぶつかってこんなことになっちゃってさ!」

「えっ!? これアンタがやったの!? 大変! 救急車呼ばなくちゃ!」

 

 この世界にそんなものがあるわけがない。

 

「お、落ち着いてよ美波。とりあえずこの人をそこのベンチまで運びたいんだ。手伝ってよ」

 

 と美波に頼んだ直後、周囲がざわめいた。ベンチまで運ぶってことがそんなに意外なことなんだろうか? と疑問に思っていると、

 

「いったぁーーーーい!!」

 

 突然男性の金切り声が鼓膜に響いた。

 

「痛い! 痛い! 痛ぁぁーーいっ!!」

 

 目の前ではパーマ頭の男が両手を頬に当てて悲鳴をあげている。そうか、周りの人がザワついたのはこの人が起き上がったからか。無事でよかった……ってそうだ、とにかく謝らないと。

 

「ご、ごめんなさい。よく前を見ていなくて……怪我はありませんか?」

「キィーッ! 痛いわ! 痛いわのヨサ!」

「えと、あの……」

「キィィーッ! 痛い! 痛いのヨーッ!!」

 

 僕の声が聞こえてないんだろうか。それにしてもなんだか変な言葉遣いの人だな……。

 

「むキィーッ!!」

「う、うわわっ!?」

 

 パーマ頭の男は奇声をあげながら突然僕に向かって突進してきた。どう見ても怒っている。身の危険を感じた僕は咄嗟(とっさ)に逃げ出した。

 

「えっ!? ちょっとアキ!?」

 

 僕は美波を盾にするようにして身を隠す。

 

「キィィーッ!」

 

 すると男は回り込んで僕を追ってきた。や、ヤバイっ!

 

「うわわわっ!?」

 

 今度は美波の前に回り込んで男の追跡を逃れる僕。しかしパーマ頭の男の追跡は終わらなかった。更に回り込んで僕を追いかけてきたのだ。

 

「う、うわぁーっ!」

「キィーッ! イィーッ! キェェェーッ!」

「わーっ! ぎゃーっ! わぁぁーーっ!」

「キリリリイェァァーーッッ!!」

「わーっ! わーっ! ぎゃぁーっ!」

 

 男はわけの分からない叫びをあげながら僕を追い回す。追われる僕は捕まるまいと必死に逃げる。僕たちは美波を中心にぐるぐると回り、奇妙な追いかけっこを展開した。

 

「あ……アンタらねぇ……」

 

 目が回りはじめたな、と思いはじめた時、美波が拳を握っている姿が見えた。そして、

 

「いいかげんにしなさいっ!!」

 

 ――ゴ、ゴンッ

 

 美波の怒鳴り声が聞こえ、目から火花が散った。

 

「「いっててて!」」

 

 脳天に拳を受け、逃走を止めて頭を押える僕。隣では謎のパーマ男も同じように頭を抱えて痛がっていた。

 

「な、何すんだよ美波ぃ……」

「バカなことやってんじゃないわよ! 恥ずかしいでしょ!」

「だ、だってこの人が追ってくるから……」

「だってじゃないっ! それからアンタも変な声で叫ばない!」

「ホェ? ミー?」

「そう! アンタ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ美波、その人は――」

「分かったら返事は!!」

 

「「は、はいっ!」」

 

 なぜか見ず知らずの男と一緒に叱られる僕。やっぱり美波に叱られると凄く悪いことをした気になってくる。

 

 ……

 

 って。

 

「忘れてた! すみません突然頭突きをかましてしまって! 顎、大丈夫ですか?」

 

 慌てて謝罪をすると、男は頭を(さす)りながらキョトンとした顔をしていた。

 

「あぁ、大丈夫ヨ。むしろソッチの子のゲンコツの方が痛かったネ」

「っ……そ、そうですか……」

 

 あれ? 怒ってないの……? じゃあなんでさっきはあんなに追いかけてきたんだろう?

 

「デモおかげでパニクった頭がスッキリしたヨ。ありがとネ。ミセス」

 

 片言の日本語を喋るパーマ頭の男がキラリと出っ歯を輝かせる。頭突きを食らった上に殴られたのに笑って許すというのか? なんて心の広い人なんだ…………ん? よく見るとこの人、この世界ではあまり見ない格好をしているな。

 

 逆三角形を2つ繋げたような大きな眼鏡。頭は短めの黒い髪をくるくると巻いたパーマヘアー。服装は白いシャツに赤い蝶ネクタイ。それにピンク色のジャケットに白いスラックス。なんともハデな格好だ。そして最も特徴的なのは、口を閉じていても隠れない大きな出っ歯。

 

 どう見ても日本人だった。それだけに口調とのギャップが激しい。

 

「いえ、あの……こちらこそすみませんでした。アキがあんまりバカなことをするもんだから……」

「え。僕のせいなの?」

「決まってるじゃない。アンタが逃げるからいけないのよ? だからちゃんと謝りなさい」

「う……」

 

 責任転嫁されたような気もするけど、間違ってはいない。調子に乗ってこんな人混みの中を走って頭突きをブチ当ててしまったのだから、謝るのは当然の責務だ。

 

「そうだね。美波の言う通りだね」

 

 僕はパーマ頭の男の人に向き直り、姿勢を正して頭を下げた。

 

「ごめ――」

「オーゥ!! ミラクゥーールルルゥゥーッ!!」

 

 !?

 

 頭を下げた瞬間、目の前のパーマ男が突然大声で叫んだ。この奇声に周囲の人たちの視線が一斉に集まる。この奇妙なパーマ頭の男……というより僕たち3人に。

 

「ちょっ、えっ? 何? ミラ……何だって?」

「なんという奇跡!! これぞ神の(おぼ)()しネ! ミーの首は繋がったのヨ!!」

 

 男は両手を広げ、天を仰いでわけの分からないことを口走っている。なんだか関わっちゃいけない人な気がする。ここはさらっと謝って早々に立ち去る方が良さそうだ。

 

「へいユー! チミこそミーの捜し求めていた人ネ!!」

「んなっ!?」

 

 この変な人はいきなり手を握ってきた。

 

「えっ!? ウチ!?」

 

 それも美波の。

 

「そうヨ! 無駄ナ脂肪の無いスラリとした手足! 凹凸の無いボディライン! ユーこそ――ぶべっ!!」

 

 いつもの美波ならこんな風に殴り飛ばしていただろう。でも今この不審な男の頬にめり込んでいるのは僕の拳だ。

 

「美波にいきなり何をするんだ!」

 

 僕の頭は沸騰していた。まるで瞬間湯沸かし器で沸かしたかのように。理由はもちろん突然美波の手を握られたからだ。見ず知らずの、それもおかしな言動をする男に大切な彼女の手を握られたんだ。腹が立たない方がおかしい。

 

「そ、それはコッチの台詞ネ……」

 

 男が頬を押さえながら崩れ落ちる。その隙に僕は美波を取り返し、後ろに(かくま)った。

 

「美波! 大丈夫か!?」

「えっ? う、うん」

「おいあんた! どういうつもりだ! 美波に手を出したりしたら絶対に許さないからな!!」

 

 とりあえず今は手を握られただけのようだ。何かされるまえにさっさと退散しよう。

 

「行こう美波」

「え? でも……」

「いいから行くよ!」

 

 また変なことをされたら堪らない。僕は多少強引に美波の手を引いた。すると、

 

「ちょっと待つネ!」

 

 男がガバッと起き上がってきて、僕らの前に立ちはだかった。しつこい奴だ。いっそ召喚獣を使ってぶっとばしてやろうか。そんなことを考え始めた時、目の前の男は意外な行動に出た。

 

「お願いネ! このトオリ! ミーに手を貸してほしいネ!」

 

 パーマで出っ歯の男は地面に両膝を突き、更に両手をも地面に突いた。一般的にこの行動は土下座という。彼はモシャモシャの頭を僕らに向け、大衆の前でひれ伏す。この人、もしかして本気で困っているのか?

 

 ……いやいや。騙されちゃいけない。きっとこうやってこちらを油断させる作戦なんだ。そうだ、そうに違いない。よし、やはりさっさと退散しよう。

 

「悪いけど他を当たってください。さ、行こう美波」

「ちょっと待ってアキ。この人、本当に困ってるみたいよ? 話くらい聞いてあげてもいいんじゃない?」

「いや、でも……」

「いいじゃない。話を聞くだけなら」

「う~ん……まぁ、美波がそう言うのなら……」

「ホントに!? 感謝感謝ヨ! ありがとネ!」

 

 男は立ち上がり、僕の手を握ってぶんぶんと上下に振っている。変な話に巻き込まれなきゃいいんだけど……。

 


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