バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第五十九話 もしもの備え

 王宮騎士団の演習場を後にし、僕たちは再び人混みの町を歩き始めた。相変わらず右を見ても左を見ても人だらけ。その合間には”のぼり(ばた)”がチラチラと見え隠れする。そこには「飾」や「焼餅」「飴」といった漢字が書かれている。日本ではないのに僕の知っている漢字が並ぶ。なんとも不思議な光景だ。

 

 ここレオンドバーグの中央道路は馬車が4台並んで通れるほどの幅がある。道路は僕らの世界のように中央分離帯で分離されていて、上りと下りで分けられている。露店はこの中央分離帯に沿うようにずらりと並び、それが延々と続いているのだ。僕たちはそんな中を歩き、気になった旗を見ては露店に立ち寄り、売っている物を眺めて祭りを堪能していた。

 

「わぁ……これ可愛い……」

 

 露店の中にはアクセサリのような装飾品を売っている店もあり、美波はそれに惹かれているようだった。

 

 こうして目を輝かせている彼女を見ているのは楽しい。それに美波が欲しいのならば買ってあげたいと思った。ところが僕が値段を聞こうとすると美波はそれを制止し、アクセサリを元の場所に戻してしまった。

 

 欲しいからといって何でも買っていたらお金がなくなるからと彼女は言う。それに元の世界に持ち帰れるのかも分からない。だから今は見て楽しむだけにすると。

 

「でも本当に見るだけでいいの? 僕は買ってもいいと思うんだけど」

「いいのよ。その代わり元の世界に戻ったらアキに作ってもらうから」

「は? ちょ、ちょっと待って。僕が作るの?」

「そうよ?」

「いや、そうよ? じゃなくてさ! 僕にこんな細かい物が作れるわけないじゃんか!」

「冗談に決まってるじゃない。ウチだって不器用なアンタにこんなのが作れるなんて思ってないわよ」

「なんだ冗談か。よかったぁ……」

 

 ……ん?

 

 本当によかったのか? 今軽くバカにされた気がするんだけど……。

 

「あっ、ねぇねぇアキ! あれ見てあれ!」

「ふぇ?」

 

 美波がまた何かに興味を持ったようだ。こういうところは葉月ちゃんにそっくりだ。いや、むしろ葉月ちゃんが美波に似たのかな。

 

「どれ?」

「ほらあれ!」

 

 美波は僕の腕をぐいぐいと引っ張りながら道の先を指を差している。といってもその指の先には人の頭しか見えない。

 

「分かんないんだけど……どれのことを言ってるのさ」

「今人影で見えなくなっちゃったのよ。見える所まで行くわよ!」

「えっ? ――おわっ!」

 

 急に美波が僕の腕を掴んだまま走り出した。

 

「ちょ、ちょっと美波、こんな人ごみの中で走ったら危ないよ」

「いいから早くっ! 行っちゃうでしょ!」

「何が行っちゃうのさ」

「見れば分かるわよ!」

「一体何なのさ……」

 

 わけが分からず美波に引っ張られて走る僕。彼女は人ごみを掻き分け強引に突き進む。人にぶつからずに進めたのが不思議なくらいの勢いだった。そうして50メートルほど走っただろうか。そこでようやく彼女が見たかったものを理解した。

 

 美波が立ち止まったのは、大きな十字架を屋根に乗せた建物の前だった。尖った青い屋根の下に巨大な金色の釣り鐘。それはまるで教会のような建物の前だった。というか教会そのものだ。その建物の前には純白のドレスを着た女性と、同じく白いタキシードに身を包んだ男性が1人ずついるようだ。

 

『おめでとう~!』

『お幸せに!』

『おめでとう!』

 

 彼らは周囲から多数の拍手と祝福の言葉を受けていた。2人は教会の前で手を取り合い、周囲に笑顔を振りまいている。この様子は僕の知る限り”結婚式”という非常にめでたい式典だ。

 

 でも、なぜこの大混雑のハルニア祭の真っ最中に結婚式を? と一瞬疑問に思ったが、よく考えたらある意味結婚式も祭りの一種。あながち場違いでもないのかな、と思い直す僕であった。

 

「素敵……」

 

 隣では美波がうっとりと新郎新婦の様子を眺めている。きっと新婦の豪華なドレスに見惚れているのだろう。美波もしっかり女の子してるんだな。

 

「ああいうドレス、一度でいいから着てみたいな……」

「えっ? でもあのドレスだと胸が――」

「なぁにアキ? 胸がどうしたって?」

 

 美波が笑顔をこちらに向ける。しかし目は笑っていなかった。もの凄く怖い……。

 

「なっ……な、なんでもない」

「言いたいことがあるのなら言っていいのよぉ?」

「(ブンブンブン)ありませんです!」

「遠慮しなくていいのよぉ~?」

 

 ガッと腕を掴まれ、笑顔で威圧される。

 

「め、めっそうもございませんっ!」

「……ふんっ、分かってるわよ。どーせウチじゃドレスの胸が余っちゃうわよーだっ」

 

 頬を膨らませ、口を尖らせてプイと顔を背ける美波。今の僕にはそんな怒った顔も可愛いと思えるから不思議だ。って、そんなことより美波の機嫌を損ねてしまった。せっかくのデートなのにこれじゃ台なしだ。なんとかフォローしないと。えぇと、まず思いつくのは……。

 

 笑って誤魔化す。

 

 いやダメだ。そんなことをすれば今度は怒らせてしまう。これが逆効果であることは今まで何度も経験済みだ。

 

 じゃあひたすら謝る?

 

 いつものパターンだけど、これじゃあまりに進歩が無さ過ぎる。もっと説得力を……そうだっ!

 

「大丈夫だよ。探せばきっと美波に合うドレスだってあるはずさ」

「……どうかしら」

「だってほら、前に大人召喚獣が出てきた時にモデルやってたじゃない? モデルができるってことは合う衣装だって沢山あるってことだよ?」

「……パットをつければね」

「うっ……!」

 

 し、しまった! あの時はそういうオチがあったんだった……!

 

「で、でもほら! えーっと、えーっと……!」

 

 くうっ……! だ、ダメだ! フォローするネタが思い浮かばない!

 

「ハァ……もういいわよ。アキに慰めてもらっても状況は変わらないもの」

「うぅっ……ご、ゴメン」

 

 やれやれ……なんとか許してもらえそうだ。

 

「でもそんなに気になる? 僕は別に気にしてないんだけど……」

「だって……せっかく可愛いお洋服見つけてもいっつも胸が合わないんだもん……」

 

 なるほど。どうやら彼女にとっては重大な問題のようだ。男の僕には分からない悩みだ。

 

「でもさ、きっと美波みたいに悩んでる人だって多いと思うんだ。だからきっと美波にも合う服だって沢山あるんじゃないかな」

「ウチみたいに悩んでる人が多い……ホントに?」

「うん」

「どれくらい?」

「10万人に1人くらい?」

 

 ミシッと首が鳴った。頬に重たい拳をもらったようだ。

 

「この町に1人ってことじゃないの! つまりウチだけってことじゃない! アキのバカっ!」

「ご、ごごごめん! 間違えた! 1万人に1人だった!」

「アンタは~っ……!」

 

 あれ? もしかしてフォローになってない?

 

「ハァ……やめたわ。なんだかバカらしくなってきちゃった。そもそもウチの悩みは今始まったことじゃないし。アンタのバカもね」

 

 肩を落として大きく溜め息を吐く美波。許してくれた、というより諦めたのかな。これ以上は何も言わない方が良さそうだ。更にボロが出そうだし。

 

「……でもやっぱり素敵ね」

「ん? 何が?」

「決まってるじゃない。あのウェディングドレスよ」

「ふ~ん……美波はああいうのがいいんだ」

「ウチだけじゃないわ。あんなドレスを着るのは女の子みんなの夢なんだからね」

「へぇ、そうなのか」

 

 ということは姫路さんや霧島さんも同じような夢を持ってるってことか。そういえば霧島さんのウェディングドレス姿は一度見てたっけ。凄く綺麗だったなぁ。

 

 ……

 

 きっと美波が着たら、もっと綺麗なんだろうな……。

 

 結婚式か……。

 

 

 ―― 人生ってのは何があるか分からないんだ ――

 

 

 この時、僕の脳裏にはウォーレンさんの言葉が蘇ってきた。美波との未来を考えた時のことだった。

 

 僕たちは目的である2つの腕輪の入手に成功した。他の皆もきっと残りの腕輪を見つけてくる。僕はそう信じてる。

 

 けど……。

 

 白金の腕輪があれば元の世界に帰れるというのは雄二の推測でしかない。確かにあいつの理論には説得力があった。でもこの理論が正しいとは限らない。腕輪を集めても帰れない可能性だってあり得る。

 

 もし白金の腕輪が帰るための鍵でなかったら、もう帰る手段は思いつかない。そうなったら僕たちはこの世界で暮らして行くしかないのだろう。ゲームやテレビはおろか、電気さえ無いこの世界で。魔獣や魔人という脅威の存在するこの世界で。

 

「あっ! ブーケトスよ! ちょっと行ってくる!」

 

 そう言って美波はササッと人垣の中に潜り込んでいってしまった。そんな彼女を見届けながら、僕は考えた。

 

 もし、雄二の理論が……ここが召喚フィールドで作られた世界だという理論が間違っていたとしたら。もう二度と元の世界に帰れないとしたら。もしそうなったら……僕は……この世界で美波と……?

 

「見て見てアキっ! ブーケもらっちゃった!」

 

 真剣に考えている僕とは対照的に女の子全開の美波。でもこんな笑顔を見せてくれる美波が僕は好きだ。

 

「あの……さ、美波」

「え? なぁに?」

「ひとつ聞いておきたいことがあるんだ」

「どうしたのよ改まって」

 

 人生というのは何があるのか分からない。まったくもってその通りだ。あの魔人だって恐らくまだ僕のことを諦めていない。だから……もしもの時、後悔しないために。

 

「もしも、もしもだよ?」

「? うん」

「もしもアテが外れて元の世界に――」

 

 …………いや。やめよう。

 

「やっぱりなんでもない」

 

 僕は何を弱気になっていたんだろう。こんな楽しいお祭りの場で。こんな後ろ向きな考え方ではダメだ。

 

「なによ。気になるじゃない。言いなさいよ」

 

 美波は目を細め、(いぶか)しげな視線をこちらに向ける。僕が言いかけたことを気にしているようだ。彼女がこういう顔をする時に変に誤魔化すと余計面倒なことになる。でも弱気なことを言って楽しんでいる今を台無しにしたくはない。そうだな……よし、ならばこうだ。

 

「絶対に元の世界に帰ろう! お父さんやお母さん、それに葉月ちゃんも待ってるから!」

「? それが言いたかったことなの?」

「そうだよ」

「ふぅん……そうなんだ」

 

 花のブーケを手に、ジロジロと僕の顔を見つめる美波。この目は僕が嘘を言っているのか見破ろうとしている目だ。でも大丈夫。僕は本気だ。

 

「そうね。でも帰るのは皆も一緒よ。瑞希も翔子も。坂本や木下、土屋もね」

「うん。もちろんさ」

 

 そうさ、僕らの目的に”もしも”は無いんだ。絶対に元の世界に帰るんだ。美波との未来は元の世界に帰って実現すべきなんだ。

 

 

 僕は心にそう刻み込んだ。

 


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