バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第五十八話 祭

 翌朝。

 

 昨晩買っておいた惣菜パンで軽く朝食を済ませ、僕たちは町に繰り出した。まだ日が昇って1時間くらいだろうか。普段からこの世界の人たちの朝は早い。だがこの日の朝はいつも以上に活気に溢れていた。というか既に大騒ぎだった。町の至る所から音楽や歓声が聞こえ、爆竹が破裂するような音も混じっている。

 

「な、なんか凄い騒ぎね……」

「まさかこれほどとは思わなかったよ……」

 

 商店街に出た僕たちは祭りの規模の大きさに度肝を抜かれていた。道は人であふれ返り、路上には数え切れないほどの露店が並んでいる。

 

 見渡す限りの人、人、人。この光景はいつかの初詣を思い出させる。いや、この規模はそれを遥かに凌ぐ。何しろ約十万人(勝手な推定)がこのお祭りに参加しているのだ。神社の初詣の比ではない。

 

「ここまで色々あるとどこから見ていけばいいのか悩んじゃうわね」

「とりあえず道に沿って歩いてみない?」

「そうね。――きゃっ!」

 

 ちょうど移動をはじめようとしたその時、美波が小さく悲鳴をあげた。何事かと目を向けると、

 

「あら、ごめんなさいね」

「いえ、ウチの方こそ……」

 

 丸々と太ったおばさんと美波がそんな会話をしていた。どうやらおばさんがぶつかってきたようだ。

 

「大丈夫? 美波」

「うん。ちょっとぶつかっただけよ」

「人が一杯で危ないね。はぐれないように気をつけないと」

「えぇ。そうね」

 

 僕が左手を差し出すと、美波も右手を差し伸べる。そして僕たちは固く手を結んだ。その時、唐突に思い出した。あの元旦の初詣の帰り道、秀吉に言われた言葉を。

 

 

 ―― その手、二度と放すでないぞ ――

 

 

 そうか……あの言葉は背中に背負っていた葉月ちゃんのことを指していたわけじゃないんだ。その手っていうのは、今握っている僕の大切な人の手のことだったんだ。

 

「どうしたのアキ?」

「あ……ううん。なんでもない」

 

 秀吉、気付かなくてごめん。僕たちを応援してくれてたんだね。でも大丈夫だよ。この手は二度と放したりしないから。

 

「あっちの方に人だかりがあるね。行ってみようか」

「うんっ」

 

 僕たちは手を取り合い、王宮方面に向かって歩き出した。しっかりと指を絡ませて。

 

「それにしても凄い人だなぁ……美波、大丈夫?」

「うん。平気よ」

「迷子にならないようにね」

「大丈夫よ。葉月じゃないんだから」

「ははっ、それもそうだね」

 

 美波の手を引きながら人を掻き分け、僕は道を進む。すると次第にリズミカルな音楽が耳に入ってくるようになってきた。この道の先で演奏会を開いているようだ。

 

「なんかノリのいい曲が聞こえてきたね」

「ジャズみたいね」

「ジャズ? そうか。なるほどね」

「知ってるのアキ?」

「聞いたことくらいはあるよ」

「へぇ、意外ね」

「失礼な。さすがに僕だってそれくらい知ってるさ」

 

 なんとなく分かる程度だけどね。前にゲームの中でそれっぽい音楽を聴いたからね。

 

「ねぇアキ、ちょっと聞いていかない?」

「うん。いいよ」

 

 僕らは音楽の聞こえてくる方面へと歩き進む。するとすぐに人が密集しているのが見えてきた。

 

 そこは道と道がクロスする十字路にある噴水広場だった。その広場では噴水を取り囲むように人の垣根ができている。音楽はこの中央付近から聞こえてくるようだ。歩いてきた道はガヤガヤといった感じの話し声ばかりが耳についた。けれどこの付近だけは様子が違っていた。

 

 人垣の中央には、蝶ネクタイのスーツを着た男たちが様々な楽器を手に演奏しているのが見える。

 

 サックス、トランペットなどの管楽器。巨大なバイオリンのような弦楽器。あれはコントラバスという名前だっただろうか。それに大きなピアノ。

 

 5人の演奏家たちはそれぞれの楽器を巧みに操り、息の合った演奏を披露している。そんな彼らの奏でる調(しらべ)はとても心地よく、誰もが(もだ)して聞き入っていた。

 

 実を言うと、これまで僕はこういった音楽にあまり興味は無かった。けれどこの演奏会はそんな僕の考え方を覆すほどに楽しく、聞いていてつま先でトントンと拍子を取ってしまうほどに僕の心を躍らせた。

 

 一緒に聞いている美波も気に入ったようで、楽しそうに目を細めて演奏の様子を眺めている。そんな彼女を見ていると幸せな気持ちになってきてしまう。この瞬間(とき)を大切にしたい。そんな気持ちになってしまう。……皆が僕らの帰りを待っているというのに。

 

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

 

 しばらくして演奏は終了。周囲の人垣からは盛大な拍手が送られた。僕と美波も演奏者に惜しみない拍手を送った。そしてひとしきり拍手が鳴り止むと、ピアノを演奏していた男が前に出て話し始めた。どうやら自己紹介をするようだ。

 

 彼らはガルバランド王国のルルセアという町から来たらしい。ルルセアは国の西側の海岸沿いにある町で、ワインが美味しい町だという。じゃあなんでワインを売らずに演奏会なんてやってたの? と疑問に思っていると、その理由も語ってくれた。

 

 ルルセアはワインと音楽の町。美味しいワインを片手にな音楽を聞く。そんなスタイルがルルセア流なんだそうだ。

 

(ねぇアキ、ルルセアって坂本と翔子がいた町よね?)

(うん。確かそんな名前だったと思う)

(じゃああの2人ってワイン飲んでたのかしら)

(そ、それはどうかな……)

(でもワインと音楽なんて、あの2人なら似合いそうね)

(う~ん……)

 

 雄二と霧島さんがワイングラスで乾杯ねぇ……と、2人が酒場でグラスを片手にする姿を思い浮かべてみた。

 

 薄暗い店内。

 テーブルに掛けられた白いテーブルクロス。

 その上にに置かれた2つのワイングラス。

 BGMに流れる曲はお洒落なジャズ。

 

 そこで席に座る、キラキラと輝く紫色のドレスに身を包んだ黒髪ロングの女性。向かいに座るのは……白いスーツ姿の……。

 

 ……

 

 うん。霧島さんはよく似合うけど、あの赤ゴリラにはまったく似合わないね。というか僕ら未成年じゃないか。

 

(いつかウチもそんなデートに連れて行ってね)

(へっ? う、うん)

 

 いいのかな。僕もそんなお洒落なデートは似合わない気がするんだけど……。

 

 小声で僕らがそんな会話をしているうちに、演奏会のリーダーと思しき人は話を進めていた。掻い摘んで言うと、ルルセアに観光に来てほしいということのようだ。そういえば雄二があの町は「人の出入りが少ない」なんて言ってたっけ。産業的には大きな問題なんだろうな。

 

 そんなことを考えているうちにリーダーの話は進み、最後に「ぜひルルセアに来てワインと音楽を堪能してください」と締めくくった。すると周囲からは再び盛大な拍手が贈られた。演奏者たちは拍手に対して深々と礼をする。

 

 こうしてひとつの演奏会が終わった。綺麗に円を描いていた人垣はあっと言う間に崩れ、周囲は一気にガヤガヤと騒がしくなっていく。

 

「ふぅ。こんなに音楽に聞き入ったのは久しぶりだよ」

「ウチもよ。年末にテレビで歌合戦を見て以来かしら」

「僕は……覚えてないや」

「アンタがいつも聞いてるのはゲームの音楽だものね」

「まぁね。あははっ」

「でも楽器が()ける人って素敵よね」

「そう?」

「もちろんよ。だって格好いいじゃない。アキも何か楽器を習ってみたら?」

「楽器ねぇ……」

 

 とりあえず自分にやれそうな楽器を思い浮かべてみた。

 

 トライアングル。

 カスタネット。

 タンバリン。

 

 ……全部打楽器だ。

 

(小学校の学芸会かよ……)

 

 あまりにも情けなくて思わず呟いてしまった。

 

「学芸会? 何が?」

「気にしないでいいよ。ちょっと自分の不器用さに嘆いてただけだから……」

「?」

「とりあえず移動しようか。ここで立ち止まっていたら通行の邪魔みたいだし」

「そうね」

 

 ごめん美波。僕は楽器のできる格好いい男にはなれそうにないよ。歩きながら僕は謝った。もちろん心の中で。

 

 さて、次はどこに行こう? と再び周囲を見てみると、相変わらず人ばかりが視界に入ってくる。道は食べ物や手芸などを売る露店がひしめき合い、辺りには甘い香りや(こう)ばしい香りが充満している。

 

「とりあえず向こうに行ってみようか」

 

僕たちは人の波に逆らわず進むことにした。しっかりと手を繋いで。

 

「それにしても凄い人ね。これじゃお祭りを見るというより人を見に来たって感じがするわ」

「ははっ、言えてるかもね。でもお祭りなんてこんなもんじゃない?」

「そうかしら」

「初詣の時だってこんな感じだったじゃん」

「そういえばそうだったわね。あっ、ねぇアキ、あれって何かしら?」

「ほぇ?」

 

 美波の指差す先には先程と同じような人垣ができている。しかし今度は円陣ではなく、道脇に設置された柵に対して一直線に人が並んでいる。

 

「行ってみようか」

「うんっ」

 

 早速僕らも周囲の人の真似をして柵に張り付いてみた。目の前に広がるのは広い空き地。この観客たちはこの空き地での催し物を見ているようだ。

 

 いや、これって空き地というか、もしかして……演習場? 僕にそう思わせたのにはもちろん理由がある。柵の向こうにいたのは大きな馬に跨った全身鎧の騎士。それも2人だった。2人の騎士は共に長い槍と大きな丸い盾を持ち、数十メートル離れた場所で向かい合い、睨み合っている。まさに一騎打ちの様相だ。

 

「ね、ねぇちょっとアキ、もしかしてこれって……決闘?」

 

 美波が僕の袖をクイクイと引っ張り、不安げな表情を見せる。彼らの出で立ちは僕の目にも決闘に見えた。ただ、それが本気の殺し合いではないことは分かっていた。

 

「大丈夫だよ美波。槍の先っぽを見てごらん」

「えっ? 槍?」

「ほら、先端に布が巻かれてるだろう?」

「あ、ホントね。あれなら突き刺したりできないわね」

「そういうこと。つまりこれは練習なんじゃないかな」

 

 僕がそんな説明をしていると、2人の騎士の間に立っている男が大声を張り上げた。彼もまた全身を鎧で包み、腰には長い剣を携えている。

 

『ご高覧の皆様! これより王宮騎士団による演習の模様をご覧に入れます! 身を乗り出すと大変危険です! どうか柵から手を放してご覧いただきますよう、お願いいたします!』

 

 柵に身を寄せていた観客は男の説明に従い柵から手を放す。僕たちも少しだけ柵から離れ、広場の様子を見守った。

 

『ありがとうございます! あ、そこの坊ちゃまもお下がりいただけますでしょうか!』

 

 男の視線の先に観客が一斉に目を向ける。そこには柵に跨って遊ぶ1人の男の子の姿があった。その男の子はすぐに母親と思しき女性に抱きかかえられ、柵から下ろされていた。

 

『ありがとうございます! それでは始めさせていただきます!』

 

 進行役の騎士がそう告げると、左側の馬に跨った鎧の騎士が大きな声で名乗りをあげた。

 

 彼は半年前に入団した新米騎兵らしい。これまでの厳しい訓練を乗り切り、今回初めて騎乗することを許されたそうだ。もちろん今回が初めての対人演習であると彼は語り、すべての力を出し切って必ずや勝利を収めると声高らかに訴えた。

 

 すると観客からは拍手と歓声が湧き上がった。馬上の彼は声援に応え、槍を持った手を高く掲げて雄叫びをあげる。

 

 続いて右の騎士が名乗りをあげた。彼の声は騒々しいこの町の中でもよく通る、大きな声だった。

 

 右の騎士は新米というわけではないが、やはり騎乗するのは初めてらしい。彼もまた同じように意気込みを語り、「勝利をわが手に!」と腕を掲げて雄叫びをあげた。するとまた観客から盛大な拍手が送られた。いよいよ試合開始だ。

 

「ドキドキするわね……」

「うん」

「アキはどっちが勝つと思う?」

「やっぱり右の人が勝つんじゃないかな」

「そう? ウチは左の人だと思うんだけど。凄く気合入ってるし」

「そうかな? 右の人の方が経験ありそうだし、戦い方も知ってると思うんだけど……」

 

『はじめッッ!!』

 

 進行役の騎士の声が会場に響くとそれぞれの騎士は馬を駆り、突撃を開始した。馬は一気に速度を上げ、騎士たちは槍を真っ直ぐ前に構える。そしてついに中央でお互いの槍と盾がぶつかり合った。

 

 ――ドッ

 

 鈍い音と共に2人の騎士は仰け反った。しかし2人とも衝撃を堪え、馬もまた左右に逸れて衝突を避けた。周囲からは「おぉ~」という感嘆の声が漏れ、パチパチと拍手が贈られる。

 

 どうやら初撃(しょげき)は引き分けのようだ。2人の騎士は再び元の位置に戻り、体勢を整える。

 

「凄い迫力ね」

「うん。こんなの初めて見たよ」

「ホントね。ウチも映画とかで見たくらいよ」

「そりゃそうさ。馬と騎士なんて現実社会には無いからね」

「そういう意味では貴重な経験とも言えるわね」

「まぁね」

 

 と、美波とそんな話をしているうちに準備が整ったようだ。

 

『再試合――はじめッッ!!』

 

 進行役の男の合図で再び2人の騎士は馬を駆り、突撃する。2人は槍と盾を構えて真っ直ぐ突き進む。お互い速度は十分。今度こそ決着がつきそうだ。そして数秒後、2人は再び僕たちの目の前でぶつかり合った。

 

『うぁっ!』

 

 片方の騎士が叫びと共に弾き飛ばされ、地面に叩き落された。衝撃に耐えられず落馬してしまったようだ。

 

『勝負あり! そこまで!』

 

 進行役が片手をあげて大声で叫ぶ。すると周囲から歓声と共に大きな拍手が送られた。勝者の騎士は槍を掲げ、その拍手に応えている。

 

 勝敗は決したようだ。でも大丈夫なんだろうか。あの騎士さん、結構な勢いで地面に落ちたけど……と心配をしていると、地面に寝転がっていた鎧の騎士がむくりと起き上がった。

 

『くっ……なんたる不覚……』

 

 兜を取り、地面に座り込んで項垂れる騎士さん。よかった。怪我はしていないみたいだ。

 

 勝者の騎士は馬から降り、敗者の騎士に向かって歩いて行く。着ている鎧を重そうに一歩一歩、ゆっくりと歩いて行く勝者の騎士。彼は座り込む騎士の目の前まで歩み寄ると、スッと手を差し伸べ、握手を求めた。

 

 そして2人はがっちりと握手を交わす。

 

 彼の紳士的な振る舞いに、周囲からは更なる拍手が送られる。もちろん僕と美波も手を叩き、惜しみない拍手を送った。

 

「ウチの勝ちね」

「ほへ? 何が?」

「どっちが勝つかって予想したでしょ?」

「うん。まぁ確かに予想したけど……」

 

 今回の勝者は左の新米騎士。僕の予想は外れている。そういう意味では僕の負けではある。

 

「さぁて。何をしてもらおうかしらね」

「へ? 何それ?」

「だってアンタの負けなんだから。ウチの言うことを聞いてもらうわよ」

「えぇっ!? 何それ! そんなバツゲームの約束なんてしてたっけ!?」

「今決めたの」

「そ、そんな無茶苦茶な!」

「なによ。男らしくないわよ? アンタもあの騎士さんたちを見習いなさい」

「理不尽だぁぁっ!」

「そうねぇ。普段できないことがいいわね」

「うぅっ、そんなぁ……」

 

 まさかこんな所でバツゲームをさせられるなんて……と、とにかく無茶なことを言わないように誘導しないと!

 

「あ、あのさ美波」

「ちょっと黙ってて! 今考えてるんだから!」

「はい……」

 

 って、あっさり引き下がってどうするんだ!

 

「ね、ねぇ美波、とりあえず他を見に行かない? 考えるのはそれから――」

「よし、決めたっ!」

「もう決めちゃったのぉぉ!?」

 

 お、遅かったか……こうなったら無茶な要求じゃないことを祈るしかない……。

 

「えっと……それで僕は何をすれば……?」

「今はナイショ。時が来たら言うわ」

「ふぇ?」

「さ、他を見に行きましょ」

「えっ? な、何? どういうこと??」

「だから言ってるでしょ? アンタへの要求は後で言うわ」

「えぇ~……そ、そんなぁ……」

 

 美波が満面の笑みを浮かべて僕の手を握る。できれば今バツゲームの内容を言ってくれた方が気が楽になるんだけど……歩きながらそう思っていたけど、彼女の笑顔を見ていたら言えなくなってしまった。まぁいいか……きっと今の美波なら無茶を言ったりしないだろう。うん。美波を信じよう!

 


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