レオンドバーグ東の湖畔で繰り広げられた魔人との死闘。今回は美波との共闘の末、なんとか魔人を撃退することに成功した。ずいぶんと神経をすり減らした気がするけど、結果オーライだ。
「だから言ったでしょ? ウチらが力を合わせれば負けないって」
「そうだね。なんだか自信が付いたよ」
けど……何だろう。あいつ、美波と戦い辛そうにしていたように見えたけど……。そういえば前回も美波を攻撃しようとした所で引き上げたし。それにさっきも手を出せないとかなんとか言ってたような?
「これで安心して腕輪探しができるわね」
「うん。そうだね」
ま、いいか。とにかく僕らは勝ったんだから。って、そうだ。泳いでこの湖の底から探すのは無理だって相談しに来たんだった。
「ねぇ美波。ちょっと相談があるんだけど」
「なぁに?」
「さっき何回か潜ってみたんだけどさ、広過ぎちゃってこの調子だと何日掛かるか分かんないくらいなんだ」
「そうね。ウチもそう思ってたところよ」
「2人で探したとしても何日も掛かりそうだよね……このままじゃ集合時間に間に合わなくなっちゃいそうだ」
「ふふっ、任せて。ウチに考えがあるの」
「考え?」
「そうよ。まぁ見てなさい」
自信たっぷりにウインクしてみせる美波。彼女は装着したままの姿でスタスタと湖の畔まで歩いて行った。
「いいアキ? 舞い上がるものをよく見てて。それでそれらしい物を見つけたらすぐにキャッチするのよ」
「ほぇ? キャッチ?」
一体どうするつもりなんだろう? わけが分からず眺めていると、彼女はサーベルをスッと天に向かって掲げた。そして、
「――
美波が天に向かって声を張り上げる。するとサーベルの切っ先から小さな風が巻き始めた。その風は美波の頭上で急激な勢いで脹れ上がり、やがて直径10メートルほどの大きな竜巻に変化していった。
「さぁ行くわよっ!」
彼女はそう言って剣をピッと前に振り下ろす。すると竜巻は更に大きさを増し、空を覆わんばかりの巨大な台風のような姿に成長していった。その台風は沖に向かって進みながら湖の水を空中へと巻き上げていく。
「なっ、なんて強引な……」
上空では大量の水がゴウゴウという轟音と共に巨大な渦となって巻いている。そこからは水の滴がパラパラと音をたてながら降り注ぐ。辺り一面に広がる水しぶき。それらは霧雨となり、太陽の光を屈折させ、僕らの前に七色の虹を作り出した。
「おぉ……」
「か、感心してないで早く探しなさい……! お、重たいん……だから……!」
苦しそうに美波が言う。彼女は強く目を瞑って歯を食いしばり、両手でサーベルを掲げている。まるで鰹の一本釣りだ。この様子からすると、この技にはかなりの力が要るようだ。
「よく探せって言われても……」
美波の作り出した竜巻は湖底の土砂をも掬い上げていた。ぼろぼろと零れ落ちていく水や石や土砂。その中を僕は目を皿のようにして探す。けれど色々な物が落ちていくのでよく分からない。
(こんな中を探せって言われたって腕輪なんか見えるわけが……)
と呟いた瞬間、ひとつだけキラリと光る物が落ちていくのが見えた。
「むっ! あれかっ!?」
僕はそれ目がけて泥まみれの湖底を全力で疾走。短距離走の選手もビックリの速度で光る物の下へと辿り着き、
――パシッ!
ひったくるようにそのリング状のものを取った。この形……間違い無い! 腕輪だ!
「あった! あったよ美波!!」
手にした腕輪を掲げ、僕は美波に笑顔で呼び掛ける。
『いいから早く……ど、どきなさいっ……!』
「あ。そうだった」
今僕がいる所は本来は湖。ここにあった水はすべて頭上にあるのだった。僕は慌てて走り出した。
『は、早く……早く……しなさいっ……!』
「すぐ戻る! もうちょっと我慢して!」
大股で湖底を走る僕。けれど踏み込む度にズブズブと足が泥に沈み、とても走りづらい。くそっ! 来る時は全然気にならなかったのに……!
「あ、あと少し……!」
僕は懸命に足を動かして美波の元へと急ぐ。ところが湖岸まであと少しという時、着ていた学ランが音もなく消え、元の文月学園の制服に戻ってしまった。
「げっ!? し、しまった! 時間切れ!?」
急激に速度が落ちてしまう僕。あと50メートルほどだというのに!
『も、もう……ダメ……っ!』
前方に見える美波は腕をブルブルと震わせている。どう見ても限界だった。
「わーーっ! 待って待って待ってぇぇーーっ!!」
僕は慌てて泥の中を走る。だが間に合わなかった。
――ドバァッ!
頭上から滝のような勢いで大量の水が降り注ぐ。肩や頭に鉄人の拳を何発も受けているような感覚だった。
「うわぁぁーーっ!?」
ドゥドゥと音を立てながら降り注ぐ水や土砂。こんな勢いで押し込まれては身動きが取れなかった。
『アキ! アキ! アキぃぃーーっ!』
滝のように降り注ぐ雨を背中に受けながらも僕にはこの叫び声が聞こえていた。こんな状況に置かれていても冷静でいられたのは不思議だった。
最初は痛いくらいに叩きつけられていた水だが、僕の体はすぐに水中に沈められ、背中への圧力は次第に弱まってきた。まだ立ち上がれるほどではないが、このまま湖底を這って行けば進めそうだ。けど息はそう長く続かない。急いで岸に上がらなくては。僕は両腕両足を使い、
「ぷはぁっっ!!」
「あ、アキっ!?」
岸に辿り着いた僕はズブ濡れの身体を引きずり、湖から上がった。
「うわぁー……泥だらけだよ……気持ち悪ぅー……」
「アキ! アキ! 大丈夫!?」
美波が目を潤わせながら駆け寄ってくる。青い軍服に黄色いリボンで結わえたポニーテール。この時の彼女の姿は僕の目にしっかりと焼き付いた。
「なんとか生きてるよ。この通り泥だらけだけどね」
「もうっ! 何やってるのよ! 心配させるんじゃないわよ!」
「そ、そんなこと言ったってさ……元はと言えば美波が無茶なことをさせるからじゃないか」
「なによ! ウチのせいだっていうの!?」
「あ、いや……別にそういうわけじゃ……」
理不尽だ……。
「……でも良かったアキが無事で……ごめんね……」
「へ? あ、うん」
美波は指で目尻を拭っていた。心配して涙を流してくれたのだろうか。でも泣かれるのは苦手だ。
「そうだ! 見てよ美波! 腕輪を見つけたんだ!」
「えっ!? ホント!?」
「ほら、このとおり!」
僕は右腕の袖をまくり上げ、装着した腕輪を見せた。
「さっき湖の水が落ちてきそうになった時、咄嗟に腕に付けたんだよね。おかげでこのとおり回収もバッチリさ」
「やるじゃないアキ! お手柄よ! それで、それが白金の腕輪なの?」
「んっと、ちょっと待って」
僕は腕輪に付いた泥を指で拭い、まじまじと見つめる。腕輪には確かに文月学園の校章が掘られている。けれど美波や姫路さんの時のような文字は浮かび上がっていない。見た目は僕や雄二が使っていた白金の腕輪にそっくりだけど……。
「そういえば腕輪、光ってないわね」
「ん?」
「ほら、ウチの腕輪はこうやって少しだけ光ってるわよ?」
美波が右腕に装着した腕輪を見せて言う。ほんの少しだけど確かに彼女の腕輪は光を放っている。それに対して僕の持っている腕輪は何の反応も示していなかった。
「とりあえず発動させてみようか。これはこういうタイプなのかもしれないし」
「そうなのかしら」
「まぁやってみるさ。それじゃ――
僕は右腕を掲げ、キーワードを口にする。だがウンともスンともいわない。まったくの反応なしだった。
「ダメかぁ……」
「坂本じゃないと使えないのかしら」
「もしかしたらこっちかな? ――
「「…………」」
やはり何も反応しない。聞こえるのはチャプチャプという湖の波の音のみ。
「やっぱりダメかぁ……」
「ねぇアキ、ちょっとウチに貸してくれる?」
「ん? いいけど……美波が試してみるの?」
「もしかしたら、ってこともあるでしょ?」
「うん。そうだね。……って、あれ?」
「? どうしたの?」
「ねぇ美波、まだ装着解けないの?」
「装着?」
「ほら、召喚獣さ。僕は時間切れでとっくに解除されちゃってるんだけど、美波はまだ装着したままだよね」
「そういえばそうね」
「バイザーのゲージどうなってる?」
「まだ全然減ってないわね。7、8割くらい残ってるわ」
「マジで!? どうなってるんだろ……」
「別にいいじゃない。長くて困ることも無いんだし」
「まぁそうなんだけどさ」
ま、いいか。試獣装着はまだ分からない部分も多いし。
「それじゃ……はい」
僕は右腕に装着していた腕輪を外し、美波に手渡した。彼女は自らの腕輪を外し、僕の渡したそれを装着。そして、
「じゃあやってみるわね。――
………………
やはり無反応だった。
「う~ん……ダメみたい」
「やっぱダメかぁ」
「しょうがないわね。持ち帰って坂本に見てもらいましょ」
「そうだね。もしかしたら雄二だけが使えるのかもしれないし」
「それじゃ町に戻りましょ。もう魔障壁の外なんて懲り懲りだわ」
「同感。それと早くシャワーで泥を洗い流したいよ」
「ウチが背中流してあげよっか?」
「!? いっ、いいよ! 体くらい自分で洗えるよ!」
「ふふっ、アキったら照れちゃって。可愛いっ」
「もう……からかわないでよ……」
こうして僕らは使命であった2つの腕輪の回収に成功した。魔人との戦いにも勝利し、目的もすべて果たせた。今までの僕の学園生活では考えられないほどに順調だった。
ただ、気になるのは魔人の動向。今回は僕らが勝ったが、ヤツがこれくらいで諦めるとは思えない。あれだけしつこく僕を探していたんだ。傷が癒えたらまた探しに来るに違いない。
でも大丈夫。これで2つめの腕輪の回収にも成功したし、あとはサンジェスタに戻って皆と合流するだけだ。もしこの腕輪が白金の腕輪じゃなかったとしても他の誰かがきっと見つけている。そうすれば僕らは元の世界に帰れる。魔人ともおさらばというわけさ。
そうさ、もう少しで帰れるんだ!
僕は期待に胸を膨らませながらレオンドバーグの町へと戻った。