バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第九話 目覚めた力

 おかしい。今のタイミングならもう魔獣の爪に身体が引き裂かれているはずなのに、痛くもなんともない。なぜ何も起らないんだろう? それに今の大きな爆発音は何だろう? 不思議に思った僕はゆっくりと目を開けてみた。

 

「……へ?」

 

 魔獣は目の前1メートルほどの所まで迫っていたはず。そいつがいないのだ。どこへ消えたのだろう? 疑問に思いながら周囲を見渡す。すると何匹もの魔獣が唸り声をあげながら遠巻きにこちらを観察している姿が目に入った。なんだろう。こちらを警戒しているのだろうか。

 

 とりあえず僕はまだ生きてるみたいだ。初詣のお祈りが効いたのかな。でも危機的な状況は変わっていない。とにかくこの場をなんとかしなくちゃ! 僕は両手両足にぐっと力を入れ――

 

 ……?

 

 拳を握った瞬間、左手に違和感を覚えた。手に何か棒のようなものを握っている? いや、棒というよりこれは……木刀? なぜ木刀を? それになぜか視界全体が薄い水色になっている。これは一体どういうことなんだ? わけが分からず、もう一度周囲を見回す。

 

「よ、ヨシイ! お前……! くぉぉっ……!」

 

 少し離れた所でウォーレンさんが諸刃の剣を振り回し、魔獣と戦っている。苦戦しているようだ。次に馬車に目を向ける。あれから馬車に魔獣が入り込んだ様子はない。まだ無事のようだ。そして最後に周囲に目を向けると、魔獣たちが扇状に距離を置き、「グルル……」と喉を鳴らして唸っていた。

 

 なんだかよく分からないけど……まぁいい。とにかく武器を手に入れた。こんなものでも無いよりはマシだ。どこまでやれるか分からないけど、やれるだけやってやる!

 

 気を取り直し、木刀の柄を両手でぐっと握り真っ向に構える。その時、僕はようやく自分に起こったことを理解した。

 

 ――袖が違う。

 

 文月学園の制服は袖口に金色のラインが入っていて、2つのボタンが付いている。けれど今の袖は真っ黒でボタンも付いていない。このことに気付いた僕は改めて自分の身体を見下ろしてみた。

 

 黒いダボダボのズボン。

 赤いインナーシャツ。

 前を全開にした黒い改造学ラン。

 そして手には長さ1メートルほどの木製の刀。

 

 ……この格好、見たことがある。いや、見たことがあるというより見慣れた格好だ。それも試召戦争の度に見ていた。間違い無い。これは僕の召喚獣のスタイルだ。それに視界が水色なのはバイザーのようなものが頭に装着されているからだ。更によく見るとそのバイザーの右端には薄い黄色のバーが表示され、徐々に短くなっていくのが見える。

 

 この格好は何なのだ? 僕は召喚獣を()び出したつもりだった。それがなぜ自分が召喚獣になっているのだ? 何がどうしてこうなったのか、まったく理解できない。不可解な事態に頭が追いつかず、僕はただ呆然と自分の身体に視線を降ろしていた。

 

《キィィーッ!》

 

 そうしていると1匹の魔獣が再び襲い掛かってきた。

 

「う、うわぁぁっ!?」

 

 突進してくる魔獣を咄嗟(とっさ)に木刀で薙ぎ払う。すると魔獣の身体はいとも簡単に吹き飛び、断末魔の叫びを上げる間も無く空中で煙のように消えてしまった。

 

「え……」

 

 な、何だ……? すっごく軽い? ちょっと木刀を振っただけなのに、あんなにでっかいサルが簡単に……?

 

 唖然とする僕に対し続けざまに3匹の魔獣が正面から飛び掛かってくる。だがその動きはとても遅く、スローモーションとまで言わないが、3匹の姿を目で追って2往復するくらいの余裕があった。僕はスッと横に回り込み、木刀を両手で構えて振り上げ、

 

「このっ!」

 

 そのうちの1匹の首根っこに力一杯振り下ろす。すると魔獣は「グェッ」と潰れたような声をあげ、また煙のように消えていく。

 

 この力……そうか……そういうことか!

 

 僕はようやく力を理解した。そう、これは僕の召喚獣の力。人間の何倍もの力を持つ召喚獣の力が自分に宿っているのだ。なぜこのような事が起きたのかは分からない。でも理由なんて今はどうでもいい。とにかく僕は戦う力を得た。これで皆を守れる!

 

《ウギィーッ!》

《クァァーッ!》

 

 気分が高揚してきた僕に対し、魔獣たちが四方八方から襲い掛かってくる。だがその攻撃は遅く、ゆったりと見ることができる。避けることなど造作もない。僕は奴らの攻撃をひょいひょいと軽々かわし、手当たり次第に木刀を叩き込んでいく。

 

 ……木刀が軽い。まるで夏祭りで売っているポリ製の玩具の刀を振り回している気分だ。それに心なしか身体も軽く感じる。これはもしかして神様が貸してくれた力なんだろうか。だとしたらこれからは信じてもいいかもしれないな。神様ってやつをさ。

 

《グ、グルルゥゥ……》

 

 魔獣たちは次々に起き上がり、ギロリとこちらを睨みつける。どうやら今の攻撃では当たりが弱かったようだ。でも今の僕ならこいつらにだって勝てる! 勢いに乗った僕は一気に攻勢に出た。

 

「うぉらぁぁーーーーっ!!」

 

 声を張り上げ気合を入れ、僕は木刀を振り回しながら魔獣の群れに突っ込む。

 

《グァッ!?》

《ガッ!》

 

 すれ違いざまに攻撃を当てると魔獣は小さく呻き、蒸発するように消えていく。よし、行ける!

 

「やるじゃねぇかヨシイ! 俺も負けてられねぇな!」

 

 防戦一方であったウォーレンさんも盛り返し、1匹、また1匹と魔獣を倒していく。それでも魔獣の群れは執拗に僕らに襲い掛かってくる。しかし魔獣とはいえ、こいつらを倒すのは動物の命を奪っているようで良い気分ではない。

 

「もうやめろ! 勝ち目が無いのが分からないのか!」

 

 僕は魔獣たちに諦めさせようとなんとか説得を試みる。だが奴らは僕の言葉に耳を傾けようとせず、ただひたすらに襲い掛かってくる。やはり言葉が通じないのか……。

 

「無駄だヨシイ! こいつらに言葉は通じねぇ! やるしかねぇんだよ!」

「くっ……!」

 

 仕方ない……!

 

 問答無用で飛び掛かってくる魔獣たち。僕は奴らの攻撃を避けながらカウンターを浴びせていく。そうして7、8匹を倒した頃――――

 

『うわぁーーっ!!』

『きゃぁぁーーっ!!』

 

 悲鳴に驚いて振り向くと、馬車の後部出口に1匹の大猿が乗っているのが見えた。しまった! 馬車が!

 

「やめろおぉぉーっ!!」

 

 急いで馬車に戻ろうとする僕の前に4匹の魔獣が立ちはだかる。

 

「邪魔だ! 退()け!!」

 

 片手で木刀を振り回し、その4匹を一気に倒して馬車に向かって走る。だが馬車に取り付いた魔獣はもう奥に入り込もうとしていた。うぅっ……だ、ダメだ……! 間に合わない……!

 

《ギァッ……!》

 

 そう思った瞬間、その魔獣は馬車から転がり落ち、黒い煙となって消滅した。その跡には地面に刺さった大きな剣が残っていた。あの剣は確か……。

 

「やらせるかよ!!」

 

 ウォーレンさんが横からスッと現れ、素早く剣を回収して別の魔獣に向かって行く。そうだ、あれはウォーレンさんの剣だ。

 

「ヨシイ! こっちは任せろ!」

「は、はいっ!」

 

 今のは彼が剣を投げて倒したのか。お爺さんも凄かったけど、この人も凄いな……。さすが戦闘訓練を積んだ人は違う。

 

「よぉし! 行くぞっ!!」

 

 気合を入れ直し、僕は残っている魔獣に向かって突進する。魔獣の残りは既に20匹以下。数は多いが、奴らの行動は統率が取れておらず攻撃も単調だ。今の僕にとってそんな奴らを倒すことなど容易(たやす)いことであった。

 

 跳ねるように大地を蹴り、僕は次々に木刀を打ち込んでいく。その度に魔獣たちは叫び声をあげ、黒い煙となってスゥッと大気中に消えていった。そうして戦っていると、10分もしないうちに奴らは残り5匹まで減り、残っている魔獣たちは身体を震わせ怯えだした。

 

 ここまで来たらもう僕らの勝ちだ。僕は木刀を構えキッと奴らを睨み付ける。すると魔獣どもは背を向け、ついにこの場から逃げ去っていった。

 

「……」

 

 急に静かになった森。この静けさが不気味だ。……終わったんだろうか。いや、まだ隠れている魔獣がいるかもしれない。油断大敵。ここでミスをすればここまでの苦労が水の泡だ。僕は神経を研ぎ澄ませた。僅かな音も聞き逃さないように。

 

 …………

 

 …………

 

 …………

 

 周囲に動く物は無い。どうやらもう魔獣はいないようだ。本当に去ってくれたらしい。

 

「ふぅ……」

 

 僕は構えを解き、大きく息を吐く。一時はもうダメかと思ったけど……なんとかなって良かった。

 

『お兄ちゃ~ん! かっこい~!』

 

 気付くとサーヤちゃんが馬車から身を乗り出し、熱烈なラブコールを送っていた。お母さんはそんなサーヤちゃんが落ちないように後ろから抱き抱えている。その表情に恐怖は無く、口元には笑みが零れていた。女の子もお母さんも無事のようだ。あの様子なら御者さんも行商のおじさんも無事だろう。

 

 それにしてもこんな風に応援されることなんて滅多にないから、ちょっと照れ臭い。僕は愛想笑いを作りながらサーヤちゃんに手を振り返した。

 

「強いな。ヨシイ」

 

 ウォーレンさんがそう言って剣を(さや)に納めながらこちらに歩いてくる。

 

「そ、そんなことないですよ? 勝てたのが自分でも信じられないくらいだし……」

 

 正直言って自分でもまだ信じられない。まるで夢を見ているみたいだ。まさか自分にこんな力があったなんて……。もしかして召喚獣って本来こういうものなんだろうか。

 

 自分に起きた事象が未だ信じられず、自らの手を目前に掲げてまじまじと見つめる。何の変哲も無い、いつもと変わらない僕の手。けれどこの手にはあのゴリラのような猿の魔獣を軽々と吹き飛ばすくらいの力が備わっている。見た目は全然変わらないのにな……。

 

 なんて思いながらぼんやりと眺めていると、短くなっていたバイザー上の黄色いバーがついに消えた。すると学ランや木刀がスウッっと消えていき、僕は元の制服姿に戻ってしまった。

 

「ほう? 戦闘時だけ装着するのか。便利だな」

「へ? あ……そ、そうですね」

 

 ウォーレンさんは僕の力を羨ましがっている。でも自分でもよく分かっていないので、あまり嬉しくなかったりする。ホント、何なんだろうコレ……。

 

「これからも頼りにしてるぜ。ヨシイ」

「は、はぁ」

 

 って、これからも魔獣と戦えって言うのか? もうこんな怖い思いはまっぴら御免なんだけど……。

 

「よし、カール! 馬車は動けるか!」

『ちょいと待ってくだせぇ! 今確認中でサぁ!』

「分かった! 頼むぞ! んじゃ俺らは報酬を拾っておくか」

 

 そう言うとウォーレンさんは草むらに転がる石のようなものを拾いだした。何をしてるんだろう?

 

「何してんだヨシイ。お前も拾え。これだけあればだいぶ金になるぞ?」

「ほぇ? 金?」

 

 あ、そうか。これが魔石か。そういえばルミナさんが「魔石加工商が加工する」って言ってたっけ。金になると言うのはこれを魔石加工商に売るってことなんだろうか。とりあえずウォーレンさんの真似をして拾っておくか。

 

 僕は周囲に散らばる結晶体を拾い、ポケットに詰め込んでいく。この結晶体は石のように硬く、白く濁ったような色をしている。サイズはまちまちだが、およそ3センチから5センチ。見た目は以前、美波と一緒に行った博物館で見た宝石の原石のような感じだ。

 

 ふ~ん……これが魔石かぁ。なんだか濁っててあんまり綺麗じゃないな。もっと透き通ってて宝石みたいに光る物かと思ってた。それにしても意外に数があるな。ポケットはもう満杯だけど、辺りにはまだ沢山の魔石が転がっているようだ。こうなったらリュックに入れるしかないか。

 

「よし、こんなもんだろ。馬車に戻るぞ。ヨシイ」

「はいっ!」

 

 ひとしきり魔石を拾った後、僕らは馬車の様子を見に行った。御者のおじさん曰く、魔障壁装置は応急処置でなんとか町までは動かせそうだという。馬も車両も問題ないらしい。良かった。これで先に進めそうだ。

 

「ウォーレンの旦那、それにヨシイの旦那も乗ってくだせぇ。出しヤすぜ」

「だ、旦那って……僕、17歳ですよ?」

「ハハハッ! まぁいいじゃねぇか。行こうぜヨシイ!」

 

 ウォーレンさんが僕の首に腕を絡め、顔を寄せてくる。ひ、髭がジョリジョリする……。あと鎧が肩や背中にゴツゴツ当たって痛い……。とりあえず馬車に乗ろう。早くミロードに行きたいし、お爺さんの手当ても必要だ。

 

『そいじゃぁ出発でサぁ!』

 

 ピシッと鞭の音がして、蹄の音と共に馬車が動き出した。

 

 口元に笑みを浮かべてヤケに嬉しそうなウォーレンさん。大きな目を輝かせて「どこで修行したの?」「パパより強いの?」と質問攻めのサーヤちゃん。白い包帯をお爺さんの腕に巻いているお母さん。やれやれといった表情で商品袋を膝の上に抱える行商のおじさん。そしてサーヤちゃんの質問に戸惑う僕。

 

 乗客6名。とんでもない目にあったけど、お爺さんが怪我をしたことを除けば全員無事だ。

 

 こうして馬車は峠町サントリアへの道を再び走り出した。

 


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