バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第五十二話 湖に眠る宝物

 王様の言うレオンドバーグ東の湖。それは僕にとって忌まわしき記憶の地。あの時、僕は大切なものを失いかけた。

 

 血のように真っ赤な瞳。針のように逆立った短い金髪。筋肉隆々の無気味な深緑色の身体。そして頭に生えた牛のような2本の(つの)と、ゾッとするような狂気に満ちた笑み。

 

 あの時僕は……僕らは本気で殺されそうになった。今こうして無事であることが不思議なくらい、あいつの殺意は本物だった。

 

 ――魔人。

 

 ヤツは人間の変種なのか魔獣の一種なのか。それとも違う別の生物なのか。正体はまったくもって不明だ。分かっていることと言えば、ヤツが僕の命を狙っていたこと。それが誰かの指示でやっていたこと。それと……。

 

「アキ。大丈夫よ。この広い世界の中でまた会うなんてこと、あるわけないわ」

「わ、分かってるけど……」

 

 ヤツは試獣装着した僕と同じスピードで動き、僕より力が強い。つまり総合的に見ればあいつの方が強いということが分かっている。今の僕では美波を守りきれない。それが何より……恐ろしい……。

 

「ん? どうかしたか? ヨシイ」

「ヨシイ様、大丈夫ですか? お顔の色がすぐれないようですが……」

「あっ、いえ! 何でもないんです! アキはちょっと疲れちゃたみたいで……すみません王様、少し休ませてもらってもいいですか?」

「む。そうか。旅疲れが出たのやもしれんな」

「陛下、仮眠室をお使いいただいてはいかがでしょう?」

「それがよかろう。頼むぞクレア君」

「かしこまりました。シマダ様、ご案内します。こちらへ」

「すみません。アキ、行こ?」

「う、うん……ごめん」

 

 ダメだ……思い出しちゃいけないって思っても脳裏に焼きついたヤツの刺すような視線がチラついてしまう。

 

 情けない。

 

 そう思いながらも僕の体の震えは止まらなかった。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 クレアさんに連れられ、美波に支えられながら僕は休憩室に移動した。設置された2つのベッド。真っ白な壁や天井。そこはまるで小さな病室のようだった。

 

「こちらのベッドをお使いください。何か欲しいものはございますか?」

「いえ、少し休めば治ると思いますので。あとはウチがなんとかします」

「そうですか。では私は受付におりますので、何かありましたらお声掛けください」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 僕はベッドに寝かされ、白い天井を眺めた。まだ心臓がバクバクと大きく脈打ち、手足に痺れるような感覚が残っている。呼吸も乱れ、胸が苦しい。まったくもって情けない。サンジェスタのホテルで美波に励まされ、吹っ切れたと思っていたのにまたこのザマだ。

 

「大丈夫アキ? 少しは落ち着いた?」

「……うん。ごめん」

「何を弱気になってるのよ。アンタらしくないわよ?」

「……」

 

 そう言われてもこんな無様な姿を見せてしまっては、やはり落ち込んでしまう。

 

「しょうがないわね……いいわ。アンタはそこで休んでいなさい」

 

 美波はそう言い、くるりと向きを変えて部屋から出て行こうとする。

 

「……美波? どこか行くの?」

「決まってるじゃない。腕輪を取りに行くのよ」

 

 !?

 

「だ、ダメだよそんなの! 美波1人に行かせられるわけないじゃないか!」

「大丈夫よ。サッと行ってサッと帰ってくるわ」

「それでもやっぱりダメだ!」

「そんなこと言ったってアンタ動けないじゃない。それとも今1人で立ち上がれるの?」

「う……」

「ほら見なさい。最近少しは頼りがいが出てきたと思ったけど、やっぱりまだまだのようね。ウチがいなくちゃ何にもできないんだから」

「ううっ……」

「悔しかったら1人で立ってみせなさい。それができないのならウチに従うことね」

「くうぅっ……!」

 

 く、くそっ、こんなにバカにされて黙っていられるか! 僕だって男だ! そうさ! 魔獣がなんだ! 魔人がなんだ! 今までだってAクラスというケタ違いのバケモノに対して知恵と勇気で勝ってきたじゃないか!

 

「……分かった。見てろよ!」

 

 僕はベッドの上で上半身を起こし、体を90度回転。ベッドから降り、立ってみせた。でもまだ手足が震えていて、直立するのがやっとだ。

 

「う……くっ……」

「ほら見なさい。そんなに足が震えてるじゃない。まるで生まれたての子鹿みたいよ?」

「く、くっそぉぉーーっ!!」

 

 ――パンッ!

 

 両手で自らの顔を思い切り叩き、気合いを入れる。正直、叩いた手の方が痛かった。でも今ので体の震えはおさまり、手足の痺れも回復してきたようだ。

 

「ど、どうだっ! これなら文句ないだろ!」

 

 まだ頭にフワフワする感じが残っているが、もう震えは無い。これで美波を止められる。そうさ、危険な場所に美波1人でなんて行かせるものか!

 

「ふふ……やっと立ち直ったわね。それでこそアキよ。さ、行きましょ」

「……へ?」

 

 美波が僕の腕をぐいと引っ張りながら言う。その表情はいつもの可憐な笑顔だった。

 

「ほら、何をぼんやりしてるのよ。腕輪を拾いに行くわよ。もう普通に歩けるんでしょ?」

「う、うん。歩けるけど……」

「まったく、世話が焼けるんだから。しっかりしなさいよね」

 

 彼女はそう言って僕に微笑みかける。そうか、美波は僕を立ち直らせるためにあんなことを言ったのか。どうやら僕は彼女の作戦にまんまと乗せられてしまったようだ。2度も美波に励まされるなんて格好悪過ぎだな……僕。

 

「ごめん美波。もう二度と手間は取らせないよ」

「そう願ってるわ。それじゃ行きましょ」

 

 美波はそう言ってスッと手を差し出してくる。

 

「うん」

 

 僕はその手に自らの手を重ね、しっかりと握った。暖かくて細い美波の手。彼女の暖かい心が伝わってくるかのようだった。

 

 ……この手。二度と放すもんか。

 

 そう心に誓い、僕は研究所を後にした。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 研究所を出てから徒歩で約1時間。町の東門に到着した僕たちは、前回のように警備の人にお願いして外に出させてもらった。そこから更に歩いて約10分。僕たちはついにあの湖の(ほとり)にやってきた。

 

 キラキラと太陽の光を反射する青い湖面。

 湖岸(こがん)に寄せる小さな波。

 遠くに見える雲のかかった山脈。

 

 あの時と何一つ変わらない。やはり素晴らしい景色だ。

 

 ……うん。大丈夫。

 

 以前ここで魔人に手酷くやられたのは鮮明に記憶に残っている。けれど恐怖は無い。もう大丈夫だ。よし、さっさと腕輪を見つけて帰るとしよう。

 

「確か湖の一番深い所って言ってたわよね」

「うん。でもそれってどこら辺になんだろう?」

「やっぱり真ん中辺りじゃないかしら」

「だよねぇ。どうやって行こうか」

「王様はボートで沖に出たって言ってたわ」

「んー……でも見たところこの湖にボートなんて無いよね」

「もしかしてボートも持参したのかしら……」

「そうかもしれないね。なにしろ王様だし」

「困ったわね……どうするアキ?」

「そりゃまぁ泳いで行くしかないんじゃないかな」

「やっぱりそうなるのね……」

「僕が行ってくるよ」

「えっ? いいの?」

「うん。もともとそのつもりだったし」

「でも……大丈夫なの?」

「? 何が?」

「だってさっきまであんなに怖がってたじゃない」

「いつまでも怖がっていられないさ。ちゃんと前に進まないとね」

「……その様子なら大丈夫みたいね。じゃあ任せるわ。でも気を付けてね」

「うん。それじゃ――試獣装着(サモン)!」

 

 ()び声と共に光の柱が立ち上り、僕の身体を包み込む。光は上着やズボンを変化させ、頭に半透明のバイザーを装着させるとスゥッと消えていく。

 

「よし、じゃあ行ってくる!」

 

 僕は木刀を置き、上着とシャツを脱いで湖に向かって駆け出した。脱いだのは水の中で動き辛くなるからだ。とはいえ、さすがにパンツ一丁にはなれなかった。だって美波の前だし……。

 

『アキ~っ! 見つけなかったら承知しないわよ~っ!』

 

 ザブザブと水をかき分けながら湖に入っていくとこんな声援が聞こえてきた。いや、これは声援というより脅迫か? まぁ僕にとってはどちらも似たようなものだ。

 

 そんな声援を背に受けながら僕は湖に侵入していく。そろそろ足が着かなくなってきたな。ここからは泳いだ方が良さそうだ。僕は大きく息を吸い、水中へと潜った。ゴボゴボゴボと水の音が鼓膜に響く。

 

 水中の視界は思っていたより良好。今のところ湖底も見える。でも緑色の藻が生えるばかりで腕輪のような金属は見当たらない。それとこの湖には小さな魚もいるようだ。僕が泳いでいくと小魚たちは一斉に方向を転換して逃げて行く。

 

 もっと深い所かな。僕は水中を舞うように潜っていく。それにしても召喚獣の力は凄い。普通に泳ぐより数倍早い。まるで人魚にでもなったかのようだ。しかし湖の底は思っていた以上に広い。こうして見回してみても湖底の終わりが見えないくらいだ。

 

 僕は目を皿のようにして湖底を探した。けれど見えるのはやはり藻や大きな岩ばかり。あまり泥が積もっていないのは幸いだが、それにしてもこれは骨が折れそうだ。

 

「う……ゴボッ……!」

 

 そうして探しているうちに息苦しくなってきてしまった。そろそろ限界のようだ。止むなく僕は息継ぎのために一旦浮上した。

 

「ぷはっ!」

 

 湖面から顔を出し、周囲を見渡す。だいぶ沖の方へ来たようだ。美波の姿が指人形サイズに見える。

 

『アキ~っ! 見つかった~?』

 

 遠くから美波の声が聞こえる。僕がここにいるのが見えているようだ。結構目がいいんだな。

 

「まだ~!! もう一回行ってくる~!!」

 

 僕は大声で叫び、大きく息を吸う。そして再び湖底を目指して水の中へと潜った。

 

 水を掻き分け、足をバタつかせ、僕は泳ぐ。注意深く湖の底を見て回るが、やはりそれらしい物は見つからない。再び息苦しくなり、水面へ顔を出して息継ぎ。そしてまた潜る。そんなことを4、5回ほど繰り返しただろうか。僕は水中を泳ぎながら、この探索に対して疑問を感じ始めていた。

 

 もしかしてこれって恐ろしく時間の掛かる作業なんじゃないだろうか。これだけ広い湖の底にある腕輪を目で探すなんて無謀なのかもしれない。一旦戻って作戦を立て直したほうが良さそうだ。そう判断した僕は、一旦引き上げることにした。

 

「ぷはぁっ!」

 

 そして湖面に顔を上げた時、異変に気付いた。

 

『――! ――――!』

 

 ?

 

 遠くで美波が何か叫んでいる。でも遠くてよく聞こえない。何だろう? と彼女のいる方に目を向ける。遠過ぎてよく見えなかったが、目を凝らすと美波の他に人影があるのが見えた。それに美波が何か棒のようなものを手にしているようだ。何をして――

 

「美波!!」

 

 嫌な予感がして、僕は岸に向かって全力で泳いだ。まさか魔獣に襲われて……!

 

 この時ほど召喚獣の力をありがたいと思ったことは無かった。それと同時に美波を1人にしたことを後悔した。ついさっき、手を放さないと誓ったばかりだというのに……!

 

 僕は無我夢中で泳いだ。たぶん僕のバタ足はモーターボートのような勢いになっていたと思う。そして数秒後、岸に到着した僕はその事態に戦慄した。

 

「来ちゃダメ!」

 

 そう叫ぶ美波は召喚獣を装着していた。青い軍服にスラリとした白いズボン。両手に構えているのは武器のサーベルだった。そして対峙している相手は……。

 

《ヘッヘッヘッ……なァ~んだ。やッぱりちャ~んといるじャねェか》

 

 ま、まさか……そんな……!

 


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