バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第五十一話 隠された王女

 クレアさんの案内により僕たちは研究室から応接に移動した。応接はさっきの研究室と違い、綺麗に片付けられていた。部屋はそう広くない。広さは八畳くらいだろうか。中央には小さな四角いテーブルが置かれ、それを挟むようにソファが設置されていた。

 

「ただいまお茶をお持ちしますわ」

 

 クレアさんはそう言うと静かに出て行った。

 

「やれやれ。研究室を出るのも久しぶりだわい」

 

 王様はコキコキと肩を鳴らしながらソファに腰掛ける。ヨレヨレの白衣にボサボサの髪。立派だった顎髭も伸び放題で、見る影もない。少々不潔な感じが気になるけど、今はとにかく腕輪の話をしないと。僕と美波はその向かいのソファに腰を下ろした。

 

「で、腕輪じゃったな。ラドンに行って来たのか」

「はい。ルミナさんにお会いしてきました」

 

 僕がそう答えると王様は急に眉間にしわを寄せ、厳しい目付きに変わった。そんな話など聞きたくもないといった表情だ。こんなにも嫌そうな顔をするほど王女のことに触れてほしくないのか。でも王様とルミナさんが親子であったことは間違い無い。それは王家に伝わる腕輪がルミナさんの所にあったことからも明らかだ。

 

 ()せないのは、”なぜ親子の関係を()っているのか”。王様のこの反応からして何か特別な事情がありそうだけど……でもなんだか聞いちゃいけないような気もする。

 

「あの……王様、ルミナさんと何かあったんですか?」

 

 と思っていたら美波が聞いてしまった。美波も遠慮が無いなぁ。王様の機嫌を損ねなければいいけど……なんてことを考えていたら案の定。王様は口を尖らせ、不快感をあらわにして答えた。

 

「フン! あのような親不孝者(おやふこうもの)など知らぬわ!」

「親不孝って……一体何があったんですか? 教えてもらえませんか?」

「お主らには関係のないことじゃ!」

「そんな……確かに関係ないかもしれないですけど……」

 

 美波の言葉にも応じない王様。どうしてこんなにルミナさんのことを嫌っているんだろう。先日、話を聞いた限りではルミナさんは王様の事を恨んでいる様子はなかった。ということは、きっと王様の方に何か勘違いがあるんじゃないだろうか。

 

「レナードさん」

「なんじゃ!」

「ルミナさんはとっても優しい人で王様を裏切るようなことをする人には見えません。何があったのか教えてもらえませんか?」

「嫌じゃ!」

「僕がこの世界に迷い込んだ時、ルミナさんは僕のことを親身になって心配してくれました。あんなに思いやりのある人が裏切るなんて思えないんです。もし王様を裏切るようなことをしたのなら、何か事情があったんじゃないですか?」

 

 僕は真剣だった。多大な恩を受けたルミナさんに恩返しをしたいと思っていたし、あんなに優しい人が親に恨まれるなんて悲しいと思ったから。

 

「む、むぅ……」

 

 王様の怒りは次第におさまり、悲しげな表情へと変わっていく。この様子。やはり何か特別な事情があるようだ。

 

「王様。よかったら話してもらえませんか? 僕らにも何か力になれることがあるかもしれないし」

「アキの言うとおりです。ウチらに何かお手伝いさせてください」

「ハァ……あまり王家の恥を(さら)したくはないのだがのう……」

 

 王様はしょんぼりと肩を落とし、そう言いながらも事情を語り始めた。

 

 

 ――――今から28年ほど前

 

 

 王様と王妃様の間に待望の子供が生まれた。それがルミナさんだった。長らく跡継ぎが生まれなかった王家の間ではたいへん喜ばれ、それは大事に育てられたという。

 

 だが本来ならば国王の後継ぎは男子。女の子であるルミナさんを歓迎しない者も少なくなかったという。しかしレナード国王はそんな反対の声を押し切り、ルミナ王女に王位に継がせることを決定。幼い頃より英才教育を施し、帝王学も学ばせた。

 

 彼女は王様の期待に応え、すくすくと成長した。12歳の頃には気品に満ち、王女としての資質は十分だった。彼女は笑顔を絶やさず、器量も良かった。王宮内でもそんな彼女を支持する者は多く、反対する声も次第に消えていった。もはやルミナ女王誕生は誰もが疑わなかったという。

 

 ところが彼女が16歳のある日、突然転機が訪れた。

 

 それは王様と共に峠町サントリアを視察に訪れている最中だった。たまたま1人になったルミナ王女はサントリアの町を見学に出た。今まで王都から出たことの無かったルミナ王女は見るものすべてが珍しく、時を忘れて町を歩き回っていた。

 

 その時、町の隅で1人の男と出会ったという。それがマルコさんだった。

 

 彼は町の片隅で一心不乱に金槌を振るい、剣を叩いていたという。ルミナ王女は物珍しさからその様子に惹かれ、近付いて行った。するとマルコさんは危ないから覗き込むなと怒ったのだそうだ。今まで父以外から叱られたことなどなかったルミナ王女は驚いた。けれど嫌な感じがしない。彼女はそんなマルコさんの仕事に打ち込む姿勢に不思議な魅力を感じていた。

 

 その日以降、ルミナ王女は毎日マルコさんの職場を訪れた。毎日顔を合わせるうちに次第に会話が弾むようになり、自身の悩みを打ち明けるほどになっていった。そうして数日間の滞在の大半を彼の元で過ごすうちに、彼女はマルコさんに想いを寄せるようになっていったのだという。

 

 16歳といえば僕らとほぼ同い年。一般家庭に生まれていれば学校に(かよ)っている年頃だ。けれどルミナさんは王女。学校には行かず、学業は王宮内で専属教師を使っての講義。周囲は年上の男性やお世話のメイドばかりで、同い年の者など1人もいなかったらしい。

 

 常に(うやうや)しく扱われ、年上の人でさえ彼女の前では平伏(ひれふ)す。ルミナ王女に対して誰もがそう接した。だがマルコさんだけは違った。自分が王女であることを打ち明けても、彼だけは対等に接してくれたのだという。

 

 そして数日間の視察を終え、視察団は王都レオンドバーグに戻った。だがその日以降、誰の目から見てもルミナ王女の様子はおかしかったという。

 

 何を話しかけても上の空で、窓から空を見上げては溜め息をつく日々が続いた。さすがに王様もこの異変には気づき、娘の体を案じて医師に見せたという。ところが医師が言うには、どこにも異常が無いらしい。

 

 体に異常が無いのは当然だ。以前の僕なら分からなかっただろうが、今なら分かる。そう、ルミナさんは恋をしたんだ。

 

 だがそれに気付く者は誰一人としていなかったという。王様がこの病の正体に気付いたのは数ヶ月後。ルミナ王女が無断外出から戻った時に問いただした時だという。

 

 「誰にも言わず無断でどこに行っていたのだ!」という王様の叱責に対し、ルミナ王女はサントリアに行っていたと答えた。厳しく追及する王様。すると彼女はマルコという鍛冶屋の男に会っていたと答えたという。

 

 この話を聞いた王様は目の前が真っ白になってしまったという。一国の王女がお忍びで男に会っていたなど、スキャンダルもいいところだ。王様は烈火の如く怒った。一切の外出を禁じ、王様の指名した者以外との接触すら許さなかった。だがルミナ王女は激しく抵抗した。

 

 自分には戦う力がない。だから戦う武器を作ることで皆を守りたい。それがマルコさんの思いであり、その思いに深く感銘を受けたと彼女は言う。そんな彼が好きで堪らないのだと。

 

 しかし王様はこの恋に猛反対。王女が鍛冶屋の男と結婚などありえないと、交流を硬く禁じた。これに対しルミナさんは「それならば王家を出る」と反論。王妃様の制止をも振り払い、王様とルミナ王女は激しく言い争った。

 

 口論は数時間に及んだ。しかし結局お互いに理解は得られず、ついにルミナ王女は何も持たずに飛び出していってしまったのだという。以来、ルミナさんは王家との関係を断ち、王様もまた彼女に近付くことは無いという。

 

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

 

「そんなことがあったんですか……」

「素敵な恋物語ね……」

 

 やるせない気持ちで一杯になっている僕。それに対し、美波はこの話をうっとりと聞き入っていた。

 

「そうかな? 僕はもっと話し合えばお互いに理解し合えるんじゃないかって思うけどな」

「アンタには分からないかもしれないわね。恋する乙女の気持ち」

「う……」

 

 グゥの()も出ない。何しろ僕は美波の想いに1年以上も気付いていなかったのだから。

 

「ハァ……親の気も知らんで勝手に出て行きよって……」

 

 王様はがっくりと肩を落とし、大きく溜め息を吐く。怒ってはいるけど、本当は寂しいのだろう。

 

「あれ? でも王様には王子が2人いますよね? えぇと確かライナス王子と……リオン王子でしたっけ?」

「あの子らはルミナが出ていってから授かったのだ。これでなんとか王家が保てると思うとったら、あのバカどもめ……ルミナの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいわい」

 

 なんと慰めたら良いのか……言葉が見つからない。僕も2人の王子とは会話をしているが、あの態度を思い出すと王様がとても気の毒に思えてしまった。王様もこう見えて結構苦労してるんだな。

 

「お待たせしました」

 

 良いタイミングでクレアさんが紅茶を運んで来てくれたようだ。しかしエプロン姿のクレアさんもいいなぁ……。

 

(ちょっとアキ! 何をデレっとしちゃってるのよ!)

(べ、別にデレっとなんかしてないよ?)

(嘘。クレアさんが入ってきたらじっと見つめてたじゃない)

(いやほら、それはアレだよ。白衣にエプロン姿って珍しいなって思って)

(どーせウチには似合いませんよーだ)

(なんで怒ってるのさ)

(別に怒ってなんかないわよ)

(そうかなぁ……)

(フンだ)

 

 こうして僕らが小声で話している間に、クレアさんはティーカップを僕らの前に置いてくれた。そして、

 

「ふふ……お二人とも仲がよろしいのですね」

 

 と僕らに向かって微笑みかけた。今のやりとりを見て仲が良いと思うなんて、クレアさんも少し変わった感性の持ち主だな。

 

「どうなんだろ。これって仲良いのかな?」

「知らないっ!」

 

 ツンとそっぽを向いてしまう美波。うーん。なんで怒ってるのかなぁ。

 

「そういえばヨシイよ、腕輪が違うとか言うておったがどういうことじゃ?」

「あ、はい。実はこの腕輪には特殊な力があって、僕たちが元の世界に帰る鍵でもあるんです」

「ほう? あれはそのような物であったか。それが違ったと?」

「ルミナさんから貰ったこの腕輪はウチに風の力を与えてくれるものだったんです」

「なんじゃと? ならばそれがあれば春風機(しゅんぷうき)なぞ作らんでも――い、いや、なんでもないわい」

 

 突然王様が慌てだしたので何かと思ったら、隣の美波が怒りのオーラを纏っていた。さっきスカートをめくられたのを相当怒ってるみたいだ。

 

「そ、それでですね、この形の腕輪って2つあると思うんですけど、違いますか?」

 

 ここでまた美波が暴れだしたら大変だ。とにかく話を逸らそう。というか進めよう。

 

「ふむ。確かにもう1つあった」

「ほ、ホントですか! ……ん? あった? 過去形?」

「うむ。今はもう無いのじゃ。実は失くしてしまってな」

「えぇぇっ!? マ、マジでぇ!?」

「ウチらあれがないと困るんです! どこで失くしたんですか!?」

「あれは大きな湖だったのう。以前に妻が湖を見たいと言うので連れて行ってな。それでボートで沖に出たのじゃが、その時に妻がうっかり落としてしもうてな。今頃は湖底の泥の中かのう」

「なんですぐ拾わなかったのさ!」

「無茶を言うでない。あの湖は深い所で70メートルもあるのだぞ? 潜って取りに行ける深さでは無いわい」

「うぐ……そう、ですか……」

 

 さすがに僕だって70メートルも息が続くとは思えない。25メートルプールだって息継ぎをしないと泳げないんだから。

 

「ねぇ、どうするアキ?」

「う、う~ん……」

 

 水深70メートルか。アクアラングでもあれば潜れるのだろうけど、この世界にそんな物があるわけがない。かといって素潜りで届く距離でもない。

 

 ならば召喚獣の力を借りたらどうだろう? 装着すればバタ足の力だって数倍になる。そうしたらひと息で湖底まで行って帰るくらいできるんじゃないだろうか。

 

「あっそうだ! ねぇアキ、召喚獣を使うっていうのはどうかしら?」

「うん。僕もちょうどそれを思ってたところさ」

「装着したら身体能力が何倍にもなるし、行けるんじゃないかしら」

「確か美波は水泳得意だったよね」

「どうかしら。瑞希に教えるくらいはできるけど、得意ってほどじゃないわ」

「じゃあ潜るのは僕かな」

「いいの?」

「うん。もちろんさ」

 

 自慢のポニーテールが濡れちゃうのは嫌だろうからね。

 

「なんだかよくわからんが……お主ら取りに行くつもりか?」

「はい。白金の腕輪は今の僕らにとって唯一の希望ですから」

「しかし相当深いぞ? それに正直場所もハッキリ覚えておらん」

「大体の場所が分かればいいです。あとは僕たちで探しますので」

「そうか。ならばもう止めはせぬ。だが気をつけるのだぞ。場所は魔障壁の届かぬ町の外じゃ」

「陛下、よろしいのですか? さすがに町の外は危険なのでは……」

「なぁに、ヨシイとシマダは魔獣とも対等に渡り合う力を持っておる。心配無用じゃろ」

「そうでしょうか……」

 

 クレアさんは僕たちを気遣ってくれるみたいだ。彼女も優しくていい人だな。この前の鉄の扉を片足で蹴破った姿はきっと幻だよね。うん。そうに違いない。

 

「クレアさん、王様の言う通りです。心配はいりません。それで王様、その湖の場所を教えてもらえますか?」

「うむ。この町の東側に大きな湖があるのじゃよ。知っておるか?」

「えっ? この町の東?」

 

 それってもしかしてこの前魔人に襲われたあの湖……?

 

「ねぇアキ、東の湖って……」

「う、うん」

 


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