第五十話 発明王
―――― 時は遡り、1つめの腕輪を入手した後の『チームアキ』は ――――
ハルニア王国最南端の町”ラドン”。僕らはそこで目的の腕輪のうちの1つを手に入れ、再びレオンドバーグに戻ってきた。今の太陽の位置からすると時刻は昼前。マルコさんルミナさんと別れたのが昨日朝のことだから、ここまで戻るのに一日掛かってしまったということになる。
レオンドバーグは大陸の北西に位置する。大陸の南東に位置するラドンからの移動のため、大陸を斜めに突っ切ったような形だった。移動はもちろん馬車。ラドンからハーミル、更に峠町サントリアを経由。ミロードで夜になってしまったので一晩の宿を取り、今ようやくレオンドバーグに到着したというわけだ。
「やっと着いたわね」
「ラドンから丸一日だもんなぁ。ホント新幹線とか欲しい気分だよ」
「バカね。電気なんか無いんだからそんなのあるわけないじゃない」
「分かってるさ。それにしても人間って電気が無くても暮らせるものなんだね」
「そうね。電子レンジとかドライヤーとか、使うのが当たり前になってたものね」
「あれ? そういえば美波って髪の手入れはどうしてるの?」
「タオルで拭いてブラッシングしてるだけよ?」
「へ? そうなの? それだけなのにそんなに綺麗になるんだ……」
「えっ? 綺麗? そ、そう?」
「うん。なんかいつもサラサラていいなって思ってたんだ」
「やだもうアキったらお世辞ばっかりっ」
「ひっ!?」
美波の照れ隠しフックを間一髪かわす。いつもながらなんて鋭い拳だ……。
「そうそう聞いてアキ。この世界のシャンプーって不思議なのよ。まるでリンスが入ってるみたいに髪がしなやかになるの」
「へ、へぇ~……知らなかったなぁ」
「アキだって同じシャンプー使ってるはずよ?」
「それが僕の髪はいつもと変わらないんだよね。なんでだろ?」
「元の髪質の違いじゃないかしら」
「つまり僕の髪はどう頑張っても美波みたいにサラサラにはならないってことかぁ……」
「いいじゃない。ウチはアキの髪型結構好きよ?」
「っ!? そ……そう?」
「うん。ホントよ。だから寝癖はちゃんと直しなさいよね」
「あ……ご、ゴメン。そうだね」
さらりと”好き”なんて言われたもんだから、思わず舞い上がってしまった。なにしろ髪を褒められたのなんて初めてのこと。それも美波に褒められたともなれば僕の心は有頂天。まさに天にも昇る思いであった。よし、これからはちゃんと髪の手入れもしておこうっと。
「もうすぐ研究所ね。今度は王様ちゃんと話してくれるかしら?」
「う~ん……どうだろう。この前やってた研究が終わっていれば話もできるんだろうけど……」
僕らはレオンドバーグの町を歩き、前回王様が篭っていた研究所に向かっている。王様といえば本来ならば王宮にいるのが普通だろう。でもレナード国王はちょっと変わっていて、ほとんど王宮にいないらしい。というのも、魔石研究が大好きでいつも研究所に篭っているからだという。前回会いに来た時は研究に夢中でほとんど話を聞いてくれず、ようやく聞き出せたのがラドンの町に腕輪があるという話だったのだ。
「ねぇアキ、王様まだ篭ってたらどうする?」
「そりゃ待つしかないんじゃない? だって腕輪のこと知ってるの王様だけみたいだし」
「そうよね……とにかく行ってみるしかないわね」
「うん」
程なくして僕らは研究所に到着した。コンクリートのようなもので作られた白い建物。正立方体の外観も以前と変わりはない。まぁ数日しか経っていないのだから変わらないのは当然か。
早速僕らは正面の入り口から入った。建物の中は入ってすぐにカウンター。そこには前回と同様に呼び鈴が置かれている。
「鳴らしてみるわね」
美波が呼び鈴を取り、ひと振りする。
――チリリン♪ リリン♪
風鈴のような涼しげな鈴の音が部屋中に響き渡る。すると、
『は~い、ただいま参りま~す』
と、カウンターの奥の扉の中から女性の声が聞こえてきた。この声も前回と同じ。クレアさんの声だ。
「あらヨシイ様、それにシマダ様も。お探しの腕輪は見つかりましたか?」
奥の扉から出てきたのは背の高い金髪の女性だった。前髪を切り揃えたショートカットの髪型。とても綺麗な澄み切った藍色の瞳。鼻の頭に乗せた小さな眼鏡がキラリと光る。
「こんにちはクレアさん。また来ちゃいました」
「お元気そうですねシマダ様」
「はいっ、おかげさまで」
「ヨシイ様もお元気そうでなによりです」
「あはっ、前にも言いましたけど、僕は元気が取り柄みたいなもんですからね」
「ふふ……お変わりありませんね。ところで今日はどのようなご用件で?」
「あ、はい。実は腕輪なんですけど、確かに手に入ったんですけど――――」
美波はクレアさんに事情を説明しはじめた。ラドンでの出来事をひとつひとつ、丁寧に話していく。こうして聞いていると僕より説明が上手い。美波の日本語も上手くなったものだ。
「そんなわけでして、もう1つの腕輪の在り処を教えてほしいんです」
「そういうことでしたか……まさか2つあるとは知りませんでしたわ」
「最初に言っておけばよかったですね。すみません」
「いえ。それではもう一度陛下にお伺いしてみましょうか。どうぞお入りください」
「はい、お邪魔します。ほらアキ、行くわよ」
「う、うん」
挨拶するタイミングを完全に逸してしまった……まぁしょうがないか……。
☆
「できたぞぉぉぉーーっっ!!」
「「「!?」」」
研究室の重そうな金属製の扉の前まで来ると、突然バンッとその扉が開き誰かが飛び出してきた。あまりに予想外の出来事に僕たち3人は”どん引き”してしまった。
「できた! できた! できたんじゃァーーっ!!」
「???」
両手で僕の手を握り、ブンブンと上下に振りまくる髭モジャモジャのおじさん。よく見たらそれはレナード国王だった。っていうかどういう状況? 何がなんだかさっぱり分からない……。
「えっと、あの……な、何が?」
”できた”と言うので、とりあえず何ができたのかを聞いてみた。でも王様は完全に浮かれていて話をまったく聞いていなかった。今は僕の手を放し、廊下で一人不思議な踊りを踊っている。こんな王様でホントにこの国は大丈夫なんだろうか……。
「ハァ……まったく……」
そんな王様に呆れた目線を送っていると、クレアさんが大きく溜め息を吐き、ツカツカと王様の元へと歩いて行った。そして王様の真後ろで右肘を直角に曲げ、手を上げたと思ったら、
――ビシッ!
と、王様の頭頂部にチョップを振り下ろした。
「あだーっ!?」
「何を騒いでいるのですか。落ち着いてください陛下」
「な、何をするんじゃ! 頭なんぞ叩いて馬鹿になったらどうするんじゃ! ……お? なんじゃクレア君ではないか」
どうやら今ので正気に戻ったようだ。それにしてもやっぱりクレアさんも結構乱暴な人だな。まるで以前の美波を見ているようだ。
「”クレア君ではないか”ではありません。お客様ですよ陛下」
「客人じゃと? おぉっ! お主はヨシイではないか! 久しいのう!」
……さっき誰の手を握ってたと思ってるんだろう。
「ど、どうも。お久しぶりです王様」
「ここでは王ではなく1人の研究者じゃ。レナードと呼んで良いぞ」
「分かりました。それじゃレナードさん、何ができたんですか?」
「おぉそうじゃ! 聞いてくれヨシイよ! 2週間の研究がついに実ったのじゃ! ささ、とにかく入ってくれ!」
王様は僕の背中をグイグイと押し、部屋の中に押し込もうとする。
「えっ? ちょ、ちょっと押さなっ! あ、危なっ!」
でもその部屋はガラクタの山が放置されたままで足の踏み場がない。下手に足を踏み入れたら機械を引っかけて怪我をしてしまいそうだ。仕方なく慎重にガラクタを踏み歩いて中に入る僕。美波とクレアさんも続いて入ってきたようだ。
「ね、ねぇレナードさん、この部屋少し片付けませんか? これじゃ機械を踏んづけて壊してしまいそうなんですけど……」
「ん? おお、これは気付かんかった。スマンスマン。今片付ける」
たまりかねて言ってみると、王様はガラクタの中から1枚の金属板を取り出した。そしてそれを床に突き立てると、
「よっこらせっ」
――ガシャッ! ガラガラガラ!
机周辺の床に積み上がっているガラクタをまるでブルドーザーのように壁に寄せていった。確かに机の周りは通れるようになった。でもこれって片付けたとは言わないんじゃないのかな……。
「これでよし。さぁ見てくれヨシイ! これじゃ!」
王様は弾けるような笑顔でドライヤーのようなものを手に取り、僕に見せつける。何だろうコレ。ドライヤーにしか見えないけど……?
「あの……何ですかこれ?」
「これぞ魔石の力を利用した新発明じゃ!」
「新発明?」
「聞いて驚くがよい! まずここの吸気口から空気を取り込む! そして取り込んだ空気はここんとこの10連コンプレッサーでギュッと圧縮するのじゃ! その圧縮した空気をここんトコのチャンバーで燃焼させて、今度は爆発的に膨張させるのじゃ! 吸気と燃焼に火属性の魔石を使うのがポイントじゃ!」
「……ハァ?」
何を言っているのかさっぱり分からない。火属性の魔石っていう言葉は初めて聞いたけど、コンロとかで使われている魔石のことかな? でも分かるのはそれくらいで、あとはまったくもって理解不能だ。
「ふっふっふっ……分からぬようじゃの。無理もあるまい。”百聞は一見にしかず”じゃ。こいつの力を見て驚くがよい!」
「は、はぁ……」
要するにドライヤーなんでしょ? 王様にとってはまったく新しい発明品なんだろうけど、僕らにとっては日用品なんだよね。でもこんなのができたのなら丁度いいや。ドライヤーなら美波が使いたいだろうし、僕も必要かなって思ってたところさ。
「よし、シマダよ。ちょいとそこに立っておれ」
「えっ? ウチですか?」
「そうじゃ。ヨシイの前に立っておれ」
なるほど。美波であのドライヤーの力を試そうっていうんだな? 王様も分かってるじゃないか。
「ここでいいですか?」
「そうじゃ。そこでじっとしておるのじゃぞ」
「? はい」
王様と美波の間は約2メートル。ドライヤーの風を当てるにはちょっと遠いんじゃないのかな。もしかして凄く勢いが強いとか?
「あの……レナードさん。危険なものじゃないですよね?」
銃のような形をしたものを美波に向けられ、なんとなく不安になってしまう僕。これに対して王様は自信に満ちた顔で答えた。
「大丈夫じゃ。人体に害は無い。そんなことよりよく見ておれ。行くぞい!」
一体何が始まるんだろう? 疑問符を浮かべる美波と僕を前に、王様はおもむろにドライヤーの様な物のトリガーを引いた。すると、
キュィィン……
という、金属をこすり合わせるような甲高い音が出はじめた。だがそれ以外何も起らない。ホント、何なんだろうコレ……。
「別に何も起きませんけど……」
「慌てるでない勇者ヨシイよ。これからじゃ」
「だから勇者じゃないですってば」
「そろそろいいじゃろ。見るがよい! 新発明の威力を!」
王様はそう言って、カチリともう一段深くトリガーを引いた。すると今度は、
ボォン!
という爆発音が轟き、まるでジェットエンジンのような音を立てながらドライヤーが激しい風を吹き出しはじめた。それはまるで”春一番”の強風のように激しく吹き荒れ、目を開けていられないほどだった。
「きゃぁぁーーっ!!」
目をしかめて風に耐えていると、美波の悲鳴が聞こえた。
「み、みな――――ぶぅっ!?」
正面を見て思わず吹き出してしまった。
「きゃーっ! きゃーっ! きゃーっ! ちょ、ちょっとーーっ! 何なのよこれーーっっ!?」
目の前では美波が必死になってスカートの前部分を押さえている。でも後ろに立っていた僕からはパンツがまる見えだ。
「はっはっはっ! どうじゃ凄いじゃろう! 名付けて
「凄いじゃろ、じゃないっ!!」
――ゴンッ!
「あだーっ!」
美波が王様をグーで殴ると、風は治まった。
「アーキィィ……?」
鬼の形相で僕を睨みつける美波。や、ヤバイ! こっ、殺される!?
「見たわね」
「みっ、見てないよ!」
「正直に答えなさい」
「だから見てないってばっ!」
「怒らないから正直に言いなさいっ!」
「も、もう怒ってるよね!?」
「じゃあ別の質問よ。何を見てないの?」
「え、な、何って、パ――」
いやいや待て待て。これは誘導尋問だ。危うく答えてしまうところだった。フフフ。そんな手に乗るほど僕はバカじゃないさ。
「その手には乗らないよ」
「なかなか鋭いわね。アキのくせに」
どれだけバカだと思われてるんだろう。
「どうじゃヨシイ。何色じゃった?」
「あ、うん。白」
……あ゛っ
「いやぁぁぁぁーーーーっ!」
「「みぎゃぁぁぁぁーーーーっ!」」
――研究所全体に僕と王様の悲鳴が響き渡った。
「まったく! これは没収よ!」
「あぁっ! それは
「あァ!? 何か文句あるの!!」
もの凄い形相で美波が王様を睨み付ける。まるで般若のような怒りの表情だった。こ、怖い……。
「い、いえ、無いです……」
しょんぼりと肩を落とす王様。す、凄い……王様を平伏させてるよ……。
「とほほ……やっとツチヤにもらったアイデアを形にできたのにのう……」
あぁ、これムッツリーニの入れ知恵なんだ。なんか納得した。
「土屋あぁーーっ! なんてことを教えてるのよ! 今度会ったらただじゃおかないんだから!!」
ムッツリーニ、今度会ったらまず逃げてくれ……。
「ところでヨシイよ。何か用があったのではないのか?」
「あ。忘れてた」
あんまり王様がテンション高いもんだから本来の目的を忘れるところだった。
「実は腕輪のことで聞きたいことがありまして」
「腕輪じゃと?」
「はい。王様が言ったように1つはラドンにあったんですけど、僕たちが探してる物とはちょっと違ったんです」
「ハテ? 儂はお主にそんな話をした覚えは無いぞ?」
「え……いやそんなことないですよ? ちゃんと4日前にここで聞いたじゃないですか」
「む??」
王様は腕組みをしながらモシャモシャ髪の頭を傾げている。身に覚えが無いとでも言いたげな顔だ。
「陛下。それは先日私がお尋ねしたことです。腕輪の絵を見て陛下は”ラドンじゃ”とお答えになったではありませんか」
「ハテ? そんなこともあったような……なかったような……?」
「ハァ……覚えていらっしゃらないのですね……」
「自慢ではないが、ここ数日の記憶は研究のことしか残っておらん! ハッハッハッ!」
だ……ダメだこの王様……。
この時、僕はこの国の行く末を心の底から心配した。