王都モンテマールから馬車に乗り、私たちは再びカノーラの町にやってきた。
サンジェスタを発ってから今日で7日目。空は黒色に染まりつつあり、その7日目も終わろうとしている。帰りの移動時間を考慮すると、残された時間は少ない。
「ここみたいですね」
そこは外周壁の真横だった。西側には巨大な壁が
「すっかり日が暮れてしもうたな」
「…………早く話を聞きたい」
「そうせかすでない。では行くぞい」
――コンコン
木下君が扉に付いていたドアノッカーで家主を呼び出す。
「「「…………」」」
けれど、2、30秒ほど待ってみても返事は無かった。お留守なのかしら?
「むぅ。おらんのじゃろうか」
「お爺さんだって言ってましたし、聞こえなかったのかもしれませんよ?」
「…………もしくはもう寝たか」
「寝られては困るぞい。よし、もう一度じゃ」
と木下君がドアノッカーに手を伸ばしたその時、ガチャリと扉が開いた。そして――
「誰ぢゃぁこんら時間りぃ~……年寄りの夜は早りんぢゃぞぉ~……ひっく」
顔を真っ赤に染めた白髪のお爺さんが出てきて、そんなことを言ってきた。肩まで伸ばした真っ白な髪に長いフサフサの顎髭。着ている服はワンピース型の赤い寝巻。赤いナイトキャップの相乗効果もあり、その姿はまるで酔っぱらったサンタクロースのようだった。
「…………酒くさい」
「相当飲んでおるようじゃな……」
「らんじゃぁ~お主らぁ~? 物売りならおころわりじゃぞぉ~?」
ろれつが回っていなくて言っていることを理解するのに少し考えてしまう。たぶん「お断り」と言ってるんだと思う。
「あの、私たちマッコイさんにお聞きしたいことがあって来たんです。少しお話を――」
「んぁ~? わひはらんりもひらんろぇ~?」
こ、こんな状態で話なんて聞けるのかしら……でも一応お願いしてみよう。
「砂漠で起こった事故のことを詳しくお聞きしたいんです。王妃様の委託品を失ってしまったという事故のことを」
「……それを聞いてどうするつもりじゃ」
デレッと緩んだ顔をしていたマッコイさんは急に真剣になり、私たちを睨みつけてきた。けれどその顔はまだ真っ赤だった。
「私たちには失われた腕輪が必要なんです。だから事故のあった場所を教えてほしいんです」
「……もう忘れたわい」
「そんな……! なんとか思い出していただけませんか! 私たちの未来が掛かってるんです!」
「フン。未来か」
真っ赤な顔のお爺さんは顔を上げ、夜空を見上げた。その顔はどこか寂しげで、
「お主ら何者じゃ。なぜ腕輪のことを知っておる。王家の者か」
鋭い目つきで私をキッと睨み付け、お爺さんが尋ねる。こんな目で睨まれると、悪いことをしてる気がしてきてしまう。
「あ、あの……私は……」
叱られているような気がして、言葉が出てこない。どうして私はこうなってしまうんだろう。美波ちゃんのような強い心が欲しいな……。
「マッコイ殿。ワシらは王家の者ではないが、王妃殿より許可を得て動いている者なのじゃ」
「王妃とな? あのバァさんも人使いが荒いのう。こんな時間まで
「少々事情がありましてな。ワシらは急いでおるのじゃ。話を聞いていただけぬじゃろうか」
「フム……あい分かった。お主を信じよう。入るが良い。事の
戸惑っているうちに木下君がマッコイお爺さんと話を進めてくれた。リーダーのくせに私は何をやってるんだろう……。
「かたじけない。では失礼させていただきますぞい。ほれ姫路よ、行くぞい」
「あっ、はい。すみません」
こうして私たちはマッコイさんの家の中に招き入れられた。でも入ってみてちょっと驚いた。部屋の広さはだいたい縦横4メートル弱。つまり八畳部屋がひとつと、奥にもう一部屋があるだけだった。それに物が少なくて、とても殺風景。あるのはテーブルとベッドくらいだった。
「そこに掛けるがよい。すまんが茶は出せんぞ」
マッコイさんはそう言って自分はベッドに腰掛けた。私たちはお爺さんの言葉に従い、テーブル席に座らせてもらった。
「マッコイ殿。早速で申し訳ないが事情を聞かせて貰えぬじゃろうか」
「話すのは良いが、つまらん話じゃぞ? それでも良いのか?」
「どうしてもワシらには必要なことなのじゃ。思い出したくないことかもしれぬが……ご容赦くだされ」
「フン。まぁいいわい」
マッコイお爺さんは落ち着いた声で語り始めた。
マッコイさんはもともと造船技師であり、その職をとても気に入っていたらしい。更には好きが高じて操舵士の資格をも取り、自ら作り出した船の船長となって日々大海原を駆け巡っていたという。
それでもマッコイさんの探究心は尽きない。日々研究と運送業に精を出し、そして数年前、ついに20年の歳月を掛けた新しい船が完成。それが
知っての通り、サラス王国は大陸の中央を砂漠で仕切られてしまっている。このため東西の行き来はこれまで海路のみであったが、この砂上船により陸路ができた。海路が3日掛かるのに対し、陸路は1日で横断できてしまうのだという。
砂上船の運営は順調だった。海運業の者から嫉まれ、恨まれもしたが、マッコイさんは気にしなかったという。しかし順調であった砂上船運搬業はある日、突然終わりを告げる。それがあの事故だった。マッコイさんは悲しそうな顔でそう語った。
事故の詳細はニールさんから聞いている通りだった。
2ヶ月前、王妃様からの依頼を受け、マッコイさんは砂上船で腕輪の入った宝石箱を運搬していた。船はいつもどおり順調に航行していたという。
ところが砂漠のちょうど中央あたりに差し掛かった時、突如として魔獣が現れた。当然、砂上船にも魔障壁装置は搭載していた。稼働状態も問題はなかった。けれどその魔獣はそれをものともせずに襲い掛かってきたのだという。
魔障壁装置を信じていた上に、砂上船はもともと運搬専用船。武装を持たない船は抵抗の術なく、魔獣の体当たりを受けて敢えなく大破。マッコイさんは一命を取り留めたものの、請け負ったすべての品々を失ってしまったという。もちろん王妃様から預かった腕輪の入った宝石箱も。
この事故はすぐに王宮に報告が入り、マッコイさんは王妃様に呼び出された。そして王宮で待っていたのは絶望だった。
マッコイさんが謁見の場に入るなり、王妃様は激怒。責められ、なじられ、人格をも否定された。更には運搬事業の権利を剥奪され、一切の業務を停止するよう命じられた。以来、職を失ったマッコイさんは気力を失い、酒浸りの毎日を過ごしているという。
「そんな……事故なのに業務停止命令だなんて……」
「なぁに。備えを怠ったワシが悪いのじゃ。死刑にされなかっただけマシじゃよ」
お爺さんはお酒の入ったグラスを顔を赤くしながら見つめる。その目はとても寂しそうだった。きっと諦めきれない想いがあるのだと思う。
でも私たちにも諦めきれない想いがある。どうにかして残る1つの腕輪を手に入れたい。私はその場所に行きたいとマッコイさんに願い出てみた。けれど砂上船は失われ、運送業も廃業している。他にこんな砂漠を渡ろうとする者もいないだろうとマッコイさんは言う。
「そう……ですか……」
「むぅ。こうなっては手の出しようが無いのう……」
「…………期限はあと3日」
「サンジェスタへ戻るにも日数が掛かる。無念じゃがここまでじゃ。もう戻るしかあるまい」
「そうですね……」
ここまでで私たちが入手できたのは土屋君と木下君の腕輪2個。そのどちらも白金の腕輪ではなかった。もう明久君と美波ちゃん、それに坂本君と翔子ちゃんの成果に期待するしかない。
「マッコイさん、ありがとうございました。私たち帰ります」
「世話になり申した」
「んあぁ~? なんらってぇ~?」
気付くとマッコイさんは元の酔っぱらいお爺さんに戻っていた。今はそっとしておいたほうが良さそう……。
「えっと……お、お邪魔しました。失礼します」
――パタン
とりあえず丁寧に挨拶をしてマッコイさんの家を出てきた私たち。交わす言葉が見つからず、私たちはしばらくの間、俯き押し黙っていた。
「姫路よ、気に病むことはないぞい。腕輪が足りぬのはお主のせいではない」
「それは……分かってるんですけど……」
確かに残る1つの腕輪が得られなかったことは残念です。でも今はマッコイさんの寂しそうな姿が気になってしまうんです……。
「さて。今宵はひとまずこの町で宿を取るとするかの。この時間ではもはや馬車も動いてはおるまい」
「そうですね。でも残念です。あと1つだったのに……」
「仕方あるまい。これ以上追うには時間が足りぬのじゃ」
「…………急がないと宿も閉まる」
「おっと、そうじゃな。急ぐとしようかの」
「はいっ」
こうして私たちはその日はカノーラで宿を取り、翌朝、ガルバランド王国に向けて出発した。
この旅では楽しい思いもしたけれど、悲しい思いもした。一番の思い出は仔山羊のアイちゃんとの出会いと別れ。共に過ごした4日間であの子に償いができたのだろうか。今も元気に跳び回っているのだろうか。
帰りの馬車の中、私はこのことをずっと考えていた。
「姫路よ。アイ殿のことを考えておるのか?」
「……えっ?」
……そうですね。
きっとアイちゃんは仲間の山羊と一緒に幸せに暮らしているはず。もう異世界人である私が私情を挟んではいけないんです。
「違いますよ。早く皆に会いたいなって思ってたんです」
ありがとうね、アイちゃん。私、もっと前向きに考えることにします。
「ふ……お主も素直ではないのう」
「えっ? 何がですか?」
「”皆”ではなく、”明久”に、であろう?」
「ふぇっ!? そ、そんなことないですよ!? 美波ちゃんや翔子ちゃんに会うのだって楽しみなんですから!」
「お主も嘘が下手じゃのう。のう、ムッツリーニよ」
「…………なぜ俺に振る」
「お主も嘘が下手じゃからな。はっはっはっ!」
王都サンジェスタに到着するまでの間、木下君はこんな風にずっと明るく振る舞っていた。そんな普段見ない木下君の楽しそうな笑顔は私にも笑顔を与えてくれた。私が寂しい思いに埋もれないようにわざと明るく振る舞ってくれたのかもしれない。
これで私たち”チームひみこ”の腕輪探しの旅はおしまい。
白金の腕輪の入手は果たせなかったけれど、得るものも多かった旅だったと思う。今は明久君たちに再会するのがとても楽しみです。
次回、チームアキ後編。ハルニア王国で美波の腕輪を入手した後の2人の物語を描いていきます。