4時間後。
私たちは王都モンテマールに無事到着した。
「姫路よ。大丈夫か?」
先に降りた木下君が馬車を降りようとしている私に手を差し伸べ、気遣ってくれる。
「木下君……」
カノーラで馬車に乗った後、私は悲しみに暮れていた。座りながら握った拳を膝に置き、必死に涙を堪えていた。泣いちゃいけない。そう思い、全身を強ばらせて耐えていた。
すると木下君が大きなタオルを差し出しながら、「今は存分に泣くがよい」と言ってくれた。とっても優しい木下君の心遣い。私はその言葉に従い、悲しみのすべてをタオルにぶつけた。
泣いて、泣いて、泣きまくった。丸めたタオルに顔を埋め、頬がふやけるまで泣きまくった。こんなに泣いたのはあの時以来。初恋が実らないと知ったあの日以来だった。
「ありがとうございます木下君。もう大丈夫です。ご心配をお掛けしました」
目尻や頬が少しピリピリする感じは残っているけど、もう涙は出ない。もうすぐ腕輪を貰える。そうしたら明久君たちと一緒に元の世界に帰れる。そんな風に前向きに考えるようにしたから。
「ふぁぁ~……や~っと着いたか」
「…………早く降りてほしい」
「おぉ、こりゃすまんな」
続いてレスターさんと土屋君も馬車から降りてきた。レスターさんは馬車に乗っている間、ずっと寝ていたみたい。きっと徹夜続きで疲れていたのだと思う。でもおかげで私が泣いている姿を見られずに済んだとも言える。
「さぁてと。早速ババァんトコ行くかァ。あまり気は進まねぇけどな」
「相変わらずレスター殿は口が悪いですのう」
「ガッハッハッ! まぁいいじゃねぇか! いけすかねぇババァだってのは事実なんだからよ!」
「そのわりには楽しそうに見えますぞい?」
「キノシタ、耳を貸せ」
「んむ? なんじゃ?」
?
レスターさんが木下君の耳元で何かを話している。
「何の相談ですか?」
「んむ? なんでもないぞい。男同士のヒミツじゃ」
「何っ!? ちょ、ちょっと待て! キノシタ! お前さん男だったのか!?」
「レスター殿……3日間を共に過ごしておいて今更何を言っておるのじゃ……」
「共にっつってもオレはずっと作業机に向かっていたからなァ。しかしそれにしちゃメイド服が似合ってたじゃねぇか」
「だから困るのじゃ……」
「いやぁ悪かったなァ。そうと知っていれば男物の服を用意したんだがなァ」
「…………じゃあなぜ俺にもメイド服を渡した」
「面倒だった」
「…………っ!? お、男の尊厳を……返してほしい……ッッ!」
「まぁ過ぎたことだ! 気にすんな!」
レスターさんは両手を腰に当ててガハハと豪快に笑っている。本当に豪快な人。
「ふふ……」
彼らのそんな様子に、私は思わず笑みが溢れてしまった。
「やはりお主には笑顔が似合うようじゃな」
「えっ? 私ですか?」
「んむ。さぁ行くとするかの。さっさと腕輪を入手して明久に会いたいと思っておるのじゃろ?」
「ふぇっ!? そ、そんなことは! …………ちょっとだけ……」
「はっはっはっ! お主は正直じゃのう」
「もうっ! からかわないでください!」
「はっはっ! すまんすまん。んむ? どうしたムッツリーニよ」
「…………腹が減った」
「む。そうじゃな。まずは腹ごしらえにするかの。レスター殿、よろしいか?」
「あぁ。オレは構わんぜ」
「ではどこかの店に入ってランチじゃな」
「はいっ」
私たちは早速商店街に入り、飲食店で昼食を取ることにした。応対してくれたウェイトレスさんを見ていると、ラミールの町で働いていた頃を思い出す。あの頃は自分がどう行動したらいいのか皆目見当も付かなかった。それが木下君に励まされ、サンジェスタに移動したことで坂本君や翔子ちゃんと再会できた。それから明久君や美波ちゃん、土屋君も一緒になって、ついに帰るためのヒントを掴んだ。
王妃様から貰う予定の腕輪が白金の腕輪かどうかは分からない。けれど3つもあるのだから、そのうちの1つが目的の腕輪である可能性は高いと思う。そう。私たちはもうすぐ帰れるんだ。私は食事をしながら、そんなことを考えていた。
☆
「おおぉっ! レスター殿!!」
王宮に到着した私たちはすぐに王の間に案内された。けれど王の間に通された瞬間、もの凄い勢いで王妃様がレスターさんに飛びついてきた。
「よくぞ参られた! ささ、こちらへ来てたもれ!」
「ちょっ、ま、待てババァ! 何しやがる! 気持ち
「いいから来るのじゃ!
「ンなこと知るか! オレは二度と会いたくなかったんだ!!」
「そのようなつれない事を言うでない。ささ、準備はしてある。はよう来るのじゃ!」
「あだだだっ! 後ろ手に捻るんじゃねぇ! は、放せ畜生! 放せってんだこのババァ! うわあぁぁぁーーっ! 放せえぇぇぇーーっ……!!」
王妃様はレスターさんの関節をガッチリと極め、あっという間に連れ去って行ってしまった。
「「「…………」」」
そして王の間に取り残された私たち。
「あの……私たち置いて行かれちゃいましたけど……」
「んむ。行ってしもうたな」
「…………報酬は?」
「そ、そうですよ! 報酬はどうなるんですか!?」
「ワシに聞くでない」
「せっかく苦労してレスターさんに来ていただいたのに、これじゃ骨折り損じゃないですか!」
「…………王妃を追うか」
「いや、やめた方がいいじゃろう。恐らくこの後もレスター殿にべったりじゃろうからな」
「そ、そんな……じゃあどうしたらいいんでしょう……」
「むう。困ったのう」
と私たちが困り果てていると、兵士さんのうちの1人が話しかけてきた。
「いやぁ驚いたよ。まさか本当にレスター爺さんを連れてくるとはね」
銀色の鎧に身を包み、槍を手にした兵士のお兄さん。この顔には見覚えがある。
「ニールさん!」
「やぁ、また会ったね君たち」
この人はニールさん。この前の魔獣討伐の際、洞窟まで私たちを案内をしてくれた人。
「お久しぶりです。ニールさん」
「先日は世話になり申した」
「なぁに。私は付き添いで行っただけさ。それよりもよくレスター爺さんを説得できたね。今まで誰が行っても会ってもくれなかったというのに」
「えぇ、まぁ……色々ありまして……」
今思えば、こうしてレスターさんが来てくれたのもアイちゃんがいてくれたおかげ。あの子がいなかったらレスターさんは私たちの話に耳を貸さなかったかもしれない。アイちゃん……本当にありがとうね。
「しかし王妃殿はどこへ行ってしまわれたのじゃ? ワシらはまだ一言も話しておらぬのじゃが……」
「実は王妃様は以前からこの王宮にレスター爺さん用の部屋を用意していてね。きっとそこでドレスを作らせるつもりなんじゃないかな」
「なるほどのう……それでああやってレスター殿を連れて行ってしまわれたのじゃな」
「今頃は自分で書いたデザイン画を見せてあれこれ意見を聞いてる頃だろうね」
「…………いつ出てくる」
「う~ん……たぶんしばらく部屋から出てこないと思うな。下手をしたら2、3日籠りっぱなしかもしれないね」
「木下君、どうしましょう……」
「うぅむ……こうなってしまっては仕方あるまい。出直すしかないじゃろう」
「やっぱりそうですかね……」
せっかく腕輪が手に入ると思ったのにまた数日お預けだなんて……。
「心配はいらないよ。ほら」
がっくりと3人で
「報酬の件は王妃様から聞いていたからね。予め預かっておいたんだ」
「えっ!? ほ、本当ですか!?」
「あぁ、これが君たちの報酬さ。さ、受け取ってくれたまえ」
ニールさんはそう言うと箱の鍵を開け、中身を見せてくれた。中は赤いクッションのようなものが敷き詰められており、その上には2つの金色の腕輪が置かれていた。それは翔子ちゃんの書いてくれた絵にそっくりの腕輪だった。
「おおっ! これは確かにワシらの求めている腕輪じゃ!」
「ついに手に入れたんですね! これで私たち帰れるんですね!」
「…………任務完了」
あとはこれが白金の腕輪かどうか確認して……!
「む? ちょっと待つのじゃ」
「どうしたんですか?」
「よく見てみるのじゃ。入っている腕輪は2つじゃ。この国には3つあるのではなかったか?」
「あっ……そういえばそうですね」
「ニール殿、腕輪はこれですべてじゃろうか? ワシらは3つあると聞いておったのじゃが……」
「3つあることまで知っていたのか。実はね――――」
ニールさんは事情を説明してくれた。
彼が言うには、確かに以前は3つあったらしい。しかしある時、王妃様は突然このうち1つを別荘に置いておくと言い出し、運送業者に東の砂漠を越えた別荘まで運ばせた。ところがその運送業者が砂漠の真ん中で魔獣に襲われ、運搬船は大破。腕輪は砂漠の中に消えてしまったのだという。
「そんな……砂漠の真ん中だなんて……」
東の砂漠は確か東西に1000キロメートル。そんな中から腕輪を探し出すなんて、それこそ砂漠の中から米粒を探すようなもの。絶望的じゃないですか……。
「まぁ待つのじゃ姫路よ。悲観する前にこれが白金の腕輪か確認しようではないか」
「そうですね。もしこの2つの中にあれば捜しに行く必要ないですものね」
「そういうことじゃ。では早速行くぞい」
木下君は片方の腕輪を右腕に装着し、腕を上げてキーワードを口にした。
「――
………………
でも何も起こらなかった。
「むぅ。何も反応せぬな」
「やっぱり坂本君じゃないと反応しないんですかね」
「…………俺に貸せ」
「やってみるか? ムッツリーニよ」
木下君は腕輪を外して土屋君に手渡す。そして土屋君がそれを右腕に装着すると――――
「おぉっ!? む、ムッツリーニよ! 腕輪が光っておるぞ!」
「…………文字が出てきた」
「なんと書いてあるのじゃ? 読んでみるのじゃ!」
「…………英語」
「アルファベットくらい読んでほしいのじゃ……」
「…………エー、エックス、イー、エル」
「「…………」」
2人が何かを訴えるような目で私をじっと見つめている。
「どうして私を見るんですか……?」
「姫路なら読めるじゃろう?」
「…………(コクコク)」
「読めないんですね……それはアクセルと読むんです」
「おぉなるほど! アクセルであったか! 車を走らせる時に踏み込むアレじゃな?」
「…………つまり加速」
「お主の召喚獣が使う技と同じということは、その腕輪はお主用ということかの」
「じゃあ白金の腕輪じゃないんですね……もう片方のはどうですか?」
「どれ、試してみるかの」
木下君が手を伸ばし、箱の中の腕輪を手に取る。するともうその時点で腕輪は光り始めていた。
「おぉ? なんじゃ? もう光っておるぞい?」
「ということはそれは木下君用なんですね」
「やはりそういうことかの。何やら文字が浮き上がってきたわい」
「なんて書いてあります?」
「待つのじゃ。なになに……? ふむ……イリュージョン、じゃな」
「どうしてそれが読めてアクセルが読めないんですかっ!」
「え。い、いや、演劇で使ったことがあってのう……」
やっぱり木下君は演劇に絡むと凄い記憶力を発揮するみたい。今度から教える時は演劇を絡めようかな。
「しかしイリュージョンとはどういう効果じゃろう? 手品や魔術といった類いかの?」
「どちらにしても白金の腕輪じゃないみたいですね……」
「むう、そのようじゃのう」
「…………任務失敗」
この2つが違ったということは、もしかして残りの1つが? でも最後の1つは砂漠に……。
「どうしたんだい君たち? そんなにしょげ返って」
「あ、ニールさん。実は2つとも目的の腕輪じゃなかったんです」
「え? でもこれは確かに君の絵と同じ形の腕輪だよね?」
「それが少し効果が違ったんです」
「効果? なんだい? 効果って」
「実は、この腕輪はワシらが装着するとそれぞれ特殊な力を発揮する物なのじゃ。いわば魔法の腕輪といったところじゃな」
「魔法だって? そんなバカな」
ニールさんはハハハと笑う。まるで信じてないみたい。私にとっては魔石という物の方が魔法に思えるんですけどね……。
「まぁ信じられずとも仕方あるまい。ときにニール殿。砂漠で失われたという腕輪はどの辺りであったかご存じないかの?」
!
木下君、まさか砂漠に捜しに行く気!?
「う~ん。私は聞いてないなぁ。あ、マッコイ爺さんなら知ってるんじゃないかな」
「マッコイ? それはどういった御人なのじゃ?」
「あの爺さんは元は造船技師兼操舵士でね。例の事故の当事者なんだ」
「なんと、当事者じゃったか。それはありがたい。して、そのマッコイ殿はどこにおられるのじゃ?」
「カノーラさ。でも例の事故以来、隠居の身だよ。たぶん誰にも会わないんじゃないかな」
「ふぅむ……そうか」
カノーラの町のマッコイさん……ですか。
「木下君、土屋君」
「んむ」
「…………当然」
私たちは互いに目を見合わせ、”うん”と頷いた。
「ニールさん、情報ありがとうございます。私たちマッコイさんにお会いしてきます」
「……まさか砂漠に消えた腕輪を探し出そうってのか?」
「はい。そのまさかです」
「おいおい……マジかよ……」
ニールさんは呆れた様子で私たちを見ている。でも私たちは本気。約束の期限まで今日を含めてあと4日。とにかくできることはすべてやっておきたい。
「……どうやら本気みたいだね。分かった。マッコイ氏の住む場所を教えよう」
「ありがとうございます! ニールさん!」
「マトーヤ山の魔獣を退治してくれたんだ。感謝するのはこちらの方さ。無事見つかるといいね」
ニールさんは紙にさらさらと絵を描き、渡してくれた。大きな円形の中の右端に付けられた小さな丸。外側の円はカノーラの町全体を表わしていて、小さな丸はマッコイさんの家らしい。
こうして私たちは残る1つの腕輪の情報を求め、王宮を後にした。
………………
「あの、木下君」
「何じゃ?」
「レスターさんを置いて来ちゃいましたけど良かったんでしょうか」
「あ……」
忘れていたんですね……そういう私も今この瞬間まで忘れていたのだけど。
「…………2、3日監禁」
「そ、そうじゃな。さすがに2、3日待っておるわけにもいかぬ故、やむなしじゃ!」
「それじゃ私、後でお礼のお手紙書いておきますね」
「んむ。それが良いじゃろう」
次回、チームひみこ編最終話になります。