バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第四十六話 幸せな日々

 アイちゃんのおかげもあって、私たちの願いは聞き入れてもらえた。ただし今日から3日間、レスターさんの身の回りのお世話をすることを条件として。お世話をするだけで願いを聞き入れていただけるのであればお安いご用です。そういうわけで私たちはレスターさんのお宅に住み込んで働くことになった。さぁ頑張らなくちゃ。

 

 私の最初のお仕事は部屋のお掃除。床には布の切れ端や糸屑が沢山転がっていて、本来の床が見えないほど。しかも針なんかも転がっている。そこで私はまずこの大量の布を取り払うことから始めた。

 

 丁寧に1枚ずつ拾っては袋に詰めていく。この作業は予想以上に大変だった。拾っても拾ってもその下から布が現れる。けれど約束した以上、やり遂げなければならない。私は懸命に布を拾い続けた。

 

「ヒメジ。もっと一気にやらねぇと日が暮れちまうぞ」

「でもそれでは布を傷めてしまいそうで……」

「かまわん。そいつらは再利用できねぇから捨てるしかねぇんだ」

「そうなんですね。わかりました」

 

 レスターさんの言う通りまとめて切れ端を袋に詰めていく。これで効率は一気にアップ。それでもかなりの時間を要してしまった。次に残った小さな糸くずをホウキを使い掃いていく。この世界には電気がない。だから掃除機なんて文明の利器は無いので、お掃除はホウキなのです。

 

 まずは部屋の入り口を綺麗に掃く。続けてそこから奥に向かって丁寧にホウキで掃いていく。

 

「ヒメジ。針を見つけたらそこの針刺しに刺しておけ」

「はい。分かりました」

「足に刺さないように気をつけろよ。細くて見えにくいこともあるからな」

「お気遣いありがとうございます。レスターさん」

「あぁキノシタ。その服は手洗いしろ。丁寧に扱え。揉むように洗うんだぞ」

 

 沢山のお洋服を抱えて通りかかった木下君にレスターさんが指示をする。木下君は溜まっているお洗濯を担当しているのです。

 

「揉むように、じゃな。了解じゃ」

「…………コンロはどこにある」

 

 そして土屋君はお夕飯の準備を始めている。

 

「コンロは今壊れている。代わりを買う時間もないからほったらかしだ」

「…………なん……だと……どうやって調理しろと」

(おもて)に乾いた木片が積み上げてある。そいつを割って薪にしろ」

「…………(かまど)は?」

「それも(おもて)にある。行けばすぐ分かる」

「…………分かった」

 

 えっ? 薪で火をおこしてご飯を作るの? それも(かまど)を使って? 土屋君こんな状況をあっさり受け入れてしまったけれど、これって普通なんでしょうか……。

 

「ヒメジ。この辺りの切り屑も処分しろ。滑って危ない」

「あ、はい」

 

 そんなこんなで午後は大忙し。私は3つの部屋をひとつずつ丁寧にお掃除。掛かっている大量の衣装に触れないようにするのが凄く大変だった。

 

 そうして家事を進めていると、いつの間にか窓の外が橙色に染まり始めていた。そろそろ日が暮れるみたい。時間が経つのって早いものですね。でもお掃除も大体終わったし、明日からの2日間は少しは楽ができそう。

 

「…………姫路」

 

 ちょうどお掃除が終わった頃、土屋君がアイちゃんを抱きかかえて部屋に入ってきた。

 

 ……メイド姿で

 

「っ……ぷ……」

 

 私は笑いを(こら)えるので精一杯だった。

 

「…………笑うな」

「すっ、すみませんっ! そ、それでどうしたんですか? 土屋君」

「…………アイ子が俺にじゃれついて危ない」

「えっ? 愛子ちゃん……ですか?」

「…………違う。この子だ」

「でも今、愛子――」

「…………気のせいだ」

 

「「…………」」

 

 今、間違いなく”愛子”って言ってましたよね。でもこんなに真顔で否定されると、自分の聞き違いな気がしてしまいますね……。

 

「ミィ!」

 

「あ、えっと……アイちゃんがどうかしましたか?」

「…………薪を割ったり包丁を扱っている時に背中に乗ってくる」

 

 そういえば王宮警備のおじさんが”しゃがんでいると背中に乗る”なんて言ってたかも。

 

「すみません土屋君。私のお仕事は終わったのでアイちゃんお預かりしますね」

「…………頼む」

 

 ……土屋君、もしかして愛子ちゃんに逢いたいのかな? 愛子ちゃんとは仲が良いみたいですし。私たちがこっちの世界に来て今日でもう20日目。そうですよね。きっと土屋君も寂しいんですよね。……よしっ。頑張らなくちゃ。

 

「ダメですよアイちゃん、土屋君の邪魔をしちゃ」

「ミィ~?」

 

 アイちゃんはキョトンとした目で私の腕の中から見上げる。可愛いのだけど、私の言うことは理解できていないみたい。

 

「とりあえず外に出しますね」

「…………俺も夕飯の準備を続ける」

 

 私はアイちゃんを連れて外に出た。家の中に置いておくと衣装を破いてしまいそうだから。

 

「そこにおったかムッツリーニよ」

 

 すると木下君もちょうど外に出てきたところだった。

 

「ワシの仕事は終わったぞい。ワシも食事の準備を手伝おう」

「…………助かる」

「あ、私も」

「「姫路はアイちゃんと遊んで(いろ)(おれ)」」

「えっ? でもお手伝いしないとお二人に悪いかと……」

「ワシらのことは気にせんで良い。お主はアイちゃんの面倒をしっかり見るのじゃ」

「…………また背中に登られると困る」

「分かりました。そうですね。アイちゃんのお世話は私がするって言い出したんですものね」

「そういうことじゃ。頼んだぞい」

「はいっ!」

 

「「……ホッ」」

 

「?」

「なんでもないぞい! ではムッツリーニよ、ワシはどうすれば良いかの?」

「…………鍋が噴きこぼれないように火を調整してほしい」

「了解じゃ!」

 

 2人はお料理に戻るみたい。えっと、それじゃ私は――――

 

「それじゃ私はアイちゃんのご飯を用意しますね」

「姫路よ、アイ殿の食事なのじゃが、そこらに生えている木の葉でも良いそうじゃぞ」

「はい、昨日王宮の警備をしていたおじさんに教えてもらいました」

「そうか。余計なお世話じゃったな」

「いえ、ありがとうございます。それじゃ私、葉を集めてきますね」

「んむ。あまり遠くへ行くでないぞ」

「はいっ。それじゃアイちゃん、大人しく待っててね」

「ミィー!」

 

 元気に返事をするのはいいけど……ちゃんと分かってるのかな。また土屋君の邪魔をしなければ良いのだけど……。

 

 多少の不安を残しつつ、私は小さな篭を小脇に抱え、出掛けた。と言っても家の周囲半径100メートルくらいに生えている木を対象にしたので、そんなに遠出はしていない。

 

 1本の木から少しずつ葉を摘み取り、数本の木を巡り歩く。目の前に広がる大平原は沈みゆく夕日で紅色に染まり、夜の訪れを告げている。暗くなると魔獣の活動が活発になる。完全に日が落ちてしまうと危険だと感じた私は急いで葉を集めた。

 

「これくらいでいいんでしょうか……」

 

 数本の木を巡り、篭の中は葉っぱで一杯になった。でもアイちゃんの食べる量が分からない。確か昨日、木下君が買ってきてくれたお野菜の量もこれくらいだったはず。あれを綺麗に平らげていたから、きっとこれくらい食べますよね。

 

 ひとまず収集を終え、私は帰ることにした。周囲で明かりのついている箇所は一カ所。レスターさんの家だけ。とても分かりやすい目印なので迷うことがない。私はその明かりを目指し、暗くなり始めた平原を駆け出した。

 

 

『ミィ、ミ、ミィ~!』

 

 

 レスターさんの家に近づくと、アイちゃんが木下君の背中に登って騒いでいるのが見えた。

 

『これアイ殿、ワシに登るでない。鍋の中に落ちてしまうぞい?』

『ミィ、ミィィ~』

『困った子じゃのう。鍋に落ちたら山羊鍋になってしまうぞい? ほれ、危ないから降りるのじゃ』

『ミィ~!』

『やれやれ……しょうのない子じゃのう。んむ? もしやこの野菜が欲しいのか?』

『ミィ、ミィ!』

『ふむ……そのようじゃな。ほれ、1つだけじゃぞ』

『ンミィ~』

『はっはっはっ、そうか美味いか。仔山羊の口にも合うそうじゃぞムッツリーニよ』

『…………自信が付く』

『しかしお主が一緒で助かったぞい。ワシは料理についてはほとんど知識が無いからのう』

『…………必要に迫られれば自然と身に付く』

『なるほど。明久もそんなことを言っておったな』

『ミィ、ミィ!』

『んむ? もっと欲しいのか? じゃがこれ以上食われてしまうとワシらの分が――む? 姫路よ! こっちじゃ!』

 

 木下君がこちらを見て手を振っている。私が戻ってきたことに気付いたみたい。私は小走りに彼らの元へと駆け寄った。するとアイちゃんも私の姿に気付いたみたいで、トトトッと駆け寄ってきた。

 

「ミィ、ミィ、ミィ!」

 

 アイちゃんは両前足で私の篭をカリカリと掻き、甲高い声をあげる。そして「早くちょうだい」と言わんばかりに、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。ふふ……ワンちゃんの”おねだり”にそっくりですね。

 

「はいはい、そんなに慌てちゃダメですよ」

 

 篭を地面に下ろしてやると、アイちゃんは葉っぱを(むさぼ)るように食べはじめた。食欲旺盛。今は体も小さくて、(つの)も頭にちょこんと生えている程度だけど、この調子ならすぐに大きくなって立派な山羊に成長することでしょう。

 

「…………できた」

「んむ。こちらも準備完了じゃ。姫路よ、レスター殿を呼んできてはくれまいか?」

「はい、食事の準備ができたとお伝えすればいいですね?」

「そのとおりじゃ」

「分かりました。行ってきます」

 

 レスターさんの家の中はまだ布や糸や紙、それに衣装でいっぱい。万が一スープが飛んだりして衣装に付いたら大変なことになってしまう。そのため、レスターさんはずっと家の外で食事を取っていたらしい。(かまど)やテーブルが外にあったのはこのためだったんですね。

 

 そういうわけで、私たちはこの3日間食事は外で取ることにした。つまり毎日が庭園パーティーみたいなもの。それと食事をしながら話していて気付いたのだけど、頑固者と聞いていたレスターさんは根は優しい人だった。一見、怖そうな顔をしているけれど、それは彼の服作りに対する思いの強さの現れ。食事をしながら話を聞いていて、私はそれに気付いた。

 

 そう、レスターさんが持っているのは”職人気質(しょくにんかたぎ)”。このお爺さんは服を作るのが何より好きなんだ、と。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 レスターさんの家でお手伝いをはじめ、3日目の朝を迎えた。この世界に来てから今日で23日。もうすぐ1ヶ月が経とうとしている。この頃の私は日の出と共に目が覚める習慣が付き始めていた。

 

「おはようございます。レスターさん」

「おぉヒメジ君か。おはよう」

「お仕事、どうですか?」

「すべて終わったよ。昨夜のうちに運送業者に渡してね」

「そうでしたか。お疲れさまでした」

「アイちゃんがいてくれたおかげじゃ。あの子を見ていると疲れも吹っ飛ぶわい。無論君たちの手伝いにも感謝しておるよ」

 

 この時のレスターさんは本当に嬉しそうだった。それに言葉遣いも普通のお爺さんらしく変わっていた。

 

「お力になれて私も嬉しいです」

「ありがとうよ。では約束を果たさねばなるまいな」

「いいんですか?」

「いいも何も、そういう約束だろう?」

「でも……王妃様のことがお嫌いなんですよね?」

「もちろん嫌いだ。以前ヤツに特注のドレスを頼まれてな。注文通りに作ってやったら一度パーティーに着て行っただけでお払い箱にしよった。それ以来ヤツの服は作らんと決めたのだ」

「そうだったんですか……」

「だが約束は約束。男に二言は無い。さぁ、行くとしようか。キノシタとツチヤにも声を掛けるといい」

「はいっ」

 

 木下君は隣の部屋でまだ寝ていた。慣れない家事仕事で疲れているみたい。でもそこに土屋君の姿は無かった。どこに行ったんでしょう……? と、あちこち捜してみると、彼は家の外にいた。

 

「土屋君?」

「…………(ビクッ!)」

 

 座っている後ろ姿が見えたので声を掛けてみると、土屋君は急に背筋を伸ばした。驚かせてしまったかしら。

 

「何をしているんですか?」

「…………いや……(モゴモゴモゴ)

 

 土屋君は口篭っていて、どうもはっきりしない。それに彼の前でピコピコと動く白いものは何だろう?

 

「……アイちゃん?」

 

 土屋君の肩越しに覗き込んで見ると、それはアイちゃんの尻尾だった。アイちゃんは土屋君の手元で小刻みに身体を揺らしている。パリパリと音がするし、何かを食べてるみたい。

 

「…………朝食」

「えっ?」

「…………朝食を与えていた」

 

 土屋君は頬を仄かに赤く染め、目を逸らしながら言う。アイちゃんに朝ご飯をあげるのってそんなに恥ずかしいこと?

 

「ありがとうございます土屋君。アイちゃんの面倒を見てくれていたんですね」

「…………せがむので仕方なくやっているだけだ」

 

 こちらに目を向けることもなく、無愛想に言う土屋君。でもそう言いながら彼は頬に”えくぼ”を作っていた。そんな彼の姿は、私の目にはとても楽しそうに……嬉しそうに映っていた。

 

 ”仕方なく”なんて言っているけど、土屋君もアイちゃんを可愛がってくれてるんですね。そう思った時、私は土屋君の優しさを垣間見たような気がした。

 

「土屋君、この後すぐ出発だそうですよ。レスターさんが一緒に王都に行ってくれるそうです」

「…………そうか」

「アイちゃんのご飯が終わったら準備してくださいね。私は木下君をもう一度起こしに行ってきます」

「…………分かった」

 

 レスターさんの家に戻ると、木下君は再び毛布に包まって寝ていた。私は毛布を剥ぎ取って木下君を起こし、出発の準備を始めた。準備といっても文月学園の制服に着替え、いつも通り顔を洗ったり髪を梳かしたりするだけ。

 

 そして30分後、木下君も目が覚めたようで、全員の準備が整った。

 

「念のため確認するぞ。君たちの求めている腕輪の交換条件はオレを王妃の元へ連れていくこと。で、いいんだな?」

「はい、そのとおりです」

「その先の事は特に言われていないんだな? 例えばドレスを作れとか」

「私は直接聞いていないので……木下君、どうですか?」

「んむ。言われておらぬぞい」

「分かった。では王妃の元に行った後はオレの好きにさせてもらう。それでいいな?」

「構わぬぞい」

「いいと思います」

「…………異論なし」

「よし、では行こう」

 

 レスターさんは革の鞄を手にし、カノーラの町に向かって歩き出した。これでやっと王妃様との約束を果たせる。そうすれば腕輪も貰えて、私たちの使命も果たせる。

 

 私たちの使命は、この国に贈られたという腕輪の獲得。明久君と美波ちゃんが向かったハルニア王国には2つ。坂本君と翔子ちゃんの残ったガルバランド王国には残り1つが。そしてこのサラス王国には3つの腕輪があるとされている。

 

 この国に贈られた腕輪が”白金の腕輪”とは限らない。けれど確率から言えば、目的の腕輪がある可能性はこの国が一番高い。残りのうち50%に当たる3つがこの国にあるのだから。

 

 もうすぐ……もうすぐ元の世界に帰れる。

 

 レスターさんの大きな背中を見ながら、私は心の中で何度もその言葉を繰り返した。

 


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