バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第四十五話 子は(かすがい)

 話を聞いてくれることになった私たちは家の中に招き入れられた。案内された部屋はリビングのようだった。でも凄く雑然としていて、部屋全体に布切れやデザイン画と思しき紙が散乱している。椅子にも衣類が山のように積み上がり、もはや椅子としての機能を果たしていない。更には壁一面に敷き詰めるように掛けられた女性用のドレス。もう”散らかっている”なんていうレベルを遙かに超えた状態だった。

 

「こ……これはまた凄い量じゃな……これはすべてレスター殿が作られた物かの?」

「そうだ。おっと、まだ入るなよ。今片付けるからちょっとそこで待っとれ」

 

 そう言うとレスターさんは部屋の真ん中の盛り上がりをガバッと両腕で抱え込んだ。何をするのかと見ているとレスターさんは、

 

「ぃよっ」

 

 という掛け声と共にその盛り上がりを持ち上げた。腕からボロボロと落ちていく色とりどりの布切れ。レスターさんはそれを気にする様子もなく抱えた布の塊を脇を置くと、今度は大量の布切れの下から現れた白くて平らな面をパッパと手で払いはじめた。あの盛り上がりはテーブルだったんですね……。

 

「すみません。突然お邪魔しちゃって……お仕事中でしたか?」

「あぁ。3日後のハルニア祭に間に合わせにゃならん。だから本当は貴様らの話など聞いている暇はない」

「す、すみません……」

 

 ハルニア祭って、名前からしてきっとハルニア王国のお祭りですよね。ハルニア王国かぁ。明久君と美波ちゃん、元気にしてるかな……私も明久君と一緒に行きたかったなぁ……。

 

「もういいぞ。入れ」

「あっ、はい」

 

 私たちは部屋の真ん中に現れた丸テーブルに案内され、皆でそれを囲むように座った。

 

「で、用件は何だ。手短かに話せ。オレは3日後の準備で忙しいんだ」

「お忙しいところすみません。実は――」

 

 私は事情を説明した。

 

 自分たちが異世界人であること。元の世界に帰るために王家に伝わる腕輪が必要であること。そしてレスターさんを連れてくることが交換条件として示されたこと。すべてを話した。

 

「フン。そんなことだろうと思った」

 

 話し終えるとレスターさんは不機嫌そうな顔をして立ち上がった。そして腕組みをしながら冷たく言い放った。

 

「あのババァに作ってやる服など無い。諦めろ」

「そんな……どうしてそんなに王妃様を嫌うんですか?」

「……物を大切にしないような奴に作る服は無い」

 

 レスターさんは忌々しそうに眉間のしわを深くし、目を背ける。作ったお洋服を破かれたりしたのかな……。お爺さんの表情はそう思わせるくらいに怒りに満ちていた。

 

「過去に何があったのかは分かりません。でも私たちにはどうしてもレスターさんのご協力が必要なんです。私たちと一緒に王都に来ていただけませんか? お願いします!」

「断る! 誰が何と言おうと奴の服だけは作らねぇ! さぁもう帰れ! 仕事の邪魔だ!」

「そんな……! このままじゃ私たち帰れないんです! どうかお願いします!」

「レスター殿! お願いじゃ! ワシらの未来が掛かっておるのじゃ!」

「うるせぇ! ダメだと言ったらダメだ! いつまでもグダグダ言ってっとつまみ出すぞ!」

「む、むう……」

 

 レスターさんは私や木下君の説得にも応じてくれなかった。どうしたらいいんでしょう……このままじゃ完全に手詰まりになってしまいます……何かレスターさんを説得する方法を考えないと……。

 

 ――コツ、コツ、コツ

 

 その時、何かを叩くような小さな音が聞こえてきた。これは扉を叩く音? もしかしてさっきの貴族風の人たちが帰ってきたのかしら?

 

「チッ、また誰か来たのか。これじゃ仕事にならんぜ……」

 

 舌打ちをしてレスターさんが扉に向かう。そしてその扉越しに、ノックをしている相手に向かって怒鳴りつけた。

 

「今日はもう誰にも会わん! とっとと帰れ!」

 

 ――コツ、コツ

 

「帰れと言ってるのが分からんのか!」

 

 ――コツ、コツ、コツ

 

 レスターさんの怒鳴り声に対して返事は無く、ただ扉をノックする音だけが響く。あんなに怒られているのに動じないなんて、凄く意思の強い人なのかな。なんてことを思っていると、レスターさんは完全に頭に来てしまったようで、

 

「えぇい! しつこい奴だ! (しま)いにゃ張り倒すぞ!!」

 

 凄い剣幕で怒鳴りながらドアノブに手をかけ、引き抜かんばかりの勢いで扉を開けた。すると――

 

「ミィ~」

 

 猫のような鳴き声と共に、全身を白い毛で覆われた小動物が入ってきた。

 

「あっ、アイちゃん! 入ってきちゃダメですっ!」

「ンミィ~?」

 

 アイちゃんは私の言うことが分からないのか、首を傾げて甲高い声で鳴く。家の中に入れるわけにいかないから外で待たせていたのに入ってきてしまうなんて……。私はあの子の元へ駆け寄り、しゃがんで言い聞かせた。

 

「もうちょっと待っててね。すぐ終わりますからね」

「ミィー」

 

 う~ん……やっぱり分かってないみたい。抱っこして外に出すしかないかな。そう思ってアイちゃんを抱え上げると、後ろからレスターさんが尋ねてきた。

 

「お、おい……た、確かヒメジ君といったね」

「えっ? あ、はい。何でしょう?」

「いや、そ、そのちっこいのは何じゃ?」

「この子ですか? この子は仔山羊のアイちゃんです」

「アイちゃんというのか。か、かわえぇのう……さ、触ってもえぇか?」

「はい、いいですよ」

「そ、そうか。では……」

 

 レスターさんはプルプルと手を震わせ、ゆっくりとアイちゃんの背中を撫でる。

 

「おほっ、す、すべすべじゃのう……」

 

 顔を緩め、両目を垂れ下げ、まるで太陽のように笑みを輝かせるレスターお爺さん。先程まで眉間にしわを寄せて怒鳴り散らしていた人とはまるで別人のよう。

 

「えっと……抱っこしてみますか?」

「なぬっ!? えぇのか!?」

「はい、もちろんです」

 

 アイちゃんを抱えた手を少し上げ、私はレスターさんにアイちゃんを渡してあげた。するとレスターさんは更に顔を緩ませ、歓喜溢れる笑顔を見せた。

 

「おっほほぉ~! た、堪らんのう~!」

「ミィ~」

「おぉよちよち、アイちゃんていうんでちゅか。かわいいでちゅねぇ~」

 

 な、何なのかしらこのお爺さん……ひょっとして小さい動物が好きな人なのかしら……?

 

「あ、あの……」

 

 これでは話が進まないため、申し訳ないと思いながらも話し掛けてみた。

 

「ハッ! な、何だ貴様ら! まだおったのか!?」

「はい。まだお話が途中ですので……」

「む。そうか、ババァの頼みだったな」

 

 一転して険しい表情に戻るレスターさん。けれど、

 

「ミィ~」

 

 とアイちゃんが一声(ひとこえ)鳴くと、再びデレッと顔を緩めてしまう。このお爺さん、きっと孫には甘いんだろうな……。

 

「コホン。そ、そこまで言うのなら仕方がない。行ってやらんでもないぞ?」

「本当ですか!? ありがとうございますっ!!」

「まことかレスター殿! 感謝するぞい!」

「まぁ待て。行ってやっても良いが条件がある」

「条件ですか?」

「あぁ。実はな――」

 

 レスターさんはアイちゃんを抱っこしながら私たちにその条件を告げた。

 

 条件とは、今日から3日間この家に泊り込み、レスターさんの身の回りの世話をすること。彼が言うには仕事が忙しく、独り身でもあるため食事や洗濯、掃除が疎かになっているらしい。それに王妃の元へ行くとしても依頼品の納期がある。そこで製作期間を短縮するために身の回りの世話をしろということだった。

 

「木下君、土屋君、どうします?」

「お主が決めて良いぞ。ワシらはリーダーの決断に従うまでじゃ」

「…………うむ」

 

 そっか、私リーダーなんだった。それならもう結論は出ている。

 

「レスターさん、その話、お受けします」

「そうか。それは助かる」

「ミィ~」

「そうかそうか、アイちゃんも嬉しいでちゅか~」

「ミ、ミュ~」

 

「「「……」」」

 

 レスターさんのあまりの変貌に私たちは思わず絶句してしまう。アイちゃんをぎゅっと抱き締め、幸せそうな笑顔で頬擦りをするレスターさん。でもアイちゃんは少し苦しそうだった。ごめんねアイちゃん。少しだけお爺さんの相手をしてあげてね。

 

「では決まりじゃな。ワシは家事の経験はあまり無いが精一杯やらせてもらうぞい」

「…………役割分担が必要」

「そうじゃな。大きく分けると食事当番、掃除当番、洗濯当番といったところじゃろうか」

「分かりました。私、お料理頑張りますっ!」

 

「「!?」」

 

「まっ、待つのじゃ! 料理はムッツリーニに任せい! 姫路には他を頼みたいのじゃ!」

「…………(コクコクコク)」

「そうですか? それじゃ交代でやりましょうか」

「いやいやいや! ここは適材適所じゃ! 料理ならムッツリーニが適任じゃろう!」

「でも……」

「ムッツリーニの腕前はお主も知っておるじゃろう? お主には洗濯と掃除を頼みたいのじゃ。無論ワシと手分けしてじゃ」

「そうですか……分かりました」

 

 せっかく実践でお料理の勉強ができると思ったのにな……。

 

「やれやれ……焦ったぞい……ムッツリーニよ、食事当番は頼むぞい」

「…………任せろ」

「?」

 

 木下君たち、何を焦っているんだろう?

 

「ほれ、こいつを着な」

 

 なんてことを考えていると、いつの間にかレスターさんが黒っぽい服を持ってきていて、私たちに渡してきた。今着ている服が汚れるといけないから、という理由らしい。確かに文月学園の制服はこの世界では手に入らない物。そこで私たちは渡された服に着替えることにした。

 

 早速着替えてみると……。

 

 フリル付きの紺色のワンピース。

 純白のエプロン。

 同じく真っ白なニーソックス。

 それからこれは……ホワイトブリム?

 

 どう見てもメイド服だった。家事のお手伝いをするのだからこの服装も間違ってはいないけど、ちょっと抵抗が……でも文月学園の制服を汚すわけにはいかないし……仕方ないかな。そう自分を納得させ、とりあえずこのメイド服に着替えてみた。

 

 ……ちょっと胸がきついですね……。

 

「お待たせしました」

 

 着替えのために借りていた個室を出ると、そこには私と同じ格好をした木下君がいた。

 

「なぜワシまでこのような服装なのじゃ……」

 

 肩を落として嘆いている木下君。でも木下君のメイド姿は私以上に似合っているみたい。なんだか女として負けたような気がして、ちょっと悔しい……。

 

「さ、さぁお仕事です! 頑張りましょう!」

 

 そんなことよりも今は仕事が優先。私は両手で握り拳を作り、胸の前でガッツポーズを作る。このお仕事が終われば腕輪を譲ってもらえる。そうすればきっと元の世界に帰れる。目標達成が見えてきた私は俄然やる気が出てきていた。

 

「お主は前向きじゃな。ワシらも見習わんといかんのう」

「はいっ! ところで土屋君はどうしました?」

「…………ここだ」

 

 後ろから土屋君の声が聞こえた。まだ着替えていたのね。と振り向くと、

 

「土屋…………君……?」

 

 思わず疑問系になってしまった。なぜなら、後ろにいたのは見たこともない可憐な少女だったから。

 

「…………なぜ俺までこんな格好……」

 

 フリルの付いた紺色スカートに真っ白なエプロン。白いニーソックスを履いた土屋君の姿は、私や木下君と同じ服だった。どうやら3人とも渡されたのはメイド服だったらしい。

 

 レスターさんに尋ねてみると、この家にある服はレスターさんのもの以外は女性物しかないらしい。それに仕事着ともなればこれ以外に無いとのこと。

 

「仕方ないのう。まぁ他に見ておる者がおるわけでもなし。諦めるしかなかろう」

「…………仕事が終わったら記憶から抹消したい」

「あ、あははは……私は忘れられないかもしれません……」

 

 それにしても土屋君のメイド姿は予想外に可愛いかった。この場に明久君がいればもっと楽しい3日間だったのにな。メイド服の2人を見ながら、私はそんなことを思ってしまうのでした。

 

 

 

          ☆

 

 

 

「ぶぇっくしぃっ!」

「どうしたのアキ? 花粉症?」

「いや、そこは普通風邪を疑うところじゃないかな……」

「そうかしら。で、どうしたの?」

「うん。なんか急に背筋に悪寒が走ってさ」

「えっ!? 背中でお母さんが走ったの!?」

「美波がそういう考えに至った経緯が僕にはさっぱり分からないよ……」

「だってオカンってお母さんのことなんでしょ? テレビで言ってたわ」

「……美波」

「なによ」

「関西系の番組で日本語の勉強をするのはやめた方がいいと思うよ?」

「どうして?」

「うん。まぁいいや。とりあえず僕が言った悪寒っていうのは寒気っていう意味なんだ」

「なぁんだ、そうだったの。日本語ってややこしいわね」

「う、うん。そうだね……」

 

 美波と一緒の時はお笑い番組を見るのはやめようっと。でも今の寒気って何だったんだろう?

 


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