バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第四十四話 孤高の機織り職人

 翌朝。

 

 私たちは予定通りカノーラの町に向けて出発した。カノーラは王都モンテマールから南東に位置する、砂漠に一番近い町。そこへの移動はもちろん馬車になる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 土屋君の話ではカノーラまでは結構距離があり、休憩を挟んで4時間ほどかかるという。ひとつ心配だったのはアイちゃんが一緒だということ。仔山羊を馬車に乗せてよいものかどうか心配だった。けれど馬車の御者さん――つまり運転手さんにアイちゃんを乗せて良いかと尋ねてみたところ、客車内で粗相さえさせなければ構わないとのこと。もちろんアイちゃん用の携帯トイレの準備はある。そんなわけで私たちは4人全員で馬車に乗り込み、カノーラの町へと向かった。

 

 道中は結構大変だった。アイちゃんが(はしゃ)いでしまい、客車の中をぴょんぴょんと跳ね回ってしまったから。しかも昨日王宮前で忠告を受けた通り、皆の肩に登ってはミィミィと騒いでしまう。結局、用意していた干し草を少しずつ与えることでなんとか大人しくしてもらった。幸いにも乗客が私たちだけだったので迷惑は掛けなかったけど、この先アイちゃんと一緒に移動する時は気をつけないといけないと思い知った旅だった。

 

 そうして馬車に揺られること約4時間。私たちはようやくカノーラの町に到着した。

 

「やれやれ……あり余る元気といったところじゃったな」

「…………結構重かった」

 

 馬車を降りた木下君と土屋君は腕をだらりと下げ、ぐったりとした様子を見せていた。皆、アイちゃんの世話をするので疲れてしまったみたい。

 

「すみません。ご迷惑をおかけしまして……」

「別に迷惑などではないぞい? この程度のことは想定済みじゃ。のう、ムッツリーニよ」

「…………体重は想定外だった」

「確かに乗られると意外にズシリと来たのう」

「皆さん大丈夫ですか? アイちゃんの爪でお怪我してませんか?」

「んむ。この通り怪我は無いぞい」

「…………問題ない」

「それなら良かったです。アイちゃん、公共の場ではもっと大人しくしないといけませんよ?」

「ミィー!」

「分かってるのかしら……」

「まぁ良いではないか。男の子は元気が一番じゃ。さて、早速レスター殿を探すとしようかの」

「えっ? 場所は聞いてないんですか?」

「それがな、この町ではなく”町の近く”で暮らしておるそうなのじゃ」

「つまり……町の外っていうことですか?」

「んむ。そういうことじゃ。王妃殿は町の者に聞けば場所はすぐ分かると言っておったぞい」

「そうなんですか……」

 

 それくらい教えてくれればいいのに。王妃様って少し意地悪なのかな。でも今それを言ってもしょうがない。とにかく場所を調べなくちゃ。

 

「それじゃ早速聞いてみましょう」

「…………聞いてきた」

「えっ!? もう聞いてきたんですか!? だ、誰に聞いてきたんですか!?」

「…………馬車の運転手」

「あ、そういうことですか」

「でかしたぞムッツリーニよ。して、場所はどこじゃ?」

「…………ここの北門へ出て徒歩10分」

「なんじゃ。すぐそこではないか。町の外とはいえ、その程度の距離ならば魔獣と遭遇することも無さそうじゃな」

 

 木下君が楽観的に言う。けれど私はちょっと不安……。

 

「本当に大丈夫でしょうか……」

「なぁに問題なかろう。ワシらには召喚獣の力がある。万が一の時はそれを使えばいいのじゃ」

 

 確かにマトーヤ山で召喚獣の力は経験していて、魔獣と戦えるほどの力があることは知っている。でもこの力のせいでアイちゃんを孤独にさせてしまった。

 

「そうですね……分かりました。でも、もし会ってしまっても戦ってはダメです。召喚獣は私たちの身を守るために使うんです」

 

 召喚獣の力は”命を奪うため”ではなく”命を守るため”にある。私はそう思いたいんです。

 

「分かっておる。二度とアイ殿のような子を作らぬため。じゃな」

「えっ……?」

 

 私は心境を説明するつもりでいた。けれど木下君の返答は予想に反し、私の言おうとしていたことそのものだった。まるで私の心が読まれているかのようだった。

 

「はいっそうです!」

 

 嬉しかった。木下君は私の気持ちを分かってくれていた。このことが何より嬉しかった。

 

「それじゃ行きましょう!」

「んむ」

「アイちゃんも行きますよ」

「ミィー!」

 

 私たちは早速北の門へと向かった。外周壁に辿り着いてみるとそこには1人の兵士さんがいて、扉を守っていた。この先は町の外。ここからは魔障壁の効果が届かなくなる。つまり魔獣に遭遇してしまう可能性があるということ。

 

 マトーヤ山まで案内してくれたニールさんたちの怯えた様子は鮮明に記憶に残っている。きっとこの扉も厳重に管理されていて、簡単には通してくれないでしょうね。

 

「どうぞお気を付けて!」

 

 なんて思っていたら、警備の兵士さんはこう言って意外にもあっさり通してくれた。あまりにも拍子抜けしたので戸惑っていると、兵士さんはその理由を笑いながら教えてくれた。

 

 この先のレスターさんの所へは毎日何人もの人が訪れる。ほとんどは王家や貴族の使いの者だけど、一般人も少なくない。だからもういちいち止めていられないのだという。けれどこの外は魔障壁の届かない野外。くれぐれも注意するようにと警備の兵士さんは念押し、私たちを扉の外に送り出してくれたのです。

 

「ありがとうございます。行ってきますね」

 

 警備の兵士さんに礼を言い、私たちは町の外へと踏み出した。

 

 見渡す限りの大平原。(まば)らに生えている背の低い腰丈ほどの木々。地面に生えている草は土色に近く、その光景はアフリカのサバンナを彷彿させる。

 

 歩いて10分ということは、こんな平野であれば既に見える位置にあるはずですね。そう思って目を凝らしてみると、平原の中にひとつだけポツンと立っている家が見えた。

 

「あれがレスターさんのお(うち)でしょうか?」

「んむ。他に何も無いから間違いないじゃろう」

「そうですよね。じゃあ行ってみましょうか」

 

 私たちはその家に向かって歩き始めた。

 

「でもどうして町の中で暮らさないんでしょうか。町の近くとはいえ、あんなところに住むなんて危ないと思うんですけど……」

「うぅむ……なぜじゃろうな。さすがにワシにも分からぬ」

「…………聞いてみればいい」

「まぁそうじゃな。とにかく行ってみるとしようかの」

「そうですね。……あら?」

「む? どうした姫路よ」

「あれを見てください。家から誰か出てきたみたいです」

「ほう。確かに誰かおるな。何やら興奮しておるようじゃ」

「あ、他にも何人か出てきましたね」

「出てきたというより追い出されたといった感じじゃな」

「最後に出てきた人が他の3人に怒ってるみたいですね」

「む。どうやら退散するようじゃ」

 

 家から出てきた人影は4つ。そのうちの3人がこちらに向かって歩いてくる。真っ直ぐこちらに向かってくるということは、たぶん町に帰るところかな。私たちは歩き進みながらそんな彼らの様子をじっと観察していた。

 

「えぇいくそっ! あの頑固じじぃめ! この私に説教を垂れるとは許せん!」

「殿下ぁ~、置いて行かないでくださいよぉ」

「やかましいっ! 早く歩け! とにかく今日のところは出直しだ!」

「だから無理だって言ったじゃないですかぁ~」

「王妃様のお誘いだって断り続けてるんですよ? 我々の話なんて聞いてくれるわけないじゃないですか」

「うるさい! 貴様らまで私に説教するつもりか!」

「そんなつもりは無いんですけどぉ~」

「なら黙って歩け!」

「「ま、待ってくださいよ殿下ぁ~」」

 

 すれ違った3人の男の人はそんな会話をしていた。前を歩いていた人は黒いジャケットに茶色いスラックス姿。そして赤いマントを着用していた。マントと言っても私たちのように全身を覆うものではなく、背中のみの装飾品としてのもの。指や首にはキラキラしたアクセサリを沢山付け、頭には白い羽飾りを付けた帽子を乗せていた。

 

 後ろについて歩く2人も綺麗な格好をしていたけど、前を歩く人ほど豪華な服ではなかった。ただ、後ろの2人は前を歩く人と違い、腰に細身の剣を下げているようだった。

 

「ふむ。どうやら彼らは貴族のようじゃな」

 

 彼らが通り過ぎた後、木下君がそんなことを言い出した。

 

「そうなんですか?」

「後ろの2人が”殿下”と呼んでおったじゃろう? それは王家の者か上級貴族に使われる敬称じゃ」

「そうなんですね。でもよく知ってますね。そんなこと授業では習わなかったと思うんですけど」

「演劇の知識じゃ。まぁこの世界でもこの常識が通用するのかは知らぬがの。さぁ行くぞい」

「はいっ」

 

 でもさっきの人、”あの頑固じじぃ”なんて言ってた。きっとレスターさんのことを言ってるんだと思う。やっぱり頑固な人なのかな。だとしたら私たちの話なんて聞いてくれるのかな……王妃様の招待にも耳を貸さないのに……。

 

「…………行くぞ」

「あ、はい」

 

 程なくして私たちは家の前に到着。その家は薄緑色に光るドーム状の膜で覆われていた。この光は町や馬車でよく見る光。これが見えるということは、きっとこの家は魔障壁を備えているのでしょう。

 

「これがレスターさんの家ですか……思ったより小さいんですね」

「確かに国中が知っておるような有名人にしては規模が小さいような気もするのう」

 

 目の前にあるのは赤褐色のレンガで作られた一軒家。周囲には木が数本生えているのみで、他に建造物などは皆無。本当に大平原に1つだけポツンと建っている小さな家だった。

 

「それじゃノックしてみますね」

「んむ」

 

 ――コンコン

 

 私は軽く握った拳の裏で木製の扉を叩いた。すると、

 

『何度来ても貴様のような奴に服は作らん! とっとと失せろ!』

 

 と扉の中から怒鳴られてしまった。

 

「えっ? あ、あの、私……」

 

 ど、どうしよう。なんだか凄く怒ってるみたい……。

 

「先ほどの男が戻ってきたと思っておるのじゃろう。お主に言ったわけではないぞい」

「あっ、そ、そうですね。えっと、それじゃ……」

 

 ――コンコン

 

「すみません。私、姫路瑞希といいます。レスターさん、お話しを聞いていただけませんか?」

 

 私は扉越しに声を掛ける。するとその扉がガチャリと開き、中から1人のお爺さんが出てきた。”へ”の字に結んだ口に四角い顔。短い真っ白な髪を坂本君のように逆立てた髪型。眉間に寄せた”しわ”は、気難しい性格を(あらわ)しているかのようだった。

 

「突然お邪魔してすみません。実はレスターさんにお願いがあって来たんです」

 

 私が一礼してそう伝えると、お爺さんは眉間のしわを更に深めて私を睨みつけた。目の色はグリーン。ヨーロッパ系に多い目の色だった。その眼光は異様に鋭く、私をじっと見据えている。

 

「あ、あの……」

 

 何も言われず、ただ睨まれている。まるで西村先生に叱られているような気がして、私は話を切り出せずに戸惑ってしまった。

 

「オレに何の用だ」

 

 すると黙って睨んでいたレスターさんが口を開いた。彼の声は容姿に似合っていて、落ち着いた低い声だった。ただ、その威圧感は尋常ではなかった。

 

「えっと、あの……」

 

 今にも怒鳴られそうな雰囲気に話すのを躊躇ってしまう。私は何も言えず、ただ身体を硬直させることしかできなかった。

 

「お初にお目にかかり申す。ワシは木下秀吉と申すものじゃ。ご無礼を承知の上で参上つかまつった。どうかご容赦くだされ」

 

 すると木下君が横に来て、丁寧にお辞儀をして挨拶をしてみせた。きっと演劇をやっているからこういった台詞がさらりと出てくるんでしょうね。こういう所はやっぱり凄いと思う。

 

「……キノ……なんだ。覚え切れん」

 

 ぶすっとした顔で白髪のお爺さんが呟いた。

 

「ではこちらを姫路、ワシを木下と呼んでくだされ。それでこっちは土屋と申す者じゃ」

 

 紹介された土屋君は黙ってペコリと頭を下げる。土屋君はやっぱりこういうのが苦手みたい。

 

「フン。で、何の用だ。オレは忙しい。手短に話せ」

 

 良かった。話は聞いてくれるみたい。

 

「実は私たち王妃様の――」

「帰れ」

「えぇっ!? ちょ、ちょっと待ってください! 話を最後まで聞いてください!」

「王家の使いの者など見飽きた。何度来ても返事はノーだ。王妃のババァにそう伝えろ」

 

 お、王妃様をババァって……なんて乱暴な人なんだろう……。

 

「話は終わりだ。とっとと帰れ」

「あっ! ま、待ってくださいっ!!」

 

 レスターさんが扉を閉めようとしたので私は慌てて彼に飛びついた。姿勢を低くし、頭を相手のお腹に当て、両腕を胴に巻き付けて突進する。一般的にはこの行為を”タックル”と呼ぶ。

 

「こ、こら! 何をする! は、放せ! 放さんか!」

「放しませんっ! お話を聞いてくれるまで放しませんっ!」

「えぇい! しつこい奴め! 王家の者に話すことなど無いと言っておるのが分からんのか!」

「私は王家の人なんかじゃありません! ただ依頼を受けてここまで来たんです!」

「なんだと? あのババァついに無関係の者まで巻き込みよったのか。と、とにかく放せ! 話は聞いてやる!」

「いいえ! 放しませんっ!」

「だから話を聞いてやると言うておろうが!」

「だからお話を聞いていただ……えっ? 聞いてくださるんですか?」

「あぁ、聞いてやる。だから手を放してくれんか」

「あっ……す、すみませんっ」

 

 夢中になり過ぎていてレスターさんの話を全然聞いてなかった。恥ずかしい……。

 

「ふぅ……まぁ、なんだ。とりあえず中に入れ。だが茶は出さんぞ」

 

 レスターさんはそう言って家の中へと入っていく。

 

「お手柄じゃぞ姫路よ。交渉の余地有りじゃ」

「はいっ、行きましょう!」

 

 こうして私たちはレスターさんと話をする機会を得られた。さぁ、しっかり交渉しなくちゃ!

 


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