バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

8 / 169
第八話 襲撃

「おいおい、もうちょっと静かに頼むぜ」

 

 客車に乗り込み、勢いよく座席に座ると、一人の男が不快感をあらわに話し掛けてきた。

 

「あっ……す、すみません」

 

 謝りながら声の主に目を向けると、仰々(ぎょうぎょう)しい格好の男が視界に現れた。その男は青と銀の混ざったような色。シルバーブルーとでも言うのだろうか。そんな色の鎧を身に(まと)い、大きな剣を肩に立てかけるようにして座席に座っていた。見るからに剣士といった感じだ。

 

「大事な馬車を壊さねぇでくれよな」

「ごめんなさい。ちょっと慌ててしまって……」

「ん? お前、見かけない顔だな。どこから来たんだ?」

 

 またこの質問か。なんだか答えるのも面倒になってきたな……。

 

「ちょっと遠い国から来たんです」

「フーン。そうか」

 

 男は自らの顎を撫でながら僕の顔をじっと見つめる。何だか変な目で見られている。怪しまれたんだろうか……。ドキドキしながら彼が口を開くのを待っていると、

 

「俺はウォーレン。この馬車の護衛を任されている。よろしくな!」

 

 彼はニッと笑顔を作り、そんなことを言ってきた。何? 自己紹介? 僕も返すべきなの!?

 

「え、えと……あの、ぼ、僕は吉井っていいます。よろしくお願いします」

「おう! よろしくなヨシイ!」

 

 顎に不精髭を生やし、無造作にかき上げた茶色い髪。ウォーレンを名乗った彼は”ワイルド”と呼ぶに相応しい容姿をしていた。見た感じ、年の頃は30代前半といったところだろうか。やけにノリのいい人だ。

 

 挨拶を済ませると馬車はすぐに出発した。その馬車の中でウォーレンさんがやたらと親しげに僕に話し掛けてくる。もしかして気に入られてしまったのか? それともただ愛想の良い人なんだろうか。

 

 この馬車には彼に加え、5、6才くらいの小さな女の子を連れた母親らしき女性、大きな袋を抱えた行商らしき小太りの男性、それと杖を手にした白髪のお爺さんが乗っている。僕を合わせると計6名だ。

 

 こうして見るとまるで小さなバスに乗ってるみたいだ。そんなことを思いながらふと向かいの席に目を向けると、お下げ髪の女の子が退屈そうに足をぶらぶらとさせていた。

 

「お嬢ちゃん、退屈かい?」

 

 僕の隣に座っていたお爺さんが女の子に向かって尋ねる。ちょうど僕も同じことを思っていたところだ。

 

「うん。同じ景色ばっかりでつまんない」

「そうかそうか。それじゃこの爺めが昔話をしてあげよう。聞いてくれるかい?」

「うんっ!」

 

 女の子の返事を聞くとお爺さんは嬉しそうに笑顔を作り、自らの若い頃の話をし始めた。僕も灰色の山肌ばかりの景色に見飽きていたのでその話に聞き入る。

 

 話によると、このお爺さんは若い頃はウォーレンさんと同じように剣士をしていたそうだ。先代の王の近衛兵として長年務め、何度も魔獣と戦い、人々を救ったのだと彼は語る。女の子は目をらんらんと輝かせ、興味津々といった様子で話に聞き入っていた。

 

 しかしこのお爺さん、本当に剣士だったのだろうか。この杖に身体を預けるような体勢からは剣を振り回す姿なんて想像できない。作り話なんじゃないのかな……?

 

「ところでお嬢ちゃんはサントリアに何をしに行くのかな?」

「パパはサントリアで町を守るお仕事をしているの。サーヤはお仕事してるパパを見に行くの!」

「この子ったらパパに会いに行くって言って聞かなくて……それで見るだけという約束で連れて行くことにしたんです」

 

 女の子の母親らしき女性がフォローを入れる。サーヤとはこの女の子の名前らしい。町を守る仕事というと兵士だろうか。そんな所に押しかけて行って邪魔にならなきゃいいけど……。

 

「奥さん、旦那さんは王宮兵士か何かですか?」

 

 ずっと沈黙を守っていた行商の男が尋ねる。

 

「はい、そうですけど……それがどうかしましたか?」

「ふむ……残念ですが旦那さんはサントリアにいないかもしれませんよ」

「えっ? どうしてですか? 夫はずっとサントリア勤務のはずですけど……?」

「我々行商の間で噂になってるんですがね、どうもサントリアの兵士は一部を除いてドルムバーグに招集されているらしいんですよ」

「えぇっ!? そんなこと聞いてませんよ!?」

「パパいないの……?」

「ちょっと静かにしててねサーヤ、今おじさんから事情を聞いてるからね」

「は~い……」

「それで招集ってどういうことなんですか?」

「実はここだけの話なんですがね、戦争が始まるらしいんですよ」

 

 なっ!? せ、戦争だって!? 冗談じゃない!

 

「戦争!? そ、そんなの聞いていませんよ!?」

「そりゃ機密情報ですからね。一部の兵士にしか知らされていないでしょう」

「そ、そんな……」

 

 行商のおじさんの説明に母親の女性は狼狽え、身体を震わせる。何も知らされていなかったのだろう。それにしても戦争なんて冗談じゃないぞ! そんなことになったら外出も禁止になるだろうし、仲間探しもできなくなってしまう。一体どことどこがやり合おうって言うんだ?

 

「チッ……あのボウヤ、ついにおっぱじめるのか」

 

 ウォーレンさんが苦い顔をして舌打ちをする。ボウヤって……? 何か知ってるんだろうか。

 

「とにかく私たちはサントリアに行ってみます。もしかしたらまだ間に合うかもしれませんから」

「そうですね。それがいいかもしれません」

 

『こいつぁ急がないといけヤせんね。サントリアまであと1時間ほどでサぁ』

 

 そう声を掛けてきたのは御者のおじさんだった。あと1時間か。じれったいな。自動車くらいの速度が出ればいいのに。でも馬車にそれを求めるのは酷か。うん? そういえば……。

 

「あの、ウォーレンさん、聞いていいですか?」

「ん? なんだ?」

「さっきボウヤがどうとか言ってましたけど、誰のことですか?」

「あぁ、そいつは――――おわっ!?」

 

 ウォーレンさんが語ろうとした瞬間、悲鳴にも似た馬の鳴き声と共に馬車は急停車した。そのせいで客車は大きく揺れ、僕たちは床に叩きつけられてしまった。

 

「っててぇ……」

 

 一体何なんだ? 後頭部を打っちゃったじゃないか。

 

「サーヤ! 大丈夫!? 怪我は無い!?」

「う~……だいじょうぶぅ~……」

 

 良かった。女の子は無事のようだ。でも行商のおじさんは袋が開いて商品を床にぶちまけてしまったようだ。おじさんは慌てた様子で商品かき集めている。

 

「くそっ! どうしたカール! 何があった!」

 

 ウォーレンさんは御者のおじさんに大声で尋ねる。カールとは御者のおじさんの名前のようだ。

 

「だ、旦那ァァ! た、大変でサぁ! 魔獣が……魔獣が襲ってきヤしたァァ!!」

「なっ、なんだと!? 魔障壁はどうなってるんだ!」

 

 そうだ、馬車は小型の魔障壁装置で守られているとルミナさんが言っていた。それがあれば魔獣は近寄れないんじゃないのか?

 

「あぁっ……! 火が……火が消えかかってる!」

 

 今度は行商の男が車内に掛かっているランタンのような装置を指差して騒ぎ始めた。あれが魔障壁装置だったのか。ただの照明だと思ってた。火が消えるということは、つまり装置が停止するということなんだろうか。僕は装置の詳しい使い方は知らない。けれど車内全員の青ざめた表情を見れば、これがどれほど重大な事件なのかは想像できる。

 

「チィッ! もう少しで町だと言うのに!」

 

 ウォーレンさんはそう言うや否や、剣を手に馬車を飛び出す。

 

《グルルル……》

《ウゥゥ~……》

 

 外からは動物が唸るような――呻くような声が聞こえてくる。あれが魔獣の声なのか……?

 

『おめぇら! 絶対に馬車から出るんじゃねぇぞ!』

 

 外からウォーレンさんの叫ぶ声が聞こえてくる。その指示に従い、御者と行商のおじさん、それと女の子と母親も客車の一番奥に下がる。皆、恐怖に満ちた表情をしている。

 

 ――ひとりを除いて。

 

「若いの。ここを死守するぞぃ」

 

 白髪のお爺さんは勇ましくそう言うと、乗客らの前で杖を片手に身構えた。いや、さすがにお爺さんには無理なんじゃないのかな……。

 

「って! 僕も!?」

「当然じゃ」

「いやいやいや! 僕なんかには無理ですよ!」

「なーにを言うておる。ワシらが守らんで誰が守るというのじゃ。お前さんも男なら根性見せい!」

「そ、そんなこと言ったって無理なものは無理ですよ! だったら行商のおじさんだって男でしょう!?」

「わわわ私は商品を守らないといけませんので……それに戦いは専門じゃないんです……」

「僕だって戦いなんてできませんよ! ただの高校生なんですから!」

 

 お爺さんたちと言い合っているうちに、金属を擦るような音や魔獣の叫び声が聞こえてくる。外でウォーレンさんが戦っているのだ。

 

『くっそぉぉ! 数が多すぎるぜ!』

 

 彼の声は本気で苦戦しているように聞こえた。僕は緊張で冷や汗を垂れ流す。

 

 確かにお爺さんの言うようにこの状況では他に守る人はいない。でも僕には武器が無い。もし魔獣が車内にまで襲ってきたら素手で戦うしかない。けれど魔獣相手に素手なんかで戦えるのか? 無理だ! 剣を持ったウォーレンさんが苦戦しているのに僕なんかが素手で戦えるわけがない! ハッ! そうだ!

 

「おじさん! 行商なんでしょ? 売り物の武器とか無いんですか!?」

「わ、私は日用品を専門に売っているものでして、武器は扱っていないんです」

 

 くそっ! ダメか!

 

《ギキィーッ!》

 

 !!

 

「きゃぁぁーーっ!」

「ママぁーーっ!」

 

 ついに魔獣が車内に飛び込んできてしまった。女の子と母親が悲鳴をあげる。僕はその巨体を見て身体が凍りついたように固まってしまった。

 

 そいつは猿のような姿をしていた。しかし身体はまるでゴリラのように大きく、身の丈は僕の2倍ほどあるように見えた。大きな猿は馬車の後部出口を完全に塞ぎ、僕ら乗客の前に立ちはだかる。そして奴は一番前に出ていた僕にギロリと目を向けると、ブンッと長い腕を振り下ろしてきた。

 

「う、うわぁぁぁーーーっ!!」

 

 成す術もなく僕は悲鳴をあげて目を強く瞑る。

 

 ――やられる!

 

 そう思った瞬間、

 

「ぬんっ!」

 

 脇からそんな声と共に妙な打撲音が聞こえ、続いてドウッと床に何かが落ちる音がした。

 

 ……

 

 何だ……? 僕は恐る恐る顔を上げてみる。すると先程入ってきた魔獣が目の前で大の字になって転がっていた。

 

「ふしゅぅー……」

 

 すぐ横では杖を前に突き出したお爺さんが大きく息を吐いていた。これ……このお爺さんがやったのか? いやでも手に持ってるのって杖だよね。あんなもので魔獣が倒せるのか? そんなバカな……。

 

 呆然とその様子を眺める僕。そうしているうちに床に転がっていた魔獣はスッと煙のように消えていく。

 

「若いの、怪我は無いか?」

 

 異様に鋭い目付きをしながらお爺さんが言う。

 

「……へ?」

「フフ……。この爺めもまだまだ現役のようじゃな」

 

 今度は一転してにっこりと優しい笑みを見せるお爺さん。間違いない! 今のはこのお爺さんがやったんだ! このお爺さん凄いぞ! 本当に剣士をやっていたんだ! これならきっと僕らを守ってくれる! そう思った次の瞬間、

 

《ギキャァーッ!》

 

 突然別の魔獣が飛び込んできてお爺さんの右腕を引っ掻いた。服の袖が引き裂かれ、車内にバッと赤い血が飛び散る。

 

「ぬぅっ……!」

「お爺さん!」

 

 がくりと膝を突くお爺さん。魔獣はそんなお爺さんに警戒しながらにじり寄る。まずい……! このままでは殺されてしまう!

 

「ママーっ! ママぁーっ!」

「サーヤ! サーヤ!!」

 

 女の子は泣きわめき、お母さんは魔獣に背を向けて女の子を必死に抱き締める。行商のおじさんは商品袋を盾にするように隠れ、たた震えるのみ。

 

 お爺さんは腕を負傷して戦えない。守りたい……! けれど僕には戦う術が無い……! どうする……どうすればいい……! じりじりと歩み寄る魔獣を前に僕は立ち尽くす。

 

 その時、僕の脳裏には手を振りながら微笑む美波の姿が浮かんできた。

 

 

 ―― アキ~っ ――

 

 

 こ……こんなところで死んでたまるか! 絶対に元の世界に帰るんだ!!

 

「うおぉぉぉーーっ!!」

 

 ありったけの勇気を振り絞り、僕は魔獣に飛び掛かる。

 

《ギキッ!?》

 

 僕と魔獣はもつれ合いながら馬車から転がり出る。とにかく魔獣を馬車から引き離すんだ!

 

 すぐさま立ち上がり、身構える。だがその瞬間、ゾッとした。馬車の周囲は4、50匹もの巨大な猿の魔獣軍団に囲まれていたのだ。

 

「戻れヨシイ! お前には無理だ!!」

「ウォーレンさん!」

「くそっ! このヤロォ!!」

 

 さしものウォーレンさんも数で圧倒され、防戦一方のようだった。このままでは彼も危ない。

 

 ……自分だけなら魔獣を振り切って逃げられるかもしれない。だがそんなことをすればお爺さんや女の子たちはどうなる? 一緒に逃げられればいいが、お爺さんは傷を負っていて走れそうにない。御者のおじさんはともかく、行商のおじさんはだいぶ太っていて足が早いようには見えない。それにサーヤちゃんやお母さんもそんなに早く走れるとは思えない。……ダメだ。(ほう)っておけない!

 

 でもあんなに狂暴な魔獣を相手にどうすれば……。自分に戦う力があれば――せめて召喚獣が使えれば戦えるのに。一瞬そう思ったが、立ち会いの教師がいない以上、呼び出せるはずもない。

 

 魔獣の群れを前に僕は戦う術を模索する。お爺さんの杖を借りて戦うか? いやダメだ。僕は戦う訓練を積んでいない。あのお爺さんだからこそ杖で魔獣を倒せたんだ。僕なんかが使って倒せるわけがない。剣はウォーレンさんが持っている1本だけ。他に武器を持っている様子はない。周囲に武器になりそうな物は……ダメだ、無い!

 

《ギィーッ!》

 

 そうして悩んでいるうちに魔獣が飛び掛かってくる。

 

「逃げろーッ!! ヨシイーーッ!!」

「くっそぉぉーっ!! サモォォーーン!!」

 

 無駄なことと知りつつ、僕はやけくそになって召喚獣を呼ぶ。

 

 ……

 

 だがやはり何も起らない。当然だ。

 

「くっ……ダメかっ……!」

 

 魔獣の大きな爪が目の前に迫り来る。ここまでか……。僕は死を覚悟した。

 

 短かった人生。やり残したことは沢山ある。こういう時は色々な思い出が走馬灯のように蘇るものだと思っていた。けれどこの時、僕の脳裏に蘇ってくるのは美波との思い出ばかりだった。

 

 一緒に遊んだ一年生。二年生になってからの試召戦争。清涼祭や強化合宿、海水浴、体育祭。そして想いが繋がってからの毎日。いつも美波は僕の傍にいてくれた。けれど今、彼女はここにはいない。

 

 ごめん美波……。僕、帰れそうにないや。

 

 ごめん……本当にごめん…………。

 

 僕はすべてを諦め、そっと目を閉じた。

 

 

 

 だがその時、

 

 

 ――ドンッ!!

 

 

 耳を(つんざ)くほどの爆音が響き渡った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。