バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第四十二話 新しい仲間

「おおっ! よくぞご無事で!」

 

 洞窟から出ると、ガシャガシャと鎧を鳴らしながら2人の兵士さんが駆け寄ってきた。ニールさんとヒルデンさん。モンテマールから私たちをここまで案内してくれた方です。ここに来る時にあんなに怯えていたので先に帰ってしまったと思っていたけど、ちゃんと待っていてくれたみたい。

 

「いや、無事でもないぞい。ムッツ――土屋が負傷した。手当が必要じゃ」

「そちらの方ですね。すぐに治療を!」

 

 ヒルデンさんが土屋君の元へと駆け寄り、上着を脱がせてシャツの袖をまくる。日の光の元に晒された土屋君の腕は紫色に変色しつつあった。きつく絞め過ぎたのかしら……。

 

「この処置はどなたが?」

「ワシじゃ」

「少々縛りが強すぎて血流がほとんど止まってしまっています。ご注意ください」

「そ、そうか。すまぬ……」

「しかし見事な対処です。これならば治療帯だけで治るでしょう」

「そうか。それはなによりじゃ」

「では治療帯を巻きますので上着を脱いでお座りください」

 

 ヒルデンさんは腰の鞄から水筒を取り出し、土屋君の横で(ひざまず)く。そして土屋君の腕の傷を水筒の水で洗い流すと、白い包帯を巻いていった。あれが治療帯なのかな? 見た目は私たちの知っている包帯と変わらないのね。でも良かった。これで土屋君の怪我も一安心ですね。

 

 ……

 

 あれ? そういえば木下君も魔獣の蹴りを受けていたような……?

 

「あの、木下君」

「んむ? なんじゃ?」

「木下君は大丈夫なんですか?」

「何がじゃ?」

「確か魔獣の攻撃をお腹に受けてましたよね?」

「それなら心配には及ばぬ。こんなものは大した傷ではない」

「”大した”っていうことは傷を負ったんですよね? 見せてください!」

「あっ、こら姫路!? な、何をするのじゃ!?」

 

 私は木下君の上着を剥ぎ取り、シャツを引っ張りあげてお腹を出させた。

 

「や、やめぬか! 大したことはないと言っておろうが!」

 

 抵抗する木下君の腕を押さえ、じっと彼のお腹を見つめる。腹部にはまるでスタンプが押されたかのように逆V字型のアザができていた。

 

「どこが大したことないんですか! こんなに酷いあざになってるじゃないですか!!」

「う……」

「打撲を甘く見てはいけません! 木下君も治療を受けてくださいっ!」

「大丈夫じゃと言っておろう……」

「木下君。言うことを聞いてください。これはリーダー命令です」

「むぅ。それを言われると弱いのう……承知した。とりあえず姫路よ、手を放してくれぬか。さもなくばムッツリーニが出血多量で死んでしまうぞい?」

「えっ? 土屋君?」

「ほれ、見てみい」

 

 そう言われて土屋君を見てみると、

 

「…………俺を……殺す気かっ!(プッシャァァァッ)」

 

 そこには赤い噴水があった。

 

「きゃぁーーっ!? つ、土屋君っ!?」

「…………ひ、姫路……」

「は、はいっ! 止血ですね! いますぐ紙縒(こより)の用意を――」

「…………ぐ……グッ……ジョブ……」

 

 仰向けに倒れたまま鼻血を吹く土屋君。彼は右腕をブルブルと震わせながら上げ、親指を突き出していた。

 

「えっ? ぐじょぶ? 何ですか?」

「姫路よ、気にするでない。ムッツリーニなら大丈夫じゃ。鼻血ならああやって転がっておればすぐに回復するじゃろう」

「そ、そうなんですか?」

「お主も見慣れておるじゃろう? 心配はいらぬ」

 

 そういえば学校でもよく鼻血を出してたっけ。でも本当に大丈夫なのかしら。腕の怪我と合わせたら結構な量の血が流れてる気がするんだけど……。

 

「あ、あのぉ……ヒメジ様?」

 

 土屋君を見て心配していると、ニールさんが恐る恐るといった様子で呼び掛けてきた。

 

「はい? 何でしょう?」

「えぇと……先程から気になっているのですが、その仔山羊は一体……?」

 

 ニールさんが私の足元を指差して尋ねる。そこでは白くて小さな動物が私の足に身を寄せていた。

 

「あ、この子ですか? この子は――」

 

 なんて答えればいいのかしら……。拾った? そんな”物”みたいな言い方はしたくない。そもそもこの子は捨て子ではない。私がこの子を独りぼっちにしてしまった。私はその償いをしなければならない。この子の親代わりにならなくちゃいけない。この子の里親が見つかるまでは。

 

 そう、だから今、この子は私の――――

 

「私の子ですっ!」

 

 力いっぱい、私はそう答えた。

 

「「な、なんだってぇぇーーっ!?」」

 

 すると2人の兵士さんはとっても大きな声をあげ、両手でバンザイして驚いていた。そして信じられないものを見るような目で私を見ている。私、何かおかしなこと言いました?

 

「姫路よ。そこは”保護した”で良いのではないかのう」

「えっ? どうしてですか?」

「いや……その言い方ではお主がその子を産み落としたように聞こえるぞい?」

「ふぇっ!? あぁっ! ち、違うんです! 今は私がこの子の親代わりってことでして、この子を生んだわけじゃないんです!!」

 

 私ったらなんて言い間違いを……は、恥ずかしい……。

 

「い、いやぁ、そうですよねぇ。自分もおかしいと思ったんです。ハハハ……」

「どう見ても山羊ですよねぇ。俺も変だと――――」

 

「「……」」

 

 愛想笑いをしていた2人の兵士さんは何かを思い出したように急に黙り込み、顔を見合わせた。

 

「「や、山羊……?」」

 

 その顔からは徐々に血の気が引き、青ざめていく。

 

「ま、まままさささかかかか……」

「まま、まじゅ、まじゅじゅじゅ……」

 

 酷い怯えようだった。全身をガクガクと震わせ、顔は真っ青。ガチガチと鳴る歯の音がはっきりと聞こえるほどだった。彼らが怯えている理由はすぐに分かった。この子が魔獣だと思っているのだと。

 

「ち、違います! この子は魔獣なんかじゃありません! 魔獣は私が! 私が……」

 

 事情を説明しようとすると、また胸がギュッと締め付けられてしまう。悲しい気持ちでいっぱいになってしまった私は続きを言うことができなかった。

 

「姫路よ。ワシが説明しよう」

 

 何も言えなくなってしまった私に木下君が静かに代理を申し出てくれた。

 

「木下君……すみません……」

「なんの。お安いご用じゃ」

 

 この後、木下君は洞窟内で起こったことをすべて話してくれた。

 

 2匹の山羊の魔獣に遭遇したこと。その魔獣を3人で倒したこと。最深部でこの仔山羊を見つけたこと。そして身体の大きさや(ひたい)の魔石が無いことから、この仔山羊が魔獣ではないこと。

 

 木下君はゆっくりと、ハキハキとした声で2人の兵士さんに説明をする。その言葉には不思議な説得力があった。

 

「な、なるほど……そういうことでしたか」

「ではもう洞窟に魔獣はいないのですね?」

「んむ。その通りじゃ。これで王妃様の依頼は完了と見て良いかの?」

「もちろんです! これで我々も任務完了です!」

「では報告のために王都に戻るとするかの。ムッツリーニも回復したようじゃ」

「あ、土屋君。もう大丈夫なんですか?」

「…………これくらいどうということはない」

 

 両手を腰に当て、胸を張ってみせる土屋君。でもそんな風に強がる土屋君の青白い顔はどう見ても大丈夫じゃなかった。

 

「む、無理はしないでくださいね」

「…………分かっている」

「では帰るとするかの」

「はいっ」

「ヒメジ様。申し訳ありません。少々お待ちいただけますか?」

 

 モンテマールに向かって歩き出そうとした私たちをニールさんが止めた。何か問題があるのかしら?

 

「はい? なんでしょう?」

「あなた方を信用していないわけではないのですが、念のため洞窟内を確認させてください。万が一まだ魔獣が残っていたら私は王妃様からお叱りを受けてしまいますので……」

 

 確かに私たちは魔獣を倒したという証明を何ひとつ持っていない。だってすべてが煙となって消えてしまったから……。

 

「分かりました。でもどうやって確認するんですか?」

「えっと……わ、私が入って確認するしかないですよね……」

 

 ニールさんは”あはは”と苦笑いをしながら兜を被った頭をコンコンと叩いた。その青ざめた表情は怖くてたまらないという感情が表れているかのようだった。

 

「あの……私たちも一緒に行きましょうか?」

「いえ! ここは私だけで行きます! これは私の任務ですので!」

「でも……」

「ヒメジ様ご一行様はここでお待ちください! すぐ見て参りますので!」

 

 ニールさんはビシッと敬礼をする。そこへヒルデンさんが心配そうな声をかけてきた。

 

「お、おいニール……くれぐれも気をつけてくれよな」

「あぁ。だがもしもの時は……妻と娘を頼む」

「縁起でも無いことを言うなよ。……絶対戻ってこいよ」

「そうだな。もしもの時はすぐ逃げるさ。じゃ、行ってくる!」

 

 ニールさんは意を決したような表情を見せ、ガシャガシャと鎧を鳴らしながら洞窟の中へと走って行った。私たちは木下君のお腹の傷を治療しながら、ニールさんの帰りを待つことにした。

 

 

 

 ――そして10分後。

 

 

 

「ふぅ~……」

 

 強ばった表情のニールさんが洞窟内から出てきた。

 

「ニール! どうだった!?」

「何もいなかった。もう大丈夫だ」

「そうか……良かった……」

 

 ニールさんとヒルデンさんはホッと胸をなで下ろす。この時、彼らの表情からは恐怖の色は消えていた。

 

「ではワシらの任務はこれで完了じゃな?」

「はい! その通りです! 王都に戻り王妃様にご報告しましょう!」

「帰り道も我々がご案内します。さぁ参りましょう!」

 

 本当に嬉しそうなニールさんとヒルデンさん。つい先程までの怯えた表情が嘘のように晴れやかな表情だった。こうして喜ぶ姿を見ていると、私の方まで嬉しくなってしまう。でも私は手放しで喜ぶわけにはいかなかった。なぜなら、この仔山羊ちゃんを不幸にしてしまったのだから。

 

「さぁ行きますよ。ついてきてくださいね」

「ミィィ~」

 

 絶対にこの子に寂しい思いはさせない。私はそう心に誓い、ニールさんとヒルデンさんの後について歩き始めた。

 

 するとその時、

 

「おや? 皆さん、こんなところで何をされているのですか?」

 

 透き通った声と共に1人の男性が現れた。彼は緑色のマントを羽織り、複雑な模様の描かれた黄色いマフラーを首に捲き、まるでターバンのように巻かれた緑色の帽子を頭に乗せていた。

 

「王妃様のご命令により、この洞窟に住み着いてしまった魔獣を退治していたのです」

「ほう……? ここには魔獣が住み着いていたのですか。それは知りませんでした」

 

 ニールさんの説明を聞き、爽やかな笑顔を見せるお兄さん。低めの鼻や彫りの浅い目はどこか日本人的。でもとても綺麗な顔立ちで、アイドルグループに所属していてもおかしくない感じの人だった。

 

 よく見ると彼は2本の紐を握っていた。紐は彼の脇を通って後ろに伸び、その先には大きな(つの)を携えた山羊が2頭繋がれていた。そう、先程退治した魔獣と同じような姿をした山羊が。でもそれは一般的なサイズの山羊だった。魔獣じゃなくて普通の山羊みたい。

 

「つかぬ事をお伺いする。ひょっとして主様はこの仔山羊の飼い主なのじゃろうか?」

 

 木下君が尋ねると、彼は隠れるように私の後ろに回っている仔山羊ちゃんをじっと見つめた。そして一言、「いいえ」と首を振りながら答えた。

 

「その仔山羊がどうかされたのですか?」

「実はこの洞窟の奥で震えておってな。ワシらが保護したところなのじゃ」

「そうでしたか。それは可哀想に」

 

 ……

 

「どうしたのじゃ? 姫路よ。浮かない顔をしておるぞ?」

「あ、いえ。なんでもないです」

「ふむ。ならば良いのじゃが」

 

 ……なんだろう。あの人の笑顔、なんだか変な感じ。具体的に説明を求められると答えられないけど……でも何だか言葉に心がこもっていないような気がする。

 

「姫路よ、どうじゃろう。この御人(ごじん)に仔山羊を預けてみては」

「えっ? この子をですか?」

「んむ。2頭の山羊を連れているところを見ると、主様は山羊を飼われておるのじゃろう?」

(わたくし)ですか? 確かに私はこの2頭以外にも山羊を飼育しておりますが……」

「ならば都合が良かろう。どうじゃ?」

 

 木下君の言うように、確かにこの人ならこの子を育ててくれるかもしれない。もともと私たちは報酬の腕輪を貰うためにここに魔獣討伐に来た。討伐が終れば腕輪が貰えるわけで、そうしたら私たちはサンジェスタに戻ることになる。

 

 さすがにこの子を連れて船に乗るわけにもいかないから、仔山羊ちゃんの世話ができるのはリゼル港までになる。せっかく山羊を飼育できる人が目の前にいるのだから、この人に預けた方が良いなんてことも理解している。

 

 でも……。

 

「ごめんなさい木下君。やっぱりこの子は私が預りたいです。ほんの数日でもいいので……」

 

 だって、ここで別れてしまったら私は何の償いもできないままになってしまうから。1日でもいい。私はこの子の親代わりになりたい。

 

「ふむ……まぁそう言うと思うたがの」

「すみません……」

「そういうわけじゃ。すまぬ、今の話は無かったことにしてくだされ」

(わたくし)は構いませんよ。ですが必要でしたらいつでもお申しつけください。私はこの辺りで放牧をしておりますルイスラーバットと申します。ルイスとお呼びください」

「承知した。ルイス殿」

「では私は失礼します。またお会いできると良いですね」

 

 彼は軽く会釈をすると2頭の山羊を連れ、ゆっくりと去って行った。

 

「遊牧民みたいな人でしたね」

「そうじゃな」

「では皆さん、王都に帰りましょう」

 

 ニールさんが道を歩き出す。私たちは彼の後について歩き始めた。

 

「ミィー!」

 

 私が歩き出すと後ろからトコトコと仔山羊ちゃんがついてくる。私をお母さんと思ってくれてるのかな? ふふ……可愛い。

 


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